文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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四月・僕の部活探し 2

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 ぱたん、と本を閉じる。

 目頭が熱い。奥からこみ上げてくる物をなんとか堪え、大きく息を吐く。

 

 凄い物語だった、妹の正体が実は……という部分は予測可能だったけど、そこからの急展開は凄まじいの一言だった。感情、感情、焼き付くような感情。

 

「………………」

 

 本物と偽物の違いとはなんだ? 何を以て本物とする? 人形と人間を区別するのは意志か? 自我か? それとも――――――。

 

「………………」

 

 結末は賛否両論だろう、ハッピーエンド至上主義者なら受け入れられないかもしれない。僕は物語の終わり方はそれにとって最適な物がある、と考える方なので、納得さえできればハッピーでもバッドでも構わないのだが……これをメリーバッドエンドなんていう安い言葉で括るのは物語に失礼だろう。もう一度頭から、細かい伏線を意識して二週目へ臨み――――――。

 

「………………いい加減にしてください!」

「うわぁ!」

 

 ばしぃっ! と良い音がした。椅子を何かに叩かれて、僕は我に返った。

 箒を構えた女生徒が、数歩離れた位置から僕を睨み付けていた。

 

「何、二週目に入ろうとしてるんですか! 散々人の事を無視しておいて!」

「え? あ…………やべえ、読み切っちゃった?」

「読み切っちゃった? じゃありません! 五八七ページもあるんですよ、それ!」

 

 しまった……どっぷり集中していたらしい。誰かが入ってきたことに全然気づいていなかった。戻ってきてたんだ。

 

「何でここにいるんですか! 出て行ってください、今すぐに!」

 

 太いアンダーリムの眼鏡、少し癖のある髪の毛、二股に分かれたみつあみおさげ。

 ちまっとした体格、小学生かな? と思ったが、ちゃんと私立風光学園の制服を着ているし、上履きの色が赤色なのを見る限りは二年生(せんぱい)だ。

 

 …………なんで箒?

 

「いや、すいません、入部希望だったんですけど、つい――――」

「新入部員は受け付けてません」

 

 ぴしゃり、と言い切られた。コミュニケーションを拒絶する、強い物言い。

 つい好みの本があって、と話を繋げるつもりが、完全にぶった切られてしまった。

 

「そもそも、ガイダンスにも第三文芸部のことは載せてません、どうやって見つけたんですか」

「どうやってって……考えごとしてたらたまたま」

「廊下の途中に進入禁止のテープが張ってあったはずですが」

「え、マジ? やっべ……全然気づかず乗り越えてたっぽい……」

 

 これはしまったな。決して悪気があったわけではないんだけど……。

 

「とにかく、出て行ってください、ここは私の部室です」

「ええ……っ! そこをなんとかなりませんか!?」

「ここまでのことをしておいて何でなんとかなると思うんですか」

「ここまでのことって……えーっと」

 

 僕は別に何もしたわけじゃ無いと思うのだけど……しかし女生徒が僕を睨む目は強めの敵意と警戒心に満ちている。

 

 客観的に見たら……どうだろう。

 

 どうやら言動から察するに、彼女は第三文芸部の部員らしい。ノートパソコンも彼女の物だろう。

 

 彼女の言っていることが全て正しければ、本来この教室に来る前に立入禁止の表示があったらしい。つまり基本的に部外者が訪れない場所である。

 

 そんな部室に戻ってきたら、知らん男子生徒が勝手に我が物顔で座り込み、備品の本を読んでいて、しかも声をかけても反応なく、そのまま二週目に入ろうとしていたわけか。

 

 うん、自分が女子生徒だったら箒の一つ持ち出してもおかしくないな……。

 

「…………僕、もしかして結構怪しいですか?」

「怖いです、先生を呼ぶかどうか、今も悩んでいますし」

 

 そして、先輩は箒を置いて、スマートフォンを取り出した。

 

「場合によっては、今すぐそうするつもりです」

「…………あー、せめて他の部員の方に入部の是非を問わせていただくことなどは」

 

 我ながら往生際が悪いことを言っているな、と思うのだが、この部室は、ちょっと素晴らしすぎる。僕が求める条件を全て満たしている、最高の環境だ。なるべくなら居座りたい。クラブ活動だというのであれば所属したい。

 

 クラブの維持には最低五人の部員が必要、彼女が反対したとしても、残りの四人はどうだろう、という思いからの発言だったのだが。

 

「他の部員はいません、私だけです」

「…………へ?」

 

 それ以上説明する気はない、と言わんばかりに、じろりと睨み付ける視線が強くなる。

 部員一人だけの部活動、そんなものがあるのか。

 いや、あったとしてもだ、それがこんな部屋を一人で使えるのはいくら何でもおかしい、流石に優遇がすぎるんじゃないか――…………。

 

「あー…………もしかして、特待生特権…………?」

 

 私立風光学園には、他の学校にはない一風変わった制度がある、

 それが特待生特権。

 

 僕は普通に一般入試だったので細かいことは知らないが、文字通り〝特待生〟として入学した生徒は学園に一つ〝我儘〟を聞いて貰える、という制度だ。

 

 他の生徒に迷惑をかけなきゃ大体の望みが通るらしい。学食の恒常メニューに爆弾ネバネバ丼が追加されたのは、いつかの特待生の要望だったらしい、なんて話を入学直後に聞いた様な気がする。

 

 あまりに居心地の良すぎる快適空間が〝特権〟で用意したものなら、納得できる。

 部活動成立のルールを踏み倒し、自分専用の部屋を用意して貰う。

 立派な〝我儘〟だ。

 

「そうです」

 

 その先輩は予想を肯定し、びっ、と半開きになった扉を指さした。

 

「理解したら、出て行ってください。邪魔です」

 

 僕はまだ十六年しか生きていない、たかが高校一年生のガキだが、意見の食い違いから誰かと喧嘩したり、譲れない諸事情によって関係が決裂したりくらいの経験はある。

 

 だけど、ここまでの視線を向けられたことはなかった。

 純粋な敵意、僕のことを許さない、という明確な強い意志。

 

 本棚を見られることは裸を見られることより恥ずかしい……彼女からしてみればまさしく、見せるつもりのない個人の本棚を見られてしまっている。着替え中に部屋に入られてお気になさらず、と言われたところで許す道理もないだろう。

 

 それが感覚としてわかるからこそ……うん、後の祭りか。

 中に入らず、扉の前で待っていれば、また違っただろうか。

 采配を誤って詰んでしまった時ほど、悔やまれることはないというのに。

 

「それは…………すいません、失礼しました。悪気はなかったんです」

 

 向こうからすれば、土足で家に踏み込まれたような物だから、悪気の有無なんて関係ないんだろうけど、言い訳がましくなってしまう。

 

 今まで読んでいた本を棚に…………いや、棚に近づかれるのも嫌だろうな。

僕だったら嫌だ。

 

 やむを得ずテーブルに置いたままにして、立ち上がる。

 

「お邪魔しました」

 

 とはいいつつ、名残惜しく本棚に視線が向いてしまう。

 あれもある、これもある、ああ、あれも、これもだ……。

 

「ちょっと待ちなさい」

 

 部室を出ようとした僕の腕を、先輩が両手でがしっと掴んだ。

 あまりに小さい手だった。ぎゅううー、と手の色が変わるほど力が込められているのが見て取れるが……感じる圧力はそうでもない。どうしたんだろう。

 

「何を持っていこうとしてるんですか、置いていってください」

「へ?」

「その本です」

 

 先輩が握る僕の手の内には、赤い表紙の本がある。

 ああ、と納得した。本棚の中にも同じ本があったから、勘違いされたんだろう。

 

「すいません、これは僕の私物です」

「はい?」

「本棚からは抜いてません。好きな本なのでいつも持ち歩いてるんです」

 

 ぴた、と先輩の動きが止まる。僕の手を離し、本棚へ向かい、中身を確認して……そしてこちらを見た。僕が言っていることが嘘じゃないとわかったんだろう。

 

 

 

【初恋はダリアのように】、というタイトルの本は、背表紙が真っ赤で特徴的だから。

 

 

 

 盗人扱いが間違いだったことで、先輩は目に見えて狼狽え、二の句を告げずにいる。

 

 状況を鑑みれば無理もないけど、結果的には冤罪をふっかけた形になるわけで。

 

 けど、謝罪したら謝罪したで何か変な要求をされてしまうかも、と思っているのかも知れない。流石にそんなことは…………………………うん、そんなことはしないぞ。引き際ぐらいはわきまえている。

 

「先輩も好きなんですか? 花冠ゆら」

「えっ? あ、そ…………そうですね。嫌いでは……無いと思います」

「次回作も楽しみなんですよ。この人の書く文が好きで」

「………………そう、ですか」

 

 個人的にも思い入れが強い本だから、なおさらだ。赤い装丁にダリアの花が刻まれた、シンプルだけど綺麗な表紙。けどその中身は、受ける印象や広告のあらすじとは真逆のインパクトがある。

 

「細部に至るまで作者の妄想が爆発してて、ホント見てて面白いって言うか」

「っ…………」

「牡丹が男子に笑顔を向けられた時、自分に好意があるかも? って考えるのに一〇ページぐらい使うところとか、凄い好きなんですよ。〝好意の波動〟を感じとるまでに三回地球が滅んだあたり」

「がっ………………うう………………っ!」

 

 なんか胸を押さえて苦しみ始めた、どうしたんだろう。

 

「いや、ホント、どうしたらこんな文章が書けるんだろうな…………想像力が豊かすぎるんですよね。でも後書きとかインタビュー見ると、狙ってる感じじゃないんですよね。天然でこれを書いてるとしたら本当に恐ろしい――――――」

「~~~~~~~~~~~っ、いいから出て行ってくださいっ!」

「あ」

 

 しまった、同好の士を得たと認識して、軽く語ってしまった。

 

「すいません、それじゃ……失礼します」

 

 怒らせてしまっただろうか……いや、元々怒りは限界値か。

 前途多難な今後の学生生活を想いながら、僕は第三文芸部を後にした。

 

 

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