『爆裂掌』と『爆裂拳』
似ているようだが本質は違う。
自らを焼かないように熱波をコントロールする『爆裂掌』
対し、それを諦めて拳の表面全体を爆発させる『爆裂拳』
調整をあまり必要としない分、後者の方が圧倒的に疾い。
本来、これはリサが使える魔法ではなかった。
しかし、命の際。
本能で動いたリサは、足を使い、『爆裂拳』と同じ要領で爆発する蹴りを放っていた。
そして掴んだ。爆裂魔法の核心を。
受けるダメージは甚大。左足は今も火で炙られているような痛みが続く。
だが、それでも、ハデムを倒すためには、使うしかない。
『爆裂拳』を。
覚悟が、瞳の奥を燃やす。
その火に射られ、ハデムは自然と身震いした。
「なんだ……てめぇ」
声が、わずかに上ずっていた。
それはプライドだろうか。リサから感じてしまった得体の知れない何かを、ハデムは怒りで塗りつぶそうとする。
「別に」
短く返し、リサは一歩、踏み出す。
力強い、迷いのない足取り。火傷だらけの体で、痛みなど存在しないかのように。
その一歩に、ハデムの足が半歩、勝手に下がった。
あと一歩踏み出せば手が届く距離。
まるで試すかのように、リサはそこで足を止めた。
双方、攻撃の範囲内。
ハデムの喉が、こくりと鳴る。息を吐くたびに、肩が小刻みに揺れていた。
対するリサは、瞬きもしない。燃える目だけが、まっすぐハデムを射抜いている。
数秒、沈黙が流れる。
「どしたの……くれば?」
挑発。
燃える瞳と、薄い笑み。
その余裕が、ハデムの何かを焼き切った。
「クソがっ」
土を蹴り上げる。
だが、それを予知していたリサは左手で目に入る土を防ぐ。
視界を遮られたリサへ、右手を突き出し迫るハデム。
無論、これも読めていた。
ハデムの動きは手に取るようにわかる。
簡単に躱せる。しかし、ハデムの手は、リサの動かない右腕に直撃した。
激痛だった。
ただでさえ痛みのあった右腕が、更に肉が裂け、骨が軋んだ。
それでもリサは、歯を食いしばり、足を踏みしめる。
その左腕には強い魔力が纏われていた。
避けていては、当てられない。なら、動かない右腕なんて、くれてやる。
私が皆をーーイリオちゃんを、守るんだ!
「『爆裂拳!』」
渾身、左の一撃がハデムの胸に直撃。
それと同時に、火花散り、巨大な爆炎が炸裂した。
衝撃でハデムは吹き飛び、後方の木に激突する。
「ガッ、ウガアァァ!」
人間の耐えられる威力ではない。
あまりの衝撃に、ハデムは額を地面に付けながら、焦げた胸に手を当て、うめき声を上げる。
「クハ! アッハッハッハ!!」
その衝撃はリサにもしっかりと刻み込まれていた。
手袋は弾け飛び、左腕は赤くなり、煙を上げている。
しかし、それを見ながらリサは涙目で笑っていた。
「おめぇ……何だ、イカれてんのか」
口の脇から泡状の唾液を吹きながら、ハデムは震えた声で聞いていた。「何笑ってんだよ……痛ぇんじゃねぇのかよそれ」
痛いに決まってる。
左腕の感覚はもう半分ない。炙られた皮膚が引きつって、立っているだけで意識が飛びそうだ。
「痛ぇよ! 超痛くて、気絶しそうでヤバイっての!」
それでも、口角は勝手に吊り上がる。
涙が頬を伝う。痛みのせいか、別の何かか、自分でもわからない。
まるで薬でハイになっているかのように、笑い、そして泣きながらリサは叫ぶ。
「でもさ! でもさぁ!……あんたをぶっ飛ばせると思うとさ」
左手を前に出し、ニヤリと笑う。「笑い、止まんない」
恐怖のあまりハデムの顎が震え始めた。
強者の余裕は完全に剥がれ落ちる。
その瞬間に、勝敗は決していた。
「うっ……うわああああ!」
それはまるで泣き声だった。
理性では勝てないと悟っていても、プライドがそれを拒絶したか、両手を前に飛びかかる。
無様な、最後のあがき。
もはや未来視を使うまでもなかった。
軽く避け、今度は右足に魔力を込める。
「『爆裂脚!』」
ハデムの脇腹で炸裂。
はじけ飛ぶ衣服に、巻き起こる煙。
吹き飛び、地面に倒れると、ピクピクと震え、動かなくなった。
今この瞬間、生殺与奪の権利はリサにある。
ハデムは殺しにかかってきていた。一歩間違えれば、倒れていたのは自分であり、そして死んでいただろう。
しかし、それを分かったうえでリサはゆっくりとその構えを解いた。
殺しはしない。それはザイロとの約束であり、そんなことはなるべくしたくないから。
背を向け、その場を去ろうとする。
数歩進んだ時、背後で、土がかすかに鳴った。
倒れていたはずのハデムが、蛇のように音を殺し、立ち上がっていた。顔の半分を焼かれてなお、その目だけ人のものとは思えぬように爛々と濡れている。
死んだふり。最後の最後まで、ハデムはハデムだった。
無防備な背中へ、右手が伸びる。爪の先がうなじに届くーーその、はずだった。
リサは振り向かない。振り向かないまま、半身をずらす。
ハデムの手が、何もない空を掻いた。
「なっ……」
見えていた。背中越しでも、視界の外でも。
リサが見ているのは、今じゃない。
未来視に、死角はない。
左手でハデムの額を鷲掴みにするリサ。
足から力が抜けたか、自然とハデムは膝をついていた。
「ちょ! ちょっとまて! お前っ……お前でもゼノンには勝てねぇぞ! アイツはヤベェ、俺が口利きをーー」
ハデムの言葉を無視し、リサは囁くように言った。
「まあ、死なないぐらいにしといてあげる」
ボン、と軽い爆発音とともに、ハデムの顔は焼け焦げ、後ろに倒れた。
もう、コイツが立ち上がる未来は、見えない。
「私の……勝ち」
ポツリと呟く。
全身はズタボロで、火傷まみれ。
服はほとんど破けているし、手袋や靴は完全になくなっている。
ギリギリ、辛勝といったところだ。
でも、それでも。私の勝ちだ。
「うおおおぉ! ありがとベル師匠!」
左手を天に上げ、その空にベルを思い浮かべた。「皆!私! 強くなったよ!」
満足感が胸を包み、喜びがあふれる。
それに浸っていると、四肢の炙られてるような痛みが、少しだけ和らいだ気がしていた、その時、
上空、視界の左から右へと、凄まじい勢いで横切る影。
リサの動体視力はその影をしっかりと捕らえた。
「嘘、ゼノンと……イリオちゃん?」
飛んでいった方に目を向けるがもう姿はない。
見間違いじゃない。鳥のように飛んでいたゼノンが、イリオを担いでいた。
このままじゃイリオちゃんを連れてかれちゃう、でもゼノンには……あ。
ふと、気がつく。
いや、気づいてしまった。
私なら……ゼノンに勝てる……かも。