文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
ヨム先輩の執筆ペースは独特だ。
しばらくの間はかちゃちゃちゃちゃ、と途切れることなくキーボードを打ち続け、そのうちどこかでピタリと止まる。しばらく沈黙、熟考し、やがてまた指を動かし始める。
考えを出力する時間と、まとめる時間が交互に来る感じだろうか。この状態のヨム先輩は下手に刺激するととんでもねぇ目つきで睨んでくるので、なるべく集中を乱さないよう大人しく読書に勤しむわけだ。
静かに本を読みたい僕と、ひたすら執筆をしたいヨム先輩で、お互いの利益が釣り合った状態と言える。
…………死に戻りした主人公と一緒に犯人も一緒にタイムリープしてきて、ずっと殺しに来るのはちょっと新しい展開だな……。
商業の作品ではなく個人発表の同人誌だが、これがなかなか面白い。
続刊は……お、次のイベントで出るのか、これは買いだな……。
「んー」
打鍵音が止まるターンが少し長いな、と思ったら、ヨム先輩がぐぐっと体を伸ばした。
考えがまとまらなくなったタイミング、そうするとヨム先輩は思いついたように僕に話を振ってくる。
「ねえかっくん、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」
「…………………………」
「かっくん、かっくんてば。先輩がお話していますよ」
「すいません。今猟奇殺人鬼の女子高生が電車をぶった切るシーンから目が離せなくて」
「ちょっと面白そうじゃないですか……後で見せてください。ではなくてですね」
ヨム先輩はテーブルの上に乗り出して、僕に向かって右手を広げて見せつけた。
「かっくん、ちょっと手を出してください」
「チョキ。僕の勝ちですね」
「じゃんけんを仕掛けたわけじゃありません、後出しです!」
「ちょっと待ってください、
「風穴もあいてません!」
「意図が読めないのでちょっと警戒してるんですけど……」
「いちいち意図を伝えないと先輩のお願いも聞いてくれないんですか?」
そりゃそうだろ。
口に出さずとも態度にでていたらしく、ヨム先輩はもぉー! とぷりぷり怒って、テーブルをぐるりと回って僕の隣までやってきた。
小柄なヨム先輩だが、座った状態で横に立たれると、流石に僕が顔を見上げる形になる。
「はい、本を置く! 私の顔を見る!」
「うっうっ…………うぐっ、ぐすっ…………ごめんね、絶対に迎えに来るからね、待っててね……おっかあを許してね…………!」
「本と今生の別れをしないでください、あとそれは、大体迎えに来ないやつです」
「栞を挟めばまた会いに行けるのが、本のいいところですよね」
「ちょっとエモーショナルにしても駄目ですよ。ほら、かっくん、手」
相変わらずヨム先輩は僕に向けて手を広げてくる、一体これはどういうトラップか。
少し考えてみよう……僕とヨム先輩の間には、一種の契約関係が成立している。ヨム先輩の根城であるこの部室に居座る限り、僕はなるべくヨム先輩の要望に応えなくてはならない立場にある。基本的には誠意を以て、彼女の望みを叶えなくてはならないのだ。
「………………わかりました、ヨム先輩。全てがね」
「多分何もわかってないと思いますが……」
「でも、落ち込まなくて大丈夫ですヨム先輩。…………生命線ってそんなに当てにならないそうですから」
「短いんですか!? 私! 生命線が!」
ばっと自分の掌を見つめるヨム先輩。
「こっち、こっちの方は長いかも知れません!」
今度は左手を見せてきた。凄い悪あがきだ。
「いや、ぶっちゃけよくわかんないですけど。生命線ってどれなんでしょうね。これかな」
「一番短いのを恣意的に選ばないでください! びっくりしちゃったじゃないですか!」
「次はミステリに挑戦しましょうよヨム先輩、生命線殺人事件とかどうでしょう」
「………………人間誰しもが持つ命の残量、〝生命線〟を切り取る美しき暗殺者が、ターゲットである薄幸の美少年に恋をする?」
どうしよう、結構面白そうじゃねえか。
「でも悪役令嬢転生系のスパダリ物しか思いつきません、ミステリにはならなそう……ではなくて!」
「ではないんですか」
「かっくんはどうして私のやりたいことをすっ、と察してくれないんですか」
「やりたいことがあるなら察し待ちをせずに言ってくれればいいのに……」
「そこをすっと理解されたいのが先輩心なんじゃないですか」
「アンタほんっとうに面倒くさいな」
「今の発言には全く敬意が含まれていませんでした!」
「失礼しましたヨム先輩。非常に面倒くさいと思いました」
「今の発言にも全く敬意が含まれていませんでした! いいから手を出す! これは取材ですよ、かっくん!」
取材。ヨム先輩の口から放たれるそれは、便利な言葉で魔法の言葉だ。
それを持ち出された途端、どんな我儘でも聞かねばならなくなるのだから。
「わかりました、わかりましたよ。僕の負けです」
しぶしぶ言われたとおりにすると、ヨム先輩は広げた僕の右手に、自分の左手をぺたりと当ててきた。
「ひゃっ!」
「きゃっ! な、なんですか、乙女みたいな悲鳴をあげて!」
先に僕が悲鳴を上げて、ヨム先輩がびっくりして追い悲鳴を上げた。
「いや、めちゃくちゃ手が冷たくて……」
「ふ、普通です普通! どちらかというと、かっくんが暖かすぎます!」
「手が冷たい人は心が温かいっていう言説は嘘だったんですね」
「私の心が暖かくないって言いました?」
「じゃあ手が温かい僕の心は……どうなんでしょうね」
「先輩をここまで悪しざまにいう冷血漢です!」
それはともかく、手を合わせて何をしたいのか。
「んー、やっぱりかっくん、手、大きいですね」
「いや、平均値だと思いますけど……」
控えめに見ても中肉中背である。僕が大きいのではなくヨム先輩が小さいのだ。
ヨム先輩は当然のごとく先輩なので年上ではあるものの、男女差を考慮しても一五〇cmちょっとしかないのだ。
そもそも全体的に骨格がちまっとしていて……だから僕からすれば、こうして触れ合うヨム先輩の手のひらなど、人形か何かにしか見えないのだけれど。
サイズ比較に関しては気が済んだのか、今度は両手で僕の手を掴んだ。
「わ、指長い。でも、関節が太いですね。指ならしたりしてます? パキパキって」
「まあ、癖になる程度には……」
「やめた方がいいですよー、どんどん太くなっていっちゃいますから」
ひんやりとした生々しい皮膚の感覚、小さな指が手を這い回るこそばゆさ、しげしげと体を観察される居心地の悪さがないまぜになって、なんとも言いがたいものを感じる。
「爪、綺麗にしてていいですね。なるほどなるほど」
何がなるほどなのかはわからないが、ヨム先輩が満足するまで僕が解放されることはないのだろう。
「やっぱり男の子って、ちょっとゴツゴツしてるんですよねえ」
「ヨム先輩はちょっとぷにぷにしすぎじゃないで痛っ!」
親指と人差し指の付け根の間をぐっと押され、鋭い痛みが走った。
ツボの位置を把握している……!?
「あの、ちなみにヨム先輩、これは何がしたいがゆえの所業なんですか?」
「ヒロインが男の子と手を繋ぐシーンがあるんです。避け得ぬ衝突、失われそうな未来、……でも、そんな時! 別れ際にお互いの手をぎゅっと! 握りあって! 忘れないでねって伝えるシーンがあるんです、なので」
僕がこの部室に居座るための条件。
「これは取材です、手伝ってくださいね、かっくん」
小説を書くヨム先輩の〝取材〟。
彼女が知りたいと思ったことを、僕は出来うる限り提供せねばならない。
「かっくん、ぎゅっとしてもらっていいですか?」
「…………え、何をですか?」
「もう、決まってるじゃないですか。指をですよ。ぎゅっと」
ヨム先輩は、僕の指の付け根の間にするりと、自分の小さな指をねじ込んできた。
指が絡み合う形になって――正面から見れば組み合いだが、このまま下に降ろしたら、いわゆる恋人繋ぎという奴の形になる。
「…………本当にいいんですか?」
「な、なんですか、その前フリは」
「いくら取材のためとはいえ……この状態で、そんな事したら、大変なことになりますよ」
心からの警告だった。眼鏡の向こうに見える、大きな丸い瞳を、じっと見つめた。
「いいんですね。……ぎゅっと、しますよ」
「っ…………ど、どうぞっ、私からお願いしたんですから」
流石のヨム先輩も感じ入るものがあったらしい。
だが、先輩が望むことなら、僕は叶えなくてはならない。
そう、たとえ…………。
「――――――――あ、まって、かっくん痛いかもです、痛い痛い痛い痛い!」
痛みが伴うものであっても……取材のためだもんな。
「ヨム先輩……こう、恋人繋ぎって結構指の上の方でゆるく握るもので、根本に指ねじ込んだ状態で僕が指を丸めたらそりゃ圧迫されますよ」
「やる前に言ってくださ痛い痛い痛いってば!」
ヨム先輩が本気の抵抗を始めたので、僕は指をほどいた。
だって僕の指の付け根に思い切り自分の指を奥深くまで差し込んでくるんだもの……閉じたら大惨事になるよ。
「恋人繋ぎは痛みを伴う、学びを得ましたね、ヨム先輩」
「伴わなくていいはずの痛みを感じました!」
「ヨム先輩、もうちょっと自覚したほうがいいですよ。自分の小動物さと……か弱さに」
「ら、来年には身長があと二〇cmは伸びる予定なんですっ!」
いや、それは無理だろ。
ぷりぷり席に戻るヨム先輩。何かヒントは掴めたんだろうか。
……僕も、一つ学びを得られたとすれば。
冷たい手も、ふれあい続けると、体温が混ざりあって……温度が気にならなくなること、ぐらいかな。
私立風光学園、第三文芸部。
ここには僕とヨム先輩の、二人しかいない。
だからまぁ、今日の出来事も、誰かが見ているわけじゃない。