「……んん……」
心地よい夢から引き戻されるように、ルドルフが微かな声を漏らした。
あれから小一時間ほど経っただろうか。部屋を包んでいたアロマの香りも幾分落ち着き、間接照明の灯りが彼女の穏やかな寝顔を照らしている。俺は少し離れたスツールに腰掛け、専門書を読み返しながら彼女が目覚めるのを静かに待っていた。
ピク、ピク、と、頭頂部の耳がゆっくりと動き始め、やがてその瞳がパチリと開かれた。
「……おはよう、ルドルフ。気分はどうだ?」
俺が声をかけると、ルドルフは瞬きを数回繰り返し、現状を把握しようとするかのように周囲を見回した。そして、自分がマットの上でタオルケットに包まり、完全に意識を手放していた事実を思い出した瞬間。
バサッ!
と、ものすごい勢いでタオルケットを引き寄せ、自身の腰から下を厳重に隠し込んだ。
「……っ!!」
「る、ルドルフ?」
完全に覚醒した彼女の顔は、先程までの無防備な少女のそれから一転、首の根元まで真っ赤に染め上げられていた。頭頂部の耳はピンと逆立ち、尻尾はタオルケットの下でギュッと小さく丸まっている気配がする。
「……見ただろう」
低く、押し殺すような声が静寂を切り裂いた。
「え? いや、見たって……何を……」
「とぼけるな! 私の……その……無防備すぎる姿と……その……」
言い淀むルドルフの姿に、俺は自分が先程まで彼女の臀部から尻尾の付け根にかけて、オイルを使って丹念にマッサージしていたことを思い出した。
完全に「癒し手」としてのスイッチが入っていたため、変な邪念は一切なかった。だが、我に返った年頃の少女からすれば、自身の極めてプライベートな部分を、しかも担当トレーナーである男にまじまじと見られ、触れられ、あまつさえ完全に快感に屈服した姿を晒してしまったのだ。
その恥辱は、計り知れないものだろう。
「あー……その、なんだ」
俺は必死に言葉を探した。
「誤解しないでくれ。俺は完全にマッサージ師としての目でしか見ていなかった。変なところなんて見ていないし、変な感情も……」
「……」
「……それに、その……すごく、綺麗だったし……」
良かれと思って付け足した一言だったが、それが致命傷になった。
「デリカシーというものがないのか、君は!!」
バシンッ!と、枕が飛んでくる。ルドルフは顔を真っ赤にしたまま、半ば涙目で俺を睨みつけていた。
「で、でも、ルドルフ。お前がやってくれって……」
「わ、わかっている! 私から言い出したことだ! 君が純粋に私の疲労を抜くために尽力してくれたことも、結果として身体が羽のように軽くなったことも、百も承知だ! ……だが! それとこれとは話が別だろう! 淑女の……その……大切な部分を、あのように……!」
彼女の言う通りだ。完全に俺の失言だった。事実をありのままに伝えれば安心するだろうという、男特有の鈍感さが最悪の形で発揮されてしまった。
「……すまん。俺が悪かった。本当に申し訳ない」
俺は素直に頭を下げた。彼女が本気で怒っているわけではないことは、その震える声と、どこか所在なげに揺れる耳を見ればわかる。これは完全に行き場のない羞恥心による、八つ当たりに近いものだ。
「……ふんっ」
ルドルフはプイッと顔を背け、タオルケットをさらにきつく抱え込んだ。
部屋に気まずい沈黙が流れる。
このままでは、せっかくの完璧なコンディショニングが、最悪の空気で終わってしまう。どうしたものかと俺が頭を悩ませていると。
「……トレーナー君」
背を向けたままのルドルフが、ぽつりと呟いた。
「なんだ?」
「……まだ、終わっていないだろう」
「えっ?」
ルドルフは顔を背けたまま、だが頭頂部の耳だけを少しだけこちらに向け、不満げにピクピクと動かした。
「……脚も、尻尾も、完璧に解された。……だが、私の頭と耳が、まだ手付かずのままだ。……下半身だけ軽くされても、バランスが悪いではないか」
その言葉に、俺は思わず毒気を抜かれてしまった。
これだけ恥ずかしい思いをさせて、あれだけ激しく怒った直後だというのに。まだ、俺の手を求めてくれているのか。
「……ははっ。そうだな、バランスが悪いな」
俺は立ち上がり、彼女の背後へとゆっくりと歩み寄った。
「へいへい。承知致しましたよ、皇帝陛下。満足のいくまでお付き合い致しますとも」
「……口の減らないマッサージ師だ。……全く」
少しだけ拗ねたような、だがどこか安堵したような声が返ってくる。
タオルケットから覗く彼女の美しい頭頂部へ。俺は残りのオイルを手に馴染ませ、静かに、そして確かな熱を込めて手を置いた。
実際ヘッドスパやオイルマッサージってかなーり気持ちいいですよね。