文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ 作:天都ダム∈(・ω・)∋
大前提として、第三文芸部はヨム先輩の支配領域であり、僕は単なる居候なので、細かな雑事は後輩の仕事となっている。
それは例えば溜まってしまったゴミを、部活棟の焼却炉へ持っていくことなどだ。
部室は三階で焼却炉は校舎裏なので、面倒なことこの上ない。まあ基本的にヨム先輩がキーボードを叩き、僕が本を読んでいるだけのクラブ活動なので、ティッシュの箱とかペットボトルとかぐらいしかゴミがでないから、そう重たいものではないんだけども。
えっちらおっちら階段を降りて、えっちらおっちら玄関を出て、えっちらおっちらゴミを指定の場所に置いて、えっちらおっちら引き返して階段を上る、その最中で。
「かっくん。やっほ」
と、背後から声をかけられた。
聞き覚えのある声、万が一の確率で想定とは違う相手であることを願い振り向き……。
「げ」
「げ、とは何よ。げ、とは」
やっぱり、想定通りの相手だった。
さらさらの黒髪、すらっとした長い手足。顔の良さだけいうなら雑誌の表紙を飾れる美貌の持ち主。いかなるタイミングでも、常に僕より身長が僅かに高く、その差は幼少期の頃からずっと覆せたことがない。
私立風光学園の特徴的な青と白のセーラー制服に身を包んだ女子生徒だが、もしヨム先輩と並んだら一〇〇人中一二〇人がこいつを上級生だと判断する、そういう奴。
「仮にも先輩にそれは失礼じゃない?」
「失礼しました、
僕が仰々しく言うと、苦虫を口に詰め込んで噛み潰してもそこまでの顔にはならねえだろ、ってぐらい思い切り表情をゆがめた。
「やめて。それ、凄く不快」
「自分から先輩を名乗ったくせに……」
「うるさい」
これは結構、理不尽な物言いではないだろうか。抗議をしてもいいところだが、彼女は顔をこねこね揉んで、笑顔を作り直した。ここから取り繕えることはないだろ。
「久しぶり。元気してた?」
「ええとまぁ……人並みには」
我ながら歯切れの悪い返事だ。
これから何を言われるのか薄々察しているからかも知れない。
「あー、地区予選通過したんだって? おめでとう」
「ありがと。おかげ様でね」
「僕は何もしてないけど……」
「何言ってるのよ、かっくんに対する恨み辛み憎しみでここまで来たんじゃない」
「僕がなにをしたっていうんだ……!」
「何もしてないから怒ってるのよ」
「怒ってるんだ……」
「怒り続けてるわよ。私から逃げるし」
「別に逃げてるわけじゃないけど……」
「アユとカオが言ってたよ。私の気配を感じたら教えろって言われたって」
「あの裏切り者どもめ……」
「女同士の付き合いに男が勝てるわけ無いでしょ」
「それはそうなんだけども……」
この、僕を常に少しだけ見下ろす女の名前は
我が家の二軒隣に住んでいる幼馴染だ。
何が厄介って母親同士が大親友ってとこで、幼稚園の頃から今現在まで家族ぐるみの付き合いがある。
我が家のトラブル製造機こと、双子の妹たちだって、なんなら僕より夜々美に懐いているぐらいだ。
問題は、夜々美が三月生まれで、僕が四月生まれだったこと。生誕の違いはわずか半月程度なのに、向こうの方が学年が一つ上という不条理に晒されている。
……僕の中学卒業前に大喧嘩して以来、色々あって顔を合わせる機会が減っていたのだけど、当人はどこ吹く風、という感じだった。
「悪いけど、なるべく早く部室に戻るよう怖い先輩に厳命されてるんだよね。横暴の化身みたいな人だから命が惜しくて」
「
普通に部活まで割れてるか、いや、隠していたわけではないが……。
「言っておくけど、横暴の化身である所などは本当だからな!」
「じゃあそんな先輩が居る部活やめて、こっちに来ればいいじゃない」
「ぐっ――――――」
くそ、一理ある物言いの余地を残してしまった。
「……いや、もう一年のメンツも大分固まった頃だろ? 気まずいし、いいよ」
「大丈夫よ、実力主義の世界だもの。強いかどうかが大事だし。強いとモテるよ? 可愛い娘もいるし」
「参考までに聞くけど、一番可愛いのは?」
「私」
駄目だこの女、自意識が高くて無敵すぎる。
「僕に怒り続けてる奴がいるらしいから、やっぱり難しいんじゃないかなあ」
「入部してくれたら許してあげる。全部水に流すわ。昔みたいに遊びましょ? お夕飯食べて、お泊まり会して、一緒にお風呂も入ってあげる」
「食事を食べ終わったら速やかにお帰りください」
「かっくんが家に泊まりにくるんだけど?」
「お前が家にくるのはまだ妹が居る手前なんとかなるけど、僕が行くのはアウトだろ」
「アウトかセーフか、決めるのは誰? そう、私」
「親だよ」
まぁ、夜々美の親は結構、なんというか、フリーダムなんだけど……。
「そこまでいうならかっくん、まさか来年以降、うちの両親からお年玉を受け取ったりはしないわよね」
「………………………………………………」
高一の段階ではまだアルバイトを許可されていない僕にとって、二瑞家からいただけるお年玉は一年を生き抜く生命線であることを、的確に見抜かれている……!
「その辺りも含めてゆっくり話しましょうよ、ほら、うちの部室にいらっしゃい? 大丈夫、ちょっと指していくだけでいいから…………」
駄目だ、口喧嘩では勝てない……しかし乱暴に話を切り上げると、それこそ今日の夜辺りに直接家に乗り込んで来かねない。
「かっくんー? 何をしてるんですか?」
「……ヨム先輩」
そんな折、階段の上からひょっこりと、ヨム先輩が姿を見せた。
僕が戻ってこないから様子を見に来たらしい。
「あら、かっくん。迎えが来ちゃったわね」
「あの、かっくん? そちらの方は一体?」
ヨム先輩と夜々美の視線が、僕ごしに交わる。
あの、本当に勘弁してもらいたいんだけど、なんでこうなったんだっけ?
僕はただ、ゴミを捨てに来ただけなのに……。
しばらく無言で見つめ合った二人だったが、やがて夜々美が僕の顔をじろりと睨んで、言った。
「…………へー、そう、かっくんって呼ばせてるんだ」
……僕が今まで聞いた、どんな夜々美の声よりも温度が低かった気がする。
二の句が告げずに硬直していると、夜々美がため息を吐いて、身を翻した。
「私、そろそろ戻らなきゃ。話の続きは今度しましょ」
今度っていつかなぁ、家帰るの怖いなぁ。
とりあえず、この場で夜々美に色々突っ込まれなくてよかった……と安堵していたら。
「お泊まり会、待ってるわね」
と一言告げていきやがった。
なんてことしやがる。
一方、ヨム先輩はきょとん、とした顔で。
「お友達ですか?」
と、首を傾げて言った。
「まぁ…………そんなところです」
「するんですか? お泊まり会」
「……………………いや、しませんよ、なんでですか」
ぽけ、とした顔で間髪入れず突っ込んできたので、一瞬沈黙してしまった。
「いえ、一緒にお風呂に入ると言っていたので。するのかなと」
「………………ヨム先輩、どこから聞いてました?」
「『悪いけど、なるべく早く部室に戻るよう怖い先輩に厳命されてるんだよね』からです」
「ほぼ全文…………!」
「いいんですよ、かっくん。ゴミ出しを押し付けてばっかりじゃ悪いから、私も手伝いにいこうかな、とか、帰りに自販機で飲み物でも奢ってあげようかな、とか、そういう事を考えて着いてきた私のことを横暴の化身呼ばわりしたとしても、かっくんは大事な後輩ですからね?」
「しっかり根に持ってる……!」
ヨム先輩は怖いぐらいに平常だった。
怒りでもなく、怒りを隠した作り笑顔でもない。
ふんわりとしたデフォルトの笑顔を、不自然なまでに保ち続けている。
「ヨム先輩」
「はい、なんでしょう」
「僕、ヨム先輩のこと……すごく尊敬してて……最高の先輩だと思っていて……」
「そうなんですか? 知りませんでしたねえ。私、横暴の化身ですからねえ」
「…………………………あの、ヨム先輩」
「はい、なんでしょう」
「次の土曜日には、是非尊敬するヨム先輩をおもてなしさせてもらえたらと…………」
そこまで言ってようやく、ヨム先輩はふうん、と僕の顔を下から覗き込んだ。
「そんな事言うと、期待しちゃいますよ? かっくん」
それでようやく辛うじて、ご機嫌を保つことが出来たらしい。
……マズったな、おもてなしって何すればいいんだ?
相談できる相手は……兄貴は論外だ、妹二人か。いや、でもなあ……。
「ところでかっくん、さっきは何の部活に連れて行かれそうになってたんですか?」
ヨム先輩に問いに、僕はああ、と呟いて答えた。
「将棋部です」