文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
八月・幼馴染と花火大会
「どうどう? 似合ってる? 兄さん」
「いかがです? イけてます? おにぃ」
金魚と水風船をモチーフにした、同デザインの色違い。
それぞれ白基調と黒基調の浴衣に身を包んだ妹達は、楽しげにその場でくるくると回って、僕に感想を求めてきた。
「可愛い可愛い、すごいすごい」
「いえーい!」「わーい!」
ぱちぱちと適当に手を叩いて褒めると、バチンとハイタッチを決める。我が妹ながら、仲の良いことだ。
三〇〇〇発の花火を川沿いから打ち上げる様はまさに絶景。
当然、屋台なんかも出るから、人がまあ押しかけること押しかけること。
人混みが得意じゃない(好きな人もそんなにいないとは思うが)僕なんかはあまり乗り気じゃないのだけど、家族の恒例行事なので仕方ない。
妹達はめかし込んでいるが、浴衣なんて持ってないので、普通にシャツと短パンに着替え、鞄と財布だけ持って行こうとして――――。
「あ、兄さん。ちょっとストップ」
妹の片割れ、ポニーテールの
「どうしたの、歩ちゃん」
「いい? 兄さんが玄関を開けて、最初に口にする言葉は『綺麗、すごく似合ってる』です。はい復唱」
「………………何で?」
「いいから。一文字でも違えたら許さないからね」
「きれい、すごくにあってる」
何故いきなり、妹にここまでのことを言われなくてはならないのか……? という疑問を抱いたが、頷かなければ立ち上がらせて貰えなそうなので、しぶしぶ指示に従った。
「よろしい。それじゃあしゅっぱーつ!」
歩ちゃんがドアに手をかけて開くと――――――。
いつの間にか妹の片割れ、ツインテールの
「…………綺麗、すごく似合ってる」
「知ってる。当たり前でしょ」
結い上げた黒髪。夜空を模した紺色の生地に、花火の模様の浴衣。
我が家の二軒隣に住んでいる、幼馴染の
◆
河川敷沿いに並ぶ屋台から立ちこめるいい匂い。お祭りの出店なんて、高い割に量は少ないし、とびきり味が良いと言うわけでもないはずなのに、いざ目の前に現れるとあれもこれも欲しくなってしまうのはどういう訳なんだろうか。
「夜々美ちゃん、リンゴ飴リンゴ飴!」
「夜々美ちゃん、わたあめわたあめ!」
「はいはい、わかってるわかってる」
甘い物に目がない妹達は、屋台を見つけるや否やすっ飛んで行き、慣れてはいるもののあきれ顔の夜々美が、その後を追い掛ける。
僕はと言えば人並みではぐれないように気をつけつつ、その少し後ろをついて行く、いつもの感じだ。
「ちょっとお財布……じゃなかった、かっくん、置いてくわよ」
どうも、お財布です。事前に両家の親から預かった軍資金の管理を任された僕は、粛々とがま口からお金を支払うだけである。
「お祭り最高ー! はい、兄さん!」
「出店最高―! はい、おにぃ!」
そして妹たちは必ず同じ物を二つ買って、僕に渡してくる。
右手にリンゴ飴、左手にわたあめ。ちら、と夜々美を見ると、んー、と少し考えてから。
「こっち」
と、わたあめを持って行った。
僕も夜々美も騒がしいのは得意ではなく、テンションを上げるのはもっぱら妹たち。二人が選んで渡してきたものを僕らが分け合い、腹が膨れた所で残ったお金を山分けするのが、伊東家と二瑞家のお祭りスタイルである。
……だったのだが。
「おにぃ、ちょっといいですか?」
「ん?」
結構なサイズのリンゴ飴を端からかじっていたら、香ちゃんがくいくいと服の裾をひっぱってきた。
「どうしたの? 欲しいものでもあった?」
「いえ、そうではないのですが……私と歩ちゃんは、ちょっと別行動しようかなと」
「へ?」
「お友達も来てるので、ちょっと会う約束などをしているのです」
「ああ……まあ、別にいいんじゃない? じゃあお金分けとこうか」
妹達には妹達の付き合いがあるし、それならそれで…………いや、待てよ。
「…………え、待って。僕、夜々美と二人きり?」
「はい、というかですね、おにぃ」
香ちゃんは眉を寄せて、若干呆れ気味の顔で言った。
「いつまでも喧嘩してないで、これを機にさっさと仲直りしてほしいんです」
「別に喧嘩してるわけじゃ…………」
「おにぃに喧嘩してる認識が無いなら余計厄介です。こじれっぱなしなんですから」
我が妹ながらはっきり物を言う……まぁ、言わんとしていることはわかるけれど。
「気軽に夜々美ちゃんを家に呼びたいですし。わかりました?」
「うーん………………」
「花火大会が終わるまでに仲直りしてなかったら、おにぃを川に叩き落として帰りますからね」
「香ちゃんの中では、やっぱ僕が悪い感じ……?」
「当たり前じゃないですか。〝もう将棋辞める〟なんて、よりにもよっておにぃが夜々美ちゃんに言うんですから」
僕が何を辞めても、それは僕の自由だと思うのだけど……と、今口走ったら、花火の終了を待つことなく僕は川に沈むことになる事ぐらいは流石にわかるので、僕は言葉を濁して曖昧に頷いた。
「じゃ、そういうわけですから、信じてますからね、おにぃ」
「香ちゃーん、いこー」
「はーい! それじゃあ、また後でー!」
歩ちゃんに呼ばれた香ちゃんは、そのまま二人で並んで、ぱたぱた走って人波の中に消えていき、夜々美と僕だけが残された。
「………………」
き、気まずい。
視界の端にちらちら映っていた……歩ちゃんも、夜々美に耳打ちめいたことをしていたから、多分同じようなことを――大分夜々美寄りの立場から言っていたんだろうなと思う。
「えーっと、さ、夜々美」
とりあえず何か会話を始めなくては、と切り出したところで。
「かっくん」
「あ、はい」
「焼きそば食べたい」
「…………かしこまりました」
後の先を取られてしまった。歩き出す夜々美の少し後ろを追い掛けて、適当な屋台で焼きそばを買って、プラ容器の蓋を開いたままにしておく。
数分して、少し冷めた焼きそばを手渡す。
「ありがと」
夜々美の猫舌は昔からだが、屋台の焼きそばは必ず食べる。
……音を立てず丁寧に麺をすする横顔は、まぁ身内贔屓をさっ引いても、美人だと思う。
「……じろじろ見ないで」
「あ、すいません……」
「かっくんも食べる?」
「貰う」
そして胃の許容量が見た目より遙かに少ないのも夜々美という女である。
まるっと焼きそば一パックを食べると、他のものが入らなくなってしまうので、残りを食べるのも僕の役目だ。
割り箸と焼きそばを受け取って、麺をすする。屋台独特の、デカい鉄板で焦げ付いたソースが絡んで、特別高級なわけでもないのに、妙に美味しいあの味が口いっぱいに広がっていく。
食べ終えて、容器を片付けて、改めて並んで歩く。
「………………」
「………………」
「……チョコバナナ食べたい」
「はい」
粛々と購入。
「…………ん」
「どうも」
半分を貰う。
「あ、トルネードポテト」
「はい」
「…………持ってて」
「はい」
揚げたてだもんな。串を持ったときの熱気だけで、ちょっと表情がゆがんでいた。
軽く歩いて、食べ物を買って、少しだけ食べたものを貰って。
僕にとってのお祭りとは、基本的にそういうものだ。妹か夜々美が買った物で腹を膨らませる。自分の意志とは関係なく、ランダムに手元に来る屋台物は、どちらかというと『次は何が来るんだろう』という楽しみが勝り、そんなに嫌いではなかったりする。
そんな感じで三〇分くらいぶらついただろうか。
「疲れた」
と一言言って、夜々美は河川敷の草むらに、ぺたんと腰掛けた。
隣に座って、空を見る。今日はよく晴れているから、花火も綺麗に見えるだろう。打ち上げの会場から少し離れてしまったので、人の姿はまばらだが、それなりの数が居る。
「………………もう誘わないから」
「へ?」
不意に、夜々美がそう言った。
「もう、将棋部には誘わない。それでいい?」
「えっと、いや……うん、夜々美がいいなら」
「いいならも何も、時間切れよ。個人戦も団体戦も、もう締め切りだし。ブランクだってあるでしょ」
「うん、まぁ……」
「弱い人を入れても意味がない。私情で連れてきた人にかまってたら、士気も下がるし」
何事も続けないと、勘はやっぱり鈍っていくものだ。
将棋なんてのは特に、指し続けて研ぎ澄まし続けなければ。
流行の戦術、新しい定跡、対戦相手の研究。やろうと思えばいくらでもやることがあって、時間は常に足りていない。
「それに、諦めなかったら、かっくん……一生私と話をしてくれないじゃない」
「そんなつもりは…………ないけどさ」
別に夜々美のことが嫌いになったわけじゃない。
将棋以外でも、いろんな繋がりが残っている……だから、それでいいと僕は思っていた。
でも夜々美は、違ったのかもしれない。
「……代わりに、これだけは教えて」
膝を抱えた姿勢で、首だけをこちらに向けて、夜々美は小さな声で言った。
「かっくんが将棋を辞めたのは、私のせい?」
――――小学五年生の時の話だ。
僕が、将棋への熱をいちばん持っていた時期。
周りの大人達にも勝てるようになって。
次の大会で結果を残せば、プロの目にも引っかかるかもしれない。
確信ともいえる感情を抱いて、挑んだ大会の一回戦で。
『やったあ! かっくんに、初めて勝った!』
僕は夜々美に、初めて負けた。
小さい頃からお互いの家を行き来していて、我が家のリビングには常に将棋盤があって、だから、夜々美がそれに興味を持つのはある種の必然だった。
僕は大好きな夜々美が将棋に触れてくれたことが嬉しくて、駒の動かし方から、定跡から、いろんな事を教えた。夜々美の最初の師匠は、僕だった。
それまでは夜々美に負けたことがなかった。
駒を何枚か落としてやっと互角で、自分が追い抜かれる日が来るなんて、思ってもみなかった。
――――目標を打ち砕かれて……冷めてしまった。
――――底から熱が、抜けていった。
――――ああそうか、僕には
それを夜々美のせい、というのは、いくら何でも乱暴だと思う。
僕が勝手に将棋に見放されたと思い込んで、僕が勝手に辞めただけだ。
熱が抜けて、冷静になって、他の物が目に入るようになって。
僕には、将棋以外にもあったんだ、と気づいてしまった。
将棋以外に目を向けるようになったから、周りに追い抜かれるようになって、勝てなくなるうちに、つまらなくなっていった。
本当にただ、ありきたりな、子供の挫折の話にすぎないのだ。
「違う」
だから僕は、はっきり言った。
「それだけは違う。そう思わせてたなら、ごめん」
「…………そう」
夜々美はぷい、と僕から顔を背けた。
「じゃあ、いいわ。許さないけど」
「許してはくれないんだ……」
「当たり前じゃない。…………当たり前よ」
ドンッ、と、空から音の雨が降る。
パチパチパチ、と空ではじける火花。
それを呼び水に、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と次々花火が打ち上がる。
いつの間にか、花火の時間になっていたらしい。
ブル、とポケットに振動を感じた。スマホを見ると、香ちゃんからメッセージが届いていた。
『うまくいきました?』
……どうだろう。
許して貰えていないし、仲直りと言ってよいものか。
「…………来年も一緒に来れるかしら」
花火と花火の合間を縫って、夜々美は小さく呟いた。
「いや、来ればいいじゃん。どっかに転校するでもなし」
「わからないじゃない、かっくん、神語さんに誘われたらどうするの?」
「…………なんでそこでヨム先輩の名前が出てくるんだよ」
「質問に質問で返さない。私はどうするの? と聞いたの」
そういえば、ヨム先輩も友達と花火大会に行くって言ってたっけ。
この会場のどこかに、きっと居るはずだ。
それを探そうとは、思わなかった。
「お前と行くよ」
だから僕は、素直な気持ちでそう言った。
「そう」
花火を見上げながら、夜々美は小さく笑った。
「じゃあ、許してあげる」
三〇〇〇発の祝砲が、夜空を照らし続けている。
僕らは、それが終わるまで、並んで見上げていた。