文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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四月・僕の部活探し 5

 

 目の前に居る先輩、神語詠(かんがたりよむ)が、花冠ゆら。

 

 人生でこれほど驚いたことは、無かったかもしれない。

 僕にとって『花冠ゆら』は、自分と競って、届かなかった領域に足を踏み入れた人だ。

 

 一方的に憧憬と悔恨を抱いた相手だ。とんでもない文章を書く人で…………。

 でも……――ああ、そうか。そういうことか。

 

「神語先輩は……いつからこの街に?」

「中学一年生からです」

 

 それを聞いて……納得した。出来てしまった。

 【初恋はダリアのように】の最後のシーン。

 あれは、この街に住んでいないと書けない(、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 顔を伏せ、感情をなるべく表情に出さないように心がける。

心を引き締め、表情筋を引き締め、きっと顔を上げ、僕は言った。

 

「…………神語先輩、いや、花冠ゆら先生」

「は、はい」

 

 それでも隠しきれなかった圧力を感じたのか、神語先輩は少し声を引きつらせた。

 僕は意を決し……――自分の鞄から本を取り出して、先輩に向けて差し出した。

 

「とりあえず……サインください」

「そ、それは構いませんけど……本当に持ち歩いてるんですか?」

「バイブルなんですよ」

「……そ、そうですかぁ」

 

 嬉しさと複雑さが入り混ざった表情のまま本を受け取ると、背表紙側の遊び紙にサインペンでさらさらとサインを書き込んでくれた。流石に手慣れている。

 

「ど、どうぞ」

「いやっほおおおおおおおおおおおおおおおう! しゃっ! しゃっ! しゃっ!」

「と、飛び上がるほど喜ばないでください!」

「そんな、推し作家のサインですよ!?」

「んむ! むむむぐぐ…………」

 

 何せ褒められているのが自分なので、強く言い出せないらしい。

 もごもごと口元で言葉にならない言葉がこぼれ続けていて、ちょっと面白い。

 

「というか……身バレしちゃって良かったんですか!? 世間じゃ正体不明の未成年作家のはず……!」

「直接顔を知られたくないってだけで、正体不明でもないですよ。家族や友人は知っていますし」

「僕は家族でも友人でもありませんが……」

「でも、私の好きな作品を書いていた作家さんでした」

「…………へ?」

 

 僕のその反応を見て、神語先輩は小さく笑った。

 

主人公(シェド)ヒロイン(カナデ)を助けに行くシーン、本当に大好きでした。思わずコメントもしたぐらいです。匿名でしたけど」

 

 それは僕が書いた作品の、選考範囲におけるクライマックスシーンだった。

 世界を救うために身投げをしようとしたヒロインの元に主人公が駆けつけて、手を伸ばしてさらっていく。そんなありきたりで、どこにでもあるようなシーン。

 

「もう、小説は書いてないんですか?」

「へ? あ、そうですね。まったく」

 

 受賞を逃した後もしばらくは更新を続けていたが、物語としても区切りがついたのでそこで終わらせて、それ以降は特に更新などもしていない。

 

 今でも時々作品への反応があるものの、細かく通知を見るのが面倒で、最近はブックマークした作品が更新されたのを確認できるページを直接確認している。

 

「……未練などは? 次の作品では受賞できるかも、とは思いませんか?」

「特には。……変ですかね?」

「書くのを辞める、という事が、私にはよくわからないので」

 

 その言葉が……作家、花冠ゆらの口から発せられた事実が、僕はとても嬉しかった。

 心からの笑みが浮かんで、にやけ顔を見られたくなくて、口元を手で隠した。

 

「だって僕が書かなくても、面白い作品は生まれ続けるじゃないですか」

「それは……違うはずです。角行君の作品は、角行君にしか書けません」

「でも、やっぱり僕が書く必要は無いと思うんですよ。いや……違うな」

 

 神語先輩と僕が語る内容は、似ているようで違う。先輩は可能性の話をしていて、僕は結論の話をしているのだから。

 

 

「僕はもう、僕に書ける全部を書き切ったんです。満足して、納得しちゃったんですよ。だから、これ以上はないんです」

 

 

 人間が何かするのは、情熱って物がある。

 僕という人間のエンジンは一つの物事にしか熱を燃やせず、走れない。

 

 四歳の時に兄から『どうぶつしょうぎ』の手ほどきを受けて駒の動かし方を教わり、五歳になるころには本物の将棋盤に駒を並べるようになった。

 

 小学生になる頃には駅前にあった将棋道場にも連れて行ってもらうようになり、祖父ぐらいの年齢のたばこ臭いじいさん共に囲まれて、定跡という奴を学んだ。

 

 僕にとって世界の全ては将棋で、判断基準も将棋だった。

 

 自分がこれを手放すことは無いだろう、これより夢中になれるものなんて無いはずだと信じていた。

 客観的に見て、僕は決して将棋が弱くはなかったと思う。

 小学三年生の時の地域子供将棋大会では一番だったし、最初は手も足も出なかった道場のじいさん達にも、いつしか勝ち越せるようになっていった。

 

 そして小学五年生の時だ。次の大会にはプロが見に来るらしい。

 もし凄い結果を出して目に留まれば、奨励会へ推薦してもらえる道も見えるんじゃないか――なんて考えていた僕を待っていたのは、一回戦敗退という現実だった。

 

 目標を打ち砕かれて……冷めてしまった。

 

 底から熱が、抜けていった。

 

 ああそうか、僕にはこれ(、、)じゃないんだ、と思ってしまった。

 中学に上がる頃には店長の引退に伴って将棋道場も潰れてしまい……将棋に使っていた僕の中の熱は、完全に読書と執筆に移り変わった。

 

 そうして書き上げたのは、当時の僕の全てをつぎ込んだ作品だった。

 その事実は、黒歴史だろうと若気の至りだろうと変わらない。

 

 全力で挑んで、全力で負けて――――その相手が花冠ゆらだったから、気持ちよく、熱を失うことが出来た。

 

 これ(、、)じゃないんだ、と感じて、それでもいいな、と思ったのだ。

 

 

「花冠ゆらは、僕の渾身の一作を超えていきました。貴女が書いてくれるなら、僕はそれでいいんです」

 

 

 その理想を押しつけられた本人からすれば、たまったものでは無いだろうし。

 本来、こんな台詞、四次選考まで残って大賞を取り逃した作家が言うべき言葉だと思う。三次落ちなんて、記録には残っても、記憶には残らない。

 

 神語先輩は、しばらく黙っていた。

 黙って僕の話を聞いて…………やがて、静かに口を開いた。

 

「…………でも、本は読み続けてるんですよね」

「そりゃ、書くのと読むのは違いますから」

 

 僕の熱は今、全部読書に向いている。

 三度の飯より物語を接種したいし、一生こうして生きていくんだと思っているけれど、またどこかで納得して、熱を失って、冷めてしまうかもしれない。

 

 それは、僕自身にもわからない。

 けど……何をするにしたって、いつか飽きるかもしれないからやらないでおこう、とはならないだろう。

 

「多分、僕は納得したんですね。将棋も、執筆も」

「納得…………」

「ここまでにしとこう、って腑に落ちちゃったんですよ。別に僕の中から消えたわけじゃありません。気が向いたら将棋を指したくなることもあるし、気まぐれに何か書くかもしれないけど、全部突っ込もうとは思わないって、そんな感じです」

 

 飽き性、と言われるかもしれない。真面目じゃないとか、不誠実だとか言われたら、返す言葉の一つもない。

 

 だけど、それが伊東角行という人間なのだから、仕方ない。

 

「…………よく、わかりました」

 

 神語先輩は頷いて、一歩、僕に近寄ってきた。

 

「角行君は、私のファン…………ということで、いいんですよねっ」

 

 途中まで冷静な口調だったけど、後半が若干うわずった。言ってて恥ずかしくなったらしい。

 

「そうですね、大ファンといっていいと思います」

「では……一つ、お願いがあるのですが」

「お願い?」

 

 オウム返しに問い返すと、神語先輩は静かに頷き、【初恋はダリアのように】の表紙を見せた。

 

「角行君、この本をジャンル分けするなら、何になりますか?」

「それは…………恋愛小説、ですかね。一応」

 

 ラブコメよりの文学小説と言うべきか。間違っても純文学にはカテゴライズできないが、ライトノベルというには若干重い。まぁ、この辺の区分けに厳密な定義はないので、個人的な感覚の話にはなるけれど。

 

「そうです。そのつもりで書きました。ですが私は………………」

 

 すぅ、はぁ。大きな深呼吸を挟んで、

 

 

 

 

「…………恋愛を、したことがありません」

 

 

 

 また、本で口元を隠して、言った。

 

「誰かを好きになるってどういうことなのか、わかりません。異性と手を繋ぐと、ドキドキするものなんですか? 胸が高鳴ったら恋なんですか? 角行君、わかりますか?」

「…………うーん」

 

 そうやって直接言われると、どうにも難しい。

 何せ彼女なんていたことがないので答えようが無い。身近にいた女子なんて、乱暴な幼馴染と、双子の妹ぐらいのものだ。

 

「……別に実体験が伴う必要は無いんじゃないですか? 想像の翼を広げてこその作家でしょう」

 

 僕は異世界に行ったことはないが、異世界の物語を書いた。

 神語先輩は恋愛をしたことはないが、恋愛の物語を書いた。

 

 なぜそんなことが出来るのかと言えば、想像したからだ。

 『もしかしたらこうなのではないか?』を限界まで膨らませて、考察して、アイディアを形にする。

 そのためのサンプルはいくらでも世に溢れている。ドラマも映画も漫画もアニメも、もちろん小説も、恋愛というジャンルに属する創作物には事欠かない。

 

「でもそれじゃあ、次回作は【ダリア】の焼き増しになってしまいます」

「……書いてるんですか? 次回作」

 

 【ダリア】が発売したのは僕が中学生の頃……約二年前の六月だ。

 それから、重版や文庫化のお知らせはあったものの、続編や新作に関する情報は、今まで無かったはず。

 

 そういえば、以前この部室を訪れたとき、テーブルの上には開きかけのノートパソコンがあったが……。

 

 もし神語先輩が、あれで新作を執筆していたとするなら、あの怒りよう、というか警戒の仕方も納得できる。書きかけの新作なんて、絶対に露見してはいけない情報だ……正体バレにも繋がってしまう。

 

「スランプ……というと、気取りすぎかもしれませんが、手が止まっているのが正直なところです。かといって……じゃあ彼氏を作ろう、なんて出来ませんし」

「何でですか?」

「何でって……」

「神語先輩、可愛いんですから、作ろうと思えば作れるんじゃないですか」

「………………………………あの、真面目な話をしてるんですけど、からかってます?」

「いえ、そんなつもりは……」

 

 そんなつもりは毛頭なかったのだが、何かしらの逆鱗に触れてしまったらしい。

 

「とにかくっ! 私は取材が必要なんです。実際の恋愛でなくてもかまいません。擬似的にシチュエーションを体感しておくだけで、想像の余地は大きくなるはずですから」

「……それで、僕にどうしろと?」

 

 神語先輩は頼みがある、と言ってきた。

 この流れで何を言われるのか察せられないほど、鈍くは無いつもりだ。

 そして、おおよそ想像通りのことを、そのまま言った。

 

 

「角行君が私の〝取材〟に付き合ってくれるなら、第三文芸部に入部させてあげても構いません」

 

 

「ぐっ………………!」

「冷蔵庫完備、エアコン完備、フリーWi-Fi完備、部費でお茶菓子の購入も認められています、快適空間です。何より」

 

 神語先輩の視線の先、僕も釣られて、そちらを見る。

 好みの本が大量に収められた、あの本棚。まさしく、宝の山。

 

「学園の経費で、新刊を買い放題です。ちょっとしたお仕事はありますが」

「ぐああああああああああああ!」

 

 そんな理想的な環境があってもいいのか。

 特待生、ずるすぎる。好きな本を学園に買わせるなんて我が儘が許されるのか!?

 

「厳密にいうと、図書室が収蔵する本を、私が一部選択し、先に閲覧できるルールになっています。例えば、今日買ってきた本はあの本棚に全部入りきりませんから」

 

 確かに……無理矢理詰め込めば一冊や二冊は入るかもしれないが、流石に全部は無理だし、本も傷んでしまう。

 

「この部室で読み終えた本、あるいは必要の無い本は、そのまま図書室に持ち込んで、蔵書になる仕組みになっています。一ヶ月で大体、五分の一くらいは入れ替わりますね。また読みたくなったら、一般生徒と同じルールで借りることも出来ます」

「それは…………その、なんでそんな仕組みに?」

「部ではなく学園の所有物になる、という条件がついているので、その分、選択する本の裁量を多く見て貰っているんです。第一、第二文芸部は部費での購入に当たって顧問の審査や生徒会の承認が必要ですが、第三文芸部にその縛りはありません」

「………………ああー………………」

 

 僕がこの学園に進学を決めた理由の大きな決め手は、見学の際に訪れた図書室の蔵書の多さと……それがあまりに趣味に噛み合っているからだったのだけど……その理由も納得できた。

 

 僕に嗜好が近い神語先輩が一年かけて、理想の蔵書を作り上げていてくれたのだ。

 

「領収書は絶対必要ですし、公序良俗に反するものは流石にいけませんが、それ以外は特待生としての特権をフル活用しています。予算に限りはありますけどね」

 

 はっきり言って。

 この部室は、僕にとって理想の場所だ。居ていいと言われたらいくらでも居たい。なんなら住んでもいいぐらいだ。

 

「……〝取材〟って、具体的には?」

「難しい事じゃありません。私の質問に答えてくれたり、お喋りに付き合ってくれればいいです」

 

 神語先輩は壁際に移動すると、ちょいちょい、と僕を手招きした。

 何だろう、と思って近寄ると、僕の右腕を無造作に掴んで、壁に押し当てさせた。

 これはいわゆる…………。

 

「壁ドン…………?」

 

 僕と壁で、神語先輩を挟み込む形になった。

 頭一つ分小さい先輩のつむじが目に入り、次に見上げる視線が交錯した。

 

「ううん…………これって、やっぱりドキドキするものなんですか?」

 

 首をかしげ、きょとんとする神語先輩。

 

「いきなりされるとか……不意打ちの圧力が必要なんじゃないですかね」

「不意打ちかぁ……角行君、不意打ちしてもらってもいいですか?」

「難しいこといいますね……」

 

 日常生活でいきなり壁ドンかまされたら、多分ドキドキというよりびっくりするんじゃないだろうか。

 

 神語先輩の言う〝取材〟がこれぐらいならば、僕にとっても大きな負担には――――。

 

 ガシャァーンッ。

 

「きゃあっ!?」

 

 そんなことを考えた瞬間、大きな音が、廊下の方から聞こえてきた。

 派手で甲高い金属音、誰かが何かを落としたのかもしれない。

 だが、僕にとってその問題の言及は、なんというか、二の次だ。

 

「び、びっくりしたぁ……」

「……あの、神語先輩」

「? はい?」

「…………離れていただけると大変助かるのですが」

「え? ………………あっ」

 

 急な騒音に驚いて、咄嗟に目の前にあったものにすがってしまった、という感じなんだと思う。

 

 例えば、目の前で壁ドン決めてる後輩などにだ。

 ある程度の空間があるのと、ぴったりくっついているのは、姿勢は近いが全然違う。

 

 体温、心音、呼吸、その他諸々が感じ取れる距離。僕から離れても良かったが、僕自身にとっても突然の出来事だったので、頭が回らなかった。

 神語先輩の顔が、じわじわと赤くなっていく。そ、と体を離して、壁をドンしていない左腕の方からゆっくり抜けて、頬を両手でぐいぐい押さえ。

 

「…………な、なるほど、一つ理解しました」

「……何がですか?」

「壁ドンは…………ドキドキ、しない事も、無いかもしれない、ということが」

 

 …………うん。

 これから、これを続けるのか?

 文学少女の先輩と、放課後の部室で?

 

「それで…………どうします? 角行君」

 

 何事もなかったかのように振る舞い、なぜかふふん、と髪を揺らす神語先輩。

 

「入部、しますか?」

 

 しばしの沈黙の後、僕は先輩に向けて、答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 おまけというか、余談の話。

 入部してから三日目で、先輩がこんなことを言い出した。

 

「名前が呼びづらい?」

「はい。かくぎょうくん、って、時々噛んじゃって。名字呼びは嫌なんですよね?」

「できれば……別になんだっていいんですけど。後輩君とかでも」

「新入生の数だけ該当者がいる呼び方は気が進みません、ラブコメ的ではありますが……あだ名とかどうでしょう、角君(かくくん)?」

 

 口にして見て、ううん、とうなり、どうもしっくりこないのか、首をかしげた。

 

「……かくくん、って余計言いづらいですね」

「幼馴染なんかにはかっくんって呼ばれてますけどね……」

 

 何気なく言った一言だったが、思いのほかお気に召したらしい。

 

「あ、いいじゃないですか、かっくん。それにしましょう」

「それにしましょうって……じゃあ僕も神語先輩って呼びづらいんですけど。九文字もありますよ」

「名前で呼べばいいじゃないですか」

 

 先輩はあっさり、そう言い放った。

 

「? どうかしました?」

 

 首をかしげて不思議そうな顔をするものだから、気にするこちらの方が間違いなのだろうか。

 

「…………えー、ヨム先輩?」

「はい、先輩ですよ、かっくん」

 

 響きが思いのほか気にいったのか、神語……もといヨム先輩は、あっという間にご機嫌なニコニコ顔になった。

 

「ヨム先輩」

「はい」

「ヨム先輩ヨム先輩」

「は、はい? かっくん?」

「ヨム先輩ヨム先輩ヨム先輩ヨム先輩ヨム先輩」

「れ、連呼していいとは言ってません!」

 

 こうして、僕とヨム先輩の今の呼び名が決まって、今に至る。

 

 

 

 

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