この素晴らしい魔法学園に祝福を! 作:バニルの弟子:ショーヘイ
秋晴れの澄み渡る空の下、学園の広大なメイングラウンドには、色とりどりの旗が風にたなびいていた。
年に一度の学内競技会。
それは、学生たちが日頃の学習成果を競い合い、親睦を深めるための華やかな祭典である。
グラウンドの四方に設置された巨大なデジタルモニターには、開会を待ちわびる学生たちの興奮した面持ちがリアルタイムで映し出されていた。
スピーカーからは軽快な行進曲が鳴り響き、観客席を埋め尽くした地域住民の期待に満ちたざわめきが地響きのように伝わってくる。
『これより、学内競技会を開催する!』
一斉に会場中から喝采が湧き上がる。
これまでに培ってきた技術を全て出し尽くす、そう決意する学生も大勢いた。
会場の熱気が一層高まっていき、
『――次に、魔素異常監査統合機構、査察・監査部部門長のベルディア・アモル様よりお言葉を頂戴します』
登壇したベルディアがマイクを掴んだ瞬間、騒がしかった会場は水を打ったように静まり返る。
風の音さえも止まったかのような錯覚に陥った。
『本日の競技会を現在発令中の是正勧告に対する、最終実地試験とすることにした』
その低く、機械的な響きを帯びた宣言に、最前列に並んでいたカズマは、思わず奥歯を噛み締めて舌打ちを漏らした。
『この競技会で管理体制の不備が一つでも露呈すれば、勧告は確定し、本学園の全プロジェクト運営権は一時停止されるものと心得よ』
ベルディアの視線が、不意に特定の地点、カズマの隣で所在なさげに演算杖を握っているめぐみんに突き刺さった。
ベルディアの眉間が、マスク越しでも分かるほどにピクリと震え、怒りのあまりその拳が白く染まる。
彼は前回の勧告取り消し条件を不本意ながらも受理せざるを得なかった屈辱を忘れておらず、その直後から再開された連日の嫌がらせに、人知れず胃を痛めていた。
めぐみんによる爆裂事象で近隣のサーバーがダウンするたびに、彼は本部への釈明に追われていたのである。
今すぐにでも再勧告を叩きつけてやりたいが、自身の感情だけで監査を曲げれば、逆に本部からの信用に傷がついてしまう。
ベルディアはテックマスクの下で歯噛みし、涙目で苦渋をなめながら、マイクを通じて震える声で文句をぶちまけた。
『……特にそこの紅魔族の娘、貴様だ! 勧告が一時的に取り下げられたからといって、調子に乗って連日のように近隣サーバーへ高負荷をかけるのはいい加減にしろ!』
突然の名指しに、めぐみんは「何のことでしょう」と言わんばかりに、あさっての方向を向く。
『貴様のせいで私の私用端末までが通信障害を起こし、昨日などはログインボーナスを取り逃したのだぞ! 今日という今日は、一切の言い逃れはさせんからな!』
あまりに個人的な怨恨が混じった咆哮に、カズマは自業自得だろと冷めた視線を送りつつも、事態の深刻さに顔を曇らせた。
ベルディアは荒い呼吸を整えると、再び冷徹な監査官の仮面を被り、厳しい合格条件を提示し始めた。
それは研究都市の根幹を揺るがしかねない、制御不能な「個の暴走」を封じ込めるための、冷酷な管理基準だった。
『一つ、非正規な出力プロセスの全面禁止。二つ、余力なき全出力の制限。三つ、被監査対象としての適格性の証明。以上だ』
カズマの背筋を、嫌な汗が伝う。
一つ目は、正規デバイスを「まどろっこしい」と切り捨て、ブラックボックス化した生体エネルギーを強引に流し込んだアクアの、再現性のない暴挙を。
二つ目は、持続的な運用を無視し、一瞬の最大出力に全てを賭けてシステムを沈黙させる、めぐみんの自爆的な演算思想を。
そして三つ目は、あろうことか監査の場で個人的な悦びに浸り、自ら「過酷な処遇」を望んで縋り付いたダクネスの、あまりに低俗で、あまりに危険な公私混同を。
学園を維持するための「管理の正論」が、これほどまでに見事に、自分たちのパーティーが抱える制御不能な欠陥と一致している。
『……各員、死に物狂いで証明せよ。この学園に、存続する価値があることをな』
学生全員に緊張が走った。
学園の伝統である競技会が幕を開け、広大なグラウンドは四色の旗と、学生たちが展開する演算の排熱で熱気に包まれていた。
全学生は専科の枠を超え、ランダムに四つの「ハウス」へと振り分けられる。
知性と伝統を象徴する青組(ブルー・サファイア)には、高密度干渉のエリートを自称するアクアが。
勇気と突破力を象徴する赤組(レッド・ガーネット)には、攻撃的演算を得意とするめぐみんが。
忍耐と献身を象徴する黄組(イエロー・アンバー)には、構造定着の防護専科であるダクネスが。
そして、協調と野心を象徴する緑組(グリーン・エメラルド)には、器用貧乏な汎用職のカズマが配置された。
第一種目、位相障壁突破走。
これは魔素制御工程における、事象展開と安定維持の精度を問う障害物競走である。
コース上には、物理定数が人為的に歪められた異常定着領域が幾重にも設置されていた。
学生たちは、デバイスを介してこれらの領域を正常定着へと上書きしなければ先へは進めない。
カズマは緑組の集団に紛れ、必死の形相で端末の数理モデルと格闘していた。
「クソッ、この記述、俺の演算速度じゃ数分はかかるぞ!」
平均的な魔素量しか持たない彼は、自力で重厚な障壁を書き換えるパワーなど持ち合わせていない。
前方では優秀な学生たちがスマートに演算を完了させ、次々と壁を透過して消えていく。
カズマは先行者が強引に突破して事象定着が揺らいでいる残滓を、魔素感知を頼りに必死で探し出した。
「あそこだ。記述が崩れかけてる。今なら、俺の技術でも抉り込める!」
スマートさとは無縁の、泥臭いおこぼれ狙いの突破。
デバイスの警告音を鳴らしながらも、カズマは持ち前の幸運を頼りに、なんとか後続に飲み込まれずに順位を繋ぎ止める。
一方、黄組のダクネスは、もはや競技の趣旨を根本から見失っていた。
「くっ……! 物理定数が歪み、防護スーツにかかる圧力が直接神経を焼くようだ……だが、これがいい!」
彼女は本来、安定維持プロセスで行うべき余剰エネルギーの排熱を意図的に停止させていた。
事象展開の負荷が直接生体にフィードバックされ、ひしゃげる装甲の軋みを全身に浴びて悶絶しながら進むその姿に、後続の生徒たちは恐怖して進路を譲る。
「おい、貴様。そこまで重厚なスーツを着用しながら、なぜ安定維持の排熱パラメーターがゼロになっているのだ!」
モニター越しに見ていたベルディアが、堪らず拡声システムで怒鳴り声を上げた。
「これは制御工程の試験だと言ったはずだ。ただの拷問に変換するな。貴様の精神汚染ログが管理サーバーを圧迫しているのが分からんのか!」
「ふふ……監査官にまで直接叱責されるとは。いいぞ、もっと私の不手際をなじれ。社会的にも物理的にも、私を追い詰めてみせろ!」
ダクネスのあまりに異常な返答に、ベルディアは一瞬絶句し、マイクを握る手を震わせた。
「……理解不能だ。今の発言、公序良俗に反する適格性欠如としてログに刻んでおくからな!」
ベルディアは頭を抱えながら、端末に真っ赤な警告ログを叩き込んでいく。
その横で、カズマは安定維持を放棄して悦ぶダクネスを視界の端に捉え、彼女を仲間だと周囲に悟られないよう必死に顔を背けた。
コース中盤、カズマは複雑な多層障壁に阻まれ立ち往生する。
隣のレーンでは優秀な学生が、精密な安定維持によって定数を一点に固定し、針の穴を通すような突破を見せていた。
カズマはそれを真似ようとするも、出力の不安定さから演算が弾かれ、デバイスから強烈なバックラッシュを受ける。
「痛っ! 制御適性が平均並みなのを忘れてた。無理に一点突破を狙うより、複数の弱点を同時に突く方が効率的か」
彼は即座に方針を切り替え、障壁の事象展開が最も希薄になる周期を計算し始めた。
他人が正面突破に四苦八苦する中、カズマは不規則な隙間を縫うようにして、地味ながらも着実に距離を稼いでいく。
その執念深い突破劇は、監査官であるベルディアの目にも留まっていた。
「緑組のあの男……。演算の美しさなど微塵もないが、他者の事象展開の綻びを見抜く眼力だけは認めざるを得んな。だが、それだけではこの是正勧告を覆す評価には至らんぞ」
ベルディアの厳しい評価がスピーカーから零れ、グラウンドに緊張感が募る。
続いて行われた第二種目、多点魔素キャリア捕捉。
これは魔素変換工程の能力、特に記述と演算の正確性を競う競技だ。
グラウンド上空に展開された巨大な転送ゲートから、数千もの魔素キャリアが投下される。
キャリアは励起状態の魔素を封入した半透明の球体であり、各ハウスの学生たちはこれを自陣のストレージへ誘導し、その総貯蔵量を競い合う。
カズマが属する緑組のエリアでは、学生たちが協力して小規模な磁気フィールドの数理モデルを記述し、着実にキャリアを回収していた。
「あんな高速で飛び交う数式に割り込めるかよ。俺は俺のやり方で稼がせてもらうぜ」
平均的な変換適性しか持たないカズマは、空中での激しい奪い合いには早々に匙を投げた。
他者の演算が正面から衝突して拡散・減衰を起こした瞬間の、不安定なキャリアだけに狙いを定める。
魔素感知で弾き飛ばされる軌道を予測し、落下地点に先回りして、潜伏相に戻りかけたキャリアを網で掬い上げるようにストレージへ放り込む。
派手な干渉合戦の裏側で、カズマは事務的な手際で地味な加点を積み上げていった。
その頭上では、赤組のめぐみんが、憤死寸前の形相で走り回っていた。
「ぬ、ぬぅぅ……! キャリアを誘導する程度の演算に、なぜこれほどのリソースを割くのですか。もっと、こう、根源的な破壊を伴う記述はないのですか!」
彼女は変換工程の記述を一切行わず、身の丈ほどもあるデバイスを物理的に振り回し、飛来するキャリアを強引に叩き落としていた。
もはや変換適性ランクSの才能を何一つ果たしていない。
「こら、そこの紅魔族。なぜ変換プロセスを通さずに物理打撃で解決しようとしている!」
ベルディアの通信が、再びグラウンドに響き渡った。
「貴様のキャリア回収ログが、運動エネルギーの変換ではなく器物損壊として判定されているのだぞ。少しはまともに演算しろ!」
「フン、我の変換能力は、ただ一度の完成された事象のためにあるのです。こんな小細工に使う魔素はありません!」
「なら棒を振り回すのをやめろ。監査ログの整合性が取れなくて私が本部に怒られるんだよ。あと私の端末の通信がさっきからラグいのは貴様のせいか!」
「知ったことではありません。効率などという言葉は、爆裂の美学の前では無意味です!」
「貴様……! その傲慢な態度、余力なき全出力制限の違反として厳重に記録させてもらうぞ!」
ベルディアの悲鳴に近い咆哮が響くが、めぐみんは無視し、さらに激しくデバイスを振り回した。
カズマはストレージの陰で、ベルディアの端末に致命的なラグが発生しているという情報を聞き逃さなかった。
「あいつ、そんなに私用の端末を使い倒してるのか。競技の監視に集中しろよ、仕事人間」
カズマは手元のデバイスを操作し、周囲に散乱する不発キャリアの軌道を逆演算して、不自然にならない程度に自分のストレージへと誘導し続けた。
周囲の学生たちが、突然キャリアの動きが良くなったことに首を傾げる。
それはカズマが、他者の記述ミスによる余剰エネルギーを横取りして演算を補強していた結果だった。
まさに技術の横流し、あるいはハイエナのような立ち回りである。
そして第三種目、魔素発生工程の極致である、環境魔素再構築のデモンストレーションが始まった。
荒廃した仮想フィールドを、学生たちが協力して吸引と精製のプロセスで正常化し、安定した魔素循環を取り戻す競技だ。
青組のエースとして期待されたアクアは、ここぞとばかりに前に出た。
「見てなさい。これが青組の象徴、気高き女神による環境浄化よ!」
彼女が指先を振るうと、現象還元の逆演算によって複雑なノイズの数理モデルごと潜伏相へと強制還元され、道が真っさらな初期状態へと戻る。
しかし、すぐに調子に乗った彼女は、精製出力を制御することなく最大出力で事象を書き換えてしまった。
「もっと綺麗に、もっと真っ白にしちゃいなさい。全回路、初期化よ!」
度を越した現象還元の波は、フィールドの不純物だけでなく、グラウンドの地下に埋設された競技管理用の基幹回路まで初期状態へと還元してしまう。
直後、システムの安全装置がパニックを起こし、制御を失った冷却水が地表へと逆流した。
「あ、あれ? 足元のセンサーが消えて……うわあああ! 水没したぁ! 私の端末が水浸しで真っ白にぃ!」
自らが生み出したデータの濁流に呑まれ、泥水にまみれて泣き喚くアクア。
本部席のベルディアは、もはやマイクを握る力もなく椅子に崩れ落ちた。
「……浄化……? 基幹システムのOSごと消し去って浄化だと……?」
ベルディアはテックマスクの下で歯噛みし、涙目で苦渋をなめながら、震える手でマイクを掴んだ。
「貴様ぁぁ! 今この瞬間、私の私用端末の通信が再び完全に途絶えたぞ! ログインボーナスどころか、これでは連勝記録まで途切れてしまうではないか!」
「そんなの私のせいじゃないわよ! 私はただみんなの役に立とうとして、ちょっと景気よく掃除しただけなのに!」
「ちょっとだと!? サーバーラック三枚分を真っ白に精製し直しておいて何を言うか! 貴様の非正規プロセスは、学園存続の是非を問う以前のテロ行為だ!」
「ひっどい! そんなに怒らなくたっていいじゃない! この無能監査官!」
「無能だと!? 貴様、自分の立場を理解しているのか……!」
アクアとベルディアの子供じみた言い争いは、もはや全校生徒が見守る中で泥沼の様相を呈していた。
カズマは緑組の旗を背負いながら、隣のレーンで地面を叩いて駄々をこねる彼女を、冷めた目で見捨てて最後の一歩をゴールへ踏み出した。
水没したコースから避難する際、カズマはわざとベルディアの視界に入る場所で、破損した機材を器用に修理するふりを見せた。
それはあくまで一般科の平均的な学生としての献身的なアピールだったが、ベルディアの瞳にはもはや憎しみしか宿っていない。
競技が終わる告報が響いた時、会場は不穏な静寂に包まれていた。
勝利を喜ぶ声はどこにもなく、誰もが本部席の監査官の動向を窺っていた。
こうして競技は、表面上は熱狂のうちに順調に進んでいくように見えた。
しかし、本部席で監視を続けるベルディアの表情は、テックマスク越しでも分かるほど険しいものだった。
そんな喧騒の裏で、カズマとダストのグループのメンバーが、人気のない機材倉庫の陰へと身を潜めていた。
ダストが焦燥に駆られた様子で、握りしめたグローブを地面に叩きつける。
「おいカズマ、冗談抜きでヤバいぞ、さっきから本部席を伺っていたんだが、あの監査官、笑えるくらい不機嫌だ」
「ああ、知ってるよ。緑組の俺のところからでも、魔素感知がビリビリあいつの怒気を捉えてるくらいだからな」
そこへ、遠視でベルディアを観察していたキースが、蒼白な顔で滑り込んできた。
「カズマ、最悪だ。ベルディアの管理ログを覗き見たんだが、チェック項目が真っ赤に燃え上がってるぞ」
キースが提示した観測データには、ベルディアが提示した三条件に対する冷酷な「不適合」の印が並んでいた。
『非正規プロセスの排除』の項目には、アクアが基幹回路ごと初期化した際のシステムログが。『余力なき全出力の制限』には、一度も演算せずに魔素を溜め込み続けた、めぐみんの異常な精製グラフが。
そして『私的領域の分離』には、キャリア捕捉の渦中で悦びに浸っていたダクネスの精神汚染ログが、致命的な不適格証拠として刻まれている。
「あいつ、競技が終わると同時に勧告の確定ボタンを押す気だ、そうなればプロジェクトは即刻凍結、俺たちは全員放り出される」
報告を聞いたアクアが、カズマのシャツの袖を掴んで激しく揺さぶり始めた。
「ちょっとカズマ、どうにかしなさいよ! この学園がなくなるなんて、絶対に許さないんだからね!」
「うるさい! そもそも、お前がさっきから『浄化』と称して基板を真っ白に洗ってるのが、最大の不適合原因なんだよ!」
「ひっど! 私だってみんなの役に立とうと頑張ってただけなのに!」
カズマが冷たく突き放すと、アクアが声を上げて泣きべそをかき始めた。
その隣では、めぐみんが杖を握りしめ、鋭い視線で本部席を睨みつけている。
「管理だの適合だの、私の爆裂道の美学を理解できない低能な監査官など、この場で私が物理的にシャットダウンしてあげましょうか」
「やめろ、余計に事態が悪化するだけだ、リーン、お前からもこいつを止めてくれ」
「無理言わないでよ。あんなログを見せられたら、私だって自分の将来が不安で手が震えてるんだから」
振られたリーンは、困ったように肩をすくめて溜息を吐いた。
重苦しい沈黙が広がる中、ダクネスだけが頬を赤く染め、どこか恍惚とした表情で拳を握りしめている。
「……私たちのせいで全員退学……そして路頭に迷う屈辱……くっ、悪くない」
「お前は黙ってろ、筋金入りのド変態が」
カズマは悪態をつきながらも、焦燥感で喉が渇くのを感じていた。
「……なあ。もうこうなったら、力技で行くしかなくないか?」
「幸い、最終種目は混乱が起きやすい」
「その隙にあいつを袋叩きにして、持ってる管理端末を奪って、無理やり承認ボタンを押させて終了だ」
カズマの投げやりな提案に、ダストが即座に乗っかった。
「おう、いいなそれ!」
「俺とカズマで左右から羽交い締めにして、アクアが背後から泣きながら端末をひったくる」
「これだ!」
「ちょっと、なんで私がひったくり役なのよ!」
「……でも、それくらいしか道はなさそうね」
アクアまで涙目で頷きかけたが、そこでリーンが冷ややかに遮った。
「あんたたち、バカなの?」
「仮に端末を奪えたとして、その後どうするつもり?」
「あいつは監査官なのよ」
「本人の意思じゃない承認ログが飛んだ瞬間に、本部に不正通知が行くに決まってるじゃない」
「そ、それは……」
「それに」
キースが観測データを指差して付け加える。
「この端末、生体認証か何かと同期してるっぽいぞ」
「奪ったところで、あいつの指紋か虹彩がなきゃ操作すらできない可能性が高い」
「物理的に強制終了するだけでは、サーバーに異常終了の記録が残るだけですしね……」
めぐみんまでが忌々しげに呟き、作戦は早くも行き詰まった。
「……じゃあ、どうしろってんだよ」
「奪ってもダメ、説得も無理」
「詰んでるじゃねえか」
ダストが頭を抱え、メンバーの間に絶望が広がる。
しかし、カズマだけは仲間の指摘を反芻しながら、一点を凝視していた。
「……待て」
「奪ってもダメなら、あいつに自分の意思でボタンを押させるしかない」
「それも、俺たちの不自然な行動を、あいつが認めざるを得ないような形に変換してだ」
「そんなことできるわけないでしょ」
「あいつ、さっきから真っ赤な不合格通知しか出してないのよ?」
リーンの言葉に、カズマは冷や汗を流しながらも、追い詰められた鼠が猫を噛む時のような鋭い光を宿した。
「……一つ、あいつの三条件を逆手に取る、最悪な手を思いついた」
「だが、失敗すれば確実にその場で退学、人生終了だ」
「どうする?」
カズマの言葉に、仲間たちが顔を見合わせ、やがて覚悟を決めたように力強く頷いた。
「……やってやるよ、カズマ」
「どうせ詰んでるなら、お前のその場しのぎのクズな計略に、俺たちの運命を賭けてやる!」
カズマは無言で頷き、最終メインイベントの準備が進むグラウンドへと、再び足を踏み出した。