文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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七月・ヨム先輩とおでかけ 5

 

「はぁー…………はぁー…………ぜぇ…………」

「ヨム先輩、大丈夫ですか……?」

「全然平気で……す…………はぁ…………」

 

 商店街を突っ切って住宅街をまっすぐ進むと、花明(はなあかり)神社の入り口を示す鳥居が見える。

 

 昔からある小さな神社だ。小高い山の上にあり、境内に辿り着くまでは鳥居をくぐってから、そこそこ勾配がきつく、結構な段数の階段を上らないといけない。

 

 僕らの『因縁の場所』はこの先にあるのだが……行き先を提案したヨム先輩は、普通に途中で力尽きかけていた。

 

「先輩、もう三〇分オーバーしてますよ」

「うう…………先輩は…………このぐらいでは負けません…………!」

「息も絶え絶えじゃないですか」

 

 まあ、この階段、普段から運動しない人だときついのはわかるし、僕だって途中で息があがるぐらいはするけれども。

 

「五年前はどうやって上ったんですか……」

「ゆっくりと、時間をかけて、丁寧に……あと、夏場じゃなかったので…………」

「じゃあ僕らもゆっくり行きましょうよ……」

 

 ヨム先輩が勢い勇んで先行するので、僕はその後ろからついていっているのだけど……そもそも着物で上るような階段じゃないんだよな。

 

「ふぅー…………」

 

 狭い踊り場で一旦休憩。手すりに腰掛けて呼吸を整えるヨム先輩。僕も正直、ヨム先輩のペースにあわせて上っていたので、若干疲れがある。

 

 ちら、と後ろを見ると、うん、やっぱり結構な高さだな。

 こういう階段って、上りよりも下りの方が気を遣うものだし、帰りは帰りでおっかなびっくりが確定だ。万が一躓いたら命に関わる。

 

「かっくん…………この階段、前より段数が増えてるなんてことは」

「多分無いと思いますよ」

「うう…………はぁっ、よし、かっくん!」

「なんでしょう」

「…………ちょっと背中押してくれませんか?」

「本気で言ってる?」

 

 まさかの介護を求めて来やがった。

 

「軽く手を添えてくれるだけでいいので、一歩歩き出す力をください……」

「ちょっとエモい感じのこと言っちゃって……」

 

 か弱い生物、ヨム先輩。

 手を添えると言っても、こう、なんだろうな。

着物だから布地は厚いんだろうけど、それはそれとして、女性の衣服に触れるっていうのも結構抵抗があるんだけど……。

 

 早く早く、と急かしてくるので観念して、背中に軽く手のひらを添えて、前に押す。

 

 僕のシャツなんかはもう結構汗でべっとり湿っているのだけど、ヨム先輩曰く、このクソあちぃのにそこそこの重ね着をして居るらしい着物には、汗が滲んでいる、ということはなかった。

 

 代わりに、じっとりとした人肌の熱を、布越しに感じる。

 凄く繊細なガラス細工を、割れないように押しこむ、新手の拷問を受けている気分だ。

 

「あ、ちょっと楽です。助かります」

 

 一方、ヨム先輩のほうは僕という推進力を得て大分楽になったらしい。

 押す分負担が増える僕は辛くなるが……と思いきや、ヨム先輩が思いのほか軽すぎて、あんまり荷重を感じない。これならまぁ、いいか?

 

 ……しかし、本当に軽いなあ。本当に質量が存在しているんだろうか?

思考したのがよくなかった。僕自身が若干疲れたのもあって、つい油断して、疑問を口走ってしまった。

 

「ヨム先輩って体重何kgあるんですか?」

「……………………かぁーっくーん?」

「………………いや、違うんです、単純に今、僕の腕にかかっている荷重を知りたくて」

「それを知ってどうするんですか? 脅すんですか? 全国読者に花冠ゆらの体重はピーkgって!」

「それをして僕に得られるものはないと思いますが……いや、ヨム先輩、とんでもなく軽いのでびっくりしちゃって。褒め言葉です褒め言葉」

「女性に体重を尋ねるという行為が褒め言葉に該当することは過去未来現在いついかなる時だってありえません!」

「時と場合によるんじゃないですか……今とか」

「押して貰っている身分でなんですけど、上についたら覚えておいてくださいね!」

 

 やべえ、何かされてしまうらしい。

 

「押すのやめようかな……」

「それはそれ、これはこれですかっくん! 私が力尽きて後ろ向きに倒れたら巻き添えを食らうのはかっくんですよ!」

「自らの体を張って脅しかけてくるのやめてくださいよ!」

 

 大体そう言うこと言っていると…………。

 

「あ、やっと境内が見え――――」

 

 ずるっ、と。

 でこぼこした石の階段、あまり人が来ない場所、境内に近くなったことで、わずかな木陰が落ちていて、雨が乾ききらずに湿度を保ち、夏の気温に熱された結果……この石段は非常に苔むしやすい環境で――――場所によっては、滑りやすい。

 

 ふら、と傾くヨム先輩の体。

 全ての動きがゆっくりに見える。

 まだ意識が状況に追いついておらず、ぽかん、としたヨム先輩の顔が見えた。

 

 

 

 ――――一応、万が一の時の為に身構えておいて、本当に良かった。

 

 

 

 右足を下段においてつっかえ棒にして、右手で手すりをしっかり掴み、左腕で、投げ出されたヨム先輩を受け止める。

 

 僕ごと転げ落ちないかだけが懸念事項だったが、この手で押していた通り、ヨム先輩は非常に軽い。

 

 思ったより余裕を持って支えることが出来た―――しゅるり、と髪の毛を束ねていたかんざしが抜け落ちて、階段の石段をかつん、かつん、と弾んで、少し下に落ちた。

 

「――――――――」

「ヨム先輩、大丈夫ですか?」

 

 まだ口が半開きで、目を丸くしていて……だんだん状況がつかめてきたのだろう。 一気に顔の表面に汗が噴き出して、はっ、はっ、と呼吸が荒くなり始めた。

 

「か、かかかか、かっ、かっくん!?」

「落ち着いてください、ヨム先輩。足をひねったりしてませんか?」

「はぁ、はっ、だ、大丈夫です……その……あぁ……」

 

 焦りと動揺で、まだいろいろ、言葉にならないらしい。

 本当に、転げ落ちたりしなくてよかった。

 後ろに居た僕が巻き込まれたりなんかしたら、ヨム先輩、気にしてしまうだろうし。

 

「立てますか? ヨム先輩」

 

 受け止めきれたとはいえ、そして予想よりも軽かったとはいえ、人間一人の体重を片腕で支え続けるのは辛い。一旦身を起こして貰おうと力を入れた所で、現状(、、)に気づいた。

 

「え、ええ、その、かっくん、あり――――――」

 

 大前提として、僕はヨム先輩を受け止めるのに全力を費やした。同時に自分が落ちないように体を支えねばならず、受け止め方そのものまで気を遣う余裕はなかった。

 

 絶対に体を離さないようにしなければならなかったし、その為に力を込めた。

 脇の下から腕を回し、自分の体に寄せるようにして抱きかかえる羽目になった……ヨム先輩は、小さくて、軽くて、細い。

 

 だから結論から言うと――――がっしりと、左手がヨム先輩の胸部を掴んでいた。

 いや、掴んでいた、という表現は正しくないか。押さえつけている、と言うべきか。

 

 そもそもヨム先輩は着物なわけで、布も厚いし、重ね着もしているし、手に伝わってくる感触も着物のさらりとした生地のものだけで、これはもう触っているとは言えないんじゃないかと――――――。

 

「かっくん」

「はい」

「もう立てるので、離してください」

「はい…………」

 

 そ、っと腕をのけると、ヨム先輩は一歩、二歩、三歩と階段を上って、無事に境内にたどり着いた。

 

 後ろ姿だけでもわかる。ぷるぷると震えている。かんざしが落ちて解けた髪が、何かしらの乱れを感じさせて、よろしくない、大変に。

 

 ……とりあえず、落ちてしまったかんざしを回収しとくか……下まで転がり落ちなくて良かった。でも、石段を転げたからか、銀色の芯に傷が生じていた。これはちょっと目立つかな……。

 

 小走りで階段を上がり、ヨム先輩を追い掛ける。

 境内の周囲には、いつから生えているのかもわからないような老木達が、まだまだ立派な枝葉を伸ばし、木陰の天蓋を作っている。

 

だから境内はいつもどこか薄暗く、時々、木漏れ日がわずかにしたたって、小さな明かりがかすかに落ちる、そんな場所。

 

 色あせた古い鳥居、割れた石畳と土の参道、手水屋はとっくに水が涸れ果て、柄杓はどこにも見当たらない。

 

 正面には朽ちかけた小さな社があって、その前に、ヨム先輩は立っていた。

 

「その…………これ、かんざしです…………」

 

 顔の横から差し出すと、びくっ、と一瞬大きく飛び跳ねて、

 

「あ、ありがとうございます。失念してました」

 

 かんざしを受け取ったヨム先輩は、そのまま髪の毛を、後ろ手で束ねて持ち上げた。

 

 真っ赤な耳と、うなじと、細い首が曝け出されて、そんなはずないのに、見ちゃいけないものを見せつけられてる気分になった。

 

 親指と人差し指でわっかを作って、髪を束にして、かんざしの棒の部分を根元に挿し込み、くるくると手早く巻き付けて、角度を変えてもう一度挿す。

 

 傍から見ると魔法みたいな動作で、あっという間に髪をまとめ上げてしまった。あの房一本でどうやって髪型を保持しているんだろう、とはうっすら思っていたのだけど、目の前で見せられてもよく分からなかった。

 

 くる、とヨム先輩が振り返った。

 

 まだ顔が赤い。というか、僕が今まで見てきた中で一番の色の変化だった。季節柄、熱中症を疑った方がいいのではないかと思ってしまうほど。

 

「かっくん」

「は、はい…………」

 

 名前を呼ばれ、一言返す。このやりとりを、出会ってから三ヶ月程度、何度重ねただろうか。

 何を言われるんだろう、と身構えたが……ヨム先輩はその場で、深々と頭を下げた。

 

「危ないところを助けてくれて……ありがとうございました。私が不注意でした。かっくんまで巻き込んでしまうところでした、反省しています」

「いや、そこまでかしこまって言われるようなことでも……」

「私が行こうと言った場所ですから、私が注意すべきでした。かんざしも……母からのプレゼントだったので、無くしてしまうところでした」

「下まで落ちなくて良かったですよ……傷は平気ですか?」

「使っていればいずれ痛むものではありますし、銀製ですから、手入れをすれば」

 

 …………え、銀製なんだ。結構高価なものだったりするのかな……。

 

「ですから、かっくん」

「あ、はい」

 

 余計な情報に思考が裂かれていた僕を、ヨム先輩が作る努めて平静な声が呼び戻した。

 

「…………さ、さっきのことは、その、ふ、不可抗力、ということに、しますので」

 

 ふぅ、と大きな呼吸を挟んで一拍おいて。

 

「私は、気にしませんから。かっくんも気にしないでください。いいですね?」

 

 そう言った。ヨム先輩がそう言う以上、僕からは反対意見などあるはずもなく。

 

 ヨム先輩は、賽銭箱に小銭を静かに投げ入れて、二礼二拍手一礼を済ませた。僕もそれに倣う……この社に神様は居るんだろうか。人に忘れ去られた神様。

 

 目を閉じて、数秒。考える時間が生まれる。生まれてしまう。

 ほんの一瞬の時間だったが、まだ腕には、受け止めた時の熱と感触が残っている。

 ヨム先輩はか弱い生物で、細く、小さい事までは知っていた。

 

 そして今日、軽くて、熱くて、柔らかい事を、新たに知ってしまった。

 ヨム先輩は感情が耳に出て、それから顔におりてくるんだということも。

 

…………いや、さすがにそれは気持ち悪いぞ、僕。

 

「……かっくん? もう大丈夫ですか?」

 

 気にするなと言われたのだから、思い出すのも不誠実というものだ。

 忘れよう、記憶から消し去れ。温度も感触も何もかも。

 ……温度と言えば、ヨム先輩、手は冷たかったはずだよな。

 

「かっくん? こらー、先輩がー、名前を呼んでいますよー」

 

 べたべたと手を触られた時のことを思い出す。細くて丸くて、肌を這う指の感触……まずい、そっちの方面にいくのは良くないんだって…………あいた。

 

「かっくんってば。もう、集中するとどうして人の話が聞こえなくなっちゃうんですか!」

 

 頭に鋭いチョップの刺激を受けて、我に返る。

 

「…………はっ! 僕、今何考えてました!?」

「知りませんっ! ほら、行きますよ!」

 

 呆れかえったヨム先輩が、先を歩く。

 

 わざわざかんざしで髪を纏めなおしたせいで、まだ赤いままの耳が見えた。

 社の横をくぐり抜けて、少し藪を抜けると、境内の裏に出る。

 寄りかかるには心許ない、細い丸太作りの柵。

 いつから置かれていたのか、もうボロボロのベンチ。

 

 そして――――――。

 

「――――あははっ」

 

 階段を上ると言うことは、高い位置にいくということだ。

 訪れるのも一苦労で、人々に忘れ去られたような神社。

 けど、そこから見える景色は、街を一望できるベストスポット。

 

 

 

 区画分けされた住宅街。

 濃淡の茶色が斑に配置された瓦屋根が規則正しく続いた先に、歩いてきたアーケード街と、昔ながらの民家が軒を連ねる区画がある。

 

 その右側には人がせわしなく行き来する、待ち合わせにも使った駅前広場。

 商業ビルに高層マンション、幹線道路は車が途切れなく走り、我らが風光学園も、景色の向こう側に特徴的な三つの校舎が確認できる。

 

 更にその向こうは高い山々がある。西に下り始めた陽光を受けて、山をキャンバスに木々が濃厚なグラデーションが彩っている。

 

 絶え間なく、何かが、誰かが動いている。営みが見える。街が生きている。

 

 客観的に見て、凄い景色だと思う。ここまで登ってくるだけの価値がある。

だけど何よりここは…………僕とヨム先輩の、因縁の場所(、、、、、)だ。

 

「ねえ、かっくん」

 

 そんな風景を背にして、くるりとこちらを振り向くヨム先輩。

 それは、花冠ゆらの代表作、【初恋はダリアのように】の主人公……天笠牡丹が、意中の相手に想いを告げるクライマックスシーンの構図と、全く一緒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、小説は書かないんですか?」

 

 ヨム先輩は、ずっとそれが聞きたかったんだろうか。

 僕は特に悩むことも、葛藤することも、考えることもなく。

 問いに対して、特にたいした感情を抱くことなく、事実をそのまま、事実として伝えた。

 

「書きません」

 

 だってこの世界には、ヨム先輩が――花冠ゆら(主人公)がいるのだから。

 

 

 

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