この素晴らしい魔法学園に祝福を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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第三話 この強敵に爆裂事象を!

 グループ交換を巡る騒動から数日が経過した、ある日の午後。

 カズマは学園内の共有スペースに設置された学食の一角で、先の演習ですっかり気心の知れた仲となったキースと向かい合っていた。

 キースは周囲を気にするように声を潜め、卓上に身を乗り出してくる。

「おいカズマ、学園からの通知はもう見たか。二週間後に開催される学内競技会に合わせて、マオウの本部から監査員が派遣されてきたらしいぜ」

 カズマは手元の「ネロイド」という名の謎めいた清涼飲料水を啜りながら、聞き慣れない単語に眉を寄せた。

 飲んだ瞬間に喉の奥が微振動するこの液体は、学園の自販機における定番商品だが、その味の正体はいまだに掴めていない。

 美味いのかと問われれば言葉に詰まるが、一度飲むと妙に癖になる不思議な感覚を喉に残す。

「そういえばなんかメール来てたな。というか、そのマオウってのは何なんだ? 本物の魔王が競技会を攻めてくる、とかじゃないんだろ?」

「なんだ、お前そんなことも知らないのか。ああ、そういえばカズマは中途編入だったな」

 キースは呆れたように笑い、解説を始めた。

「マオウってのは、あながち魔王という呼び名も間違いじゃない。正式名称は『魔素異常監査統合機構』。この実験都市が国際的な安全基準を満たしているかを確認するための、超法規的な監査機関だ」

 Magical Anomaly Oversight Union、頭文字をとってMAOUは、魔素研究プロジェクトを外部から評価・監査するために設立された国際独立機関である。

 魔法都市ベルゼルグで実施されている全ての研究計画に対し、その安全性や倫理性、再現性を第三者の立場から検証する権限を持っていた。

 もし監査員によって「危険」あるいは「不適切」と判断されれば、プロジェクト自体が即座に運営停止に追い込まれることすらある。

 この時期、学園の上層部が異様なほどピリピリとしているのは、正にこの「魔王」の機嫌を損ねないためであった。

「監査員ねえ。物騒な話だが、俺たちみたいな一研究生には縁の無い話だよな」

 カズマが手元の安価なタブレットに視線を落としたまま呟くと、向かいの席のキースが鼻で笑った。

「違えねえ。俺たちみたいな一般科や中堅どころは、大人しく目立たないようにしてるのが一番だ」

 キースの同意に頷きつつも、カズマは画面に表示された複雑な魔素変換理論の数式を指先でスクロールさせる。

 前回の演習で当面の生活ポイントを稼げた彼は、この貴重な猶予を基礎技術の再学習に充てることに決めていた。

 高性能なデバイスを買う金がない以上、泥臭い座学で基礎理論を叩き込み、魔素の取り扱い精度を上げるしかない。

 変換効率をコンマ数パーセント底上げする地味な努力こそが、初参加となる競技会という大舞台で生き残るための生存戦略だった。

 集中力が切れた際に立ち寄る学食でも、周囲の学生たちの会話は以前より格段に熱を帯びている。

 特定の演習場に潜む暴走個体の攻略法から、演算負荷を軽減するサプリメントの市場価格まで、実戦的な情報が飛び交っていた。

 カズマはそれらを耳に拾いながら、競技会に向けた各専攻の動向や対策を、頭の中のデータベースに静かに蓄積していく。

「しかしカズマ、お前が一人でここにいるのも珍しいな。いつもの連中はどうしたんだ」

 キースの問いに、カズマは重いため息と共に力なく答えた。

「ああ、あいつらなら三人だけで演習を受けに行ったよ」

 その言葉だけで、キースは全てを察したように気まずげな沈黙を返した。

 あの三人が、平和に演習を終えて帰ってくるはずがない。

 キースの胸中に渦巻くであろう不吉な予感に、カズマもまた全霊をもって同意していた。

 今や学園内において、カズマを無能な一般科と侮る者は、ダストが広めた苦労人伝説のおかげで皆無となっている。

 次にダストに会ったら、あのシュワシュワする魔素飲料の特大サイズでも奢ってやろうとカズマは心に決めた。

「ま、何にせよだ。北側にある魔素流統制管理センターには近づかない方がいい。監査員の連中が拠点を置いているらしいからな」

 キースは声を潜め、競技会の準備で殺気立つ学園の空気を牽制するように言葉を続けた。

「わざわざこちらから醜態を晒しに行く必要もない。俺たちは俺たちの領分で、大人しく準備を進めるのが正解だ」

 キースが席を立ち、忠告を残して去っていくのを見送ったところで、ようやくグループの三人がホールに戻ってきた。

「ただいま! カズマ、聞いて! やったわよ、私たちついにやったわ!」

 真っ先に駆け寄ってきたアクアは、いつになく上機嫌な様子で胸を張る。

「……うむ。私達だってやれば出来るのだということを証明してきた。今まで苦労をかけたな、カズマ。これからはお前一人に重荷を背負わせはしない」

 ダクネスが不気味なほど慈愛に満ちた笑みを浮かべ、カズマは背筋に走る言いようのない違和感を覚えた。

「ふっ、我々の実力にかかれば造作もないことです。インフラ設備への魔素供給演習でしたが、アクアの過剰な出力をそのまま流し込むだけで完了しましたからね」

 めぐみんが誇らしげに語るが、それは単にアクアの暴走気味な魔素を設備側が強引に吸収しただけではないだろうか。

 だが、せめて無事に終わったことを喜ぼうとした矢先、受付嬢が申し訳なさそうに告げた。

「……大変申し訳ありません。現在、監査員来訪に伴う全システム監査期間に入っております。そのため、本日付で通常演習のポイント振り込み機能は一時停止されました」

 その言葉を聞いた瞬間、勝利の余韻に浸っていたアクアの顔から劇的に血の気が引いていく。

「な、なんでよおおおおおおおっ! 意味が分からないわよ、ちゃんと演習は成功させたのよ! 私のポイント、私の高級シュワシュワはどうなるのよ!」

 アクアが受付のカウンターを激しく叩き、周囲の学生たちが一斉にこちらを振り返る。

「そう言われましても、現在は滞在中の監査員の指示により、全てのポイント付与プロセスが予約状態に切り替わっております。二重払いや不正受給を防ぐための措置ですので、実際の振り込みは競技会終了後の精査を待ってからとなります」

 受付嬢は困惑した顔を浮かべながらも、淡々と学園の決定事項を繰り返した。

「精査って何よ! 二週間後なんて待てないわ! 今すぐ、今すぐ私の働きを数値化して口座に叩き込みなさいよ!」

 泣き叫ぶアクアを前に、カズマはこの時ばかりは、彼女の不憫なまでの運の無さに同情せざるを得なかった。

 

 

 

「アクアの件は不憫ですが、監査期間なら仕方ありませんね。他にやることもないでしょうし、演習のない間は私に付き合ってください」

 めぐみんに促され、カズマは学園の外周へと散歩に出ていた。

 今日の演習で爆裂が撃てなかった消化不良のめぐみんに付き合い、彼女の日課ができる場所を探していた。

 だが彼女の爆裂を放てる場所など、そうそうあるはずもない。

 三十分もする頃にはカズマはすっかり飽きていた。

「もうその辺の演習場でいいだろ。適当に一発撃って帰ろうぜ」

 カズマはめぐみんに促したが、彼女は即座に首を振った。

「駄目なのです。メインキャンパスから相当離れた所じゃないと、また管理AIにログを拾われて叱られます」

「今またって言ったな。さては以前、音がうるさいとか何とかで怒られたのか?」

 気まずそうに、めぐみんが小さくこくりと頷いた。

 日頃からクセの強いめぐみんたちのせいで、カズマのグループは学園側に目を付けられている。

 しかも今は厳格な監査員まで訪ねてきているのだ、少しぐらいは自制した方がいいだろう。

「しょうがない。もうちょっと離れた場所まで行くか」

「ご迷惑をおかけします」

「そう思うなら、たまには他の変換理論も使ってくれよ」

「嫌です」

 即答するめぐみんに、カズマは深く、深くため息をついた。

 

 思い返してみれば、アクアの勧誘を受けてこの都市に来てからこれまで、学園近郊以外はろくに探索したことがなかった。

 せいぜいが、演習を受けるために学園関連の施設を回るくらいだ。

 こうしてのんびりと散歩をするのも、悪くない。

 そう思い始めた頃、隣を歩くめぐみんの足が止まった。

「あれは……何でしょうか? 塔?」

 めぐみんの視線を辿った先にあるのは、鈍色の煙突のような巨大な塔だった。

 周囲に大きな建物はなく、フェンスで囲われた無機質なプラントの端っこでポツンと立っている。

 そのフェンスには「魔素再精製セクター」という看板が掲げられていた。

「……どれどれ。どうやらあれは、魔素変換現象還元用の『高負荷受納塔』みたいだな。魔素変換した現象を打ち込んで、純粋な魔素に戻すための装置らしいぞ」

 スマートフォンに表示された文章を、カズマはそのまま読み上げた。

 魔素の逆変換時の還元効率データを収集するため、学生の演習利用も推奨されているらしい。

「あれにしましょう! あの塔ならば頑丈そうですし、仮に壊れたとしても、耐久性が足りないのが悪いと言えば問題ないでしょう!」

「いや、問題しかないだろ」

 カズマは思わずツッコミを入れたが、名目上は変換現象を当てても構わない装置として学園のお墨付きはついている。

 めぐみんの爆破欲を収める対象において、これ以上にマシなものも他にないだろう。

 いや、普通に爆裂欲とかいう意味の分からないものを抑えてくれればそれでいいのだが、そんな忠告をめぐみんが聞くはずもない。

 カズマが自分の中で折り合いをつけている間にも、めぐみんはウキウキと変換のための演算を進めていく。

「それでは行きますよ! 『エクスプロージョン』!」

 心地よい風が吹いていたプラントを、その風ごと吹き飛ばす勢いの凶悪な暴風が塗り替えた。

 

 こうしてカズマとめぐみんの、新しい日課が始まった。

 それからというもの、二人はその受納塔の傍へと毎日通い、爆裂事象を放ち続けた。

 それは、寒い氷雨が降る夕方。

 それは、穏やかな食後の昼下がり。

 それは、爽やかな早朝の散歩のついでに。

 どんな時でもめぐみんは毎日、その受納塔に全力の爆裂事象を叩き込んでいく。

 めぐみんの傍らで一週間爆裂を見届け続けたカズマは、いつしかその出来栄えを正確に評価できるまでになっていた。

「『エクスプロージョン』!」

「おっ、今日のはいい感じだな。爆裂の衝撃波がズンッと骨身に浸透するかの如く響き、それでいて肌を撫でるかの如く振動が遅れてくる。ナイス爆裂!」

 魔素を使い果たし、オーバーヒートして仰向けに倒れためぐみんに向けて、カズマが好評とサムズアップを送る。

「ナイス爆裂! ふふっ、カズマもこの爆裂道が分かってきましたね。いっそ事象位相変換専攻への転科を目指してみては?」

「うーん、それも面白そうだが。今のグループのバランスだと、俺は今のままでいいかな」

 カズマとめぐみんはそんなことを言い合いながら笑い合った。

 ここ数日で手慣れた要領で、カズマは動けないめぐみんを背中におぶる。

 ゆっくりとした歩みで、今日の爆裂は何点だった、いや音量は小さかったが音色が良かったなど、そんなことを語り合いながら学園へと戻っていった。

 

 それは監査員が来訪してから、ちょうど一週間が経った時のことだった。

『緊急! 緊急! 全学生は直ちに正門広場に集合してください!』

 学園中に鳴り響く、不穏な緊急アナウンス。

 広場に着いたカズマたちは、号令台の上に佇む圧倒的な威圧感を放つ男の姿に呆然とした。

 黒いフードとテックマスクで素顔を完全に隠し、小脇には奇妙な球体状のガジェットを抱えている。

「……俺はここ一週間、監査のために学園近隣の魔素流統制管理センターに居を構えている、MAOUの部門長だが……」

 そう、この男こそ学園の監査員として派遣された査察・監査実施部部門長、ベルディア・アモルであった。

 ベルディアは肩をプルプルと小刻みに、しかし激しく震わせ始めた。

「毎日毎日毎日毎日っ‼︎ おお、俺の滞在拠点付近で、毎日欠かさず爆裂事象を撃ち込んでいく、あああ、頭のおかしい大馬鹿者は、誰だあああああああーっ‼︎」

 ずっと何かに耐えていたが、とうとう我慢できずに切れてしまったような、あるいは極限まで追い詰められたような男の絶叫。

 あまりの怒気を含んだ咆哮に、周囲の学生たちは一斉にざわつき始めた。

 学園からの緊急アナウンスは、どうやらこの男が原因だったらしい。

「……爆裂事象?」

「爆裂事象を使えるやつって言ったら……」

「爆裂事象って言ったら……」

 誰もが何が起こっているのか理解できない中、視線は自然とめぐみんへと集まった。

 めぐみんはフイッと隣の女子生徒の方を見る。

 つられたようにカズマがそちらを見ると、周りの視線も一緒に釣られたようにその女子生徒へと移る。

「ええっ⁉︎ あ、あたし⁉︎ あたし、そんな変換使えないよ!」

 突然濡れ衣をなすりつけられ慌てる女子学生。

「まさかお前が……」

「なんでそんな……」

「ま、待って! 本当に違うの信じてください! ここで監査員に目なんかつけられて退学にでもなったら……! うちには養わないといけない小さな弟たちがいるのに」

 ついには泣き出してしまった女子学生の声を聞いためぐみんははあと息を吐き、観念して前に出た。

 学生たちがベルディアへの道を開ける。

 カズマ、ダクネス、アクアも、怯えるめぐみんの背を追うように号令台の前へ進み出た。

 激しい怒りにより、ベルディアの肩はプルプルと小刻みに震えている。

「お前か……! お前が毎日毎日、俺の滞在拠点に爆裂事象をぶち込んでいく大馬鹿者か! あれのせいで、何度俺が作成した主管業務資料や監査データがクラッシュしたと思っているんだ! おかげでここ最近は徹夜続きだ! ねえ、なんでこんな陰湿な嫌がらせすんの! 学生だと見逃してやっていれば調子に乗って、毎日毎日ポンポンポンポンポンポンポンポン撃ち込みにきおって……! 頭おかしいんじゃないのか、貴様!」

 テックマスク越しでも分かる凄まじい形相に、めぐみんは若干怯むも、意を決してスッと背筋を伸ばし、口を開いた。

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を操る者……!」

「……めぐみんってなんだ、バカにしてんのか?」

「ち、違わい!」

 めぐみんは気を取り直し、愛用の演算補助杖をベルディアに向けた。

「我は紅魔族の者にして、そしてこの学園随一の変換者。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、来週開催される競技会に向けて事象展開の訓練をしていたに過ぎません。ちゃんと公式の的である受納塔に向けて撃っていましたし、外部の監査員に文句を言われる筋合いはありませんよ」

 後ろで見守りながら、カズマはアクアとダクネスに囁いた。

「おい、いつの間にか競技会のためになってるぞ。本当はあいつが『一日一回撃たないと死ぬ』とか言って駄々こねただけなのに」

「……ん、しかもさらっと学園随一とか言い張ってるぞ」

「しーっ! そこは黙っておいてあげなさいよ。今良い所なんだから!」

 カズマたちのヒソヒソ話が聞こえていたのか、杖を突きつけたポーズのまま、めぐみんの顔がみるみる内に赤くなる。

 一方、ベルディアは別の何かに納得したような雰囲気だ。

「……ほう、紅魔学習塾の出身か。なるほど、そのイカれたネーミングセンスは別に俺をバカにしていた訳では無かったのだな。遺伝子レベルのバグか。それで、本名はなんというのだ?」

「おい、私が自ら考え抜いて名乗っている至高の名前に文句があるなら聞こうじゃないか! この名は私の魂そのもの、そしてこの学園における最強の変換者の称号と……」

「高橋恵です」

「ちょ、カズマ⁉︎ 何を勝手に本名を教えているのですか!?」

 いきなりのカズマの裏切りに驚嘆するめぐみん。

 カズマの肩を激しく揺さぶり抗議するめぐみんだが、ベルディアはどこか感心したように頷いた。

「競技会に向けて練習をするのは殊勝な心持ちだ。だが、あの場所で爆裂事象を展開するのはもうやめてくれ。事象展開の規模がデカすぎて還元処理が追いつかず、近隣一帯に大規模な魔素流による通信障害が発生しているのだ」

 学園が設置している事象還元用受納塔は本来、出力が中級レベルの事象展開を対象としている。

 当然だ。爆裂理論を用いた事象展開などというネタ事象を使用する学生が、この学園に現れるなど学園側も想定していない。

 今回のようなシステム障害が起こるのは、工学的に見て当然の帰結といえよう。

「おかげで近隣のインフラ制御システムはガタガタだし、私のメインサーバーへのアクセス業務にも多大な支障をきたしている。だから、これからは爆裂事象は使うな。いいな?」

 ベルディアのあまりに真っ当な正論に、めぐみんは神妙な顔を浮かべる。

「無理です。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」

「お、おい、聞いたことないぞそんな生体バグ! 適当な嘘をつくな! それに、魔法ってなんだ、事象の間違いだろう! 用語定義からやり直してこい!」

 この場にいる全学生が思った。

 この噛み合わない二人のやりとりを、不謹慎ながらもう少し見守りたい、と。

 だが、ベルディアの抱える球状ポッドの光学センサーが、冷徹な光を放った。

「……どうあっても、その高負荷事象の展開を止める気はないと?」

 こくりと小さく、だが断固として頷くめぐみんに、ベルディアはやれやれと肩をすくめる。

 その動作は、監査員としての最後の情けを捨て去る合図だった。

「俺とて昔は魔素工学の研究に従事していた身、未来ある学生の研究意欲や固有理論を削ぐような真似はしたくない。だが、これ以上インフラを破壊する迷惑行為を継続するというのなら、こちらにも監査員として考えがあるぞ」

 一転して剣呑な、殺気じみた気配を漂わせてきたベルディアを警戒して、後ずさるめぐみん。

 そんな彼女の動揺など気にも留めず、チラリと後ろのカズマたちに視線を送ったベルディアは、テックマスクの奥でニヤリと、冷酷な笑みをこぼした。

「そうだな。ただ説教しても貴様は大して応えんだろうし。ならば、最も効果的な方法で苦しませてやろうか」

 そう言って、ベルディアが手元に取り出した、監査員専用ターミナルと思われるスマートフォンを素早く操作する。

 すると瞬間。

 カズマ、アクア、ダクネスの三人のスマートフォンへ、不吉なバイブレーションと共に一斉に通知が届いた。

 広場に集められた数百人の学生の中で、このグループの三人だけに届いた同時通知。

 カズマの背筋を、嫌な予感だけが駆け抜ける。

「ほら、国連からの重要通知を確認してみたらどうだ?」

 ベルディアに促されるまま、カズマたちは戦々恐々としながら各々通知を確認した。

 端末の画面には、血のような赤文字で、信じがたい文言が表示されていた。

 【重要】GBWプロジェクト登録抹消勧告:猶予期間一週間。

 カズマの時が止まった。

 これは事実上、この魔法都市ベルゼルグにおける学生としての死の宣告、それも一週間の余命宣告であった。

「紅魔の娘よ。お前以外のグループのメンバーは、一週間後にプロジェクト登録を抹消され、この都市から追放、二度と魔素関連の研究インフラに従事できなくなる。そう、すべては貴様のせいでな!」

 ベルディアの冷徹な宣告に、めぐみんがみるみるうちに青ざめる。

 連帯責任という、彼女に最も有効な刃。

 その絶望した様子を見て、ベルディアは歪んだ満足げな笑みを浮かべた。

「一週間の猶予期間のあいだ、仲間の未来が断たれ、苦しむ様を特等席で見ながら、自分の行いを悔いるがいい。ククッ、素直に俺の言う事を聞いておけばよかったのだ!」

 広場全体が静まり返る中、今まで黙っていたダクネスが突然、慄き叫んだ。

「な、なんて事だ! つまり貴様は私に登録抹消という精神的な罰を与え、それを解いて欲しくば俺の言う事を聞けと……! つまりはそう言うことなのか!」

「……ふぁ?」

 突然、予想だにしない方向からの通信ノイズのような発言が飛び出し、ベルディアが素で返した。

「くっ……! 登録抹消ぐらいではこの私は屈しはしない……! 屈しはしないが……っ! ど、どうしようカズマ!」

「はい、カズマです」

「見るがいい、あの監査員のフード下のいやらしい目を! あれは私をこのままセンターの取調室へと連れ帰り、登録を戻して欲しくば黙って言う事を聞けと、凄まじいハードコア変態プレイを要求する変質者の目だ!」

「……ええっ⁉︎」

 突然、全学生の前で変質者呼ばわりされたベルディアが、ぽつりと絶句した。

 当然ながらカズマもダクネスが何を言っているかわからない。

 理解したくないともいう。

 標的となったベルディアがただただ哀れであった。

「この私の体は好きに出来ても、心までは好きに出来るとは思うなよ! センターの奥深くに囚われ、登録情報の書き換えを餌に理不尽な要求をされる女子高生とか! ああ、どうしよう、どうしようカズマっ!!」

「はいはいカズマです」

「行きたくはない、行きたくは無いが行くしかない! GBWのサーバーに私の恥ずかしい生体データが登録されるその瞬間まで抵抗してみるから、邪魔はしないでくれ! では、いってくりゅ!」

「止めろ、行くな! 監査の人が本気で困ってるだろ! ただの登録抹消だ!」

 本当にベルディアについて行こうとするダクネスを、カズマが慌てて羽交い絞めにする。

 その姿を見て、ベルディアが心底ホッとしたように胸を撫で下ろしている姿が印象的だった。

「と、とにかく! これに懲りたら爆裂事象の展開は止めろ! そしてその勧告を解除して欲しくば、一週間以内にノース・ハブのインフラ用魔素貯蔵器に、一月分の精製済み魔素を用意しろ。貴様の事象展開の影響で、還元回路がパンクし、備蓄魔素が漏れ出して霧散してしまったからな」

 一月分の精製済み魔素。

 通常、魔素発生の適性Cランクの標準的な学生が、睡眠時間を削って取り組んでも、優に五十年はかかる膨大な量である。

 適正がAランクでも十年はかかるだろう。

「果たして、貴様らだけで用意できるのかな? クククククッ、クハハハハハハッ!」

 ベルディアは監査員としての勝利を確信し、哄笑を上げながら漆黒の電動バイクに乗り、そのまま風のように去って行った。

 集められた学生たちは、圧倒的な権力の行使を前に、呆然と立ち尽くす。

 めぐみんが、青い顔で震え、演算補助杖をぎゅっと握り直して、トボトボと歩き出した。

「おい、どこ行く気だ」

「……私の責任です。ちょっとセンターまで行って、あの監査員に勧告を取り消すよう説得してきます。なんでしたら爆裂魔法をちらつかせてでも……」

「説得方法が最低だな」

 めぐみん一人だけでどうこうなる問題でもない。

 そんなことは彼女も分かっている。

 だが、それでも行かない訳にはいかないと、無理やり笑顔を浮かべた。

 それは誰が見ても一目瞭然な、悲痛な笑顔だった。

 カズマは一つ大きくため息を吐き苦笑する。

「……俺も行くに決まってるだろ。そもそも、あいつが監査に来てる時点で、こうなる可能性を考えておくべきだったのに、気楽に構えてた俺も間抜けだしな」

「当然私も行くぞ。先ほどは興奮でつい我を忘れてしまったが、私とてこのグループの一員だ。共に支え合い、理不尽な取調べに耐え抜くのがグループではないか」

 二人の言葉に、めぐみんは少しだけ肩の荷が下りたように、力なく肩を落とした。

「……じゃあ、一緒に行きますか。ですが、相手はプロの監査員です。弁論には相当の知恵が必要でしょう。ここは知能が高い紅魔族である私を頼ってください」

「ならば私は、監査員からの罵詈雑言を一手に引き受けよう。お前達には決して飛び火させやしない」

 健気にもそう言ってカズマたちを元気づけようとするめぐみんに、二人が微笑む。

 そうして、死地へ向かうかのような結束を固めた三人が、最後の一人、アクアへと振り返り――。

「ちょっとカズマ、何をそんなに悲観してるのよ。あんな監査員が偉そうに言ってた魔素量なんて、私がちょちょいと精製してあげるわよ!」

 今まで勧告通知の画面を指で弾いて遊んでいたアクアが、平然と度肝を抜くようなことを言い出した。

「はあ⁉︎ お前、何を言ってるんだ! 都市の基幹インフラを支える魔素量だぞ⁉︎ いくらお前の魔素発生の適性がSだとはいえ、生体精製で一週間とか無理に決まってんだろ。魔素酔いで廃人になるぞ」

 心配するカズマに対し、しかしアクアはチッチっと指を横に振った。

「カズマってば、この学園の評価指標を信じきっちゃって、本当に分かっていないわね。本来、私の発生適性値はSSSとかでも足りないぐらい規格外なのよ」

 まあ見てなさいなと、自信たっぷりに胸を叩くアクア。

 その根拠のない自信に満ち溢れた姿に、カズマたちは非常に、この上なく、凄まじい不安に駆られた。

 

 三日後。

 カズマたちは、北部センターの最上階にあるベルディアの執務室を訪れていた。

「−−−というわけで、指定された全系統のエネルギー充填、無事に完了しました」

 カズマが淡々と完了報告の端末を差し出すと、ベルディアは統合管制室のモニターを確認し、インジケーターが全点灯しているのを見て絶叫した。

「あ、あるええええええええっ⁉︎」

 椅子から転げ落ちんばかりに驚愕するベルディアを、アクアがこれ以上ないほど勝ち誇った顔で見下ろす。

「なになに? 私たちにはできないって本気で思ってたの? それでも本当に学生の個人情報を閲覧できる権限を持った監査官なんですか? プークスクス」

 カズマたちが抱いていた不安は、驚くべきことに完全な杞憂に終わることとなった。

 アクアはその日から宣言通り、北部魔素流統制管理センターへと足繁く通い詰めた。

 そしてあろうことか、デバイスの安全流入制限や正規の精製手順を完全に無視し、外部から貯蔵器に直接エネルギーを流し込むという暴挙に出たのだ。

 アクアの規格外の生体発生能力あって初めてできることではあるが、まさに反則技である。

 結果、ベルディアの提示した目標にあっという間に達してしまったのだ。

 顔を真っ赤にして打ち震えるベルディアのデスクを、アクアが指先でトントンと急かすように叩いた。

「わかったらとっとと取り消して! ほら早く、是正勧告も登録抹消も全部取り消して!」

「わ、わかった……認めよう、今回の件は特例として処理する」

 ベルディアが苦渋に満ちた表情で管理端末を操作し、確定キーを叩き込む。

 直後、カズマのスマートフォンに鋭い通知音が響き、勧告が正式に取り消された旨を知らせる公式メールが着信した。

「……よし、これでひとまずは首がつながったな」

 カズマは安堵のため息を吐き出し、ようやく肩の力を抜くことができた。

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