文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
部室でのヨム先輩には、大きく分けて二つの行動パターンがある。
一つは読書、気になった本やその日発売した雑誌なんかを読みふけり、あまり集中していないときには、益体のない会話を仕掛けてきたりする。
もう一つは執筆、つまりノートパソコンに向かって、ひたすらカチャカチャとキーボードを叩き、小説を書く作業。
割合としては7:3くらいなのだけど、今日は執筆の日らしい。
「ユウは……カナタに………触れて………違うな。カナタの指が……」
終始無言というわけではなく、時折独り言が交じる。
打鍵音も含めて、静かとは言い難いけれど、読書における環境音と考えると、僕としてはそんなに嫌いでなかったりする。
騒音というほどうるさくはなく、雑音というほど乱れてもいない。メトロノームほど規則的ではないが、確かに存在する人間のリズムは、読書への踏み台として丁度いい。
今日は前々から気になっていた某有名レーベルの銀賞受賞作を読んでいるのだが、これが予想以上に面白い。ヒロインの性格がめちゃくちゃ悪いのに、こんなに気分がいい煽りがあるんだな……。
「………んー!」
そんな感じで、文庫本一冊を八割ほど読み終えた頃、ヨム先輩は椅子から立ち上がってぐぐっと体を伸ばした。
「…………はぁっ、休憩にしましょう。かっくん、何かお茶菓子ありましたっけ」
「それなら、檸檬堂のカステラが棚にあった気がします」
「わ、本当ですか? ちょうど甘い物を欲していたところです」
「そうですか」
「………………」
「………………」
「…………ちょっと、かっくん」
「…………………………あ、はい、なんですか? 今いいところなんですけど」
「読書に戻らないで、カステラを取ってきてくださいよ」
「…………………………あ、今、僕に言ってました?」
「かっくん以外の誰がこの部屋にいるんですか」
「ええっ!? ヨム先輩には見えていないんですか?」
「かっくん以外の誰かがこの部屋にいるんですか!?」
「仮にそうだとしたら、どうやってカステラを取ってきて貰います?」
「仮定の話は不要です、かっくんに取ってきてほしいって言ってるんです」
「そう言えば聞いてくださいよ、昨日うちの妹たちが……」
「家庭の話も不要です、少し興味なくもないですが」
「台形の面積の求め方なんですけど……」
「(上底+下底)×高さ÷2の話でもありません!」
「もう、面倒くさいなぁ……」
「今、先輩からの頼みを面倒くさいっていいましたか?」
「もう、面倒な人だなぁ……」
「今ちょっとラインすれすれをちょっと越えましたよ!」
仕方ないなぁ……早めに読書に戻るにはヨム先輩の機嫌を取らねばならない。
快適な部屋と引き換えに僕にあてがわれたタスクでもある。
棚からカステラと皿を取り出して取り分ける。僕もおやつ代わりにいただこう。
「ヨム先輩、カステラの底に敷いてある紙の部分でいいですか?」
「はい大丈夫で…………反射的に返事しそうになっちゃいました。よくないです」
「ちっ……叙述トリックが通じなかったか」
「今のはただのひっかけ問題です!」
「カステラの底に敷いてあるジャリジャリしたザラメ、僕好きなんですよね」
「かっくん、先輩を騙そうとした罪を誤魔化そうとしてませんか」
「そんなことありません。僕は先輩を尊敬しています。この学園で誰より賢く美しいのは先輩だと思っています、美の化身、知の権化、サグラダ・ファミリアとは先輩のことです」
「……そ、そうですかぁ? いやあ、えへへ…………今、永遠に未完成って言いました?」
「2026年には完成するらしいですよ、サグラダ・ファミリア」
「あ、そうなんですか」
「作家は書き続ける限り進み続けますから、完成なんてありません。長い道のりですね」
「あの、かっくんは今、どの立場からその言葉を投げかけてるんですか?」
「ところで先輩、カステラの底に敷いてあるザラメの部分でいいですか?」
「はい大丈夫で…………反射的に返事しそうになっちゃいました。よくないです」
「なんでですか、美味しいのに」
「底だけ食べて美味しいわけじゃありません。ふわふわの本体を含めてカステラです」
先輩を適度にからかい倒して満足したので、カステラとお茶を大テーブルに運ぶ。
「ありがとうございます、かっくん。…………あの、私はただ休憩がてらお菓子を食べたいだけなのに、どうしてこんなにハードルが高いんですか?」
ちゃんとお礼を言ってから文句に繋げる辺り、ヨム先輩は育ちが良い。
小さな口で、三回に分けてカステラ一切れを消費する、慎ましい小動物のようだ。
「僕だってただ読書をしたいだけなのに、先輩の気まぐれで奉仕活動を強いられて……」
「この部室は私の部室で、かっくんは居候です」
「住んでるわけじゃないですけどね」
「ほぼ毎日下校時刻まで残ってるんですから、住んでるみたいなものじゃないですか。私物まで持ち込んで」
「布団を敷いて一晩を明かさない限り、僕は住んでるとは認めません! 絶対にだ!」
「きゃあ! いきなり声を荒らげないでください、びっくりします!」
「すいません、つい…………過去のトラウマが」
「かっくんの過去に何があったんですか……?」
「つまらない過去ですよ……捨て去った話です。気にしないでください…………ううっ」
「気にしてほしくないなら、気になる引きをしないでください」
「そうだ、合宿とかします? 夏休みって学校使えるんでしたっけ」
「かっくん、男女でお泊りなんてふしだらですよ?」
「僕と先輩の仲じゃないですか。織田信長と明智光秀みたいなものですよ」
「裏切るつもり満々じゃないですか!」
「敵は第三文芸部にありってとこですかね」
「私の敵はかっくんです!」
「やだなあ、僕ほど先輩を尊敬している後輩が他にいるとでも?」
「出会った日から今日この時まで、特に尊敬の念を感じてませんけど……」
「そんな……後輩一同、日々感謝の気持ちを垂れ流し続けてるのに」
「かっくん一人で一同を名乗るのは、ちょっと面の皮が厚いと思いますけど」
「ええっ!? ヨム先輩には見えていないんですか?」
「かっくん以外の誰かがこの部屋にいるんですか!?」
「もしいるとしたらそれは……貴女の心の中に潜む闇、なのかも知れません……ねっ」
ヨム先輩は一旦目を閉じて、大きく息を吸って、盛大にため息を吐き散らかした。
そして改めてフォークを手に取ると、僕の皿に乗っているカステラをぶっ刺した。
「あっ! カステラ泥棒!」
「先輩に不敬を働いた罰です、甘んじて受け入れてください」
「カステラだけに甘んじて……ってことですか、ははっ。…………あっ、二つ目も!」
「もぎゅもぎゅもぎゅ………………うぇっ!?」
僕への私刑を実行するために、小さな口に勢い良くカステラ二切れを詰め込んだ先輩は、突如口元を抑えてフォークを落とした。
「先輩、大丈夫ですか!?」
喉につまらせたのかと思って立ち上がる。しまった、からかいすぎたか。
しかし先輩は右手を前に出し、首を横にふって僕を制した。
すごく複雑な感情を含んだ顔のまま、ティッシュを手に取り、口を抑える手と入れ替えるようにして、んぺ、と何かを吐き出した。
「か、紙が……カステラの底に…………」
…………どうやら、横取りするのに集中しすぎて、底の紙を剥がし忘れたらしい。
「なにやってんですか、ヨム先輩。いや、ヤギ先輩」
「ヤギ先輩!?」
「白ヤギさんたら読まずに食べた……」
「私の分のカステラは最初から紙を剥がしてくれてたじゃないですか!」
「思い込みを利用した心理トリックって奴ですか……」
「意図的に仕掛けてたんですか!?」
「いえ、なるべく茶色い部分を残したまま剥がすチャレンジをするのが好きで……」
「女々しいことをしてないでべりっといっちゃってくださいよ、もう!」
「でも先輩が僕の分を取ろうとしなければこんな悲劇は起こらなかったんですよ」
「私にフォークを向けさせたかっくんにも責任があるのではっ!?」
「それはいくらなんでも横暴すぎやしませんか」
「さっきから、かっくんが私に対して乱暴なんです!」
「蝶よ花よと愛でているのに……」
「標本を愛でる扱い方では?」
「そうか、そうか、つまりきみはそういうやつなんだな」
「かっくんがエーミール側なんですか!?」
「ヨム先輩がカステラをどう扱うのか、よく理解できました」
「普通に食べてるだけです! もう、糖分補給のつもりがすっかり疲れちゃいました」
確かに、カステラ一つ食べるのに随分と遠回りをしたものだ。
誰が悪いかと言われると、まぁ僕なんだけども。
二切れ目(僕から強奪した分をカウントすると四切れ目)のカステラを食べ終えたヨム先輩は、むぅ、としばし頬を膨らませた状態で固まった。
「どうしました? ヨム先輩」
「………………あの、かっくん」
「なんでしょう」
「かっくんって、怖いものはありますか?」
「お茶一つ持ってこさせるのにここからどれだけ段階を踏ませる気なんですか?」
ここらで一杯、熱いお茶が怖いというオチに僕らが辿り着くまでに、下校時刻が来てしまいそうなので、普通にお茶を入れてあげることにしよう。
ポットから急須にお湯を注いで淹れるだけの作業だ。大した手間じゃない。
「…………かっくん、あの、なんでティーカップに緑茶を淹れたんですか」
「小憎い後輩の、尊敬すべき先輩に対する、ちょっとしたいたずらごころとでも言うべき所業でしょうか」
「……………………」
「ああ、僕のラス一カステラが!」
「………むぐっ!」
「ヤギ先輩!」
「んぺっ………………ヨム先輩です!」
私立風光学園、第三文芸部。
ここには僕とヤギ先輩の、二人しかいない。
「オチにしないでください!」