文学少女の先輩と放課後の部室でお喋りするだけ   作:天都ダム∈(・ω・)∋

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七月・ヨム先輩とおでかけ 3

 大人気のかき氷屋さん、といっても、外で並んだのは一〇分程度。

 クーラーのほどよく効いた店内は、新装開店したばかりだけあって小綺麗だった。

 

「はあ、涼しい~」

 

 エアコンの冷風だけでは飽き足らず、鞄から扇子を取り出しぱたぱた仰ぐヨム先輩。

 

「やっぱ暑いんじゃないですか」

「見かけよりは暑くないんですけども……まあ布を何枚も重ねてはいるわけですから」

「拷問刑か何かですか……?」

「お洒落です!」

「お洒落って大変なんですね……」

「そう、とっても大変なんですよ」

「何故、皆、そこまでお洒落を頑張るんだろう……」

「そんなの、決まってるじゃないですか」

 

 僕が心の底からそう言うと、ヨム先輩はむ、と頬を膨らませた。

 

「似合ってる、って言って欲しいからですよ、かっくん」

「……………………」

「? どうしました?」

 

 きょとん、とするヨム先輩。どうしよう、言うべきか言わざるべきか。

 いや、駄目だ、言葉に詰まった時点でヨム先輩は突っ込んでくる。

なら先手を取るべきだ。会話バトルはイニシアチブが大事。

 

「いえ、じゃあ、今日のヨム先輩は、僕からその言葉を引き出す為にお洒落をしてくれたんだなあと」

「…………………………………………んぐっ!?」

 

 二の句が継げず、空気を飲み込んでしまった。

 

「………………ち、違いますから。お洒落って言うのは、自分の気分をあげる為でも、ありますから」

「なら先ほどの褒め言葉は撤回させていただいて……」

「する必要は無いですよねっ!」

 

 それはまぁその通りだ。

 

「…………はぁ」

 

 ヨム先輩は盛大な溜息の後、仰いでいた扇子を止めて、開いたまま顔の前に持ってきた。

 鼻から下が隠れて、表情がうかがえなくなる。

 

「……もう。わかりました、言いましょう」

 

 その状態で、じぃっと僕を細目で睨んで。

 

「驚いてくれるかな、と企んでましたし」

 

 すすす、と更に扇子の位置が上がって、ついに視線すら隠れてしまった。

 

「褒めてくれるかな、と期待をしていました」

「………………………………」

「ど、どうでした? 日頃学校で見るのとは違う、先輩の意外な、い、一面はっ!」

 

……今日のヨム先輩は、髪を垂らさずにかんざしでまとめ上げているからわかったのだけど。

ヨム先輩は、どうやら()に出るタイプらしい。

 

 顔を隠していても、よくわかる。

 

「えー、ヨム先輩」 

 

 どうでした? と聞かれたら、一番最初に答えてしまっているわけで。

 だからこの戦いはもう不本意ながら、僕の負けで決まっている。

 

「ドキっとしました。完敗です」

「…………………………」

「…………ヨム先輩?」

「…………………………」

 

 そっと手を伸ばして、顔を隠す扇子を横にずらす。

 

「!」

 

 そこには、笑みを堪えきれない、という感じで、にへぇ、と口の端をつり上げながらも、なんとか表情を保とうと努力しているヨム先輩の顔があった。

 

 体をこわばらせすぎて、僕が顔を覗くのを止められない始末。なんたるへなちょこか。

 

「あの、ヨム先輩、一言いいですか」

「…………ど、どうぞ」

「照れるぐらいなら、言わせないでください」

「…………て、照れてませんけど」

 

 ぱたん、と扇子を閉じて、ヨム先輩は胸を張った。

 

「先輩は、後輩の褒め言葉ぐらいで、うっかり喜んだりしませんけど?」

「…………そうですか」

「……あの、かっくん? どうしたんですか? スマホを凄い勢いでスワイプし始めて」

「褒め殺してやろうかなと思って……」

「褒め殺してやろうかなと思って!?」

「考え得る限りの褒め言葉を羅列しているので少し時間をください、ヨム先輩」

「い、いいですいいです! いいですから! ほら、頼みましょうよかき氷!」

 

 そう言ってメニュー表がバン、と机の上に広げられた。

 

 かき氷と言えば縁日の屋台で売っているようなプラの容器に白い氷を盛って、単一のシロップをかけたようなものを想像していたのだけど、掲載された画像は、こう、お上品なガラスの容器に透明な氷がふわっと乗って、フルーツだの白玉だの小豆だのの具材がふんだんに盛られている、僕の知らない世界のスイーツだった。

 

…………え、嘘だろ、税込み一八六〇円って本気かよ、かき氷だぞ? ハードカバーの本が買えるぞ。

 

「…………み、みぞれでいいかなぁ~」

 

 何の飾り気もない、シンプルなフレーバー。

 それでも税込み七八〇円。かなり勇気のいる金額だった。

 

「あれ、一番高いのを頼むんじゃありませんでした?」

「あれは言葉の綾というか、単価を知らぬが故の無知というか……」

「もう、遠慮しなくていいんですよ?」

 

 閉じた扇子で口を隠し、先ほどまでの動揺っぷりはどこへやら、にやーっとした目で僕を見た。

 

「かっくんが何を選んでも、私が支払いの伝票を持って行きますから」

「ぬぬぬぬ…………」

 

 うおお、資金力の無さが憎い! 自分で稼いだ、自分で好きに使えるお金さえあれば!

 

 いや、最初からヨム先輩の奢りって話だったんだけど……いざ当日になるとやっぱり躊躇するものがあるというか。一応、今月の小遣いを全部財布には入れてきたから、男のプライドを貫き通す事はできるけど…………!

 

 懊悩する僕を見て、ヨム先輩は苦笑した。

 

「ここで悩まれたり遠慮されたりする方が困っちゃいます。それにかっくん、忘れてませんか?」

「……何をですか」

「これは取材なんですよ? ――――善意で奢るなんてそんなそんな」

 

 まずい、何か企んでいる顔をしている。

 すいません、と通りすがった店員さんを捕まえるヨム先輩。

 しまった、強制的に注文するところまで、話が進んでしまった。

 

「私はほうじ茶ミルクに、小豆のトッピングでお願いします。ほら、かっくん。躊躇ったままだと先輩が決めちゃいますよ」

「えー、じゃあ………………巨峰&マスカットでお願いします…………」

 

 税込み一七八〇円のかき氷、人生初めてかもしれないな……。

 

「お待たせしました、ほうじ茶ミルクと巨峰マスカットになります」

 

 ほうじ茶ミルクが僕の前に、巨峰&マスカットがヨム先輩の前に。

 注文を取ったのと別の店員さんが運んできたわけで、こういうこともあるか。

 

「やっぱり女の子ってフルーツのイメージなんでしょうか」

 

 二人の器を入れ替えながら、ヨム先輩。軽く会釈する僕。

 

「どうなんでしょう、着物の柄で判断されたのかも」

「あ、そっか」

 

 というか、僕が選んだ理由がそれなんだけども。

 キンキンに冷えたガラスの器に、こんもりと盛られた氷の山。

 

 氷の粒が残る縁日のかき氷とは違って、縦向きに細く長く削られた氷が積まれ、そこに紫色のシロップがたっぷり。縁を彩るように巨峰とマスカットが互い違いに並び、その上から果肉に混ざったドロっとしたソースが追いがけされている。

 

「それじゃ、いただきます」

「はい、どうぞ」

 

 初見で真っ先に思ったのは、この量のかき氷をそもそも完食しきれるか? だったんだけど、異様に柄が長く、匙の部分が妙に小さいスプーンで掬ってみて気づいた。なるほど、かなり空気を含んでて、見た目ほど量があるわけじゃないんだな。

 

 口に入れてみると舌に触れた瞬間ふわっと溶けて、氷の冷たさと果物の鮮烈な甘さだけが後に残る。冷感を楽しみながら飲める、味の濃いブドウジュースみたいな感じだ。

 

「うわ、びっくりするほど美味い!」

「あはは」

 

 思わず出てしまった素のリアクション、それを見て楽しげに笑うヨム先輩。

…………油断した。こ、これはなんか、なんか恥ずかしいな。

 

「そ、そっちはどうですかヨム先輩。ほうじ茶に練乳ってあんまり聞きませんけど」

「そうですか? フレーバーではむしろ定番だと思いますけど、ほうじ茶ミルク」

「僕の知らない世界の話だ……」

 

 ヨム先輩が頼んだほうじ茶ミルクは、キャラメル色のドロっとした粘性の高いシロップに、上から更にたっぷりの練乳がかかっていて……うーん、味が想像できない。そもそもほうじ茶ってどんな味だっけ。麦茶よりの緑茶か?

 

 一口食べて嬉しそうに、んふふ、と声を漏らすあたり、ちゃんと美味しいらしい。

 

「ヨム先輩って、部室だといつも緑茶ですよね」

「そうですね、家で飲み慣れてるからかもしれませんが」

「では、ほうじ茶はいかなるタイミングで摂取するんですか?」

「そういう聞かれ方をされるとちょっと困りますが……冬場に出先で飲み物を買う時とかは、温かいほうじ茶を選ぶことが多いかもしれません。夏はどちらかというとタピオカドリンクとか」

「タピオカってほうじ茶に入ってるんですか!?」

 

 あれだろ、都会で流行ってる固形の丸い奴だろ。渋谷でギャルが飲んでる奴。

 

「いくら何でもイメージが古すぎませんか……」

「ヨム先輩、脳内を読まないでください」

「さすがに顔に出すぎです。普通にありますよ、ほうじ茶ミルク。タピオカは何にでも入ってるのです」

「そんな馬鹿な…………っ!」

 

 生き別れの兄弟の存在を宿敵から告げられた主人公みたいなリアクションをしてしまった。

 

「かっくん、飲んだことないんですか? タピオカ」

「タピオカって『飲む』なんですか? 『食べる』なんですか?」

「んっ! …………そ、そう言われると、うーん、でものどごしを楽しむ物である気がします、私はあまり噛まないかも」

「凄く勝手なイメージだと、喉に詰まりやすそうな気がするんですが」

「そうでもないですよ。あと、もちもちしてるので、噛んでると顎が疲れちゃって」

「ああ、ヨム先輩、か弱い生命体ですもんね……ああっ!」

 

 ヨム先輩のスプーンがすっと伸びてきて、僕の器から巨峰の粒をさらっていった。

 

「わ、美味しい~。つい和風を頼んじゃうけど、フルーツ系もいいですね」

 

 ぐっ、最終的にヨム先輩の財布から出て行くものなので文句も言いづらい! 一悪口で巨峰orマスカットだと…………あと五回はいけるな。

 

「かっくん、あと五回はいけるって思ってませんか?」

「ヨム先輩、か弱さの代償にエスパーに目覚めたんですか?」

 

 ノーモーションでマスカットが持って行かれた。

 

「だから顔に出てますよ、かっくん。ほら、私のも一口食べていいですから」

 

 まだ崩していないかき氷の側面をこちらに向けて、ヨム先輩。

 

「それじゃあお言葉に甘えて……」

 

 たしかに若干、ほうじ茶のかき氷という奴には興味があるし……これならまぁセーフか。

 しゃり、という冷たさと一緒に口の中を満たすほうじ茶の香ばしさ。それが甘いミルクと妙に相性が良くて、おお、なんだこれ、新体験だな……。

 

「どうですか?」

「予想外に美味しいです、結構好きかもしれません」

「なるほどなるほど――――――…………………………」

 

 何かを納得したように頷くヨム先輩。

 …………いや、沈黙と硬直が長い。これは何か企んでる気がする。

 

「もう一口いかがですか? かっくん」

 

 すっ、と。

 当人としては凄く自然な流れのつもりなんだろうと思う。

 自分のスプーンにかき氷を向けて、こちらの口元に向けてきた。

 この異様な長さのスプーンだから成立する攻撃! それでも軽く身を乗り出しているあたり、ヨム先輩という感じだ。

 

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

「…………………………」

 

 あと何秒保つかな……言い出した頃は得意げな笑顔だったのに、今はもう恥ずかしさで耳が真っ赤だ。

 

 ……本当この人、耳から顔に降りてくるんだな……普段は髪の毛に隠れてるけど、よく見るようにしておこう。

 

「かっくんっ!」

「はい、なんですかヨム先輩」

「この姿勢疲れるし恥ずかしくなってきたんですけどっ!」

「わかってるから眺めてたんですけど……」

「うううううう……!」

 

 物がかき氷だけに、このまま放置しておくと溶けてしまう。

 諦めたヨム先輩は、こちらに向けたスプーンを自分の口に入れた。

 むぐぐ、と悔しそうに僕を睨んでくる。

 

「一応認識を共有したいんですが……なにがしたかったんですか?」

「あーん、ですよ、あーん! 定番じゃないですか、こういうの!」

「まさか定番ネタを安易に仕掛けてくるとは……」

「タイミングを計って逃げにくいタイミングでやりました!」

「ヨム先輩、失敗でしたね。『なるほど』の後に溜めがあったので身構える余裕が出来てしまった」

「そんな冷静に分析してほしいわけじゃありません! もぉー!」

 

 脳内ピンクのロマンチストことヨム先輩、デートの定番ネタをやりたかったんだろうな……このかき氷も言ってしまえば取材協力の代償なわけだから、それで言えば僕は今のスプーンを受け入れなければならなかったのかもしれない。

 

 …………いや、でも、ほら、うん、やっぱりちょっと、こう…………。

 これは、あれだな。こちらからも仕掛けるべきだ。

 自分が何をしたのか、された側が何を感じるのか味わってもらおう。

 

「ヨム先輩こそ、まだ氷の方は食べてないですよね?」

 

 こちらのかき氷を掬って、ヨム先輩にむける。

 ただでさえ赤くなった顔に追い打ちをかける。予想していなかったであろう反撃に、ヨム先輩は体をビクッと震わせて、身構えた。

 

 どうだ、恥ずかしいだろう……攻撃側が仕掛けてきた以上、リアクションを決めなければならない。

 いわばこれは『攻め』なのだ。か弱い生命体であるヨム先輩に対抗できる道理は……。

 

 

 

 

「んっ」

 

 ぱく、と。

 僕の差し出したスプーンを、ヨム先輩は口に含んだ。

 ほんの一瞬の出来事。小さな唇がするりと氷を飲み込んで、ごくりと飲み込む音が、やけに鮮明に聞こえた。

 

「…………………………」

 

 真っ赤だった。今まで見たことないぐらいの赤が顔を染め上げていた。

水彩絵の具、そう、水彩絵の具だ。

 

 水を張ったパレットに、赤い絵の具のついた筆を触れさせると、ぶわっと色が広がっていって、全体が染まってしまうような感じ。

 

 溶けた氷で薄まって、巨峰の紫が、よく見れば煮詰まった濃い赤色だった事がわかる。

 筆がスプーンで、パレットがヨム先輩の肌だった。

 

「………………あ、甘くて」

 

 僕の硬直が解ける前に、ヨム先輩が更に追撃をしかけてきた。

 

「おいひぃれ、ひゅね、かっ、かっくん」

 

 動揺しすぎて、もう語尾がガバガバだった。

 じぃ、と薄いレンズの向こうから、こちらの様子をうかがっている。

 こちらはどう反応すればいい? どんな第一声なら、僕は形に出来る?

 ……この場合、考えることにあまり意味はないのかもしれない。

 だから僕は、思ったことを口にした。

 

「ヨム先輩」

「な、なんれひゅかっ」

「…………今日って、リップ塗ってます?」

 

 スプーンを口に含んだ時、つまり、ヨム先輩の顔が一番僕に近づいたとき。

 なんとなくいつもと違う感じがした、かき氷を食べて、濡れた唇が、水を弾いていた気がして、それはつまり…………。

 

「~~~~~~~~~~~~~っ!」

 

 ついにガタン、と音を立てて、ヨム先輩が突っ伏した。

 ……危なかった、これは、僕の勝ちでいいんじゃないか?

 なにを以て勝利とするかは、もうなんかよくわかんないけど、僕と先輩のレスバなんて言葉を失った方が敗北者だ、今までそんなルールだったじゃないか、多分、そう。

 

 勝利の余韻を味わいながら、残りのかき氷を一口食べて――――――。

 

「………………あ」

 

 声をあげたのは、ヨム先輩の方だった。わずかに顔をあげた際に、僕の姿が目に入ったのだろう。

 自分が今何をしたか、さっきまでこのスプーンがどこにあったのか。

 

 …………訂正しなくちゃならないようだ。

 言葉を失った方が負けだというのであれば。

 今日の戦いは、きっとどちらも敗北者に違いない。

 

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