文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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今日の一口ヨム先輩


【挿絵表示】



十一月 伊東角行は必要ない 2

 

 夜々美襲来の翌日。

 一ヶ月ぶりに訪れた第三文芸部の部室の前で、僕は立ち尽くしていた。

 ノックする勇気が出ない。ヨム先輩がどんな顔で出てくるのか、全く想像できない。

 

 怒っているか、呆れているか……それらをぶつけてくれるならまだよくて、冷たい瞳で『どちら様ですか?』と言われる可能性も充分にあり……というか何なら一番高いぐらいで、謝罪を受け入れて貰えない事も考えられる。

 

 今更第三文芸部に復帰させてください、と言えるほど厚顔無恥じゃないつもりだけど、せめて一言くらいは。

 

「…………ええい、ままよ」

 

 コンコン、とノック。

 

「ヨム先輩、すいません、角行です」

 

 ……反応がない。うん、まぁ、これも予測していた。

 

「…………失礼します」

 

 ならばと、意を決して扉を開く――――ガチ、と強い抵抗が帰ってきた。

 

「あれ」

 

 鍵がかかっている。四月、僕が乱入したことを反省し、鍵をかけるようにしたのかな――と思ったが、どうやらそうでもない。

 

 多分、誰もいない。中に人が居る気配を感じない。 

ヨム先輩の城に、ヨム先輩がいない。僕はその可能性を完全に見落としていた。

 

 

……僕のせいで?

 

 

 部室に顔を出せなくなるほど、ヨム先輩は傷ついてしまった?

 ざわ、と胸を黒いものがくすぐる。

 

 何せ私立風光学園は、校舎が男女別なのだ。

 この部室以外でヨム先輩と接触する手段が、僕にはない。

 連絡先は退部の折、自分から消してしまったばっかりだ。

 

「ああ、もう、僕の馬鹿野郎」

 

 家はこの街にあるというだけで、具体的な場所は知らない。

 校門前で待ち伏せる? いや、女子校舎の前に男子がいたらとにかく目立つ。

 ヨム先輩が僕を避けようとしたら、簡単に避けられてしまう。

 

 この期に及んで……ああ、なんて見通しの甘さだ。

 謝罪を受け入れて貰えない事は考えていても、そもそも会えない事までは想定してなかった。

 

 女子の知り合いにコンタクトを取って貰う――のも、無理だ。夜々美からは直接、手伝わないと言われたばかり。これを見越していたとしたら、やっぱりあいつの読みは凄い。

 

 考えも行動も底が浅い、たいしたことないのは僕だけだ。

 ……今日はたまたま、用事があっただけかもしれない。

 

 その可能性に賭けて、翌日も、翌々日も部室の前にやってきて……やっぱり、ヨム先輩はいなかった。一時間サボって待ち伏せしても姿を見せなかったので、そもそも部室に来ていないようだ。

 

「……そっか」

 

 ある意味、これがヨム先輩からの返答なのかもしれない。

 一方的に裏切った僕に話す事など、もうないのだと。

 そういえば、ダリアの花言葉は『裏切り』だった。

 

 友達を裏切り、恋敵を裏切り、自分の感情を裏切り、初恋すら裏切った、妄想癖の少女、天笠牡丹(あまがさぼたん)の物語、【初恋はダリアのように】。

 

 決別したのは僕の方からで、謝りたいのも僕の方だ。

 拒む理由も自由も、ヨム先輩には充分にあった。

 そこから、家に帰るまでのことを、あまりよく覚えていない。

 

 気がついたら食事を終えて、風呂に入り、着替え終わって、ベッドに倒れ込んでいた。

 何をしてるんだろう、僕は。

 

 将棋を指さない。本を開かない。文章も書かない。そしてもう、ヨム先輩の後輩ですらない。そんな伊東角行とは、一体何者なんだろうか。

 

 ちら、と自分の本棚を見る。【ダリア】と【ミモザ】が、一番上の列の右端に、並んでいる。

 

 本棚の中身を見せるのは、裸を見せるよりも恥ずかしい……なら、二人で作り上げた部室の本棚は、さながら恥部の共有か。

 

 ……何考えてんだ、僕は。

 

 未練がたらたらすぎる。割り切ったのではなく。見ないふりをしていたものを、夜々美に強引に直視させられた結果がこれか。

 

 ……駄目だ、考えていると頭がおかしくなる。

 投げ出していたスマホを手に取って、久しぶりに小説投稿サイトを開く。

 お気に入りに入れた作品がいくつも、何話も更新されていて、これを全部追い掛けるのは、中々大変だ……なんて他人事みたいに思った時。

 

「…………あ」

 

 

 

主人公(シェド)ヒロイン(カナデ)を助けに行くシーン、本当に大好きでした。思わずコメントもしたぐらいです。匿名でしたけど』

 

 

 

 そうだ。花冠ゆらは、小説サイトの公募賞の出身の作家だ。

 だから、ヨム先輩のアカウントも、存在する。

 

 メッセージを送れば、登録しているアドレスに、メールが届く。

 一方的ではあるけれど、僕が意志を伝える唯一の手段が、まだ残っていた。

 飛び跳ねるように身を起こして、花冠ゆらのアカウントを探す。

 

 検索すると……すぐに出てきた――――――ああ、駄目だ。

 

 スパムや粘着対策として、作家は自分のアカウントのメッセージの受信可否を設定できる。運営からのお知らせなどは別として、個人的なメッセージはシャットダウンできるのだ。

 

 プロデビューして名前の売れた作家のアカウントならば、むしろ当然の措置といえる。

 

 一縷の望みが断たれて、大きな溜息が出た。

 

 花冠ゆらの作品は【初恋はダリアのように】の一作だけで、それも書籍の発売と同時に非公開になっているから、作品のコメント欄に何かしらを書き込む、という荒らしすれすれの行為も、当然出来なくて――――――。

 

「………………あれ?」

 

 掲載作品が存在しないはずの、花冠ゆらのページに、一つの短編が投稿されていた。

 日付は……僕が第三文芸部に退部届を出した一週間後。

 【かくて想いはミモザのように】の発売日。

 

 タイトルは【ラベンダー】、二〇〇〇文字ぐらいの短い詩のようなもので、コメントは書けないようになっている。

 

 新作の発売における販促なんだろう、内容は……はっきり名前は明言されていないものの、本編を見ていれば一目でそれとわかる、【ミモザ】の主人公、心花(こはな)と言う少女の、いわば前日譚とも言えるようなものだった。

 

 ミモザの花言葉は『秘密の恋』、心花の『秘密』が最終的な物語の鍵となるのだが――。

 

「…………」

 

 【ミモザ】は、面白かった。一人の読者としては満足できた。

 目の前でヨム先輩が、悩み、唸り、我儘を零し、時々僕に八つ当たりしながら書いた作品だ。面白くないわけがない。

 

 だからこそ、不純物になってしまった自分が許せなくて――――。

 

「…………なんでラベンダー?」

 

 【ダリア】も【ミモザ】も花言葉を話の肝に据えた作品だ。

 だから作中で〝花〟というアイテムの扱いにはかなり気を遣われている。品種が出てくるような花には何かしらの意味やメタファーが込められており、それが後々の伏線として響いてくる。

 

 だから……タイトルの【ラベンダー】が、僕には不自然に思えた。

 少なくとも【ミモザ】や【ダリア】には登場しない。

 何かしらの意味があるんだろうか。そのままブラウザに『ラベンダー』、と打ち込むと、サジェストで『花言葉』が追加されたので、そのまま検索して――――。

 

「…………は?」

 

 嘘だろ、と思った。

 こんなことして、誰が気づくんだ、と思った。

 いや、そもそも、これは本当に僕に宛てられたものか?

 何かの伏線か、仕込みか、あるいは意味なんてないのかもしれない。

 それは流石に、自惚れだろうと思う。だけど、妙な確信がある。

 

「ああ、くそっ」

 

 寝てる場合じゃなかった。時間も状況も関係なかった。

 ベッドから飛び降りて、手早く着替える。

 空振りでも、勘違いでも、思い違いでも、自惚れでも、過大評価でも、何でもいい。

 

「ごめん、ちょっと出かけてくる!」

「ちょっと兄さん、どこいくの!」

「おにぃ! もう九時だよ!」

 

 急いで階段を降りて、リビングを横切る。将棋に興じていた妹たちの声を背に、コートをひっつかんで自転車に飛び乗る。

 

 妹の言うとおりだ、もう十一月の夜九時。

 雪が降ってないとはいえ、息がどこまでも白くなる、底冷えする寒さ。

居るわけがない、常識的に考えろ、と理性は言っている。

 

 でも、それでも、確認しに行かなきゃいけない、じっとして居られない。

 だって、僕の知っているヨム先輩は、まさか、と思うようなことをするのだ。

 隙が多くて、小さくて、軽くて、か弱くて、構われ待ちで。

 

 

 

 …………そして、驚くほどに、負けず嫌いで、ロマンチストな人なのだ。

 

 

 

 

あなたを待っています(、、、、、、、、、、、)』。

 

 それが……ラベンダーの花言葉。

 

 何の意味もないのかもしれない、だけどこれが、これがもし。

 一方的に別れを告げた僕に対して……負けず嫌いなヨム先輩がやり返したメッセージだったとするなら。

 

 もし、たった一人、僕だけに向けられたものだと仮定したら。

 

 ヨム先輩はどこで待っている?

 部室には居なかった。

 

 だったら、もうあそこしかないのだ。僕とヨム先輩の、因縁の場所。

 ペダルを回す。冷たい冬の風が、剥き出しの顔を冷気で裂いてゆく。

 

 構わない。夜の商店街を、住宅街をすっ飛ばして、転がすような勢いで自転車を止めて、鳥居の前までたどり着く。

 

 人の手がはいらなくなってしばらくたった、山の上の小さな神社。

 急な階段は湿れば滑る。街灯もなく、明かりなんてほとんどない。間違っても、こんな時間に来る所じゃない。

 

 まして…………運動嫌いなヨム先輩が、居るわけがない。

 さかしい理性は引き続き告げる。でも、僕は足を踏み出した。

 手すりを掴んで、踏み外さないよう慎重に、()く心を抑えて、一段一段積み上げる。

 

 長距離走も、長い階段も基本は同じだ。

 ペースを崩さず慎重に、一定の負担を保ったまま、確実に前へ前へと進めば、辿り着く。

 

 もっとも、境内まで上ったところで、明かりがあるわけもなく、スマホのライトを頼りに、例の藪を抜けて――――。

 

 

 

 

 

 

「あ、かっくん」

 

 しばらく聞いていなかったのに、全く懐かしいと感じない、間の抜けた声がした。

 

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