文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
「さて、このままちょっと商店街を歩きましょうか。かっくん」
かき氷が溶けきる前に我に返って、なんとなくお互い口を開かぬまま完食して、会計をヨム先輩にしてもらった辺りでだんだん我に返り、店を出て少し歩いた頃には仕切り直すことに成功した。
……あそこから仕切り直せる事ってあるんだ。
「なるほど、そう来たか」
「あれ、どう来ると思ってたんです?」
「僕らの行き先というと、市民図書館に殴り込みかなと」
「普段学校で出来ることを、わざわざ休日にやるのはもったいないですか?」
駅前の図書館も蔵書量は結構な物だし、中学生の頃は頻繁に通っていた。僕とヨム先輩を繋ぐものは主に小説なので、行くとしたらそこかなと思っていたのだが。ヨム先輩的にはご不満らしい。
「ふむ、一理ある気がします」
「それに、せっかくなら商店街デートのシーンを書きたいんです、食べ歩きとか、お店を見たりとか」
「つまり……取材なんですね」
「そう、取材なんです。ご協力、お願いしますね」
僕を従わせる魔法の言葉が出てきたので、付き合わざるを得ない。
アーチ状の屋根で覆われた、いわゆるアーケード街と呼ばれるこの商店街は、この近隣住人の生活拠点として長く生活を支えていた。
駅前に便利なビルやスーパー、総合商業施設などが出来て、高齢化に伴ってだんだん廃れていって……というある種お決まりなルートを辿ったわけだけど、僕が中学を卒業する半年くらい前から順繰りに大規模な工事を始め、建て替えたり入れ替えたりがあったわけだ。
「昔はよく来てたんですよね、この商店街」
「そうなんですか?」
「お小遣いを一〇〇円貰って、駄菓子屋でお菓子を買ってから将棋道場に通ってたんですよ、週三回くらいかな」
中学生になったあたりでだんだん足が遠のいてしまったのだけど。
「いいですね、子供の頃の思い出。そういうのを組み込むのもありかも……」
「ヨム先輩は中学の時にこっちに越してきたんでしたっけ?」
「はい。もう五年目になりますね。母方の祖母と同居することになりまして……元々は神奈川の方に住んでいたんですけど」
生まれてこの方この土地育ちの僕にとって、物心ついてからの引っ越し、というのはなんとも想像できない。
小学生から中学生に上がるタイミング、たしかに都合がいいと言えばそうかもしれないけど、遊び慣れた場所も、親しんだ友達も、皆失って新天地にやってくる、というのはどんな気分なんだろうか。
僕の表情から言いたいことを察したのか、ヨム先輩は小さく笑った。
「最初は悲しかったですけど、でも前向きに考えることにしました。新しい友達ができますし、家が広くなって自分の部屋もできましたし、知らない土地を散策するのも楽しかったです」
それに、と言葉を続けて、ぱっと両手を広げる。
着物で行うそれは、何かの映画の一シーンみたいで、驚くほど様になっていた。
「
「ヨム先輩って、変にロマンチストですよね……」
でも、だからこそ……僕はヨム先輩に
「変に、とはなんですか。私はずーっとロマンチストですよ」
「うん、まぁ…………本読んでれば分かります」
「かっくん、今褒めてます? それとも嫌味です?」
「今日の僕はヨム先輩を一日褒め称えようと決めているので、全部褒め言葉として受け取ってください」
「あの、急に後輩からのサービスタイムをしないでください、裏を勘ぐってしまいます」
「信頼が無い……」
そんな話をしている内に、やってきました我らが駅前商店街。
入り口のゲートは新しく作り直されていてぴかぴかだ。
道の舗装も全面的に手直しされたので、見慣れた石畳はこじゃれたタイルに。
お小遣いを握りしめて日々一〇〇円分を吟味した駄菓子屋は味気ないチェーン店に。
一〇円で格闘ゲームが遊べたゲーセンは無人のUFOキャッチャーの専門店に。
古風な佇まいだった和菓子屋さんは店名こそ変わってないものの、見た目が綺麗に一新されて、店頭に表示されたディスプレイでPVなんかを流していた。
「………………お、思い出が、思い出が全滅している……!」
凄い。僕の幼少期の記憶に刻まれたコンテンツが大体全滅している。
後継者問題もあるだろうし、利便性には代えがたいんだろうけど、なんだかひどく複雑な気分だ……。
「せ、せめて、せめてあの場所だけは……!」
ずっと通い詰めていた将棋道場、元々古いビルの一フロアだったから、今もなお残っているとは思わないが、せめて何か、名残だけでも……!
そう思って角を曲がると、うん、あれだ、いつでも少しだけ運動できる、テレビでよくCMやってる黄色い看板が目印のお手軽ジム、プチザップがどんと店舗を構えていた。
「…………………………………………………………………………………はぁー」
なんか、これなら新しい小綺麗なビルでも建っててくれた方がよかったな……。
変に居抜きされてるから、逆に面影があって切ない……。
「か、かっくん……」
「やめてくださいヨム先輩……僕をそんな目で見ないでくれ!」
ただでさえ普段と違う雰囲気の、大人びたヨム先輩に調子を乱しているのに。
「大丈夫ですよ、気落ちはしてますけど、言うほどじゃないです」
「見たことのない肩の落ち方をしてますけど……」
「僕が悪いんですかね。それとも社会が悪いんですかね?」
「運が悪かったんだと思いますよ」
まあ、少なくとも今日見に来るべき場所ではなかったかもしれない。
……よし、気合いを入れ直そう。
「失礼しました、ヨム先輩。引き続き、この変わり果ててしまった商店街を、僕の過去の記憶と比較して違いを比べて行きましょう」
「嫌ですよそんな辛いだけのデート!」
「駄目か……」
いや、僕も普通に嫌だな。少なくともおめかししたヨム先輩とすることじゃない。
……ん? 今、この人なんて言った?
「わかりました、いたたまれないので、商店街は一回見なかったことにしましょう」
「うーん、となると……仕方ない、ドロッセルマイヤーさんに聞いてみましょうか」
「えと、どなたですか? くるみ割り人形?」
僕は自分のショルダーバッグから、手のひらサイズの本を取り出した。
本、と言うと語弊があるか。ちょっと太めの単語帳や付箋みたいな感じ。
「出歩きたいけど何するかは未定、みたいな時、これをぱらぱらめくって散歩の目的を決めるんです。前半分で『どこで』、後半分で『何をする』かをランダムに決めるゲームです。絶対守らなくてもいいですが、守った方が気分が良い」
「へえ……?」
ヨム先輩は初見だったらしく、僕の渡した本をぱらぱらとめくって、なるほどと頷いた。
前、ネットで一時期流行した際に面白そうだな、と思って買った物で、ふらっと出歩く時にはちょうど良い。
組み合わせ次第で様々なバリエーションがあり、例えば『二駅先で・食べた事のない物を食べよう』みたいな目的が提示されることもあれば、『北へ向かって歩いて・鼻歌を歌おう』とかよくわからない事になったりもする。
「ふむふむ……面白そうですね。じゃあ、かっくんが場所、私が行動を引いてみる、というのはどうでしょう」
「了解です。守るのが難しい指示を引いてしまったら罰ゲームと言うことで」
「罰ゲームに発展するような物が出てくる可能性があるんですか?」
「『船で向こう岸に渡って・フラっと宿泊してみよう』みたいなのが出る可能性もあるので。電車で遠くに行く系もなしにしましょうか」
さすがに遠すぎると門限に引っかかるし、学生二人で宿泊は論外だ。そういう感じ。
「な、なるほど……具体的には?」
「途中に見つけた自販機で、飲み物を奢る」
「いいでしょう、受けて立ちましょう」
ここまでの付き合いでわかったことがある――ヨム先輩は、かなりの負けず嫌いだ。
僕が何か仕掛けたら、基本的にはやり返してくる。
自分が受けた恥は相手にも与えようとするし、場合によっては巻き添えにしてくることもある。
こんな下らないことでも、勝負という体裁になればちょっと楽しそうな顔をするのだ。
だからこそ、普段から割と遠慮せずに物を言ったり、事を起こしたりしているのだけど。
「では僕から…………うおおおおおおおおおおお! 光れ、僕の右腕…………!」
「そこまで気合いを入れてやることですか!?」
「はああああああ! …………えー、『適当に三〇分歩いて』ですね」
「結構ハードなのが来ましたね……」
「歩くだけですよ、ヨム先輩」
「むう……では私も。適当に止めればいいんですよね?」
「はい、ぱらぱらーっとめくって、ここだ、と思った場所でストップしてください」
「わかりました…………はっ!」
なんだかんだ、ヨム先輩も気合いを入れていた。
「えっと、『ひさしぶりのことをしてみよう』、です」
適当に三〇分歩いて・ひさしぶりのことをする。
ふーむ、結構具体性がないお題になったな。これはこれで無しではないけど、面白みには欠けるか。
「どうします、引き直します?」
「私がですか? かっくんがですか?」
「どっちもでもいい気がしますが……三〇分圏内で行けるところか」
ヨム先輩の歩幅を考えると、まあ二kmくらい? もうちょっと短いか。
「むう…………久しぶりに行く場所、とかでもよいでしょうか」
「方針が定まるならそれでも。適当に行き先を決めるゲームですし」
何ならその場所でちょっとした事をすればいい。あっち向いてホイとか。
「じゃあ、ちょうどいい場所があります」
「お、どこですか?」
「あそこですよ。私達の――――」
ヨム先輩は、少し含みをいれて、言った。
「――