「あんたの……その爆裂掌? てやつの威力は確かにすごい。ただ致命的に、遅い」
倒れ込み、天を見ているリサを見下ろして、ベルはそういった。
「う~いたた」
模擬戦で叩かれた額を、リサはさする。「やっぱり遅いのかぁ。ベル師匠にはどうやっても当たんないのかなぁ」
リサの避ける能力は、それに集中していないと途端に下がる。
反撃をしようとした時に、ベルの攻撃を受けてこうなってしまった。
「爆裂掌を放つ時に、明らかなタメの時間がある。避けるのは難しくない」
上体を起こし、あぐらをかきながら首をひねるリサ。
「むずいなぁ。もしかして私の爆裂魔法ってハズレ?」
「いや、それはない」
即答するベル。
その返答には確信めいたものを感じる。
「んえ? ベル師匠、なんか爆裂魔法のこと知ってる?」
昔のことを思い出したか、逡巡の間の後、ベルは口を開く。
「正しくは爆破魔法。まあ、使ってたやつなら知ってる。とんでもなく強いやつだった」
「へえ! どんな人!」
「そんな話、今はどうだっていい」
無理やり会話を遮断するベル。
その言葉に何かを感じたリサは「いぁ、ごめんなさい」と反射的に謝っていた。
それをみて、言い過ぎたと思ったかベルはバツの悪そうに額をかいた。
「まあ、とにかくあんたの魔法はハズレなんかじゃない。どんな武器だって要は使い方だ。強みを生かす戦い方があるはず」
「ふーん……例えば!」
「ちょっとは自分で考えろ! あんたの長所を使うんだよ」
「長所、長所」
ブツブツと呟きながら顎に手をおいて考えると、リサはハッとした表情となって手を叩いた。
「お料理か! 美味しいパイを作って、相手を油断させる! これだ!」
眉間に深いシワを寄せ、肺の全ての空気を出し切るほどのため息を吐いたベル。
「違う……未来視でしょ」
十分にわかっていた。
戦闘をするべきではないと。時間を稼ぐのに徹するべきだと。
それでも、やっぱり、許せない。
大事な友達をバカにされて、何もしないなんて。
できたら……いや、絶対に、一発ぶん殴ってやる。
にじり寄るリサに、不敵に笑うハデム。
「おぉ、どうした? やる気になったか」
「べつに」
不穏に返すその口調に、隠れられていない不愉快が滲んでいる。
「無理すんなよデブ。時代遅れの刀使いと、それと……なんだ、ダセぇ磁石使いか。そいつらが来るまで時間を稼げよ。ザコらしくな。まあ、来たら来たで、そいつらも嬲り殺すだけだけどな」
駆けるリサ。
その目は強く、怒っていた。
対しハデムは目尻を落とし、笑う。
共に素手。ハデムの攻撃は手が届く範囲。その一歩手前で、リサは手を構える。
魔力が込められると、その手の前にパチパチと小さな火花が散り始める。
何かを感じたハデムは、すでに回避姿勢を取っている。
出力、痛すぎない程度に最大。
「『爆裂掌!』」
突き出した右手から放たれる爆炎。
それは直撃すれば、ただではすまない火力。
後退してハデムは避けるも、予想外の威力だったか、その笑いには引きつりが少し見える。
「一応、魔法は使えるみてぇじゃねぇか」
「当たり前でしょ。て、転生者だし」
なるべく平穏を装って、リサは応える。
が、しかし、その心中。
痛い痛い痛い痛い!!……やっぱ痛ぃ!
熱を通しにくい手袋をしているとはいえ、完全ではない。
我慢できるほどではあるが、右手は今もズキズキと痛む。
泣き言をいいたいところだが、今はそんな状況でもないので必死に我慢する。
渾身の魔法は避けられてしまった。
しかし、それでいい。
ステップ1。
まずはビビらせろ。
「私は魔法を使えない。だから、これから説明するのは、シェナドから聞いた話だ。間違ってても文句いうなよ」
「はい!」
ベルの説明に、元気よくリサは応えた。
「まず、魔法を使うときには、魔力をその使う部分に込めるよな。主に手とかに」
「多分そんな感じと思います!」
多分て何だよと思ったが、ベルはもう何も言わない。
リサと会話している時に、細かい部分に突っ込んでいたら話が進まない。
「これは魔法を使えない私でも、微かに感じることができる。例えばあんたは爆裂掌を放つ時に、魔力がこもるのをちゃんと感じてる」
リサは腕を組んで、口を尖らせた。
「なーるほど。だから避けられちゃうのか」
「この魔力を込めてから、魔法を放つまでの疾さは、強いやつほど疾い。シェナドはほぼない。魔力を確認したら、次の瞬間には放ってる」
「なるほど! 早くすればいいのね! やってみるね!」
短絡的な発想。
それに対してベルは、結果は見えているが「まあやってみな」と言ってみる。
「いっくよー……『爆掌!』」
手の平を前に放たれる新技、『爆掌』。
それは爆とは名ばかりの、火打ち石を打った時に出る小さな火種が、ポツポツとでただけだった。
「あり?」
不思議そうに首を傾げるリサ。
「私は魔法は使えないけどねぇ、そんな簡単にいくもんじゃないってのは知ってるよ。きっと何年もかけて、訓練の末に疾くなるもんだ」
「じゃあ私の爆裂掌、絶対に当たんないじゃん!」
ぷりぷりとしながらベルに文句をいうリサ。
「だから、そのタメのある技を当てるために、工夫するって話でしょ」
「くふう~? そんなこといったってさぁあ。遅いのは仕方ないからっあ!」
突然、リサは拳を手の平にぽんと当てて、明るい顔になる。「分かっちゃいました。閃いちゃったよリサちゃん」
「御託はいいから、早くやってみな」
両手を前にだし、魔力をこめ、そして笑うリサ。
「へっへっへ! どーだ! 常にこうやって、魔力をまといながら、爆裂掌の準備状態で戦うのだ! そうすれば、すぐに爆裂掌を使える!」
「ふーん、じゃあそれで戦ってみな」
「いくらベル師匠といえど、この状態のアタシ相手に勝てるのかなぁ」
得意げに両手を構えるリサに、ぼけっとそれを見ているベル。
五秒後、特に何もしてないのに、リサはその場に両手をついた。
「あ、無理だわこれ。すごい疲れるし神経つかう」
「だろうね。それでいけるなら、みんなやってる。感覚はわからないが、発動の前段階まで魔力を込めるってのは、多分筋肉でいう踏ん張ってる状態。それはなかなか続けられないだろ」
「なら言ってよ……でさ、これで無理なら、もう一生、私の爆裂掌あたんないと思うんだけど」
「いや、そうでもない。考えてもみなよ。あんたは相手の行動の、少し先の動きを予知できる。それを、あんたは自分が避けることにしか使っていない」
「んん?」
リサは眉を寄せて、首を傾げる。「それ以外、使い道あるの?」
「相手がどう攻撃するかをわかるなら、相手がどう避けるのかもわかるってことでしょ。相手の動きの先に攻撃をすれば当たるって事」
数秒、考えるリサ。
なんとなくイメージが湧き始めたか、目が開いてキラキラと輝き出す。
「うおー! なんかそれできそうかも!」
冷静になって思い返せば、自分はやっぱり結構おバカなんだなと思い知る。
なんかできそう。それでできるほど、攻撃を当てるのは簡単じゃない。
特にハデムのような戦闘経験豊富な者であれば、なおさらのことだ。
ハデムの動きがぎこちなく、こちらの爆裂掌を警戒しているのがわかる。
だが、だからといって全く戦えなくなるわけではない。
警戒しながらも、しっかりと攻撃してくる。
そして、魔力を込める素振りをすると、すぐに下がる。
なんとも歯がゆい状態であり、そして精神と体力を徐々に削ってくる。
迫りくるハデムの手。その小指がリサの頬をかすめ、髪の毛を渦巻かせる。
リサの動きも、そして未来視の精度も下がってきている。
咄嗟に反撃しようとするも、すぐに退避。
やはり当たる気配がしない。
「疲れてきてんじゃねぇのか? もうすぐでその無駄にでかい頭を捻り潰せそうだ」
嘲笑うハデムに、汗をにじませるリサ。
いうとおり、このままでは負けるのは時間の問題。
だが、勝機がないわけではない。
ハデムは恐れている。爆裂掌の威力を。
集中すれば、ハデムの回避先も、ぼんやりとだが予知ができる。
後はタイミング。
どれだけの強者だろうと、いつかは隙ができる。
それを、見逃さない。
ハデムが両手を前に構える。
サルディで見せた、前方の空間をねじる魔法。
戦闘のさなかにそれを感じながら、リサは前に駆けた。
あの魔法は強力だが両手に強い魔力を込めないと使えないはず。
ハデムの両手にその気配を感じなかった。
チッとハデムは舌打ちして、構えを解いて後退。
リサの勘は当たっていた。
その後、何度かのハデムの攻撃を、ギリギリで避け、プレッシャーを与えるために攻撃する素振りだけ見せる。
ハデムは注意深い。魔力がこもった瞬間に、こちらの姿勢を確認せずに下がる。
静かに。そして冷静にそれをリサは観察していた。
これはベルとの訓練では見られなかった思考だった。そしてそのことを、リサ自身も認識できていない。
動物的な戦闘本能。
戦い中で、リサは劇的に成長をする。
眼前に来たハデムの手。それが当たる寸前で回避する。
ハデムが舌打ちを一つ。同時、リサの両手に魔力がこもる。
後方へ退避。
それを見たリサの両手から魔力は消える。
それはブラフ。
爆裂掌に見せかけた、強くは込められていない魔力。リサは更に距離を詰める。
突然のことに目を見開くハデム。通常以上に、さらにもう一歩後退すると、その背に木が強く当たる。
混乱して見えていなかったのだろう。後ろにある、退避先にあった木に。
リサには全てが見えていた。
もたれかかるように木へと背を当てるハデム。その前、すでに攻撃準備を済ませたリサ。
左の手の甲に、右手の平を重ね、その両手をハデムへと向ける。
両手に込めた魔力を爆発に変換。単純計算。火力は二倍。
吹き飛べ。
「『爆裂重掌!』」
蒼白驚愕のハデム。決死のリサ。そして、二人の間に、散り散りと弾ける小さな火種。
刹那、リサはその先。未来の映像を見た。
自分の鎖骨あたりに、ハデムの手がめり込み、骨の砕かれるビジョン。
ーーあっ……ダメ。これっ当たらなーー
そう思った瞬間には、ハデムの長い脚がリサの両手を蹴り上げ、空に巨大な爆炎が舞う。
リサの未来視は、魔法によるものではない。
簡潔に言えば直感。
相手の動きや所作を無意識に観察。その情報から先の動きを予測し、未来を見る。
未来は、平等で、慈悲などない。
見えた情景は正確にリサへと訪れた。