文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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七月・ヨム先輩とおでかけ 2

 とりあえず待ち合わせに遅刻する、は絶対にやってはいけないと思ったので、十五時集合の所、十四時半に到着するという気合の入れっぷりを見せた僕。

 

 服装は……うん、勘違い野郎の的外れファッションではないはずだ。妹たちのデザートを奢るのと引き換えに多少なりとも見てもらったし。

 

 じりじりと陽光が熱い。暑いじゃなくて熱い。ここ数年は五月から夏の始まりって感じで、七月頭ともなれば真夏日真っ盛り。

 

一番暑い時間帯を避けて、お店が混み合わない時間にしよう、ってことで、少し遅めのこの時間帯に待ち合わせなのだけど、さすがの僕もキャップをかぶった。

 

 しかし、ヨム先輩と休日にお出かけか……。

 

 なんだろう、買い出しやらなにやらで学外に何度も出ているから、非日常感はあまりない……となると、改まって身構える必要もなかったんじゃないか? という気もするが。

 

 とりあえず、やるべきことを復習しておこう。えーと、服を褒める。靴を褒める。化粧を褒める。装飾品などをとにかく褒める。髪型が違っていたら気づく……。

 

 ………………いや、思うな。面倒だなんて思うなよ。

 

 しかも言われてみると確かに、ヨム先輩ならこう……言わずとも、当然気づいてくれますよね? と圧力をかけてくるラインな気がする。

 

 

 

 

 

「かっくん?」

 

 いや、でも第一声ぐらいは考えておくか。ヨム先輩、意外性のある格好をしてますね。

 

 ……これ褒め言葉か? そもそも似合ってますね、までは言えるとしても、具体的にどこが? を追及されて、言葉に詰まったらアウトなんじゃないか。ある程度先読みしてみるか。ヨム先輩の私服………………………………えー、どんなのだろう。

 

「あの、かっくん、もしもーし」

 

 あの人の文学少女キャラ、基本的に作り物なんだよな……結構俗物的だし、ファッションの方向性が読めない。

 

 著作を読んでて可愛い、と言及したことのあるヒロインで言うと、がっつりロリータ、と言うほどではないにせよ、ふわっとしたスカートだとかニットだとか、女の子女の子してる衣装のキャラが多かった気がする。

 

「かーっくーん! 聞こえてますかー!」

 

 【初恋はダリアのように】の主人公である天笠牡丹(あまがさぼたん)は、オフショルダーの私服にジーンズといった動きやすさを優先した服の描写が多かったが、あれは逆説的にヨム先輩が日頃から着ている私服のことなのでは――――――。

 

「えいっ」「いてっ」

 

 思考を巡らせている最中に、ぽかりと後頭部を叩かれてふと我に返った。

 

「あの、さっきからずーっと呼んでいるんですけど!」

 

 このタイミングでそんなことをしてくるのはヨム先輩に違いなく、しまった、先手を取られたかと、軽い気持ちで振り向いた。

 

 

 

 …………真っ先に目に入ったのは、赤い椿を模した小さなベレー帽。

 

 どうやって頭の上に保持しているのか、ちょこんと斜めになって、頭の上に乗っている。

 普段かけているアンダーリムではなく、フレームレスでレンズも小さい、顔を邪魔しない眼鏡。

 髪の毛は普段の二股にしたおさげではなく、丸く束ねて、綿花を模した銀のかんざしで縫い留められていた。

 

 小さな和風の日傘を差して、日差し対策もばっちりだ。

 

 

 

 

 

「…………あの、ヨム先輩ですか?」

 

 本当に一瞬、別人だと思ってしまったのは、右目の目元にある泣きぼくろが見えなかったからだ。化粧で隠れたら、とは言っていたけれど、本当に消えてしまうものなのか。

 

 だけど一番注目してしまうのは、ヨム先輩が着ている着物(、、)だ。

 淡い紫の生地に、細かな曲線で施された葡萄の粒と蔓の刺繍。

 

 帯はそんな着物を際立たせるような薄いイエローで、一見単色に見えるけれど、目を凝らせば複雑な模様が織り込まれたものだとわかる。

 

 傘には白地に着物と同じ模様が入っていて、陰が着物の刺繍が無い部分に落ちることで追加の模様を描いているから、多分セットで使う物なんだろう。

 

 コンクリートに舗装された駅前の広場で、その姿はとんでもないほど目立っていた。

 

 華やいでいる、と言ってもいい。通りすがる人が一度はちらりと視線を向けて、綺麗だね、と呟く声が聞こえるくらいには。

 

 今日は祭りに行く約束だったか? それにしたって、一ヶ月が早くないか?

 僕の呟きを、いつも通りのお喋りと捉えたらしいヨム先輩は、その見た目とは裏腹に、子供のように頬を膨らませて、僕の脇腹を再度つついた。

 

「他の誰かに見えるというのであれば、先輩はちょっと怒っちゃいますよ」

 

 ……待ってくれ妹たち。

 相手が予想を超える装いで来た場合、どっから褒めるべきかを聞いてないぞ。

 

「あ、それとも……ふふっ、綺麗すぎて、一目見ただけじゃわかりませんでしたか?」

 

 にやりとやらしい笑みを浮かべて、口元に手を当てる様は、まさにヨム先輩そのもので、僕が軽口を返すものだと思って、身構えているのがよく分かる。

 

 

 

「えっと、はい、そうです。綺麗で驚きました」

「そうでしょう、綺麗で…………はれ?」

「いや、すいません、なんていうか……着物だとは思ってなかったので」

 

 想定外の部分から不意打ちを受けた事もあって、うまく言葉にできなかった。

 一つ言えるのは、その着物姿が驚くほど似合っていて、僕のボキャブラリーは残念ながらそれに対応できる単語が登録されてないということだろうか。

 

「似合ってると思います、ヨム先輩」

 

 語彙が壊滅しているなりに、妹たちの教えを実行する。すなわち褒める。

 

「あ、え、ええっとぉー、あのぉー」

 

 一方、ヨム先輩も動揺していた。なんで仕掛けてきた側が戸惑ってるんだ。

 結果として、並んであたふたする高校生たちが誕生してしまった。

 何だろう、これは。

 

「か、勘違いしないでくださいねっ!」

 

 ヨム先輩がびしっと指を突きつけていった。

 

「私はそもそも、普段から私服は着物なのでっ!」

「そうなんですか!?」

 

 現代日本にそんな人がいるのかよ、びっくりしたよ。

 

「着物って結構カジュアルに着れるんですよ、これだって高いものじゃありませんし、襦袢も省略してますし」

 

 軽く袖を握って見せてくれるが、素人からすると着物の価格の高低などわかりようがなく。

 

「それにほら、下はスカートですし、靴もブーツですし」

 

 しかしヨム先輩はあろうことか、着物の裾をめくってみせた。

 膝丈の長さの、淡いピンク色の薄手の生地と、ふくらはぎがちらりと覗いた。

 靴は確かにファスナー付きのもので、ファッション性よりは履きやすさ重視という感じなのだけど、それはそれとして。

 

 何してんだこの人。

 

「…………ヨム先輩、それはあの、スパッツだから大丈夫とスカートをめくるようなものでは……」

「そ、そんな破廉恥なことしてませんっ!」

 

 指摘されて恥ずかしくなったのか、慌てて裾を戻すヨム先輩。

 そういうものなのか、そういうものなのかもしれない、そういうことにしておこうかな。

 

「あと、暑くないですか、シンプルに」

「夏用の生地だから、これで結構、風通しはいいんですよ。日傘もありますし」

「そうなんだ……浴衣とはどう違うんですか?」

「生地と着付け方が違うんですけど……かっくん、興味あります?」

「いえ、単なる疑問なので、深く知識を得たいわけじゃないんですけども」

 

 あまりのギャップに戸惑っていたけれど、うん、こうして喋り始めるといつものヨム先輩だ。いつものペースを取り戻せる気がしてきた。

 何にせよ、集合時間前に二人そろったわけだし。

 

「じゃあ、その、行きましょうか、ヨム先輩」

「ふふ。はい、かっくん」

 

 とはいえ待ち合わせ場所が駅前なので、商店街まではすぐそこだ。

 

 歩いて一〇分もかからない、むしろかき氷を食べた後どうしよう? と考えたところで、はたと気づいた。ただでさえ小さくて歩幅の狭いヨム先輩のこと、着物ともなれば更に歩みが小刻みになる。

 

 普段のヨム先輩のペースにあわせているつもりだったけど、若干早歩きになってしまっていたらしい。ヨム先輩が小走りになったタイミングで、気持ち歩調を落とす。

 

「ありがとうございます、かっくん」

 

 それに気づいたヨム先輩が、小さく笑ってお礼を言った。

 

「いえ、こっちが調整すべきでした。歩きづらくないですか?」

「慣れてますから、大丈夫です」

「そっか………………あの、マジで普段から着物なんですか?」

「さすがにちょっとコンビニ行く時なんかは洋服ですけど……ちゃんと外出の時は、基本そうですね。母の趣味なんです。気に入った柄の着物を買ったはいいけど着ることを考えていなくて……という感じでして。小さい頃からそんななので、馴染んでしまいました」

 

 父親が弁護士だって言ってたし、ヨム先輩は結構育ちの良いお嬢様なのかも知れない。

 

「さっきも言いましたけど、カジュアルに着こなせる物なんですよ、着物って。もちろんTPOはありますけど。かっくんも着てみます?」

「絶っっっっ対嫌だ……」

「そこまで強い拒絶をすることはなくないですか!?」

「いや、服に『着る』と『脱ぐ』以外の工程があるの嫌じゃないですか?」

「私は全然嫌じゃないですけど……でも、夏祭りに行く時は浴衣を着ますよね?」

「着ませんけど……」

 

 なんなら夏祭りに行くかどうかも決めてないし……。

 

「いえ、かっくんは着るんです。これは決定事項です」

「僕の意志どっかいきました?」

「着付けに関しては心配しなくていいですよ、先輩に任せてください」

「僕が抗議しているのはそっちではなくてですね」

「それとも、私一人でお祭りに行けと?」

「友達と行けばいいじゃないですか」

「友達とは別のお祭りにいくんです、夜倉川の花火大会を見に」

「一回で満足してくださいよ、なんで祭りの二度漬けしようとしてるんですか」

「これは取材ですよ、かっくん。しゅ・ざ・い」

「…………取材って言えば何でも僕が付き合うと思ってませんか?」

「思ってますとも。かっくんは私の」

 

 によによと、着物の袖で口元を隠しながら、

 

「大ファンですもんね?」

 

 そう言った。

 

 ……客観的に、自分のことを鑑みて。

 なんだかんだ、僕は付き合ってしまうんだろうなぁ、と思った。

 

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