文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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九月・ヨム先輩とマラソン大会 2

 

「かっくんの悪魔……鬼畜……悪鬼……悪鬼羅刹……!」

「はい、いいから走る」

 

 人聞きの悪い怨嗟を垂れ流すヨム先輩の真後ろに位置取りして、圧力をかける。

 学園指定の体操服に着替えたヨム先輩がぽてぽて走ると、三つ編みがぷらんぷらんと振り子のように揺れた。

 

 住宅街の交差点や信号待ちにペースを崩されるのが嫌なので、学園からほど近い河川敷を走っているわけだけど……うーん、青春という感じがする。

 

 結局、長距離走なんて慣れるしかないのだ。一度走りきれば理屈上は二回目もいけるようになるわけで。

 

「一度走りきったら、二度と走りきりたくない、です…………!」

「たった三kmじゃないですか」

「待ってください、かっくん……さん…………きろ? めーとる? ってなんですか?」

 

 あ、駄目だ、疲労も相まって知能が低下し始めた。

 

「僕も付き合って走ってるじゃないですか、頑張ってください」

「がんっ、ばって、ますっ、てぇっ!」

 

 ヨム先輩は小さい。だから歩幅も相応に短い。僕とて足が速いほうじゃないが、いくらなんでもここまでではなく、ペースを合わせているこっちも結構疲れるのだ。

 

「はぁっ、はひっ、ひゃっ、はぁ、はあ…………ふぁ…………ふへ………………」

 

 結局、一・五kmくらいの地点でへたり込み、一旦休憩となった。

 休憩用のベンチがあったので座らせて、近くの自販機で水を買う。

 本当はぬるめのがいいんだけど、まぁこの際やむを得まい。

 

「ほら、ヨム先輩、水分とってください」

 

 蓋を開けた五〇〇mlペットを差し出すと、ぜぇ、ぜぇ、と呼吸を荒げながら受け取り、両手で持って口をつける。思い切り飲んでいるのだろうけれど、くぴくぴと音を立てて減っていく水はごく少量で……うーん、本当にか弱い生物だ。

 

「…………ぷはっ! はぇぁー…………りがとぅございま……はぁ……」

 

 それでもまだ呼吸は整わず、お礼の言葉は空気中に溶けるように消えていく。

 ぐったりとして、はぁはぁと息を荒げるヨム先輩。浅く細かく胸が上下し、運動で体温が上がったからか、白い肌がほんのりと赤色に染まり、汗が止めどなく流れ……。

 

「………………」

 

 あまりじっくりみるものじゃないな、と若干の反省を覚えつつ、ヨム先輩に聞いた。

 

「今更なんですけど、長く運動が出来ない持病があるとか、そういうわけじゃないんですよね?」

「はぁ………ひぃ……ふぅ……け、健康体ですよ……何が言いたいんですか……私なんて所詮……体力底辺のポンコツ文学少女とでもいいたいんですか…………っ」

 

 うん、ここで嘘をつくヨム先輩じゃなくて良かった。

 

「僕、実はヨム先輩のことあんまり文学少女だと思って無くて……」

「戻ったら……かっくんの退部届けを出しておきます……明日には……受理されるでしょう……」

「ヨム先輩のような文学少女の鑑みたいな方に過酷な運動をさせるのは大変恐縮なのですが……」

「かっくんは……意地悪です、意地悪……! 準備運動までさせて……!」

「それは必要なんですよヨム先輩」

「あれだけで……体力が、なくなっちゃうじゃないですか……!」

「ちょっと息が上がるぐらいの方がいいらしいですけどね、準備運動は……」

「息が上がると苦しいんですよ、かっくん…………!」

「参考までに、去年はどうやって乗り切ったんですか……?」

「後半は……ほぼ歩きでした…………」

 

 うーん……まあ制限時間までにたどり着ければよいのだから、評価を気にしなければそれでも良いのかな……別にサボってるわけじゃないし。

 

「とりあえず隣で見てて思ったんですけど……ヨム先輩、走るのに全力すぎです」

「ふぅ…………ひぃ…………ぜ、ぜんりょく?」

「はい、一歩一歩に力を入れすぎて、無駄の多い動きをしていると言いますか」

「そう言われても……走り方なんて」

「小走りでいいんです。ヨム先輩なら、ちょっと早歩きくらいのペースでも大して差はありませんし」

 

 着物であの境内へ向かう階段を、まぁ息も絶え絶えとはいえ上ることができるのだから、ヨム先輩が小さくてへなちょこであることを差し引いても、ここまで疲れ果てるものではないはずだ。

 

「僕ら一般学生の長距離走は、体力空っぽの状態で体を動かし続けるんじゃなくて、〝ちょっと辛い状態〟を長時間続ける競技なんです。少し息が上がる位のペースで、ちまちま進むほうが大事ですよ」

 

 要するに走り方が下手なのだ。

 フォームなんてないし、呼吸だって無造作に吸って吐いてるだけだし。

 

「少し吸って少し吐く。すっすー、はっはーです。はいやって」

「ふぇっ!? す、すっすー、はっはー……すっすー、はっはー……」

「いい調子です。そのまま立ち上がって、足をそんなに上げないで、軽く体を前に倒す感じで」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 流れに釣られて立ち上がったヨム先輩は、動き出した僕を追って、言われたとおり小走りをする。無限に休んでると体が冷えてしまうし、帰る気力も沸かなくなる。休憩って奴は、足りないぐらいでちょうどよいのだ。

 

 ちょうどいい距離だし、このまま折り返して学園へと向かう。

 

 すっすー、はっはー、すっすー、はっはー。

 

 細かく呼吸を刻みながら、少しずつ前へ。

 

「ヨム先輩。ペースを速めちゃ駄目です。遅くしても駄目です。一定をずっと保つんです」

 

 すっすー、はっはー、すっすー、はっはー。

 

「呼吸は一定です。ちょっと辛いまま、でもギリギリ耐えられるペースを維持して」

 

 勿論辛そうではあるのだけど、さっきよりは随分体が軽く動いている、ように見える。

 呼吸を意識するのにはもう一つ良い効果があって、それに集中することで疲れた、とか辛い、とか言う余計な事を考える余地が減るのだ。

 

 かくいう僕も、口を出しながら普段より遅いペースで走っているわけで、これはこれで、結構辛いものがある。

 でも、ヨム先輩が必死こいてるのに、僕が疲れたというわけにもいかず。

 

 すっすー、はっはー、すっすー、はっはー。

 

 ヨム先輩は学園にたどり着くまで弱音を吐かなかった。

 吐くタイミングが無かったとも言えるけど、練習開始前のぐずり具合を鑑みたら、大きな進歩だ。

 

「はっ、はっ、すっ、はっ、はー……………………」

 

 共通棟の校門を越えたところで、ふらっと体を傾けたヨム先輩の体を受け止める。

 

「よく頑張りましたね、ヨム先輩」

「はっ、はっ、はぁ…………えへ、へ」

「深呼吸してください、ゆっくりでいいので。がんばれがんばれ」

「ちょっとそれは、方向性が違う、気が…………はぁ」

 

 そう言いつつも、ぐったりと体重を預けてくるヨム先輩。

 

「かっくんは……凄いことを、知ってますね。私……走りきれ、ました……」

「………………ははは」

 

 うん、いや、まぁこれ、普通に体育の授業で習った呼吸法と走り方なんだけどね……。

 まあ、それはそれとして。

 

 ヨム先輩自体はたいした重さじゃないからいいんだけど――運動で上がった体温が、薄い体操服越しに伝わってくるのは、非常にまずい。

 

 しかもここ、普通に人が通るし……早く部室に移動してしまいたい。実際、出入りする生徒がなんだなんだとこちらを眺めて、人によってはにやにやしながら立ち去っていく。あまりに……あまりによろしくない。

 

「はぁ…………ふぅ…………うん、大分、落ち着いてきました。すいません、かっくん。少し寒くなってきましたし、早く戻って着替えま――――――」

 

 そこでようやく、ヨム先輩は自分の状況を理解したらしい。

 全力で走りきって、汗だくの体。薄い体操着。密着した姿勢。

 

「――――――――――――っ!」

 

 僕を押しのけるでも無く、飛び退くでも無く、ついに固まってしまった。

 なんと声をかけるべきだろう……少し考えて、僕は言った。

 

「……あー…………大丈夫です、特に匂いとかはしなかったので」

 

 ぐい、と頬を引っ張られたので、多分、この選択肢は間違いだったと思う。

 

 ◆

 

「お待たせしました」

 

 と、着替えを終えた先輩が、部室から出てきた。

 僕は僕で、廊下でさっさと着替えてしまった。

 体力も使ったし、今日はこの辺で解散でもいいだろう。

 

「マラソン大会で悪しき企みをしなくても大丈夫そうですか? ヨム先輩」

「おかげさまで。……挑むだけ、挑んでみようと思います」

「それはよかった」

 

 ヨム先輩に不正行為を働かせずに済んだ。僕はやったぞ。

 

「でもですね」

 

 しかしヨム先輩は、どうもそれだけでは満足いかなかったらしい。

 

「何かご褒美があったら、もっと頑張れると思うんです」

「はあ」

「当日は昼間だからもっと大変だし、距離も長いですし、隣にはかっくんが居ませんし」

「いや、僕は関係なくないですか?」

 

 走り方も呼吸法も教えたし、後は一人でなんとかなると思うのだが。

 

「…………本当にそう思います?」

「思いますけど」

 

 今日証明されたのは、神語読は一人で走りきる力があることで。

 そこに、伊東角行はあまり関係ないと思う。

 

 偽りない本心だったのだが、ヨム先輩のお気には召さなかったらしい。

 少し早歩きになって僕を追い越し、その場で振り返って、じっと僕を凝視した。

 眼鏡の向こうの、何かを期待する大きな瞳。

 

「…………わかりました、何か考えておきます」

 

 先輩と後輩の立場があって、ヨム先輩と僕の関係性があって。

 ここで僕が敗北を受け入れるべきだということぐらいは、流石にもうわかっている。

 

「期待に添えなくても、怒らないでくださいね」

「えー?」

 

 楽しそうに足を弾ませるヨム先輩――なんだ、元気じゃん、という言葉を飲み込んで。

 ううん、これはどうやら、本腰入れて、何かしら考えないといけないようだ。

 

 

 

 

 …………既に新作は完成していて、ヨム先輩が僕に〝取材〟を求める事も減った。

 

 だけど、僕は未だこうして第三文芸部に籍を置き、神語詠(かんがたりよむ)の後輩であり続けている。

 

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