文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
「だから、アリーシエは本当にエリオットを愛していたんです」
「いや、それはおかしいですよ。じゃあ散々前半で言及されてた非致死性の毒を使わなかった理由がないじゃないですか」
「愛憎は同時に成立します。好きと嫌いは双極のメーターではなく別のグラフですから」
学園に着くまでの二〇分、僕らは喧々囂々と議論を交わしていた。
歩き始めて五分ぐらいは無言だったが、気まずかったので何買ったんですか? と聞いたら出てきたいくつかのタイトルの中に、僕の買いたかったシリーズの新刊があり、その前作の内容について意見の相違が発生した為だ。
「王の子であるが故に憎まざるを得ず、我が子であるが故に愛さざるを得なかった。だからアリーシエは贄に捧げられるとき、一瞬躊躇ったんじゃないですか」
「あれは保身と後悔の描写だった気がしますけど」
「それは前後の文脈が読めてなさ過ぎます、いいですか? 途中に出てきたクロエラの花は国王一家を比喩していて――――」
物語最後のシーンの解釈が驚くほど違ったわけだ。ここが変わると物語の印象が一気に変わる。自転車を駐輪場において、本を担ぎ上げ、部室に運ぶ間も、僕らは議論を交わし続け――――。
「………………くそっ、答えは続編に書いてあるんだろうな!?」
結果から言うと、僕の読み込みは浅かったと言わざるを得ない。先輩の語る考察には僕が気づかなかった要素を分析・解釈しており、納得の余地が大いにあったと言える。
テーブルの上にバッグをおいて、ようやく腕が荷重から解放された。
持つ事そのものは問題ないが、長距離を持ち運ぶのには苦労する、ぐらいの重量感だったので、やっぱり先輩が山月堂から徒歩でここまでくるのはしんどかったんじゃないかと思う。
「はぁ…………失礼しました。それじゃあ僕はこれで……」
「ちょっと待ってください」
長居しても邪魔だろうな、と思って退散しようとしたら、先輩が僕の袖をつまんだ。
むぅ、と複雑そうな表情で、ちら、と僕の顔を見上げ。
「流石にここまで運んで貰って、じゃあさよならとは言いません。お茶の一つぐらい出しますよ」
「えっと…………いいんですか? 先日はあれだけ出て行け、目の前から消え失せろと退却の圧力を出していたのに……」
「そこまでは言ってないです! もう、座っててください!」
電気ケトルには既にお湯が沸いていたらしく、ほんの数分で湯飲みが目の前に置かれた。パックの緑茶だったけど、若干の肉体労働の後だから飲み物はありがたい。
一緒に出された月餅もせっかくだからありがたくいただき、甘味とお茶で一息ついて、改めて先輩は頭を下げた。
「ふぅ…………改めて、ありがとうございました。正直、助かりました」
「どういたしまして。……つかぬ事を伺うんですが、毎月あんなことしてるんですか?」
エコバッグだって、今日いきなり本をぶち込んで持ち手が壊れたわけじゃないだろうから……繰り返し使用した事による摩耗なんだろうな。そこそこ年期も入ってたし。
「はい……でも、今月はちょっと買いすぎました。ハードカバーと、単行本の本が多くて」
「注目作が多かったですもんね。【機雷】とか、【暴虐令嬢クリスタ】とか」
「はい…………あの、そういえば、自己紹介もしてませんでしたね」
と、先輩は思い出したように言った。
「
「すっげぇ強そうな名前ですね」
「よく言われます。格好いいでしょう」
「よく名前負けするって言われません?」
「どういう意味ですか!」
「いや、強そうすぎるので……」
ラノベならヒロインの巫女の名前とかだろう。
「ええと、僕は普通科の一年です。……
「すっごい強そうな名前!」
「よく言われます、見かけ倒しですが……」
「えっと、将棋の駒ですよね、角行って」
「よくご存じで」
僕が将棋に触れたきっかけと言えば、やっぱり名前だろう。
何せ長男の兄が
こんなの、将棋をやれと言われているような名付けじゃないか。
……まあ、両親が大の将棋好きだからこんな名前にしたかというとそういうわけでもなく、父が銀太、母が桂子と言う名前で、『二人とも将棋の駒の名前が入ってるじゃん』という難癖みたいななれそめがきっかけで交際を始め、ゴールインしたことに由来する。
そんな感じだから、両親は今も駒の動かし方すら知らない。子供達が勝手に打ち込んで、勝手にはまって、勝手に飽きているだけだった。
「お得意なんですか? 将棋」
「いえ、人並みです。多少はかじってますが」
「ふうん……では、伊東君」
「あー……」
僕は軽く頬をかいた。女の先輩にこういうことを頼むのは、大変申し訳ないのだが……。
「名字で呼ばれるの、あまり好きじゃないので……出来れば名前で呼んでいただけると」
「そう、なんですか?」
「ちょっと昔やなことがありまして」
大したことではないのだけど……僕には何人か、唾棄すべき嫌いな大人がいて、その中の一人が兄を名前で呼び、僕のことは伊東弟と呼び分けていたのが若干響いていて……。
まあそんなこと、初対面の先輩にしても仕方ないのだが。
「では……
「はい、
「…………先輩ってつくと私、更に強そうですね」
「自覚はあるんですね……」
そのままお茶を飲み終えてしばし。
なんだか立ち上がるタイミングを逃してしまったな……と思っていると、神語先輩は買ってきた本を縦にドサドサと積み始めた。
文庫、新書、単行本にハードカバー。どれも素晴らしいラインナップだ。話題の新作から気になる続編、往年の名作の復刻版、色々交えて二五冊、そりゃあ重い。
次に、棚から透明なブックカバーを持ってきた。
僕が勝手に読んだ本にもかかっていたし、なんなら自分でも愛用している奴だ。
手軽でそれなりに安いのが良い。神語先輩が僕の本を自分の物だと勘違いしたのも、同じ透明カバーがかかっていたからだろうと思う。
「手伝いましょうか?」
それとも帰った方がいいかな? と思ったけど、
「じゃあ、お願いします」
と言われたので、そのまま作業に従事する。
図書館とかで使うような本格的な物ではなく、表紙をカバーごと差し込んで、袖を巻いて、テープで貼り付けるだけだ。これがあるだけでも本の傷みは大分違う。本格的にやるなら図書館みたいなフィルム状のブックカバーを使うべきなんだろうけれど。
…………ああー、この部屋、やっぱり居心地いいなぁ。
今カバーかけてる本だって、全部気になってた奴! あるいは大好きな作品の続編ばかり!
下心があると思われたくなくて、さっさと立ち去ろうとしていたけども!
こうして座って作業してると、名残惜しさが沸いてくる! いいや、早めに終えて、さっさと帰ろう……。
「その、すいませんでした」
「何がです?」
内心では叫びつつも、黙々と作業をして、半分ほどカバーを掛け終わったあたりで、神語先輩がそう言った。
「以前、角行君の本を、私のだと思って置いていけと言ってしまったじゃないですか」
「ああ……」
「あの件に関しては、謝罪していなかったなと思いまして」
「真面目ですね……」
別にそんなこと気にしちゃいないし、むしろ同好の士が見つかって嬉しいぐらいの気持ちだったのだけど。
「その件なのですが……一つ、お尋ねしてもいいですか?」
「? なんですか?」
神語先輩は席を立つと、本棚から一冊の本を取り出した。
赤い表紙の本、【初恋はダリアのように】。
口元を隠すように手にもって、若干目をそらしながら。
「この作家の書く文が好きだ、っておっしゃって居たじゃないですか」
「ああ、
「はい。前回、結構な悪口を交えていた気がしますが……」
「そんなに悪口だったっけ……?」
一から一〇まで褒め言葉で構成していたような気がしたんだけどな……。
いや、でも心当たりがないわけじゃない。
「あれはほら、ゆがんだ愛情表現というか……」
「ゆがんでる自覚があるんですか!?」
「ええ、まぁ……」
「…………あ、愛情表現っ!?」
「そっちはどうでもよくないですか」
「どうでもよくありません!」
「そうですか……? まあ、ちょっと複雑な感情があるんですよ」
「複雑?」
この感情を人に説明する、というのは凄く困難だ。誰にも話した事はない。家族にも、夜々美にすら。
まして会うのが二度目の先輩に話すような事でもないのだが。
「花冠ゆらが何の賞を取ってデビューしたか、知ってます?」
「…………新世代ドリームノベルコンテストですよね。第二回の」
おお、よくご存じだ。
新世代ドリームノベルコンテスト、文字通りの新世代……高校三年生以下の作家志望を対象として、Web上で開催された公募賞だった。
小説投稿サイトで自分の作品にタグをつければそのまま応募できるタイプの気軽な奴で、応募総数は五〇〇〇件に及んだ。
その賞の大賞が、花冠ゆらの【初恋はダリアのように】だ。
「僕もその賞に参加してたんですよね」
「…………えっ?」
Web小説投稿サイトに入り浸っていた僕が、〝読める〟だけじゃなくて〝書ける〟事に気づいたのは、小六の冬ぐらいのことだっただろうか。
好きなジャンルのランキング上位作品を読みあさったものの、なんかこれじゃないな、と感じたことがきっかけだったかもしれない、物語という存在に心奪われた僕は、贅沢にも内容を吟味するようになったのだ。
マイページからブックマークした作家の、最新話更新に飛ぶ手前。
作品の作成、という部分を間違ってタップしてしまって。
「あ、書いていいんだ」
ということに気がついた。
小学生が中学生に上がる頃合いに書いた作品だ、今見たら、控えめに言ってもひどい出来映えだ。評価できるところなんて物量ぐらいしかない。
だけどその当時の僕は、ランキング入りの作品ともあらば無条件に読みあさり、読んだ文章量だけはいっぱしだった。模倣するサンプルは山の様にあったし、定跡のような物が存在して、それが何なのかを子供ながらに判別していた。好きだと感じた要素を整合性関係なく盛り込むのも、面白いと思った物を真似することにも一切の躊躇が無い、剥き出しの創作は――――思ったよりも評価された。
ブックマークも評価点数もたくさん入った。最終的なPVだけでいうなら、一二〇万を超えたぐらいだ。
自分で読み返したくは絶対にないけれど……まぁ、子供が書いたにしては読めなくもない、くらいの文章力。
肝心の内容は、既存作品の固有名詞を変えただけで、実質当時流行作品のクロスオーバーみたいなもので、本当に褒められたものじゃない。
挑んだコンテストが高校生以下限定だったことも功を奏したのかもしれない、文章の巧みさよりも熱量が重視されていた気がする。プロアマ混合の一般公募だったら、多分あそこまでいけていなかった。
「三次選考まで突破して、二〇作品に残ったんです。でも駄目でした」
ま、世の中そんなに上手くはいかない。
応援コメントや高評価を得て調子にのっていた僕は、一次を通り、二次を通り、三次を通過したとき……そうか、僕はこっちだったんだ、と確信を抱いた物だけど。
そこから四次選考で、あっさり落選した。
僕の夢想は夢と砕け散り、その時、すとん、と熱が落ちるのを感じた。
ああ――――
というほのかな落胆と――まあいいか、という、諦観。
「でも、当時の受賞作品は全部見ました。【初恋はダリアのように】は、一番面白かったです。サイトでも読んだし、図書館で借りて書籍も読んだのに、ずっと手元に置いておきたくて、小遣いをひねり出して、初めてハードカバーの本を買いました」
八方美人、玉石混淆、やりたいことをやりたいだけ詰め込んだ僕の作品と比べ、花冠ゆらのそれは徹底して一つの〝恋〟を描いていた。テーマ性、という概念を理解したのはこの時だった気がする。
「だから個人的なライバルだったんですよね。まぁ、向こうは僕の事を知らないでしょうから、一方通行ですけど」
客観的に見たら、自分が取り逃した賞の大賞受賞作家を一方的にライバル視している変な奴で、大変気持ち悪かろうと思う。
神語先輩も、流石に言葉を失っている。きっと呆れて――――。
「…………【没落貴族の八男に転生した俺は、アンチ魔法スキルで異世界を無双する】?」
「――――――は?」
待て。今なんて言った、この人。
いつの間にかスマホを取り出し、何やら画面を操作している。
……いや、それなりに大きな公募だったからそりゃ結果も全部残っているけど!
「何…………で…………?」
それはまごうこと無き僕が投稿していた作品の名前だ。だけど作品の詳細は伝えてないし、二〇分の一から特定することなど不可能なはず――――。
「作者のペンネームが、リューマでした。将棋はあまり詳しくないですけど、確か角って成ったら竜馬になるんですよね?」
「小学生の頃の僕の馬鹿!」
隠せ! もっと! 自分の存在を! うわあ! 特定されると思ってなかったから恥ずかしい! 殺してくれ!
「五二〇話で完結、一八九万文字……書きましたねぇ、角行君」
「すいません、これ以上先は勘弁してくれませんか!」
別にこれを黒歴史だとは思ってない、大事な自分の思い出の一つだ。
ただそれはそれとして目の前で内容に言及されたくはない!
「集団戦や乱戦の演出や作戦の内容は、年齢を鑑みたら凄いって、編集さんが褒めてましたよ。個人的には推してたけど、いろんな作品のオマージュが露骨すぎて商業化は難しいって結論になったから、惜しかったって」
「いや、それは将棋の定跡を適当にアレンジしただけで……」
僕の持っている引き出しなんて、読んできた作品の数と将棋の経験だけだったから、それしかなかったとも言える。
まあ、将棋はターン制なので……僕自身、無意識に戦闘というものは手番が入れ替わる物だと思い込んでいて、僕の書いた戦闘もターン制になってしまっていたりとか…………コメントでも結構突っ込まれて、ガキだった僕はそれにムキになって反論してレスバを……ぐおお……っ。
…………あれ? いや、待て、今何かおかしくなかったか?
顔を上げて、神語先輩を見る。
スマホをしまって、また本で口元を隠していた。
眼鏡の向こうの大きな瞳の形からしか、表情が読み取れない。
「三次選考を通った作品は、私も全部読んでいました。ライバルだと思っていたので」
「――――――――」
その言葉の意味する所を理解し、そして――おおよそ、繋がった。
「ええと、じゃあ、神語先輩が特待生なの、は…………」
人数制限を無視した、快適で居心地の良い部室を有している理由――特待生特権。
私立風光学園が指定する特待生の枠には、いくつか種類がある。
成績優秀な生徒はもちろんのこと、スポーツ科、芸術科といったジャンルの他に、一般的な学業の範囲では測れない突出した実績を持っている生徒も対象とした枠がある。
今年の一年は、確かeスポーツの大会で実績を残した生徒が特待生に選ばれた。
だから……そうだ、プロ作家という実績は――――――――。
「受賞経験と、商業出版の実績が評価されました。私は……去年の