文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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四月・僕の部活探し 3

 

 入学から二週間が経過した。入学直後のふわふわした足下の固まらない感じが、だんだん日常へと変化し、慣れが生じ始めた頃合い。

 

「待ってたわよ、かっくん」

 

 放課後、裏をかいて……というわけではないが、他に用事があったので図書室に寄らず、駐輪所から自転車を回収し、校舎を出ようとしたところで…………待ち伏せていた夜々美に捕まった。

 

「夜々美、ここ、男子校舎……」

 

 私立風光学園は男女で校舎が分かれており、校門の位置も違うから当然男子校舎校門の前には男子しかいないので、女子が居ると少なからず人目を惹く。お互いの敷地は基本的に立入禁止、見つかったら厳重注意で、悪質な動機――不純異性交遊とか――なら停学もあり得る――のだけど。

 

「敷地内に踏み込まなければセーフでしょ」

 

 きっちりセーフラインを見極めている。先に一年通っていただけのことはある。

 

「なぜ僕がここから出ると?」

「今日、なんとか文庫の発売日でしょ、かっくんは本を買いに行く。駅前に行くならこっちから出た方が早いし近い」

「行動パターンを読み切られている……」

 

 さすが幼馴染と言うべきか、なんというか。

 

「そこまで理解して貰ってるなら、僕は一刻も早く本屋まで行きたいって事もわかってると思うんだけど……行っていい?」

「駄目」

「何で」

「将棋部に連れて行くから」

「……………………あのさぁ」

 

 本当に頭が痛い。何も今日じゃなくたっていいだろう……とは思うものの、そもそも根本的な問題として、僕にその気はないわけで。

 

「何度も言ったけど、もう将棋は辞めたんだって」

「家では指してるんでしょ?」

「そりゃ、家族とコミュニケーションの一環としては指すけどさ」

 

 妹たちは僕と意見が割れた時、将棋による決着を求めてくるのだけど、日々お互い指しあう二人の成長速度に日々ついて行けなくなっていくのを実感する。あと一年もしたら駒を落としてもらうことになりそうだ。

 

「真面目に研究とかはもうしないし、時間も割かない。大体、部活動って何時から何時まで?」

「授業が終わったら完全下校時刻の一八時半まで、目一杯やってる日が大半ね」

「うぇ、無理、絶対無理」

「無理じゃない。いままでやってきた事でしょ」

「やってきたのを辞めるのを、引退って言うんじゃないの」

「私は認めないって言ってるの」

「なんで夜々美に許可を貰わないといけないんだよ……」

 

 僕のその一言は――――わかっちゃいたけれど、夜々美の逆鱗にべたべたと触れたらしい。自転車にまたがる僕の襟首をぐい、と掴んで、顔を寄せ、ドスの効いた声で言う。

 

私に将棋を教えたのは(、、、、、、、、、、、)かっくんでしょう(、、、、、、、、)

 

「そりゃそうだけど」

「そうよ、私の人生を変えたの。だから責任を取らなきゃいけない」

 

 責任、って言葉を使うなら、確かに僕にその一端があるのは否定しないけど。

 

「将棋を選んだ(、、、)のは夜々美自身だ。僕に責任を求めるのはお門違いだろ」

 

 その言葉が、そしてこれから続ける言葉も含めて、夜々美の怒りに触れる事をわかっていて、僕はなるべく強い語調で言った。

 

「遊びでならいくらでも相手するけど、夜々実がしたいのは真剣勝負なんだろ? それは僕以外の誰かとやってくれ、頼む」

 

 前に似たようなことを言ったときは、取っ組み合いの喧嘩になった。

いや、一方的にボコボコにされた、が正しいけど。

 

 今回は……どうだろう、ううん、自転車を蹴り飛ばされたら困るな。

 夜々美が黙り込んだので(経験上、怒りを溜め込んでいる時の沈黙だ)しばらく身構えていたのだが、やがて、大きな大きな、それはそれは大きな溜息を吐きだした。

 

「…………………………………わかった、諦めるわ」

「お」

「今日のところは」

「……今日だけ?」

「当たり前でしょ。明日も来るわよ、明後日も。かっくんが首を縦に振るまで」

「その時間を研究に使った方が有意義だと思うけどね――――痛ぇっ!」

 

 背中を思い切り、ばしんと叩かれた。

 何するんだよ、と言い返す暇もなく、夜々美はべ、と舌を出して走って行った。

 

 ……あの感じだと、本当に明日も明後日も来るな。

 

 なまじ行動パターンを読まれているだけに、どこに逃げても裏をかかれる気がする。やっぱり、安全な隠れ家が欲しい。

 

 図書室で本を借りて、自分の教室に戻る……うーん、共通棟に行かなきゃいけない時点で捕捉されてしまうか。

 

「…………はぁ」

 

 明日のことは明日考えよう、と一旦忘れることにして、僕は自転車をこぎ出した。

 

 

 

 

 

 

 自転車を普通に走らせれば、学園から駅前の書店、山月堂までは一〇分くらいだ。徒歩なら少し遠いけど、帰宅前に寄り道するぐらいならどうってこと無い距離である。

 

「……あれ?」

 

 頭の中で購入リストを整理しながら、山月堂手前の交差点で信号待ちをしていると、店の入り口から、見覚えのある小さな人間が現れた。

 先日、第三文芸部で遭遇した、あの特待生の先輩だ。

 

 中身がみっちり詰まったエコバッグを両手で持って、一歩歩くだけでよたよたと体をふらつかせ……危ないなあれ。信号の前で一旦バッグを下ろして、ふぅ、と大きく息を吐いた。

 

 エコバッグの中身は……まぁ本だろうな。重力でほぼ箱みたいな形状になっているが、あの感じだと一〇冊じゃきかなそうだ、二〇冊ぐらいは入ってるか?

 

 やがて信号が切り替わり、またふん、と気合いを入れて持ち上げて、歩き出す。

正面からこっちに向かって歩いてくるが、運ぶのに必死で僕には気づいてないみたいだ……本って重いもんな。そりゃ一苦労だ。

 

 下手に動いて気づかれても気まずいので、向こうが渡りきってからにしようかな……と、気持ち体が隠れるように、信号機の柱の陰へ移動する。

 

 彼女が通り過ぎるのを確認して……よし、いくか、と思った矢先。

 

 

「………………あ」

 

 

 それ(、、)に気づいたのは、全くの偶然だった。

 その場で自転車のスタンドを立てて走り出す。

 

「待った! ストップ!」

「へ?」

 

 僕の呼び声に、先輩が振り向いた。僕に気づいて目を見開く……それどころじゃない、まずい、間に合うか?

 硬直した先輩…………のことは一旦無視して、滑り込むようにエコバッグの底(、、、、、、)に手を伸ばす。

 

 同時に、ぶちぶちぶち、とエコバッグの持ち手が、音を立ててちぎれた。

 

「きゃあ!」

 

 しかし、僕の方が一瞬早かった。

 間一髪、中身が落下する前に受け止めきることが出来た。

 

「あっぶねぇ……」

 

 我ながら、あまりにファインプレーだった。先輩が正面からやってきた時、中身が見えるわけもないのに『何を買ったんだろう』と思い、エコバッグに視線を向けたら、なんかもう千切れかけていたのだ。

 

「な、な、な、何ですか!?」

 

 先輩からしたら、怖かっただろうな……先日の後輩がいきなり叫んできて、何かと思ったら本が入ったバッグに手を差し伸べてきたわけだし……。

 

 なんだなんだと周りの通行人がこちらを注目し始めたので、一旦道の脇まで移動する。持ち手がとれて、本来の運用が出来なくなったエコバッグを胸に抱くようにしながら、先輩は大きく息を吐き。

 

「その、ありがとうございます」

 

 と、まずお礼を言った。

 

「どういたしまして」

「…………けど、どうしてここに?」

 

 疑いの視線だった。何を疑われているというのか……いや、想像はつくので、僕は両手を挙げて無実をアピールした。

 

「誤解を解いておきたいんですけど、僕がここに居るのはたまたまです。今日は新刊の発売日なので、ある意味必然というか」

 

 お互い読書家であることには相違なく、本棚の品揃えを見る限り趣味は近い。

だからここに居る理由は、行動パターンが同じであるというだけだ。

 

「たまたま先輩が前から来たから、むしろ見つからないように隠れてたぐらいです。でもすれ違った時に持ち手がとれそうなのが見えて、咄嗟に」

「そう、ですか」

 

 釈然としなさそうではあったが、事実なのでこれは受け入れて貰うほか無い。

 というか……僕にとってあまり得のある提案ではないのだが、ううん。

 

「先輩、よかったら本、乗せていきますか?」

「はい?」

 

 僕は自転車のカゴを示しながら言った。

 

「それ、歩きで学園まで運ぶの大変じゃないですか」

 

 僕の指摘に、先輩はバッグをぐぐ、と強く抱き直して身構えた。ぷい、と顔を背け。

 

「結構です、いつものことですから」

「いつも同じバッグを使ってたから、負荷がかかりすぎて壊れたんだ……」

「解説は結構です、別に、問題ありません」

「いや、結構よたよたしてたじゃないですか」

 

 本は紙だ。紙は嵩張る。嵩張ると重い。まして先輩が抱えているバッグにはハードカバーの本もいくつか紛れ込んでいる。持ち手がとれた状態で、抱えたまま学園へ徒歩で戻るのは、僕でもちょっとやりたくない。

 

「別に、よたよたなんてしてません」

 

 …………なのだけど、顔を背けたままだ。

 素直じゃないというか、意地っ張りというか、負けず嫌いというか。

 

「先輩のことは正直どうでもいいんですが……」

「は、はい!?」

 

 あまりの物言いに、目を丸くする先輩。

 

「もし本を落としたら、せっかくの新刊が傷つくじゃないですか。楽しみにしてた本を手に取って、角が凹んでるのを見て落ち込むの、嫌じゃありません?」

 

 本はできる限り綺麗であるべきだし、中身を見る前に外部要素でプラマイが変動するのはごめん被りたい。それは人の本であってもそう思う。

 

「……………………」

 

 先輩は凄く凄く考えた。

 長い沈黙、ぐぬぬ、という唸り声。ちら、と僕を見て、ちょうど良いカゴを備えた自転車を見て、それから本がたっぷり詰まった壊れたバッグを見た。

 

 悩んだ末に……小さな体の小さな頭を、小さくぺこりと下げて。

 

「……お手数をおかげしますが、お願いしてもいいですか?」

 

 そう言った。

 

「もちろんです、自分から言い出したことなので」

 

 カゴの中に、丸められたエコバッグはぴったりと収まった。

 流れ的に『じゃあその前に新刊買ってくるんで一時間ほど待っててください』とは言えないし、お楽しみは……まぁ、明日でいいか。

 

 

 

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