この素晴らしい魔法学園に祝福を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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第四話 この魔剣にお値段を!

 学園に併設されている学生用カフェテラスで、カズマ、めぐみん、ダクネスの三人は、絶望に打ちひしがれる一人の少女を眺めていた。

 アクアが、中身がほぼ空になった個人端末のポイント残高を表示したまま、テーブルに突っ伏している。

「ポイントが……私の今月の生活費が、あと二百ポイントしかないのよおおお! これじゃあ購買のシュワシュワも買えないじゃない! バイトよ! 多少きつくても、一気にポイントが入るような高額バイトを受けましょう!」

 アクアの必死の訴えに、カズマたちはあまり乗り気ではなかった。

 これまでの演習により、カズマ、めぐみん、ダクネスの三人の口座には、学生としては十分すぎるほどのポイントが貯蓄されている。

 危険な高難易度演習など受ける必要がない。

「お、お願いよおおおおおお! もう商店街でのバイトは嫌なの! コロッケが売れ残るとまた店長に叱られるのよ! 頑張るから! 今回は私、全力で頑張るからあぁっ‼︎」

 −−−み、惨めだ。

 カズマは鼓膜を突き破らんばかりの泣き声を聞き流しながら、深くため息をついた。

 確かに、これでもアクアは元から企業に属していた社会人ではある。

 この学園の演習でそれなりに稼げるとはいえ、以前の身分に比べれば収入も生活水準もガタ落ちなのだろう。

 一度覚えた贅沢の味を忘れられないのは人間の性だが、目の前で地べたをのたうち回る女を見ていると、少しばかり同情したくなるのも事実だった。

 もっとも、その生活苦の八割は自業自得だという冷めた感情も同時に湧いてくるのだが。

「……しょうがねえなあ。じゃあ、バイトの掲示板で良さそうな案件を探せよ。内容次第では、協力してやらないこともないからさ」

 カズマの許可が出た瞬間、アクアは涙を拭うと目にも止まらない速さで自前のスマートフォンを操作し、バイト求人アプリを立ち上げた。

 一心不乱に画面をスワイプするアクアを横目に、めぐみんが不安げに口を開く。

「……カズマ、一応手元の画面を覗き込んで確認した方がいいですよ。アクアに任せると、自分の適性だけを過信して、とんでもない案件を確定させてしまいますから」

「……だな。私は強化された制服の耐久試験ができれば、多少の無茶には目を瞑るが」

 二人の忠告に従い、アクアが閲覧しているリストを横から覗き込んだ。

 アクアは何やら難しい顔で、画面上の募集要項を何度もスワイプして吟味している。

 そして、やがて画面に表示された演習のデータ上で指を止めた。

「……よし。これね、これしかないわ」

「よしじゃねえ! お前、何を血迷ってそのアイコンをタップしようとしてるんだ!」

 カズマはアクアが指差した画面の内容を読み、絶句した。

 

【超高難易度・緊急募集】

大型多脚機動兵器および飛行型強襲ドローンの交戦試験区域における、破損パーツの回収および内部ストレージの物理データサルベージ。報酬は一挙五十万ポイント。

 

 掲示板に並ぶ数ある課題の中でも、その一際異彩を放つ募集要項にアクアの目が吸い寄せられた。

 学生からはマンティコアやグリフォンと呼ばれている、最新鋭の自律戦闘兵器がしのぎを削る試験場。

 その硝煙渦巻く最前線に飛び込み、残骸から機密データを抜き出してこいという、もはや学生の演習の域を超えた特殊任務だ。

「アホか!」

 カズマは即座に却下した。

 もし見張っていなければ、危うくとんでもない戦場に放り込まれるところだった。

「なによもう、あんなのめぐみんが遠距離から最大出力で爆裂事象をぶち込めば一撃じゃない。ったく、カズマは臆病なんだから……。じゃあ、これはどう?」

 アクアが次に提示したのは、先ほどカズマも目を引かれた、特殊な課外演習という名のバイト公募だった。

 

【課外学習・臨時作業員急募:特注案件】

名称:貯水池管理棟・第三濾過区画における「手動魔素浄化」および「異物排除」

内容:主幹浄化システムの故障により、水質が極度に悪化。迷入したサメの群れが徘徊する中、ケージ内からの人力浄化を行う。報酬は三十万ポイント。

 

「……お前、水の浄化なんて本当にできるのか?」

 カズマの疑問に、アクアはフッと鼻で笑った。

「バカね、私を誰だと思ってるの? 私の名前や私の髪とか目の色から、何が得意な属性か分かるでしょう?」

「宴会芸だろ?」

「違うわよクソニート! 水よ! というか、前にあんたの家でお茶を浄化して見せたじゃない! あんな印象的なことをなんで忘れてるのよ?」

 言われてカズマは思い出す。

 あれは、アクアがカズマを無理やり勧誘しようとしていた時のことだ。

 彼女は魔素の存在を証明すると豪語し、いきなりコップのお茶に指を突っ込んだ。

 すると、茶葉の成分が瞬時に分解され、ただの無味無臭な純水へと変貌したのだ。

 あの時の驚きを思い返し、カズマは顎に手を当てた。

「水の浄化だけで三十万か、確かに美味しいな。でも、サメがいるんだろ?」

「そこが問題なのよね。だから私が浄化を終えるまで、守っててくれないかしら」

 アクアが提案してくるが、一点ひっかかる点がある。

「ちなみに、その浄化ってどれくらい時間がかかるんだ? 一分か二分か?」

「……半日ぐらい?」

「長えよ!」

 数分であればめぐみんの爆裂事象を用いれば耐えられるかもしれないが、凶暴なサメ相手にそんな長時間も守れるわけがない。

 カズマはスマートフォンの画面を閉じようとしたが、アクアはなりふり構わずカズマの腕にしがみついた。

「お願い、お願いよおおお! これ以上の好条件なバイトなんて無いの! 狡っからいカズマさんなら、私を安全に水の中に沈める方法の一つや二つ思いつくでしょ!」

「誰が狡っからいだ」

 泣き叫ぶアクアを見つめながら、カズマはふと思いついた。

「おいアクア。確かに、お前を安全に沈めたまま、俺たちが離れた場所で安全に待機できる作戦があるんだが、やってみるか?」

 

 

 

 学園の西方に位置する広域貯水池、タルラン池。

 そこは海水を淡水化し、実験都市に必要な純水を供給する巨大な人工湖のような施設だった。

 本来なら高度に自動化された浄化システムが稼働しているはずだが、現在は重厚な金属音と共にシステムが沈黙している。

 水面には、どす黒い魔素の澱が浮き、不気味な静寂が漂っていた。

「……ねえ……。本当にこれで行くの?」

 アクアの、今にも消え入りそうな震える声。

 彼女は現在、重厚な高張力鋼で作られた防護型・沈降式作業ケージの中に入っていた。

 その姿は、まるで深海調査に赴くダイバーというよりは、捕獲された珍獣のようである。

「完璧な作戦だろ? このケージは魔素で硬度を強化されているから、サメの顎でも砕けない。お前はこの中でのんびりと浄化していればいい。外気とも繋がってるから呼吸も問題ないしな」

 カズマは、クレーンの操作パネルを叩きながら言った。

 アクアは体育座りの状態で、檻の隅でガタガタと震えている。

「……なんか私、今からダシを取られる紅茶のティーバッグの気分なんですけど……」

「気にするな。お前は最高級の茶葉なんだから、良い出汁が出るだろうよ。じゃあ、行くぞ。浸水開始!」

「それ褒めてないわよね」

 カズマがレバーを引くと、重厚な金属製の檻が、ゆっくりと濁った貯水池の中へと沈んでいった。

 水の高さがアクアの腰ぐらいになったところで檻の下降を止める。

 それを見届けた後、カズマ、めぐみん、ダクネスの三人は、貯水池の縁にある監視ロッジへと移動し、モニター越しにアクアの様子を見守ることにした。

「おーいアクア! 調子はどうだ? 苦しくなったら通信機で言えよ! あと、トイレ行きたくなったら檻の中で済ませるなよ、水質が悪化するからな!」

 ロッジのスピーカーから、アクアの怒鳴り声が返ってくる。

『浄化の方は順調よ! 後、トイレなんて行かないわよ!』

 アイドル気取りな返答を聞き、カズマは「じゃあ普段の飲み食いはどこに消えてるんだ」というツッコミを飲み込んだ。

「……なんだか、拍子抜けするほど順調ですね。サメ達も今のところ現れる気配はありませんし」

 めぐみんが、ロッジのコーヒーを飲みながらのんびりと呟く。

「ああ。だが、あまり油断はしない方がいい。この手の高難易度バイトには、必ずと言っていいほど『お約束』がつきものだからな」

「おい、それフラグだからな」

 ダクネスの不穏な言葉の影響だろうか。

 浄化開始から二時間経過した頃、最初は穏やかだった水面に、鋭い背びれがいくつも走り始めた。

『カ、カズマー! なんか来た! ねえ、大きいのがいっぱい来た‼︎』

 アクアの悲鳴が通信機を割らんばかりに響き渡る。

 モニター越しに見ると、体長三メートルを超えるサメたちが、檻の周囲を旋回していた。

「落ち着けアクア! 檻の中にいれば絶対に安全だから、そのまま作業を続けろ!」

『そんなこと言ったって、こいつら檻にぶつかってきてるわよ! ガツガツいってる! 金属を噛み砕く音がしてるんだけど⁉︎』

 サメたちは、文字通り檻にかじり付いていた。

 凄まじい衝撃により、檻が水中を不規則に揺れ動く。

「ギブアップならいえよ! 檻ごと引き上げて撤退するから」

『嫌よ! ここで逃げたら、報酬がもらえないじゃない!』

 普段から予想がつかないほどの根性を見せたアクアは檻の中で、もみくちゃになりながら必死に浄化を唱え続けていた。

「……あの檻の中、ちょっとだけ楽しそうだな……」

 隣でダクネスが、頬を赤らめながらモニターを凝視している。

「行くなよ? 絶対に行くなよ?」

 カズマは釘を刺したが、ダクネスの目には、サメに囲まれて揺さぶられる檻が、何か至高の娯楽施設のように映っているようだった。

 

 さらに五時間が経過した。

 もはやアクアの声は、意味のある言葉を形成していなかった。

『ヒィィ……! ピュ、ピュリ……フィケ……! もう嫌あぁ! 帰りたい! おうち帰って暖かいお布団で寝たい! サメの目が怖いのよ! 死んだ魚みたいな目をして私を見てるのよ‼︎』

「まあ、サメは魚だしな。……おいアクア、あと少しだ。水質計の数値は九十五パーセントを超えたぞ。あと一息でボーナス確定だ!」

 カズマの励ましも、もはやアクアの耳には届いていないようだった。

 彼女は今や、狂ったように浄化の波形を放射し続けている。

 その必死さのおかげか、水質の改善速度は飛躍的に上昇していた。

 やがて、アラームが鳴り響く。

 −−−目標水質、達成。

 浄化完了の合図と共に、クレーンがゆっくりと檻を引き上げ始めた。

 水面から姿を現した鋼鉄の檻は、サメの歯型でボロボロになり、一部が歪んでいた。

 その中央で、膝を抱えてカタカタと震える青い髪の少女。

「おーい、アクア。無事か? ほら、終わったぞ。地上だぞ」

 カズマが檻のハッチを開けても、アクアはそこから一歩も動こうとしなかった。

「……ぐすっ……ひっく……ひっく……」

「そんなに怖かったなら、途中でリタイアすればよかったのに。……なあアクア、話あったんだが今回の報酬、俺たちはいらないから元気出せよ」

「そうだぞアクア、三十万ポイントはすべてアクアのものだ」

「ええ、今回は全てアクアの働きですから」

 口々に励ますカズマたち。

 それでもアクアは顔を上げず、消え入りそうな声で呟いた。

「……まま連れてって……」

「……なんだって?」

「……檻の外の世界……怖い……このまま街まで運んで……」

 どうやら今回のバイトは、アクアにトラウマを植え付けたようだ。

 

 

 

 結局、カズマたちはボロボロの檻を台車に乗せ、その中で体育座りをして引きこもるアクアを運びながら、学園のメインストリートを歩く羽目になった。

 通行人たちの視線が痛い。

「何あのグループ、美少女を檻に入れて運んでるわよ」

「新種の公開プレイかしら」

「さすが鬼畜のカスマ、趣味がエグいな」

 そんなヒソヒソ話が耳に入り、カズマのメンタルはじわじわと削られていった。

「……ドナドナドーナードーナー……」

 檻の中からアクアの悲しげな鼻歌が聞こえてくる。

「おい、その歌はやめろ。俺が人身売買してるみたいに見えるだろ。ほら、もうすぐ着くから……」

「あ、アクア様⁉︎ 天界研究所のアクア様じゃないですか!」

 学園の備品管理棟が目前に迫った時、フロントホールから出てきた一人の学生が驚嘆の声を上げた。

 群青色のライダースジャケットを小綺麗に着こなした爽やかそうな男。

 その腰に下げられた、重厚な黒金のフレームに複雑な発光ラインが走る円筒型の多目的出力器は、量産品のデバイスとは一線を画す。

 実用的な工業製品というよりは、どこか工芸品のような気品すら漂わせていた。

 男の左右を固めるのは、肌の露出が目立つテックウェアに身を包んだ二人の女子学生。

 一人は背中を大胆に晒したカットアウトトップス姿で、手には鈍く光る長い棒状の大型デバイスを携えている。

 もう一人は、身体能力を補助するスラスターを素肌に直接固定した、際どいほどに短いミニ丈のショートパンツ姿だった。

 この三人を例えるならば、ラノベの主人公とその取り巻きヒロインだと言えるだろう。

「何をしているんですか、そんなボロボロの檻の中で!」

 男が叫びながら駆け寄ってくると、あろう事か、サメが噛みついても壊れなかった檻の鉄格子を、素手でぐにゃりと捻じ曲げた。

「えっ」

 カズマの口から、間の抜けた声が漏れる。

 男はそのまま檻の中に手を差し伸べ、呆然としているアクアの手を握ろうとした。

 即座にダクネスが前に出て、男の手を遮る。

「私の仲間に不躾に触るな。貴様、何者だ?」

 威圧感を放つダクネスを一瞥すると、ふうとため息をつき肩をすくめた。

 その様子は、自分は厄介ごとに巻き込まれたくは無いのだが、仕方ないと言わんばかりだ。

 普段はあまり表情を露わにしないダクネスだが、男の態度に明らかにイラついていた。

 面倒くさそうな雰囲気を感じたカズマは、この期に及んでも膝を抱えて檻から出ようとしないアクアの耳元に、そっと囁いた。

「……おい、アクア。あれお前の知り合いだろ? 名前とかお前の元の職場とか知ってるみたいだし。この状況をなんとかしろよ」

 カズマの言葉に、アクアは一瞬だけ「何言ってんの?」という虚無の表情を浮かべた。

 やがて意味を理解したのか、その瞳にカッと現金な輝きが戻った。

「そう、そうよ、私は天界研究所のエリート職員、アクア・アシアック! しょうがないわね、そこまで言うなら私がこの場を収めてあげるわ!」

 たった今までの精神崩壊が嘘のように、アクアは軽やかな動きでボロボロの檻から這い出してきた。

 ついさっきまで「檻の外は怖い」と泣いていたことなど、微塵も覚えていないらしい。

「さあ、この私になんのようかしら?」

 キラキラオーラを放つその男に対し、不敵に首を傾げた。

「……あんた誰?」

 −−−知り合いじゃないのかよ。

 カズマは心の中で盛大に突っ込んだ。

 一方の男は、信じられないという表情で目を見開いている。

 やはり、知り合いではあるらしい。

 おそらく、アクアが忘れているだけだ。

「僕です、御剣響夜ですよ! あなたにこの魔導出力器グラムをいただき、英雄候補としてこの魔法都市に送り出してもらった御剣響夜です!」

「へ?」

「え?」

 ミツルギと名乗った男が腰に下げた、グラムと呼ばれた剣の柄のようなものを掲げて説明するが、アクアはまだピンと来ていないようだ。

 カズマはそこでようやく察した。

 こいつも、アクアによって日本から送り込まれた研究生の一人なのだ。

「あー……いたわね、そんな人も! ごめんね、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人間送ったし、忘れてたってしょうがないわよね!」

「は、はあ。えっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた英雄として、頑張っていますよ。今はS2の一組で、高出力位相固定専攻に所属しています」

 この学園では各セクションに二つのクラスが存在し、一組は選りすぐりの秀才が集うエリート組、二組は適性が低い学生や問題児が集う一般組という明確な格差が設けられている。

 カズマたちが所属しているのはS1の2組。

 つまり、目の前の男は基礎学年が上であると同時に、正真正銘のエリート専攻生ということだった。

「……ところで、アクア様はなぜここに? というかなぜそこの人に、そんなオリの中になんて閉じ込められていたんですか?」

 ただの研究生のはずなのに自分を英雄と呼ぶあたり、この男はよほど適当な文言でアクアに勧誘されたのだろう。

 特に話す必要もないのだが、ごねられるのも面倒だと思ったカズマは、これまでのことを簡単に説明することにした。

 話を聞き終えた途端、ミツルギのカズマに向けられた視線が鋭い敵意で染まる。

「…………バカな。ありえない、そんなこと! 君は一体何を考えているんですか! 天界研究所の至宝であるアクア様を、こんな危険な実験に引き込んで! しかも、あんな野蛮な檻に閉じ込めて貯水池に浸けただと⁉︎」

 いきり立ったミツルギが、カズマの胸ぐらを掴み上げる。

「ちょっ、待てよ! 本人が檻の中から出たがらなかったんだってば!」

「嘘をつくな! こんな高潔な方が、自ら檻に入るはずがないだろう!」

 カズマの弁明など、最初から聞く耳を持っていない。

 その剣幕に、アクアが慌てて割って入った。

「ちょ、ちょっと待ちなさいな⁉︎ いや、私としては結構楽しい毎日送ってるし、ここに来たことは気にしてないんだけど。ていうか今日のクエストだって、怖かったけど結果的に報酬三十万よ、三十万! それを全部くれるって言うのよ!」

 アクアの言葉に、ミツルギは深い憐れみの眼差しを向けた。

「……アクア様、こんな男にどう丸め込まれたのかは知りませんが、今の扱いは不当ですよ。そんな目に遭って、たった三十万……? 僕なら、一回の演習でその倍以上のポイントを得られるというのに……」

 −−−アクアのことをなにも知らないくせに好き勝手言いやがって。

 カズマが内心で毒づいていると、ミツルギの腕を横から強い力が掴んだ。

「おい、いい加減その手を放せ。お前はさっきから何なんだ。カズマとは初対面のはずだが、礼儀知らずにも程があるだろう」

 普段はただの重度の変態であるダクネスが、今は静かに、そして鋭く怒っていた。

 見れば、めぐみんまでもが杖を構え、今にも爆裂事象の演算を始めかねない勢いだ。

 ミツルギは鼻を鳴らして手を放すと、興味深そうに二人を観察した。

「君たちは……変換者に制御者か。それに随分と綺麗な人たちだ。君はメンバーには恵まれているようだね。それなら尚更だ。君、こんな人たちを学生寮に寝泊まりさせて、恥ずかしいとは思わないのか?」

 カズマの中で、無性に腹立たしい感情が沸き上がってきた。

 アクアからタダで最高級デバイスを貰い、最初からイージーモードの人生を送ってきた奴に、なぜ一から頑張ってきた自分が上から説教を食らわなきゃならないのか。

 そんなカズマの怒りも知らず、ミツルギは慈悲に満ちた顔で三人に笑いかける。

「君たち、今まで苦労したみたいだね。これからは僕と一緒に来るといい。最高級の装置や専用の個室も用意しよう」

 側から聞くとかなりの好条件である。

 流石のアクアたちも受け入れるのではないかと様子を伺ってみると、背後で三人がヒソヒソと話し出すのが聞こえた。

「ちょっと、ヤバいんだけど。あの人、本気で引くぐらいヤバいんだけど。勝手に話進めてるし、ナルシストが入ってる系で怖いんだけど」

「どうしよう、あの男は何だか生理的に受け付けない。……攻めるより守るのが大好きな私だが、アイツだけは何だか無性に殴りたい」

「撃っていいですか? あの苦労知らずのスカしたエリート顔に爆裂事象撃っていいですか?」

 大不評である。

 アクアがカズマの服の裾を不安げに引っ張った。

「ねえカズマ、もう学園に戻りましょう? 私がチート装備なんて与えといて何だけど、あの人には関わらない方がいい気がするわ」

「そうだな。えーっと、俺の連れたちは満場一致であんたのグループには行きたくないそうです。ではこれで」

 カズマは檻を引きずり、立ち去ろうとした。

 だが。

「……どいてくれます?」

 目の前に、ミツルギが再び立ち塞がる。

 どうやらこの男、人の話を聞かないバグを搭載しているらしい。

「悪いが、僕に力を与えてくれたアクア様を、こんな境遇に放ってはおけない」

 −−−この後の展開は眼に見える。

「佐藤和真。君は初期特典として、アクア様を指定したんだよね?」

「……そーだよ。それが何だってんだ」

「なら、僕と勝負をしないか。僕が勝ったら、アクア様を僕のグループへ譲渡してもらう。君が勝ったら、何でも一つ、言うことを聞こうじゃないか」

「よしのった、いくぞ!」

 イライラが限界を突破していたカズマは、即座に襲い掛かった。

「ちょっ、待……⁉︎」

 慌てたミツルギだが、そこは流石にエリートクラス。

 咄嗟に腰にさした黒金の円筒を引き抜くと数メートルの魔素の刃を展開し、防御姿勢を取ろうとした。

 見た目や用途が完全にビームサーベルである。

 だが、カズマの目的は最初から、刃による斬り合いではない。

「おらぁッ! 『スティール』‼︎」

 カズマが左手を突き出した瞬間、魔素の確率変動が一点へ収束した。

 ミツルギの手の中にあったはずの出力器が、霧のように消失する。

「「「はっ?」」」

 間抜けな声が重なった。

 空を掴んで固まるミツルギに対し、カズマの左手に確かな重みが伝わる。

「……お、当たり。意外と重いんだな、これ」

 カズマは奪い取ったばかりの、魔素の刃が収まったグラムを眺めてニヤリと笑った。

「なっ、バカな⁉︎ 返せ、それは僕の……!」

「いいぞ、ほれ!」

 カズマは、奪ったグラムを両手でしっかりと握り直した。

「……え?」

 ミツルギが聞き返すより早く、カズマは思い切り踏み込み、その最高級出力器をミツルギの眉間目掛けてフルスイングした。

 鈍く、重い音が響き、ミツルギの身体が木の葉のように宙を舞って地面に叩きつけられた。

「ったく、言いたい放題言いやがって」

 カズマは冷たくなったミツルギを見下ろし、グラムを肩に担いだ。

「ひ、卑怯者! 卑怯者卑怯者卑怯者!」

「あんた、正々堂々と勝負しなさいよ!」

 ミツルギの仲間の少女たちが、カズマに向かって罵声を浴びせる。

 しかしカズマに言わせれば、エリートクラスにして魔導デバイス持ちのチーターが、一般クラスにして一般科の自分に勝負を挑む方が卑怯というもの。

 涼しい顔で聞き流してやった。

「俺の勝ちだ。何でも言うことを聞くって約束だったな? それじゃ、この出力器は貰っていくぜ」

 取り巻きの少女たちが驚愕の声を上げる。

「バカ言わないで、それはキョウヤ専用の生体認証がかかってるのよ!」

「え、マジで?」

 カズマの疑問にアクアが答える。

「マジよ、それはそこの痛い人専用だから」

 戦利品として扱えないとは残念ではある。

「……まあ、希少パーツとして売れば金にはなるか」

 カズマは冷淡に言い放ち、拠点へと引き上げるべく踵を返した。

「ちょ、あんた待ちなさいよ!」

「こんな勝ち方、私たちは認めない!」

 慌てて武器を構える少女たちに、カズマは左手をワキワキと動かして見せる。

「やるなら相手になるぞ。真の男女平等主義者な俺は、女の子相手でも、ドロップキックを喰らわせられる男。手加減してもらえると思うなよ。公衆の面前で俺のスティールが炸裂するぞ?」

 その瞬間、少女たちの顔から血の気が引き、本能的な戦慄が彼女たちの身体を突き抜けた。

 カズマの指が動くたびに、自分たちが決して侵されてはならない領域までをも暴かれ、剥き出しにされるような、得体の知れない予感が脳髄を駆け巡る。

 理屈ではない。彼女たちの直感がこの男と対峙すれば、人としての尊厳を根こそぎ持っていかれると警鐘を乱打していた。

「はっはっは! さあ、どうする? ほーれ、ほほほーれ」

「「い、いやあああああああぁ!」」

 生理的な嫌悪と、言葉にできない極限の羞恥に染まった悲鳴。

 二人は獲物を狙う獣から逃れる小動物のように、なりふり構わず脱兎のごとく駆け去っていった。

 静まり返る周囲の学生たち。

 突き刺さる視線だけが、凍てつくように冷たい。

 カズマの心が少しだけ傷ついた。

 

 

 

 学園まで戻ってきたカズマたちは報告をアクアに任せ、食堂で夕食を摂っていた。

「な、何でよおおおっ!」

 突然、受付カウンターの方からアクアの絶叫が響き渡った。

 涙目になったアクアが、職員に必死に掴みかかっている。

「だから、檻を壊したのは私じゃないって言ってるでしょ! ミツなんとかって人が勝手に捻じ曲げたのよ! 何で私が弁償しなきゃいけないのよ!」

 どうやら、ミツルギが力任せに変形させた檻の修理代を請求されているらしい。

 結局、アクアは肩を落としてテーブルに戻ってきた。

「今回の報酬、弁償代を引いて十万ポイントだって……。あの檻、魔素合金の特殊製法だから、二十万もするんだってさ……」

 アクアはメニュー表をギリギリと握り締め、復讐を誓う。

「あの男、今度会ったら絶対に最大出力のゴッドブローを叩き込んで、弁償代を払わせてやるわ!」

「ここにいたのか! 探したぞ、佐藤和真!」

 噂をすれば、ギルドの入り口にミツルギが立っていた。

 ミツルギはカズマたちのテーブルに歩み寄り、バンと音を立てて手を叩きつけた。

「佐藤和真! 君の噂は他の学生から聞いたよ。女性のパンツを盗む常習犯だとか、何でもこなす便利屋だとか……。君は一体何者なんだ?」

「知らねえよ」

 真剣な表情で詰め寄るミツルギの前に、アクアがゆらりと立ち上がった。

「……アクア様。僕は必ずグラムを取り戻し、あなたを迎えに行きます。その時は僕のグループにぶえっ⁉︎」

 アクアの無言の拳がミツルギの顔面にめり込み、彼は派手に吹き飛んだ。

 アクアは倒れたミツルギの胸ぐらを掴み上げ、激しく揺さぶる。

「ちょっとあんた! 檻の修理代払いなさいよ! おかげで私の報酬が消えたじゃない! 三十万よ、三十万払いなさい!」

 −−−さっき二十万と言っていなかったか。

 喉元まで出かかったが、自分には関係ないので黙っておくことにする。

 気圧されたミツルギは、鼻血を押さえながら素直に端末を操作してポイントを送信した。

 一気に満たされたポイント残高を確認し、上機嫌で追加注文を始めたアクアを余所に、ミツルギが悔しそうに切り出す。

「あんな勝負でも負けは負けだ。だが頼む、グラムを返してくれ。あれは君が持っていてもガラクタ同然だ。代わりに、店で一番高い汎用デバイスを買い揃えてあげてもいい」

 カズマは、ウキウキと料理を待つアクアにわざとらしく声をかけた。

「アクアさーん! このグラムって、売ったらいくらになる? 店で一番のデバイスとどっちが高い?」

「比較にならないわよ。それを売れば、学園都市に一戸建てが建つわ。最高級の汎用機なんて、そのお釣りで山ほど買えるわね」

 それを聞いたミツルギの顔が、見る間に青ざめていく。

「ま、待ってくれ! 分かった、流石に安く見積もりすぎたね。それじゃあ、最高の装置一式を全員分揃えさせてくれ!」

 カズマは仲間たちに向かって、悪魔のような笑みを浮かべた。

「聞いたかお前ら。上限なしだってよ。俺は、超高純度の魔素結晶を演算回路に組み込んだ、特注のマルチデバイスが欲しい。センサー類も全部乗せのやつな」

「私は、ミスリル金属を贅沢にコーティングした、最高級の重装甲タクティカルスーツがいい。小さなビルでも買えてしまいそうな、重くて頑丈なやつを頼む」

「私は総マナタイト製の最新型高出力用演算デバイスと、魔素干渉を完全に遮断する高級耐魔繊維のコートが欲しいです。あと、見た目が格好いいミスリル製のリストバンドと眼帯も!」

「私はよくわからないから、最高値の希少鉱石をありったけ埋め込んだ、特注のドレスにしてちょうだい。受け取ったらすぐに換金するから」

 四人の身勝手極まる要求に、ミツルギは涙目になった。

「そ、そんな無茶な……! 分かった、有り金だ! 手持ちの全ポイントを全て渡すから、グラムを返してくれ!」

 半ばヤケクソのミツルギに、カズマは追い打ちをかけるように三人に聞き返した。

「おいお前ら、今なんて聞こえた?」

「私には、手持ちの全ポイントと所持アイテム、装備しているプロテクター一式を差し出すから許してくれ、と聞こえたわ」

「今日一日、語尾に『ごめんなさいっ!』を付けて生活する、とも聞こえましたね」

「……あと、プロテクターを脱いだ状態で土下座するから返してくれ、と言っていた気がするな」

 ミツルギは泣きながら、身に付けていた高価な防護スーツを脱ぎ捨てた。

「き、君たち、僕をこんな目に遭わせたんだからな! 今後どうなるか覚えてろよ、ごめんなさいっ!」

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