文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
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ぱたん、と本を閉じる。
目頭が熱い。奥からこみ上げてくる物をなんとか堪え、大きく息を吐く。
凄い物語だった、妹の正体が実は……という部分は予測可能だったけど、そこからの急展開は凄まじいの一言だった。感情、感情、焼き付くような感情。
「………………」
本物と偽物の違いとはなんだ? 何を以て本物とする? 人形と人間を区別するのは意志か? 自我か? それとも――――――。
「………………」
結末は賛否両論だろう、ハッピーエンド至上主義者なら受け入れられないかもしれない。僕は物語の終わり方はそれにとって最適な物がある、と考える方なので、納得さえできればハッピーでもバッドでも構わないのだが……これをメリーバッドエンドなんていう安い言葉で括るのは物語に失礼だろう。もう一度頭から、細かい伏線を意識して二週目へ臨み――――――。
「………………いい加減にしてください!」
「うわぁ!」
ばしぃっ! と良い音がした。椅子を何かに叩かれて、僕は我に返った。
箒を構えた女生徒が、数歩離れた位置から僕を睨み付けていた。
「何、二週目に入ろうとしてるんですか! 散々人の事を無視しておいて!」
「え? あ…………やべえ、読み切っちゃった?」
「読み切っちゃった? じゃありません! 五八七ページもあるんですよ、それ!」
しまった……どっぷり集中していたらしい。誰かが入ってきたことに全然気づいていなかった。戻ってきてたんだ。
「何でここにいるんですか! 出て行ってください、今すぐに!」
太いアンダーリムの眼鏡、少し癖のある髪の毛、二股に分かれたみつあみおさげ。
ちまっとした体格、小学生かな? と思ったが、ちゃんと私立風光学園の制服を着ているし、上履きの色が赤色なのを見る限りは
…………なんで箒?
「いや、すいません、入部希望だったんですけど、つい――――」
「新入部員は受け付けてません」
ぴしゃり、と言い切られた。コミュニケーションを拒絶する、強い物言い。
つい好みの本があって、と話を繋げるつもりが、完全にぶった切られてしまった。
「そもそも、ガイダンスにも第三文芸部のことは載せてません、どうやって見つけたんですか」
「どうやってって……考えごとしてたらたまたま」
「廊下の途中に進入禁止のテープが張ってあったはずですが」
「え、マジ? やっべ……全然気づかず乗り越えてたっぽい……」
これはしまったな。決して悪気があったわけではないんだけど……。
「とにかく、出て行ってください、ここは私の部室です」
「ええ……っ! そこをなんとかなりませんか!?」
「ここまでのことをしておいて何でなんとかなると思うんですか」
「ここまでのことって……えーっと」
僕は別に何もしたわけじゃ無いと思うのだけど……しかし女生徒が僕を睨む目は強めの敵意と警戒心に満ちている。
客観的に見たら……どうだろう。
どうやら言動から察するに、彼女は第三文芸部の部員らしい。ノートパソコンも彼女の物だろう。
彼女の言っていることが全て正しければ、本来この教室に来る前に立入禁止の表示があったらしい。つまり基本的に部外者が訪れない場所である。
そんな部室に戻ってきたら、知らん男子生徒が勝手に我が物顔で座り込み、備品の本を読んでいて、しかも声をかけても反応なく、そのまま二週目に入ろうとしていたわけか。
うん、自分が女子生徒だったら箒の一つ持ち出してもおかしくないな……。
「…………僕、もしかして結構怪しいですか?」
「怖いです、先生を呼ぶかどうか、今も悩んでいますし」
そして、先輩は箒を置いて、スマートフォンを取り出した。
「場合によっては、今すぐそうするつもりです」
「…………あー、せめて他の部員の方に入部の是非を問わせていただくことなどは」
我ながら往生際が悪いことを言っているな、と思うのだが、この部室は、ちょっと素晴らしすぎる。僕が求める条件を全て満たしている、最高の環境だ。なるべくなら居座りたい。クラブ活動だというのであれば所属したい。
クラブの維持には最低五人の部員が必要、彼女が反対したとしても、残りの四人はどうだろう、という思いからの発言だったのだが。
「他の部員はいません、私だけです」
「…………へ?」
それ以上説明する気はない、と言わんばかりに、じろりと睨み付ける視線が強くなる。
部員一人だけの部活動、そんなものがあるのか。
いや、あったとしてもだ、それがこんな部屋を一人で使えるのはいくら何でもおかしい、流石に優遇がすぎるんじゃないか――…………。
「あー…………もしかして、特待生特権…………?」
私立風光学園には、他の学校にはない一風変わった制度がある、
それが特待生特権。
僕は普通に一般入試だったので細かいことは知らないが、文字通り〝特待生〟として入学した生徒は学園に一つ〝我儘〟を聞いて貰える、という制度だ。
他の生徒に迷惑をかけなきゃ大体の望みが通るらしい。学食の恒常メニューに爆弾ネバネバ丼が追加されたのは、いつかの特待生の要望だったらしい、なんて話を入学直後に聞いた様な気がする。
あまりに居心地の良すぎる快適空間が〝特権〟で用意したものなら、納得できる。
部活動成立のルールを踏み倒し、自分専用の部屋を用意して貰う。
立派な〝我儘〟だ。
「そうです」
その先輩は予想を肯定し、びっ、と半開きになった扉を指さした。
「理解したら、出て行ってください。邪魔です」
僕はまだ十六年しか生きていない、たかが高校一年生のガキだが、意見の食い違いから誰かと喧嘩したり、譲れない諸事情によって関係が決裂したりくらいの経験はある。
だけど、ここまでの視線を向けられたことはなかった。
純粋な敵意、僕のことを許さない、という明確な強い意志。
本棚を見られることは裸を見られることより恥ずかしい……彼女からしてみればまさしく、見せるつもりのない個人の本棚を見られてしまっている。着替え中に部屋に入られてお気になさらず、と言われたところで許す道理もないだろう。
それが感覚としてわかるからこそ……うん、後の祭りか。
中に入らず、扉の前で待っていれば、また違っただろうか。
采配を誤って詰んでしまった時ほど、悔やまれることはないというのに。
「それは…………すいません、失礼しました。悪気はなかったんです」
向こうからすれば、土足で家に踏み込まれたような物だから、悪気の有無なんて関係ないんだろうけど、言い訳がましくなってしまう。
今まで読んでいた本を棚に…………いや、棚に近づかれるのも嫌だろうな。
僕だったら嫌だ。
やむを得ずテーブルに置いたままにして、立ち上がる。
「お邪魔しました」
とはいいつつ、名残惜しく本棚に視線が向いてしまう。
あれもある、これもある、ああ、あれも、これもだ……。
「ちょっと待ちなさい」
部室を出ようとした僕の腕を、先輩が両手でがしっと掴んだ。
あまりに小さい手だった。ぎゅううー、と手の色が変わるほど力が込められているのが見て取れるが……感じる圧力はそうでもない。どうしたんだろう。
「何を持っていこうとしてるんですか、置いていってください」
「へ?」
「その本です」
先輩が握る僕の手の内には、赤い表紙の本がある。
ああ、と納得した。本棚の中にも同じ本があったから、勘違いされたんだろう。
「すいません、これは僕の私物です」
「はい?」
「本棚からは抜いてません。好きな本なのでいつも持ち歩いてるんです」
ぴた、と先輩の動きが止まる。僕の手を離し、本棚へ向かい、中身を確認して……そしてこちらを見た。僕が言っていることが嘘じゃないとわかったんだろう。
【初恋はダリアのように】、というタイトルの本は、背表紙が真っ赤で特徴的だから。
盗人扱いが間違いだったことで、先輩は目に見えて狼狽え、二の句を告げずにいる。
状況を鑑みれば無理もないけど、結果的には冤罪をふっかけた形になるわけで。
けど、謝罪したら謝罪したで何か変な要求をされてしまうかも、と思っているのかも知れない。流石にそんなことは…………………………うん、そんなことはしないぞ。引き際ぐらいはわきまえている。
「先輩も好きなんですか? 花冠ゆら」
「えっ? あ、そ…………そうですね。嫌いでは……無いと思います」
「次回作も楽しみなんですよ。この人の書く文が好きで」
「………………そう、ですか」
個人的にも思い入れが強い本だから、なおさらだ。赤い装丁にダリアの花が刻まれた、シンプルだけど綺麗な表紙。けどその中身は、受ける印象や広告のあらすじとは真逆のインパクトがある。
「細部に至るまで作者の妄想が爆発してて、ホント見てて面白いって言うか」
「っ…………」
「牡丹が男子に笑顔を向けられた時、自分に好意があるかも? って考えるのに一〇ページぐらい使うところとか、凄い好きなんですよ。〝好意の波動〟を感じとるまでに三回地球が滅んだあたり」
「がっ………………うう………………っ!」
なんか胸を押さえて苦しみ始めた、どうしたんだろう。
「いや、ホント、どうしたらこんな文章が書けるんだろうな…………想像力が豊かすぎるんですよね。でも後書きとかインタビュー見ると、狙ってる感じじゃないんですよね。天然でこれを書いてるとしたら本当に恐ろしい――――――」
「~~~~~~~~~~~っ、いいから出て行ってくださいっ!」
「あ」
しまった、同好の士を得たと認識して、軽く語ってしまった。
「すいません、それじゃ……失礼します」
怒らせてしまっただろうか……いや、元々怒りは限界値か。
前途多難な今後の学生生活を想いながら、僕は第三文芸部を後にした。