文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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第一章 文学少女の先輩とお喋り
五月・ヨム先輩と官能小説


「官能小説には年齢制限がないのですよ」

 

 日中のうだるような暑さを超えて、エアコンの効いた快適な部室で有意義な読書に勤しんでる最中、ヨム先輩は一切の脈絡なく、予備動作もなく、突如としてそう言い放った。

 

 できれば独り言であってほしい。部室には僕しかいないので、誰かに語りかけているとすればターゲットは僕になってしまう。

 

 念の為、目を落としていたラノベからちらと視線を上げると、ヨム先輩は誤解の余地なく対面の僕を凝視していた。

 

 カチッとした、太いフレームのアンダーリム。

 その向こう側で、得意げ、という装飾で彩られた大きな瞳。

 

 リアクション待ちが癇に障ったので、本に視線を戻す。……おっ、このちょっと様子のおかしい女騎士、原作ゲームでは洗脳されて敵になるキャラクターなのか。

 

「ちょっとちょっと、かっくん、無視しないでくださいよ。尊敬すべき先輩の、ありがたい金言ですよ」

「すべき、ってことは、今はされてない自覚がお有りで?」

「重箱の隅をつつくのはよくありませんよ、せめて顔を見て話すべきでは?」

「いま先輩の方を見たくなくて」

「なんでですか、失礼千万ですよ」

 

 と、言われてもなあ。

 

「今いい所なんですよ、あとにしてくれませんか」

「むう、どれくらい待てと?」

「三時間くらいですかね。この本分厚いんですよ」

「かっくん。それは、下校時刻を過ぎてしまうのでは?」

「今日もお疲れ様でした、ヨム先輩。明日には忘れていてくださいね」

「敬意と誠意が足りていません、先輩は納得いきませんよ」

「すいません、辞書をとってもらっていいですか? 知らない言葉が二つも出てきて」

「スマホで調べてください、現代っ子でしょう」

「へえ、日本で最初の征夷大将軍は坂上田村麻呂なんだ」

「辞書の引き方から教えるべきでした。いいから静聴する。先輩命令ですよ?」

「このご時世にパワハラとは良い度胸ですね。出るとこに出ましょうか」

「今、私の胸が出てないといいましたか!?」

「言ってねえよ」

 

 ちょっと脳がピンク色になってるじゃねえか。

 よく見たら持ってる本はフランス書院だし。

 

「この期に及んでセクハラまで足してくるようならもう法廷で会うしかなくなりますよ」

「かかってきなさい、私の父は弁護士です」

「子供の喧嘩に親を出さないでくださいよ」

神語(かんがたり)弁護士ですよ、強そうでしょう」

「確かに強そうな字面ですが」

 

 そうしてヨム先輩こと神語詠(かんがたりよむ)は、わざわざその場で立ち上がり、結局、同意してない話の続きを始めた。

 

「昨今、若者の活字離れは深刻です。電子書籍の売上は伸びていますが、出版業界は未だ長い不況に苦しんでいます……」

 

 高校生が出版業界を憂いてどうするんだという気もするが……ヨム先輩はこう見えて、大手出版社から著書を出版し、印税収入を得ている、立派なプロの作家なのである。

 

 艶のある黒髪を太く絞った二股のみつあみにして、きらりとメガネを輝かせる姿は、なるほど文学少女然としているものの。

 

「そこで官能小説です! 私はここに一条の光を見出しました!」

 

 それが放課後の部室でこんなことをのたまってると知ったら、想定顧客層の若い女性の皆さんは卒倒するかもしれない。

 

「結論がよくわからないんですが、つまりどういう?」

 

 テンションの高くなったヨム先輩は、放置するとより面倒くさくなるので、しかたなく話に乗ってあげる。

 向こうはやっと話を聞く気になったか、という感じで頷きながら、力説を始めた。

 

「日本国の法は十八歳未満に性的コンテンツの享受を禁止しているでしょう」

「まあ、そうですね」

 

 厳密に言うと法律ではなくて条例とかの問題だった気がするが、それはさておき。

 

「結果、若者たちはあふれるリビドーを持て余してしまいます。放置しておけば大変なことになってしまう……風起の乱れ、秩序の崩壊、このまま時代が進めば、待ち受けるのは暴力が支配するディストピア!」

「想像力が豊かですね」

 

 この妄想力だけで飯を食ってるような女に、思春期男子の何がわかるというのだろう。

 

「そこで官能小説です! 先程も言いましたが文章に関しては、年齢関係なく合法的に閲覧できる訳です。持て余したリビドーの昇華先を文学に向けてもらえば……どうですか!? 本が読まれるようになり、活字離れは解消! これはまさしく盲点……出版業界が変わるかもしれません!」

 

 なんとなく読んでた本から得たインスピレーションでなぜそこまでブチ上がれるのかはよくわからないのだが、調子こかれると面倒なので、一応僕は言った。

 

「ヨム先輩」

「なんですか、かっくん」

「大半の若者は、法の目をくぐり抜けてそういうコンテンツを享受してます」

 

 ぴた、と先輩の動きが止まった。

 

「年齢制限に引っかからないけど、描写が過激なアニメや漫画なんかも、いくらでもあります。リビドー解消にフランス書院を手に取る層は、ただのムッツリスケベです」

「わ、わわわ、私のことをムッツリスケベと言いましたか!?」

「ムッツリスケベのムッツリってなんなんでしょうね」

「流れるように話題を変えないでください!」

「まだこの話続けるんですか……?」

 

 本当に気まずいのでさっさと話題を変えたいのだ、できれば本の続きを読みたいのだ。発売されたばかりの新刊だけど、架空原作のバックボーンが練り込まれててかなり面白いんだから。

 

「得意げに披露した思いつきを、一言で切り捨てられたら悲しいじゃないですか!」

「思いつきだって認めちゃってるじゃないですか」

 

 せめてプロとして、ちゃんと考察してから業界に物申してほしい。

 

「そこまで言うなら先輩が自分で書いて時代を変えてくださいよ」

「えぇ……? それはそのぉ、実体験が伴わない事には……書くに書けませんし……」

 

 急にもじもじとみつあみを指で巻き始めるヨム先輩。

 僕は盛大にため息を吐いた。

 

「アンタ実体験が伴わない妄想小説書いてるじゃないですか」

「今、言っちゃいけないことを言いましたね!?」

 

 しまった、禁句だった。

 

 一度頭に火がついたヨム先輩は暑苦しい。びしっとお行儀悪く僕を指さしてくる。

 

「何のためにかっくんをこの部室に置いてると思ってるんですか!」

「それは……そうなんですが……」

 

 我らが第三文芸部は総勢二名。その部室は大きなテーブルにゆったりとしたソファの他に、エアコン完備、小さな冷蔵庫完備、保温機能付きの電気ケトル完備。

 

 そして何より天井まで届く立派な本棚があり、隙間が無いほどみっちりと蔵書で埋まっている。

 

 この快適空間は、学園がヨム先輩に使用する権利を与えた領域であり、僕なんぞは先輩の一存でいつでも放逐されてしまう立場にある。

 

 ヨム先輩の我儘を、僕は可能な限り聞かなければいけないのだ。快適な読書の為に。

 

「想像の翼を広げる事が創作だと、いつも得意げに言い散らしてるじゃないですか」

「時と場合とコンテンツにもよるでしょう、私は恋愛作家ですよ」

「恋愛作家だったらそれこそ濡れ場を書くスキルが必要なのでは?」

「………………………………」

「ほら、思いつきで馬鹿みたいなこと言い出すから言い返せなくなっちゃった……」

「馬鹿みたいなことっていいましたね!? かっくん、中間テスト何位でした!?」

「学年違うのに比較する意味はない気がしますが……六六位です」

「………………………………」

「ヨム先輩、何位だったんですか」

「っすぅー――――……………………今は成績の話はいいじゃないですか」

「話を誤魔化さないでください」

 

 なっげぇ溜息だったな。

 

「ほら、学年が違うのに比較しても仕方ありません。今はエッチな小説の話をしましょう」

「アンタ本当にそれでいいのか?」

「そもそもかっくんが最初から私の相手をしてくれていれば、話だってここまでこじれなかったわけじゃないですか」

「僕が悪いんですか?」

「話の流れはともかくとして、先輩に対する態度は悪いですよ。ちゃんとこっちを向く。本に目を落とさない。顔を見てお話しましょう」

 

 ついにお説教が始まってしまった。

 

 正面から見ることを控えていたヨム先輩に、改めて目を向けて、視線を合わせる。

 長いまつ毛、パチッとした瞳、化粧の一つもしていないのに、くすみのない肌、特徴的な右目の下の泣きぼくろ。

 

 本当に、黙っていれば美人なのだから。

 黙っていてもらおう。

 

 僕は先輩の要望通り本を閉じて、スマホを取り出した。

 怪訝そうな顔をする先輩を放置して、数分後。

 

 個人メッセージに出来上がった文面を送信して、それから本に再び目を落とす。

 着信音に釣られ、自分のスマホに目を落としたヨム先輩は……。

 

 ぴたりと動きを止めて、自分の体と、それから僕を見て、もう一度自分の体を見て、を繰り返し、やがて、顔を真っ赤にして、自分の体を抱いて、椅子にぺたんと座った。

 

 

 

 

『……華奢な体だった。細い腕、薄い体、抱きしめれば折れてしまいそうなほどの儚さは、まさしく陶器の人形のよう。うっすら(あばら)の浮き出た、さらりとした白い肌を隠す、桃色の下着が透けているのに、当人だけが、全く気づいていない………』

 

 

 

 

 そもそも、顔というか、姿が見れなかった理由に気づいてほしい。

 夏の暑さを気にしないのは構わないが、無防備もいいところなのだから。

 

 ……ヨム先輩が、こちらをずっとにらみ続けている気がするけど、まあいいや。

 これで、やっと続きが読める。

 

 本のページをめくる音、時計の針が進む音、エアコンの駆動音、廊下を誰かが歩く足音、時折、窓の向こうから聞こえる、運動部の掛け声。

 

 それらの間を縫うように、やがてヨム先輩は、ポツリと一言、こう告げた。

 

「や、やるじゃないですか、かっくん………次は法廷でお会いしましょう」

 

 しまった、親を連れてこられてしまう。

 

 

 

 

 

 私立風光学園、第三文芸部。

 ここには僕とヨム先輩の、二人しかいない。

 

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