文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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今日の一口ヨム先輩


【挿絵表示】



十一月 伊東角行は必要ない 1

 第三文芸部を退部してから一ヶ月。

 

 自分でも驚く事に、この間、まったく本を開く気になれない。

 投稿サイトを見る気にもなれず、新作のリストを眺めても心が沸き立たない。

 

 呼吸のやり方を忘れてしまったみたいだった――幸い、本は読まなくても生きていけるから、死にはしなかったけれど。

 

「兄さん、本当の本当に大丈夫?」

「おにぃ、気分転換に一局指します?」

「いや……気持ちだけ受け取っておくね……」

 

 家に帰ると妹たちが心配そうに将棋盤を手に寄ってくる辺り、本気で心配されてるんだろうな、とは思う。

 

 自室のベッドに寝転がって、見知った天井を見る。

 住み慣れた自分の部屋で感じる、妙な居心地の悪さ。落ち着かないのに何もしたくない、という矛盾。

 

「………………飽き性かあ」

 

 僕の熱は、いつだって移り気だった。

 冷める時はぱっと冷めてしまうけど、その熱は他の何かに向けられる。

 一つの物事にしか燃やしきれない……それが、僕という人間の構造なんだろう。

 

 だから、熱が抜けて、冷めたまま戻らず、やるべきことも思い当たらない。

 どうしていいか分からない、という状態は初めてだった。

 

 

 そうか、将棋を辞めて、執筆をせず、読書もしない伊東角行には、何も残ってないのか。

 

 

 ……学生らしく、勉強でもするか。

 中間の成績が悪くなかったら、前倒しでバイトの許可を貰おうか。

 

 部活を辞めて時間はあるし、成績を落とす事無く小遣い稼ぎができれば…………。

 ……稼いだお金で、何を買うつもりだったんだっけ?

 

 本だ、好きな本を好きなだけ、予算を気にせず買い漁りたかった。

 

 じゃあ、その熱が失せた今は?

 

 今のうちに貯金しておくのだって悪いことじゃないはずだ。大学進学への頭金ぐらい稼いでおけば、親に負担をかけずに済む……いや、僕が自分で払うと言ったら、親の仕事だとお説教ぐらいされそうなものだけど。

 

 それも悪くないか……少なくとも、だらだら時間を潰しているよりはマシだ。

 そう思った矢先。

 

 

 

 バンッ、と。

 

 

 

 勢いよく、部屋の扉が開かれた。

 

「うわっ! こら、入るときはノックしてって――――」

 

 鍵をかけていなかった僕が悪いと言えば悪いのだが、まったく、と身を起こす。

てっきり妹のどちらかかと思った。

 

「聞いたわよ、かっくん」

 

 違った。

 

「部活、辞めたんですって?」

 

 我が物顔で、当然のように、二瑞夜々美(にずいよよみ)がそこにいた。

 

 ◆

 

 我が家のリビングには折りたたみ式の将棋盤がある。使い過ぎて塗装が削れてしまい、現在は三代目だ。

 

 黙々と駒を並べながら、対面に座る夜々美をちら、と見る。

 夜々美が家に居ることは、不思議じゃない。そもそも家族みたいなもんだし、僕に用事が無くても、妹たちが頻繁に連れ込むからだ。

 

 問題は、なぜこうして一局指す流れになっているのか、という話なのだけど……。

 

「あら、かっくんが言ったんじゃない。遊びでなら指してもいいって」

「……これはお前にとっての遊びなのか?」

 

 高校生大会とは言え、夜々美はとうとう県大会の個人戦で優勝してしまった。年単位で研究の場から離れていた僕では、もう相手になるまい。できれば駒を何枚か落としてほしいぐらいだ。

 

「そうよ? どこのご家庭にもある将棋盤で行う、気軽なコミュニケーション」

「気軽なコミュニケーションは、部屋から強引に連れ出して行うものじゃないだろ」

「アユとカオに感謝しなさい。かっくんの様子がおかしいけど何言ってもぼーっとしてるからなんとかしてって頼まれたの」

「二人が?」

「兄思いの妹が居て良かったわね。私も渡りに船でボコボコに出来るし」

「私怨を感じる…………」

 

 許してくれたんじゃなかったのかよ。

 ぱら、と将棋盤の上に五枚の歩がばらまかれる。表が三枚、夜々美の先手。

 

「気のせいよ。……私の先手ね」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

 お互い頭を下げて、対局開始。

 淀みなく駒を進める夜々美、滑り出しはもう決めていたらしい。

 ……まあ、僕だって流石に駒の動かし方は忘れちゃいない。

 できる限りはやってみよう――それは、対局者に対する礼儀でもある。

 

「それで、なんで辞めたの?」

「言わなきゃ駄目か?」

「部活動、半分は私から逃げるための方便だったんでしょ?」

「わかってて、なお将棋部に引きずり込もうとしてたのか……」

「だって納得いかなかったんだもの」

 

 序盤はお互い、自陣を固める展開。

 夜々美の得意パターンは基本的に攻めの形だったはずだけど。

 

「私の人生を将棋に染めたのは、かっくんだから」

「お前が勝手に染まったんだろ……とまでは言わないけど」

「言ったら殺すわよ」

「…………僕はそれに、一生付き合う覚悟がなかったんだよ」

「別に、責めないわよ。かっくんの人生だもの。好きにすればいいと思うわ」

 

 会話と一緒に、パチ、パチ、と駒が盤を打つ音が響く。

 

「それとも、貰えるって言うなら貰うけど。人生半分私にくれる?」

「やらねえよ」

 

 

 

「「ええーーーーーーーー!?」」

「カオ、アユ、うるさい」

 

 

 

 

 こっそり陰から対局を覗いていた妹共がそろって声を上げた。

 見てんじゃねえよ。

 

「あーあ、フラれちゃった」

「この流れで言うことじゃないだろ」

「この流れでもないと、聞いてくれないでしょ」

 

 ……夜々美が攻めてきた。盤面が動く。

 厳密に持ち時間を計ってるわけじゃないカジュアルな対局ではあるけれど……少し時間を使って考える。

 

「こっちから願い下げよ。肝心なところで逃げ癖のある男なんて」

 

 返す言葉もない。まったくもって、夜々美の言うとおりだ。

 読み合いでは多分勝負にならないから、心理戦を仕掛ける。

 なるべく損にならないように斬り込んで、意図を探らせて、不意を突く。

 

「神語さん、私のところに来たわよ」

「…………は?」

 

 けど、それですら夜々美の方が上だった。

 切り返しで放たれた一手は、僕の冷静さをそぎ落とすのには充分だった。

 

「将棋部に顔を出して、すいません。伊東君はいませんかって。将棋部に入ったと思ったみたいね。いないって言っといたけど」

 

 何でヨム先輩が?

 だって、彼女は理解しているはずだ。

 僕が第三文芸部を辞めた理由(、、、、、)を。

 

「かっくん、あなたの悪いところはね」

 

 動揺したまま格上の攻め手を受けきれる道理はない。

 

「他人を過大評価するところ」

 

 あっという間に盤面を食い荒らされる。

 

「自分より優れていると思った相手を、ずっとずっと高く見積もるところよ」

 

 凌ぐので手一杯で……なのに思考は、それ以上に、それどころじゃあない。

 

「肝心なことはわかってるだろって、勝手に思い込んで、説明しないでしょ」

 

 削られていく、奪われていく。将棋の厄介なところは、取られた駒が敵に回るところだ。

 

「私はかっくんが将棋を辞めたことを怒っていたんじゃないの」

 

 精一杯の抵抗、王手まではもう見えていて、それをなんとか引き延ばす、醜い延命戦。

 

「将棋を辞める前に、一言も相談してくれなかったこと」

 

 意味はなかった。夜々美の采配は、完璧だった。

 

「自分は違う道を行くけど、応援してるって言ってくれなかったこと」

「…………そんなの」

「言わなくてもわかるだろって? わかんないわよ。裏切られたと思った。私一人をおいていって、どこに行くんだって、かっくんは、私の目の前から勝手に消えたの。ちゃんとお別れもさせてくれなかった」

 

 二瑞夜々美(にずいよよみ)は家族みたいなものだ。

 だから、伝えなくても伝わっていると思っていたのか?

 

「理由を私に考えさせた。一方的に背負わせた。だから私は怒ってるの。こんなこと、いちいち言わされてる間抜けさも含めて、一緒にね」

 

 ……違う、そうじゃない。いくらなんでも、そこまで他人に期待はしてない。

 ただ、僕は――――――。

 

「……ありません」

 

 完全に逃げ道を塞がれて、王手。

 ひどい対局だった。

 棋譜から学ぶことなど何もない、一方的に蹂躙されただけの悲惨な盤面。

 

「ありがとうございました」

 

 頭を下げて、負けを認める。勝者はそれを受け入れる。

 徹底的なまでに非情な、勝負の世界。

 顔を上げた時、夜々美はぎろりと僕を睨みつけていた。

 

「…………僕が将棋を辞めたって、お前は続けるだろうなって思った」

「そうね。そうなってるし」

「だったら、僕は真剣にやってるお前の邪魔になるだけだから」

「思い上がらないで、自分を過大評価しすぎだわ」

 

 駒を片づけ始める夜々美の、細い指が見える。

 何度も何度も駒を挟んで、少しいびつになった人差し指の爪も。

 

「それが邪魔かどうか、不要かどうか決めるのは私なの、かっくんじゃない」

「――――――――」

「かっくんの価値を決めるのは、かっくんじゃないの。周りなの。私にとってのかっくんの価値も、カオやアユにとってのかっくんの価値も、飛兄(とびにい)にとってのかっくんの価値も。かっくんに決める権利なんてないの」

 

 ――――自分の人生の主人公はいつだって自分だ、なんて。

 

 馬鹿馬鹿しい考えだと思っていた。

 僕は主人公にはなれない、脇役でちょうどいい。

 だって、世界はこんなに主人公に溢れている。

 

 二瑞夜々美も、神語詠(かんがたりよむ)も。

 僕なんかじゃ敵わない才能と力を持っている。

 そんな大それた彼女たちに――――僕みたいな脇役が。

 

「もう一度聞くわね、かっくん」

 

 駒を全て箱に収めて、将棋盤をたたんで。

 

「どうして部活を辞めたの?」

「…………先輩に、僕は必要なかったから」

 

 花冠ゆらの新作、【かくて想いはミモザのように】。

 献本を受け取ったその日、僕は即座にそれを読んだ。

 

 一作目と比べて洗練された文章、時間をかけて考え抜かれた描写と、大胆な伏線。

 物語として見るなら、こちらの方が数段レベルアップしていることは明らかだった。

 

 けれど。

 

 〝取材〟に付き合った僕だから、わかる。

 

 手の大きさを比べ、触れあった時の感情。

 髪の毛を結んで貰うときのくすぐったさ。

 お互いに食べさせあったかき氷の味。

 体を受け止められたときの熱。

 

 神語詠の体験が昇華され、記されたその描写は――――。

 

 

 

 

 普通(、、)、だった。

 心臓が爆発しない。電流が世界を焼き焦がさない。

 脳がはじけ飛ばない。目から命があふれ出さない。

 

 繊細で、鮮明で、整えられた描写ではあったけれど。

 衝撃的でも、創造的でも、独創的でもない……唯一無二が欠落した、普通の少女の感情だった。

 

 ヨム先輩は、【ダリア】を想像で書いたと言った。

 

 頭の中で膨らませた妄想を剥き出しにして、感性のままに叩きつけた。それが評価されて……あの作品は大賞になった。

 

 僕との〝取材〟を通じて、それらの妄想は、形の伴う実体験になった。

 青天井の妄想の余地は、現実という制限に縛られて、檻の外から出なくなってしまった。

 

 作品の完成度そのものが上がっているのは、間違いなくヨム先輩の努力のたまものだ。

 

 であれば、あの独自の持ち味を、唯一無二の個性を、やかましいまでの描写と感性を損なったのは誰だ?

 

 他ならぬ伊東角行だ。主人公になれもしない、脇役としても役に立たないお前が、神語詠から才能を奪った。

 

 

 花冠ゆらに(、、、、、)伊東角行は必要ない(、、、、、、、、、)

 

 誰より近しく側にいたから、僕はその結論に辿り着いた。

 一部のコアな読者も、少し遅れて、その事実に気づくだろう。

 

 新刊レビューにも何件か、前作の方が好きだった、という声がまばらに見られている。

 

 そして何より…………神語詠自身が。

 

 あの人は天才だ。

 中学二年生で一つの作品を書き上げて、それでプロの道に踏み込んで、成果を出した。

 

 僕と嗜好が似通ったヨム先輩が、その事実に気づかないはずがない。

 だから僕は――――――。

 

「直接、そう言われたの?」

「……言われる前に、逃げた」

 

 ヨム先輩に、あなたは不要だと言われるのが…………僕は、多分、怖かった。

 

「呆れた」

 

 心底、という感じだった。

 夜々美は椅子から立ち上がって、こそこそと聞き耳を立てていた妹たちに声をかけた。

 

「アユ、カオ。出かけるわよ。駅前のカフェに行きましょ、奢ったげる」

「ほんと? 夜々美ちゃん!」

「いいの? 夜々美ちゃん!」

「なんだか一人になりたそうな顔をしてる、へたれで軟弱なボケナスがいるから、融通を利かせてあげるのよ」

 

 散々な言われようだった。勿論、言い返す権利なんてあるわけもなくて。

 

「兄さん、大丈夫そ?」

「おにぃ、かわいそ?」

「あれは自業自得っていうの。言っておくけどかっくん」

 

 二瑞夜々美は、どこまでも僕に容赦がない。

 

「私は手伝わないから、自分で勝手になんとかしなさい」

「………………はは」

 

 そしてその容赦のなさは、いっそのこと、優しくすらあった。

 

「夜々美」

「何よ」

「ありがとう」

「うるさい、馬鹿。やっぱり一生許さないわ」

 

 それは勘弁してください、といえるほど、流石の僕も面の皮は厚くなかった。

 

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