転生ロワイアル   作:syūgen

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第14話 旅の終わり

 最初に聞こえてきたのは雨の音だった。

 バラバラとなる音に頭へ当たる雨粒。

 目を開くと知らない森の中、木を背に座り込んでいた。

 立ち上がり、水気によって額にかかった前髪を後ろへと流す。

 果たしてここはいったいどこか。その疑問と同時に、自分が誰なのか、というさらに根本的な部分すらわからないことに、彼は気が付いた。

 首をひねり目覚める前のことを思い出そうとするも、何も出てこない。

 あるのは、転生者ただ一人となった者に神の力を授ける、という謎の声。

 その意味の分からない言葉だけを覚えていた。

 数秒考えたが答えが出る気配がなかったので、前へと歩を進める。

 それがやってきたのは数分がたった後。

 荒い馬の音と共に馬に乗った四人の男が彼を囲った。

 盗賊だった。

 短剣や斧を手に、金をよこせ、死にたいのかと、分かりやすい脅し。

 彼はまるでそれが聞こえていないかのように返事をせず、その盗賊たちを見据える。

 盗賊たちは馬に乗り、彼を見下ろしていた。

 しかし、その下劣なものを見るような彼の目を向けられると、まるで見下ろされているかのように感じた。

 誰かが言う、ここで殺そうと。それに反対する者はいない。

「不愉快だな、弱者どもが」

 彼は初めて口を開く。

 記憶をなくし、初めて対面した人間に感じたのは、怒りと激しい不快感。

 ぐっと腕を握りこむと、その周りの重力が強くなり、盗賊たちの乗っていた馬はすぐに膝を折り、乗っていた者たちは落とされた。

 彼は本能的に理解していた、自分の力というものを。

 雨の中、馬も盗賊も、そのほかの草木も地面にへばりつき動けなくなっていた。

 その中央に立つ彼以外は。

 数十秒経った後に能力が解かれる。

 馬も盗賊もその強い重力を浴びて、息ができず気絶していたが、かろうじて二人だけ意識があった。

 仰向けに倒れる一人に近づき、問う。

「名前を答えろ」

 返ってきたのは、ジモールという名。

 それを聞いて一瞬だけ考えた彼は、重さを増した足でその首をふみ砕く。

 ぐしゃ、と湿った音がした。

 彼の顔は微動だにせず、足元の感触に何の興味も示さなかった。

 すぐにもう一人のほうに歩いていく。

 その男は首を振りながら、命乞いをするが、それを無視して再度問うた。

「名前を答えろ」

 返ってきたのはかすれる声で、ゼノン、という返事。

 彼はまた考えた。先ほどよりも長く。

 その後、続けて質問を重ねていった。いったいここはどこなのか。国は、地名は。どこへ向かえばこの森を抜けられるか。

 盗賊は必死に答えた。自らの命を繋ぐために。

 一通り思いつく質問を終えて、満足した後、彼は言った。

「ゼノンという名、気に入った。この名は俺がもらう。この世に同じ名の人間がいたら邪魔だ。質問に答えた褒美をやる。その腰の短剣で自害することを許す」

 必死に首を振り何かをほざくゼノンだった者に、ゼノンは冷たく答える。

「なるほど、俺様にゆっくりと踏み殺される方が良いのか」

 ピタリと、青ざめたまま何も答えなくなった。

「貴様が死ぬことは決まっている。褒美に死に方を選ばせてやるといっているんだ。さあ、選べ」

 震える手で腰の短剣を取り出す男を、ゼノンは静かに見下ろす。

 果たして自分の身に何があったのか、そして一体、自分は何者だったのか。

 ゼノンには一切の興味がなかった。

 ただ分かっていることが幾つかあった。

 この世には二つの人間がいる。

 強者、そして弱者。

 弱者を束ね、利用し、そして貪ってやるのが強者の役割。

 その理が、本能に焼き付いていた。

 そして、強者はただ一人、自分だけであるということも。

 

 

 

 

『黒華蝶』を教えてもらったのは二日前。

 練習したのは一度。右手の指の中に、少し入れただけ。

 シェナドの言う通り血中の鉄操作は思った以上にできた。

 ただ、指という部分だけでも凄まじい激痛と、体の拒絶反応があった。

 全身に巡らせて、それを維持する。到底無理とも思えた。

 しかし、今、それを行っている。

 想像以上の発熱、嘔吐感、激痛。だが、それでも今はーー

「悪くねぇ気分だ」

 虚ろながらも、その声は闘争に燃えている。

 生命の危機から、脳がバグでも起こしているのか、それとも快楽物質でもでているのか、不愉快と快楽が腹の底で混ざり合っているような感覚がある。

 そして、何より実感がある。

 俺は今、強い。

 コイツに、ゼノンに対抗できるほどに。

 まるで体全体が鉄になったかのように、自分の肉体に磁力をかけて操作ができた。

 宙に浮き、砂鉄をまとった時以上の疾さが出る。

 だが、それを行う度に骨から肉を引き剥がしているような痛みが走る。

 それでも飛び、ゼノンへと詰め寄るザイロ。

 その逆、ゼノンは後方へと飛び立つ。

「愚かだな。その力、どれだけ持つ」

 吐き捨て、着地と同時に両手を前に魔力を込めるゼノン。

 重力が展開され、ザイロは地面、倒れていた木の上に落ちる。

 ニヤリと笑むゼノン。しかし、ザイロはすぐに立ち上がり、若干重い足取りながら迫る。

 重力下でもこの状態なら動ける。全身の鉄分に磁力を走らせ、地面の鉄分と反発させることで、押しつぶす力に逆らえる。

「なにっ」

 ゼノンの驚嘆の声とともに、黒拳が首元を撃つ。

 重力下での攻撃なので威力は落ちるが、それでもゼノンの表情は苦悶に満ちていた。

 ダメージはある。

 『黒華蝶』の継続時間は定かじゃないが、体感としては一〇分持つか怪しい。

 短時間でケリをつける。

「調子に乗るな! このっ弱者がぁ!」

 怒号と共に魔力を込めた右手を向けた瞬間、ザイロは横へと高速移動。重力を避ける。

 横へと回るザイロへ、ゼノンは追撃の重力を放つも、手を向けた瞬間にまた避けた。

 魔法の発動から重力が掛かるまで、若干の時間差がある。

 今の疾さなら、その間をぬって避けられる。

 その次、手を向けられた瞬間に、ゼノンへと高速で迫る。

 拳を突き出すがほぼタックルのような攻撃だった。

 ゼノンが間一髪、横に躱すと、止まることなく通り過ぎてしまう。

 初めて使う魔法だ。制御が利かない。

「小賢しい!」

 ザイロが急停止すると同時、魔力を右手に込め、自らの足元へと構えるゼノン。

 次にきたのはゼノンを中心に半径一〇メートルほどの、広範囲重力。

 これでは避けられない。しかし、範囲を広げた分、その威力は弱い。

「んな魔法、効かねぇよ!」

 また重力下を突き進もうとした時、ゼノンは展開していた重力を一気に解いた。

 解放された魔力をそのまま自身に転用し、重力操作で高速移動するゼノンが迫りくる。

 先ほどの広範囲の重力はこのためのブラフ。

 突然のことに虚を突かれた。

 また蹴りが来ると思い、両腕を体の前に構えたが、ゼノンは急停止。

 狙ったのは足だった。右の腿を上から踏みつけるように蹴られる。

 痛みのあまり呻くと共に、膝をつく。

 ゼノンは蹴りの反動で飛び上がり、距離を取ったと思うと、両手を前に構えて重力を発動させる。

 足をやられて機動力を削がれた、避けられない。

 先ほどより数倍強い重力が掛かり、強さのあまり頭が落ち、四つん這いになった。

 すぐに立ち上がろうとするが、ゼノンが手を前に出し、またやってくる重力。

 次は膝と、右手をつく。

 また立ち上がり、そして重力。

 三度目。次は右膝だけつく。

 磁力で全身を張り巡らせるザイロには、それが肌で分かった。重力場の濃度が、回を重ねるごとに薄れていく。

 いける、やれるぞ。

 立ち上がり、後ずさるゼノンへと歩くザイロ。

 また二度、三度と重力が来るが、歯を食いしばり耐える。

「クソッ……」

 また重力を放とうとした時、ゼノンは右手が痛んだか、その手首を左手で握る。

 魔法はそう何度も全力で使えるものではない。

 また魔力も無限ではない。底が見え始めると、コントロールもおぼつかなくなる。

 その最中、眼の前に立ち、見下ろすザイロ。

 逡巡の間、ゼノンの目に恐怖の影。

「見下ろすなこのーー」

 ゼノンの言葉を遮り、頬に打ち込まれる黒拳。

 満身創痍の拳だったためあまり勢いがない。

 よろめくゼノンに追撃の拳を打ち込もうとした時、

 ドクンーー

 耳に入ったのは強い心臓の音。その後、消え去る視界と停止する心拍。

 一瞬の不整脈だった。限界の肉体は、一瞬だが心臓を止めた。

 刹那の間、意識が飛び、すぐに戻る。

 ゼノンはその一瞬の硬直を見逃さなかった。

 地面を蹴る音と共に、飛び蹴りが胸部に突き刺さるように当たり、骨が砕ける不愉快な音が響いた。

 高速移動の蹴り。ゼノンは反動で宙を舞う。

 その顔は驚嘆している。

「バカな!」

 目下、勢いで後方へ吹き飛ぶはずのザイロが、磁力で体を留めていた。

 判断ではない。長い修行と、いま命を賭けてる無意識が、咄嗟に全身の磁力を地面へと食い込ませていた。

 本来、後ろに飛んで和らぐはずだった衝撃が、ザイロの全身を巡る。

 胃液が逆流し、口の中を不愉快な酸味で満たす。

 それを口の脇から垂らしながらも、耐える。

 ここが勝負の際。距離を離されるわけには行かない。

「この野郎ぉお!」

 叫んで飛び上がり、ゼノンの眼の前に迫るザイロ。

 ゼノンが咄嗟に前に出した防御のための両手をすり抜けて、投げるように放った黒拳が、左目の上に直撃する。

 勢いよく落ちるゼノン、着地したが、すぐに膝をつくザイロ。

「チ、チクショウ!」

 血が流れる額を押さえながら、ゼノンは痛みに悶えた。脳への衝撃か、立ち上がれずに手がブルブルと震えている。「ごの……弱者が! 舐めやがっで……グゾ! 俺っ……俺様は、強者だぞ!」

「強者強者って。ゴチャゴチャうるせぇんだよ」

 力ない様子で立ち上がるザイロ。

 肩で息をし、膝は震え、今にも倒れそうだった。

 しかし、その目だけは、灰の中、一箇所だけ赤く燻る残り火のように、鈍い光を放っていた。

「く、来るな、弱者が!」

 ゼノンの重力を使った蹴りは、自身の体重以上の威力を出せる。

 しかし、その反動も同じく足に受ける。

 連発できる技ではなく、そして、ザイロが磁力により衝撃を受けきったことにより、ゼノンの右足にもより強いダメージがきていた。

 強烈な脳震盪もある。立ち上がれず、腰を擦らせながらゼノンは下がる。

「強者だか……弱者だかぁよ」

 よたり、よたりと、右足を引きずりながら、一歩ずつ近づくザイロ。

 ゼノンは何度も立ち上がろうと足に力を入れるも、うまくいかない。

「グゾっ、クソォ!」

 手を前に重力を放とうとするが、指先が震えるだけで何も起きない。

「貴族だか……奴隷だか」

 意識が今にも飛びそうで、自分が何をしているのかも、完全に理解ができずにいた。

 それでもザイロは前に進む。

 もうゼノンは後ろにも下がらず、過呼吸のような状態でそれを見つめている。

「神か……人間か! なんだか、知らねぇが」

 ザイロは右の拳を強く握り、振りかぶる。

 それに砂鉄は纏われていない。体外の磁力を操作する余裕も魔力もなくなっている。

 最後の一撃。それを見舞うために、とうに限界を迎えているが最後の力を絞り出す。

「俺のっ……俺達の、明日を!」

 

 

 二人の力はほぼ、拮抗していた。

 勝敗を決したのは、ほんの僅か差。

 鼻から息をすい、全神経を研ぎ澄ますゼノンは、一瞬、意識が鮮明となり、腹の底で微かな魔力を感じていた。

 日々の慣らしによって生まれていた、微かな、チリのような魔力。

 それを操作し右手に込める。

 力を振り絞り放った『グレム』

 それはとても弱々しかった。

 ほんの一瞬、虫すら殺せぬほどの弱々しい重力。だが、限界のザイロの心を折るには十分だった。

 受けたザイロは、拳を構えたまま停止。

 目に、もう火はない。

 勝利を感じたゼノンの頬が釣り上がり、ザイロの体は前に落ちる。

 それは偶然、視線の先にあった。

 ザイロ自身、それが見えていたのか定かではない。

 少し離れた場所で、イリオが、両手を組んでいた。

 仲間の勝利を願い、静かに祈っていた。

 彼女にはそれしかできないから。

 ただ直向きに。

 

 

 ザス、と地面を蹴る音。

 右足が前にでて、落ちる体を支えた。

 再度前を向いたザイロの目。ゼノンの表情から笑みが消える。

 それは思い、そして思われた人の差か。

 その目にまた、火が灯る。

「この弱っーー」

「邪魔すんじゃねぇええ!」

 振り下ろされた拳はゼノンの脳天に打ち込まれ、顔は勢いよく地面に落ちた。

 立ち上がる気配はない。

 戦いは完全に終わった。双方限界を振り絞り、勝ったのはザイロだった。

 だがそのザイロも、そのゼノンの隣で膝をつき、うつ伏せに倒れる。

 もう全身の感覚がない。痛みもない。

 気を失ってはいけない。『黒華蝶』によって全身を巡った鉄を体外に出さなければ、血管が詰まり、確実に死ぬ。

 ギリギリの意識の中、ゆっくりと背面、心臓の辺りから鉄を排出し、地面にパラパラと鉄が落ちていく。

「おい、ザイロ」

 傍らから声がした。レインの声だ。

 そばで肩に手を添えている。

「死ぬな。お前が死んだら、意味がないぞ! ザイロ!」

 レインらしくない感情的な言葉に、笑みを作りたかったが、それもできなかった。

 体から砂鉄を出し切れていないと思うが、もう操作できない。そして体温が落ちていくのか寒気が全身を覆う。

 レインが何かを言っている気がするが、もう聴こえない。

 死ぬのかも知れない。

 抵抗したい思いもあるが、もう十分やったんじゃないかと、それを容認してしまう自分もいた。

 いや、心残りがあるとすれば……。

 誰かが背中に手を当てる。

 体に入った鉄が動いている気がする。

 果たして何が起きているのか、ザイロには何もわからなかった。

 ダメだ、意識……死ぬ前に、せめて、あれだけでも……。

「アップ……ル、パイ……」

 僅かな口の隙間からでた、誰にも聴こえない小さな声と共に、意識は消えた。

 

 

 いったい、いつまでこうしていただろうか。

 シェナドは青い空を見上げていた。じっと見ていると吸い込まれそうになるほど、透き通る青。そこから差す温かい陽光。

 ほんの少しだけ、ひんやりとした空気が頬を流れていく。

 それがとても心地よかった。

 いつまでも感じていたいほどに。

「普段、研究ばっかりやっていると、自然というものの良さを忘れてしまうようだ。机じゃなく、たまには空に目をやるべきかな」

 空に浮かぶ、輪郭が綺麗にわかる白雲。

 それを見ながらシェナドは語る。

 英雄の眠る場所。周りには誰もいない。彼女だけだ。

 それでも続ける。

「ザイロはいっていたよ。まるで何かに引っ張られるようにここに来たって……君が呼んだのかな?」

 また空に問いかける。

 声は返ってこない。それでも、瞳を閉じれば、そこにデントを感じる。

「未練がましくこんなところに住んでいる僕を、さっさと解放したかったんだろ。君の考えることなんて、手に取るようにわかる。ずっとその気持ちをわかっていたけど、離れられなかった。未来を進むというのは、とても力がいるからね。それに、君を忘れてしまいそうで怖かった」

 そう言うと、フフっと、いたずらっぽく笑う。

「大丈夫、忘れない。忘れられる訳がない。そうやって自分に言い訳してただけさ。過去に捕らわれることを、肯定したかったんだ……でももう、それはやめるよ。前に進もう」

 天に目をやる。

 空が静かに佇み、シェナドを見下ろしていた。

「ありがとう、デント。僕と出会ってくれて。彼を連れてきてくれて……ありがとう」

 また目を閉じる。

 背後に彼の気配を感じる。

 見えなくても、その表情は手に取るようにわかる。

 なあ、デント。

 君も、笑っているんだろう。

 

 

 感じたのは腹への重さだった。

 何かが乗っている。

 そう思いながら、ゆっくりと目を覚ます。

 ぼやけた視界を整えるように何度か瞬きすると、見えてきたのは木目の天井。

 ベルから借りている、酒場の部屋だ。

 ぼーっとそれを眺め、記憶を呼び起こす。

 戦って、倒れて、それから随分と長い時間、暗闇の中にいた気がした。

 きっと一日以上、寝ていたと思う。

 未だ痛む体を起こし、重さの正体を探ると、そこにあったのはリサの頭。

 彼女はベッド横にある椅子に座り、ザイロの腹に頭をのせ、すやすやと寝ていた。

「起きろよぉ、ザイロぉ」

 寝苦しそうにしながら、そんな寝言をいっている。

「お前……重いんだよ」

 どかそうにも力が入らずに諦めて横を見ると、レインも壁近くの椅子に座り、腕を組んで眠っていた。

 ザイロは申し訳なさそうに、頭を掻いた。

「悪いな。心配かけて」

 そう呟くと、どこから香る甘い匂い。

 枕元だった。

 目を向けると、ベッドの頭にある棚の上に、作ってからだいぶ時間が経ったのか、乾燥して水気のなくなったアップルパイがある。

 ザイロは笑った。

「目ぇ覚めてから作ってくれよ」

 自然とそう呟くと、ガチャリとドアが開く。

 開けたのはイリオだった。

 寝ているザイロを看病しようとしたのか、手には水の入った桶とタオルがある。

 彼女は驚いたように「あっ」といって目を丸くした。

 ふと出会った時のことが脳裏をよぎった。

 あの時もそうだ。俺はベッドに寝かされて、そして彼女がドアを開けた。

 状況を理解したか、イリオは困ったように首を傾げた。

「もう、いくら話しかけても全然、起きないんですから。心配したんですよ」

 投げかけられたのは、死にかけた人間に対する言葉とは思えない、いつもの朝のような会話だった。

「ああ……ごめん。俺、寝起き悪くてさ」

 寝起きの問題じゃないが、そういってみた。

 腹元のリサを一瞥した後、また顔を上げる。

 イリオの目元から頬へと伝う、一筋の涙。

 それでも、ザイロは微笑む。

「おはよう」

 いつもの朝のようにそう言うと、

「おはようございます」

 と彼女もいつものように返した。

 ただ、一つだけ、いつもと違った。

 彼女は確かに、笑っていた。

 俺の旅が今、一つ終わった。

 

 

「これで、君は永遠の地獄を見れる。口は閉ざさないよ。泣いて、喚いて、どういう気持ちか教えてくれ。研究のために知りたいんだ。頼むよ」

 シェナドのその顔は強烈に歪み、よもや人のそれではないとも思えた。

 青紫色になり、造形を留めていないような、毒手がゆっくりと顔に近づいていく。

 体を揺らすも縛られているのか全く動かない。

 眼の前に来ると、鼻腔の奥を針で刺されたかのような強烈な臭いがした。

「やめっやめて! 頼むからやめてくれええぇ!」

「黙れ、起きろ」

 ガンっと頭に衝撃があって、ジーノは悪夢から覚めた。

 痛みで頭に手を乗せると、見えたのは壊れた机に座るゼイロン。

「た、大佐! お、御三方は!」

 視界を振るも他に人影はない。

「帰ったよ」

 落胆したかのようにそういうゼイロンに、すぐに事の重大性をジーノは理解する。

「申し訳ありません! まさかアイツら、少佐であるこの僕にーー」

「言い訳はいい」

 ゼイロンは考えるように自らの額に手を当てていうと、ジーノの口はピタリと止まる。

 ゼイロンは怒鳴ることはなかった。

 ただ、彼の声色は冷えた金属のように、ジーノの背筋を撫でた。

 怒っている時より、こうしている時のほうが、彼は恐ろしい。

「転生者ゼノンを使う、シェナドを排除する……ここまでは悪くないが、詰めが甘い。アイツらがすぐに戻ってイリオ・ハイメインの手助けをすれば、全てが水の泡だ」

 ジーノは何も応えない。

 ただ顔を青くして、口を強くつぐんでいる。

「お前なりに知恵を凝らしたことは理解してやる。イレギュラーもあった。まさか、ローベント赤獅子が味方するとはな。ただ、もう間違えるな。次は作戦を変更する。理想は捕獲だが、それは難しそうだ」

 ゼイロンは足元に落ちている木の破片を手に取る。

 それに魔力が込められると、木片は微細に震えだした。

 どんどんと振動が強くなり、輪郭がぼやけだすと同時、パンっという破裂音とともに砕け散ると、ジーノは顔に当たる破片に咄嗟に目を閉じた。

「イリオ・ハイメインを殺害し、そしてその証拠をもってこい。手段は問わない。もし、次を間違えれば、その頭、この木片と同じ様になると思え。いいな」

 返答はしない。拒否する権利はジーノにはない。

 それよりも、今、頭の中で考えているのは一つ。

 毒殺と振動殺、どちらの方がマシだろうか?ということだけだった。




第一章、完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
面白ければ、感想や評価、ブックマークをいただけると励みになります。
一番好きなキャラや、印象に残ったシーンがあれば、ぜひ聞かせてください。
二章は書き溜めが作れ次第投稿予定です。
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