The Passenger: Rubicon High 作:クロームの灰
裏切り者のACが雪原の染みと化した後、俺は機体を廃拠点の影に滑り込ませた。
荒い呼吸がコックピットに響く。肉体がある。肺が冷たい空気を求めている。だが、感覚の半分は依然として、この40トンを超える鋼鉄の塊に溶け込んだままだ。
「……なぁ、ジョニー。おかしいと思わないか」
俺は、網膜に投射されている「OS」のログを指差した。
そこには『アーキバス』『コーラル』『MT』……見覚えのないはずの固有名詞が、まるでありふれた日常用語のように並んでいる。
「ああ、気色悪いぜ。俺のクソみたいな記憶の断片に、覚えのない知識が勝手に書き込まれてやがる。……『アサルトブースト』だの『スタッガー』だの。まるで誰かが、俺たちをこの世界に馴染ませるために、マニュアルを脳内に直接ぶち込んだみたいだ。そして、俺らはそれを今の今まで当たり前かのように普通に使っていた。」
ジョニーが実体のないタバコを噛み締めながら、不快そうに顔を歪める。
俺たちの意識がこの世界に接続された瞬間、ルビコンの「共通言語」が、強制的なアップデートのように脳へと流し込まれていた。
だが、それ以上に理解不能なのは、俺の「感覚」だ。
「……さっきの動き。サンデヴィスタンを起動した時、機体の出力が跳ね上がった。……理屈に合わない」
俺は自分の脊椎にある「サンデヴィスタン」のインプラントを思い出す。これは俺の肉体を加速させるためのサイバーウェアだ。神経系に干渉し、認識速度を極限まで高める代物。
だが、その「加速」は、機体のスラスターや駆動モーターという、外部の物理的な機械にまで干渉していた。
「ハッ、物理学者が見たら卒倒するぜ。お前の神経が加速したところで、このACっていう馬鹿でかいのが合わせて素早い動きになるなんて、魔法かハッキングの類だ」
ジョニーが笑うが、その瞳には冷たい計算の色がある。
なぜ、生体用のインプラントが、完全に独立したACのシステムに干渉できるのか。
機体のバックパックから噴き出した、あの「赤い火花」は何なのか。
「……わからねえ。だが、できた。俺が『速く』なれば、この機体もそれに応える。……そういう風に、こいつが俺を選んだみたいにな」
「理由なんて後回しだ、V。バグだろうが奇跡だろうが、使えるもんは全部使え。……ナイトシティじゃ、理屈を知ってる奴より、引き金を引くのが速い奴が生き残った。ここでもそれは変わらねえだろ?」
俺は沈黙し、自分の手を見つめた。
加速する神経。失ったはずの肉体。そして、説明のつかない「力」。
この星ルビコンは、俺たちに新しいルールを押し付けながらも、俺たちが持ち込んだ「不純物」を拒まなかった。
「……ああ、そうだな。……行こうぜ、ジョニー。まだ、弾は残ってる」
俺は再起動シーケンスを入力した。
もう、この恐ろしさを気にしないことにして。
理由のわからない加速を背負ったまま、俺たちはさらなる泥沼へと足を踏み入れる。