文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
「んー………………」
今日の環境音は、打鍵音でもなく、窓から聞こえる吹奏楽部の練習の音でもなく、ヨム先輩の唸り声だった。
今日は備品のタブレットで、気になっていたWEB小説を読んでいる。
書籍化はしていないが界隈で異様な熱気があった作品だ。
「んんんー……………………」
カードゲームの販促アニメに転生した主人公が、前世の知識を活かして勝ち進む……って感じの奴なんだけど、アニメの世界じゃ都合良くカードを引けるのが当たり前だから、それを前提にしたデッキプールになっていて……という前提条件の組み立てが、話の面白さに寄与している。
「んんー…………んんんー…………!」
カードゲームって、そういえばやったことないんだよな。一枚一枚強さが違う持ち駒があるイメージだろうか。将棋とは結構勝手が違いそうだけど……。
問題は結構お金がかかる趣味だってことで、僕の場合のめり込んだら歯止めが利かないんだよな。
「んんー…………っ! ……………………あの、かっくん!」
構われ待ちしていたヨム先輩が、ついにしびれを切らした。
「ヨム先輩、一度でいいから
「呼びかけに質問で返さないでください。そして厨二病をこじらせてないで、もっと私を気にかけてください」
失礼な……まあ、僕もこの呼び方をしったのはラノベだけども。
ちなみに将棋やオセロ、チェスなどが
「先輩がこんなに悩んでる素振りを見せているのに、まったく意識を向けないじゃないですか」
「毎回思うけどヨム先輩、僕からの声かけ待ちやめませんか?」
「そこを気遣ってもらいたいのが、先輩心であり、そこを気遣うのが後輩心というものですよ、かっくん」
となると……どうやら僕は後輩心を完全に欠落させてしまった悲しき化け物らしい。
「僕を化け物にしてくれて、ありがとうございます、ヨム先輩」
「何をちょっといい感じにまとめようとしてるんですか。早く聞いて下さいよ」
め、めんどくせぇー…………。
「えー、じゃあ、はい。ヨム先輩、どうしたんですか?」
「これを見てください、かっくん」
ヨム先輩は、普段執筆に使っているノートパソコンをくるりと反転させた。
画面に映るのはテキストソフトではなく、地図アプリだった。
僕らが今居る学園から少し離れた市民公園にマーカーが付いている。
「なんですか、これ」
「もう、見てわからないんですか? 憎きマラソン大会のコースマップです」
「ああ……」
私立風光学園では毎年、九月の半ば頃にマラソン大会が行われる。
広い校庭があるというのに、わざわざ市内の公道を生徒たちが一斉に走るという、学園の歴史が古く、地域住民が受け入れてくれていることで成立している迷惑極まりない伝統行事なのだが、僕も中学生の時はぜぇぜぇ息を切らせて走る学生を横目で眺めていたものだが……そうか、とうとう自分が走る側になってしまったのか。
「すいません、男子と女子だとコースが違うもので……女子って何km走るんですか?」
「三kmです……こんなの拷問です……ひどい、ひどすぎる……!」
男子は五kmコースなのだが、これは一種の差別ではないだろうか。
「今、どうすればうまくショートカット出来るかを考えているんですが……」
「走れよ」
先月、ついに新作を脱稿したヨム先輩は自由の翼を手に入れ、部活中は執筆よりも読書に比重が置かれ始めたのだが、それ以上に〝取材〟と関係ない構ってムーブが増えてきた。困ったものである。
「ふう……」
ヨム先輩はわざとらしくため息を吐くと立ち上がって、後ろに数歩下がった。
腰に手を当て、自らの身体を示し、
「かっくん、私の姿を見てください。どう見えます?」
「もっさもさのチビ…………すいません冗談ですちょっと言葉が過ぎました許してください反省してます椅子を置いてください」
無言で椅子を持ち上げたので、流石の僕もふざけずに頭を下げた。
「次言ったら校内暴力が発生しますからね」
「法に触れる事はやめましょうよ……」
「大丈夫、私の父は弁護士です」
「お父さんだって娘の弁護をするために弁護士になったわけじゃないと思いますよ」
「それもそうですね……いえ、本題はそこではありません。かっくん、私が運動が得意に見えますか?」
「いえ、まったく。微塵も。わずかたりとも。欠片ほども。毛の先ほども」
「並べ立てないでください!」
「ヨム先輩が言えって言ったんじゃないですか……」
「そこまでとは言ってないです! もう!」
ぷりぷり怒り出すヨム先輩。うーん、どうでもいい内容なら読書に戻りたいんだけどな。
「とにかく、生まれてこの方インドア派、ドッジボールでは一番最初に当てられた事以外なく、サッカーではボールが回ってきたことがなく、ソフトボールでは三振しかしたことがなく、創作ダンスでは転んで足の骨に罅を入れた、純正文学少女のこの私にマラソン大会なんてできるでしょうか、という話なんですよかっくん」
「いえ、別に走れる文学少女もいると思いますが……」
あと、ヨム先輩は文学少女を自称しているが、見た目のそれっぽさがあるだけで、普通に騒がしいんだよな……別にページをちぎって食べるでもなし。
「まして私は作家ですから、不慣れ不得意不条理な行事で商売道具が傷ついては行けませんし」
「先輩の商売道具ってなんですか」
「指と頭ですね」
「マラソンで酷使するのはどこですか?」
「足と心肺ですね」
「うん。じゃあ…………やっぱ走れよ」
「な、なんですかその目は! 不正を目論む私が悪いっていうんですか!」
「そうだよ」
それ以外に言いようがないだろ。
まがりなりにも同じ部活の先輩が、マラソン大会をなんとか不正で切り抜けようとしている事が驚きだよ。
ちなみにタクシーやバス、電車と言った交通機関の利用、身内の車による送迎などが見つかった場合は行事欠席扱いの上にペナルティマラソンが発生する。即落第じゃないだけ有情だと思うが。
「運動場を周回する、みたいなコース取りならごまかしようがありますけど、学園を出て公園までのコースがほぼ直線なんですから、どこをどう曲がったとて距離が縮まることはないんじゃないですか?」
スタート地点とゴール地点が同じだと不正の余地がありそうだからこそ、往復コースにしなかったんだろうし。
「ずっと下り坂の道があるかも知れないじゃないですか!」
「坂を下った分は上らないといけないことはご存知ではない?」
「どうしてかっくんはそういう意地悪ばかりいうんですか!」
「不正をするなと言ってるんだ」
まさか本当に、ヨム先輩が何かしでかす、とは思わないが……。
特待生の特権はよほどのことがない限り剥奪されないが、不正の発覚は微妙なところで、単位を落としたともなれば確定である。特別な待遇を受ける生徒だから特待生、たとえ一芸枠だとしても他の生徒の規範にならなければならない。
そしてヨム先輩の特待生特権の剥奪は、僕の快適な部室の喪失を意味する。
「ヨム先輩」
「な、なんですか」
「僕にナイスなアイディアがあります」
「ほ、本当ですか!?」
目を輝かせて身を乗り出すヨム先輩に、僕は笑顔で告げた。
「着替えて外に出てください」