この素晴らしい魔法学園に祝福を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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第一章 入学編
第一話 この自称エリートと学園入学を!


 いきなりの発言に思考が停止する。

 ——国際プロジェクト? 俺が被験者?

 このお姉さんは一体、なんの話をしてるのだろうか。

 立ち所にカズマの頭の中を埋め尽くす疑問の数々。

 訝しげな表情を浮かべるカズマに構った様子もなく、青髪の女性はメガネのテンプルをクイッと持ち上げる。

「付きましてはプロジェクトの詳細を説明したいので、家に上げてもらってもよろしいでしょうか? 外で話す様な内容でもありませんから」

「あ、ああそうですね。どうぞ」

 半ば反射的にドアを大きく開くと、青髪の女性は優美な足取りで家の敷居を跨いだ。

 遠慮のないその態度に若干戸惑いつつ、ひとまずリビングへ青髪の女性を案内し椅子に座るよう勧める。

 何も出さないのも失礼かと思い、取り出したグラスに冷蔵庫内の麦茶を注ぎ、青髪の女性の前にコトリと置いた。

 合わせて自分用にもお茶を用意し、青髪の女性の向かいの椅子に腰掛ける。

 ありがとうとお礼を言いグラスに口をつける青髪の女性。

「……一つだけ聞いても?」

 お茶を飲むというわずかな時間、その間ですら居た堪れない感覚を覚えてしまったカズマはポツリと質問をこぼした。

 青髪の女性がグラスを机に戻し頷く。

「どうぞ?」

「どうして俺がその国際プロジェクトとやらの研究生に選ばれたんですか?」

 国際プロジェクトの研究生に選ばれたという知らせ。

 今更ながら、カズマはこの発言に疑問を抱いた。

 つい勢いと迫力に押されて目の前にいる青髪の女性を家の中にまで通してしまったが、よくよく考えてみれば彼の人生において、この様な大事に巻き込まれる謂れは一つもないのだ。

 カズマは自分がどこにでもいる普通の高校生であることを自覚している。

 そんな彼が、自分が国際プロジェクトの参加券を得たなどという大それた事を唐突に言われて実感が湧くはずない。

 何かタチの悪い勧誘や嫌がらせだと言われた方がまだしっくりとくるというものである。

「あなたの様な境遇にある人材が必要だったからです。あなたのご両親には既に話を通していますから安心していいですよ。ここにサインも頂いています」

 そう言って青髪の女性は鞄から一台のタブレットを取り出し、少し操作を加えるとこちらへ画面を向けた。

 そこに表示されていたのは両親二人分の直筆サイン。

 確かに筆跡は二人のものに相違ない。

 よほど迷ってくれたのか、記載された文字は細かく震えていた。

 きっと二人はこんな親不孝な自分の為を思って涙ながらに決断してくれたのだろう。

 両親には既に話が通っていることなど完全に寝耳に水だったが、信用してもいいのかもしれない。

 二人の行動に感動してしまいカズマは自然と鼻を啜っていた。

 そんな彼の様子を見た青髪の女性は、小首を傾げる。

「まあ、ご両親も応募当時はこんな好条件のプロジェクトに息子が抜擢されるだなんて、思いもしてなかったようですけどね」

「…………は?」

 カズマに動揺が走る

「何せこのプロジェクトは本来、それなりに素養がある人が対象になるものですから」

「……え、ちょっと待って!」

「なんです?」

「応募? スカウトじゃなくて?」

「ええ、応募ですけど」

 あまりの衝撃に絶句してしまうカズマ。

「じゃあ何、俺の両親は俺に何の相談もなく、そのプロジェクトに応募したってこと?」

「いいえ、ご両親が応募したのは『引きこもり更生・特別給付金』で、このプロジェクトとは関係ありませんよ」

「特別給付金⁉︎」

 あまりの衝撃的な事実にカズマは激しく動揺させられる。

 そんな彼の様子に先ほどから小さく肩を震わせていた青髪の女性がプッと息を吐き出した。

「……ップ! アハ、アハハハハ! 私、長くこの仕事をやってきたけど、こんな理由でこのプロジェクトに選抜されたのはあなたが初めてよ? プークスクス!」

 ――何だろう、初対面で何だろうこの人。

 人の不幸を大笑いする目の前の女性に、両親に見放されたという悲傷を噴懣が塗り替えていく。

 そして湧き上がる欲望、すなわち。

 ――こいつ、引っ叩いてやりたい。

「あんたの親御さん、オンラインフォームに泣きながら書いてたわよ? 『このままだと息子が家庭内粗大ゴミになる。給付金はいらないから、せめて息子の身柄を預かってもらって生活費だけでも浮かせたい』って!」

「やめろおおお! 聞きたくない聞きたくない聞きたくなあああい!」

 これ以上は聞いてたまるかとカズマは必死に自分の耳を両手で塞ぐ。

 しかし目の前の女性がそんな格好の玩具を前に何もしないはずがない。

 にやにやと笑みを浮かべながら、わざわざ彼の耳元に口を寄せる。

「初めてお会いした時も、プロジェクトの概要を説明しただけでなのに、涙を流しながらに承諾書へサインして……」

「止めて止めて! なあ、ウソだろ⁉︎ そこまで俺は両親に嫌われてたのか?」

 頭を抱えてしゃがみ込んだカズマを見下ろし、青髪の女性は口元に手を当ててクスクス笑う。

「……さて。それじゃあ私のストレス発散はこのくらいにしておいて。初めまして佐藤和真さん。私の名はアクア・アシアック。国立研究機関天界研究所からやってきた職員よ。本日はあなたに国際プロジェクト『国際魔素基盤研究計画』の概要を説明する為にやってきました」

 ――こいつ!

 先刻以上の激しい憤慨を覚えたカズマだったが、これ以上は話が進まないから我慢しておくことにする。

 そんな彼の憤りなど露ぞ知らず、青髪の女性アクアは滔々とプロジェクト概要の説明を始める。

「知っての通り、この世界って、もう科学なしじゃ回らないでしょ。電気も水も交通も、スマホもゲームも全部、当たり前みたいに使ってるけど、あれは全部、既存のエネルギー資源と、膨大で複雑なインフラの上に成り立っているわけ。だけど、その当たり前を積み重ねた結果、地球のあちこちで限界が出始めてるのよ。環境汚染とか、資源の枯渇とか……まあ、ニュースでよく聞くやつね」

 それぐらいの知識はカズマも持ち合わせている。

 いくら彼が高校へ行かず引きこもっていようとSNSを眺めているだけでもその程度の情報は入ってくるものだ。

 テレビでも散々言われているし、なんなら中学校の授業でも取り扱われている。

「原因は一つじゃないらしいんだけど……要するに、今の科学の延長線上じゃ、この先の世界は支えきれないってこと。理屈の上では、従来の資源由来のエネルギーとは根本的に違う、何からも独立したクリーンなエネルギーがあれば一番いい。でも、そんな都合のいいことが出来たら、もうとっくに誰かがやってるわよね。既存の物理法則に縛られている限り、それができるのは神様くらいのものよ」

 スケールの大きな話だが、アクアの言っている事は筋が通っている。

 既存の資源に頼らない、無から有を生むようなエネルギーを確保をできればこれらの課題は一気に解決できる。

 だがそれが不可能な事は、化学や物理を少しでもかじれば誰でもわかることだ。

「そんな中でね、とある研究機関が、ちょっと変な報告を出したの。理由は分からないけど、既存の理論ではどうしても説明がつかない一過性のエネルギー現象を、人間の生体反応と同時に観測した、って。既存の装置じゃ再現できない、でも、間違いなくそこにある何かが数字として出ちゃったわけ」

 そこで、とアクアは人差し指を立てる。

「その『説明できない何か』を本格的に調査して、新しい資源として確立しようっていうのが、この国連主導のビッグプロジェクトってわけ。そして、その未知のエネルギーに付けられた名前がズバリ、魔素よ!」

「はあ?」

 ――この人は何を言っているんだろう。

 素でそう思うカズマ。

 マナといえば、ファンタジー系のゲームやアニメでよく出てくる、魔法の媒介となる物質を指し示す言葉だ。

 つまり、アクアの言葉を換言するのであれば。

「……国連主導で魔法を実現しようとしてるっていうこと?」

「意外と察しがいいじゃない」

 ――この人は何を言っているんだろう。

 なおも素でそう思うカズマ。

 常識的に考えて、マナはあくまで空想や書面の上だけに存在する物質だ。

 蒸気機関車ができて二世紀以上が経過した現代においてでさえ、マナなる摩訶不思議な物質は未だに発見されていない。

 この事実からして、そのような物質など現実世界にある訳がないと、一万人に聞いても一万人がそう答えるだろう。

 マナを発見したとかいう学者は頭大丈夫だろうかと、割と真剣にカズマは疑問を抱きはじめる。

 胡散臭い視線を送るカズマに、しかしアクアは予想通りとばかりに余裕の表情だ。

「ええ、この話を聞いた人は誰しも今のあなたのような反応を示したわ。だからいいものを見せてあげる」

 そう言ったアクアは唐突に指を伸ばしたかと思うと、カズマの前に置かれた麦茶に人差し指を浸した。

「…………は?」

 信じ難いことが起こった。

 アクアの指が麦茶に触れた途端、麦茶の色が瞬く間に茶色から透明色へと変化したのだ。

「ふふん、どう? 驚いた?」

 指についた水滴を口に含んだアクアがドヤ顔を浮かべるがそれどころではない。

 たった今目の前で起こった現象をカズマはうまく飲み下せずにいた。

 それを見越していた様で、アクアはしょうがないわねと言いながら、いつの間にか空になっていた自分のグラスへ勝手に麦茶を継ぎ足すと再び指を浸す。

 一瞬の後、先ほどと同じく茶色い麦茶が透明色へと変わっていた。

「……え、どういうこと? マジック……じゃ、なくて?」

「当たり前でしょ。このグラスもお茶もあなたが用意したもので、私にタネを仕掛ける暇なんてなかったでしょ」

 呆れた様にアクアは嘆息をつく。

 アクアが言っている事はもっともだ。

 普段から家を出ずに引き篭っているカズマだからこそ、彼女にネタを仕込む機会など全くなかったのがよく分かってしまう。

 自室に篭っているとはいえ、誰かがこっそり家に忍び込んでくれば彼が気付かないはずないし、親や弟がいる時はもっと無理だろう。

 この前提は、アクアがたった今、何の仕込みもなくカズマの目の前で麦茶を透明な液体に変換させたことを示している。

 大掛かりな機械を使うでもなく、マジックでもなく、指を液体に触れさせるという、たったそれだけの動作で。

「………………マジか」

 ポロリとそんな言葉がこぼれ落ちる。

 これではまるで魔法じゃないか。

 そんな感想がカズマの中に芽生えた。

「……これがマナのお陰ってこと?」

「そうよ、私は今、体内の魔素を使ってお茶をただの水に浄化したの。まあ、今のは上手くいった例ね。私の気分次第で結果が変わっちゃうから、毎回こんなに綺麗にいくわけじゃないんだけど。でもね、この現象が起きた時に、熱エネルギーが一切発生せずに物質が変化した……つまり『エネルギーの損失がゼロだった』っていう異常な観測データを突きつけられたんじゃ、いくら頭の固いお偉いさんでも魔素の存在を信じない訳にはいかなかったようね。おかげでその学者の提唱する魔素は実在が認められて、既存の物理法則を無視した、新たなエネルギー開発を目指す研究が始まったのよ」

 大勢の学者の前で実演してみせ、その際に発生した数値的データもある。

 サンプルが少ないとはいえ、既存の熱力学を無視した異常な観測結果を目の当たりにしたのだ。

 これで信じないのであれば、何を信じればいいのか。

 超常現象を見てなお全く理解できないカズマであったが、マナは本当に存在するのだと、現状では考えるしかなかった。

「まだ頭の整理がついてないんですが、とりあえずマナが現実世界にも存在して、魔法を使えるって事は理解しました。でも、それが今日あなたが俺に会いに来たこととどう関係するんですか?」

 カズマの言葉にアクアはこれまでとは一転、神妙な面持ちへと変わった。

「それがね。いざ国を挙げて大掛かりな研究を始めたはいいものの、未だに実用的な成果がほとんど出ていないのよ。確かに、巨大な粒子加速器みたいな専用装置をフル稼働させれば、最低限のエネルギー抽出や保存はできるようになったわ。都市の灯りを点けたり、水を浄化したりするくらいのインフラはね。でも、それじゃダメなの。装置を通すと効率が絶望的に悪いし、何より人間の意志が介在しない魔素は、不安定すぎて制御しきれないのよ。そもそも、どういう理屈で物質に干渉しているのか、根本的なメカニズムが解明できていないんだからどうしようもないわね。私自身もこうして物質の組み替えは出来るんだけど、この力を理論立てて制御できている訳じゃないし」

 当然といえば当然の結果である。

 殆どの人間がスマホを所持し、人工知能が人々の仕事を奪い始めている程までに科学が発展した現代においてでさえ、最近まで発見できなかった物質だ。

 そう簡単に成果が出るものではないと、学生とはいえカズマも予想はできた。

 しかしながら先ほど目の前で見せられた、これまでの常識では起こり得ない魔法のようなことができる可能性が示唆されたばかり。

 流石のカズマも年相応にワクワクしていただけに肩透かしを食らった気持ちになったのは仕方がないことだろう。

 そんな残念そうにしているカズマを見て、アクアは満面の笑みを浮かべた。

「うんうん、折角見つけた新資源をこのまま腐らせるなんて勿体無いわよね? かと言って、現状の専門家たちが作った機械だけじゃ、もう打つ手がないのよ。そこで! ちょっといい話があるのよ」

 あまりに胡散臭い話だ。

 野良猫並みに警戒するカズマにアクアはニコニコしながら言った。

 

「あなた……。ゲームは好きでしょ?」

 

 アクアの話を要約するとこうだ。

 研究を進めていくうちに判明した事は大きく分けて三つ。

 一つ、魔素は既存の物理装置単独では効率的に誘発されず、出力の安定には必ず人間の生体反応が必要であること。

 二つ、魔素は外から取り込むものではなく、人間の内分泌系の変動や情動反応に紐付いて、その個体から「発生」するものであること。

 そして三つ、統計的に見ると、十代の人間の「認知的可塑性」が高い状態において、魔素反応が最も顕著に出やすく、装置を介さない直接的な制御の適正が高い傾向があること。

 これらの研究結果を下に、国連は一つのプロジェクトを計画した。

 それは世界中のあらゆる十代を「研究生」として一か所に集め、日常生活や教育の過程で自然発生する魔素を長期的・統計的に観測するというものだ。

 それを通して、装置に頼らない魔素現象の発生条件や制御限界を解析し、次世代のエネルギー基盤として確立していく方針らしい。

「魔素なんていう、人間の心に反応する不可思議なエネルギーを扱う以上、普通の街中じゃ正確なデータが取れないのよ。既存のインフラ装置があるとはいえ、もっと人間の生体反応と密接にリンクした大規模な環境が必要だった。ならばいっそ、都市全体を巨大な観測装置にした実験都市を丸ごと作っちゃって、そこに研究生を集めればいいんじゃないかって事になったの。それが魔法都市ベルゼルグよ」

 とんでもない国家規模のプロジェクトがあったものである。

 保守的な人間が多い日本において締結されたとはおよそ思えない。

「もちろん、プロジェクトのサンプルとして参加してもらうんだから相応の報酬は出るわ。学費は無料だし学生寮の家賃や光熱費も無料。生活費は定額で支給されるし、無事に卒業できたら普通の学校と同等の卒業資格がもらえて、その上、国連主導の国際プロジェクトへの参加実績として就職先の斡旋もしてもらえる。しかも、装置の出力に頼るんじゃなくて、うまくいけばあなた自身が、魔素を自在に制御できる魔法使いになれるかもしれない。ね? 悪くないでしょ?」

 一通り話を聞き終え、確かに悪くない話なのではとカズマは思い始めていた。

 と言うよりもむしろ、内心ではかなりテンションが上がっていた。

 自他共に認めるゲーム好きなカズマに、自分がゲームの登場人物の様に魔法を使える様になるかもしれないという可能性が提示されたのだ。

 少年心をガッチリと掴まれ、カズマはかなり心を揺り動かされていた。

 かと言って今の話を鵜呑みにするほど冷静さを欠いてはいない。

「えっと、聞きたいんですけど、その学校には世界中から生徒を集めたって言ってましたよね。俺、英語なんて喋れないんだけど」

「その辺りは問題ないわ」

 言いながらアクアがカズマの前にタブレットを置いた。

 何かのPDFファイルを表示している様で、画面には『おいでよ、アクセル学園!(ひきこもり向け)』と印字されている。

 側から見れば、アクアの言動がちょいちょい人をイラつかせている事は明白だが、もちろん彼女にその自覚はない。

「弊研究所が開発した最新鋭のナノデバイスを体内に導入することで、多言語同時翻訳も個人識別も一瞬でできるわ。もちろん文字だって読めるのよ。……まあ、揮発性だから運が悪いと成分が脳に詰まってパーになるかもだけど。だから、後は契約書にサインするだけね」

「今、重大な事が聞こえたんだけど。パーがなんだって?」

「言ってない」

「言ったろ」

 先ほどまでの緊張感もなく、相手は社会人だというのに、カズマは既にタメ口だった。

 しかし、これはカズマにとってかなり魅力的な提案である。

 もしかしたらパーになるかもという恐怖はあるが、彼は運の強さに関してだけは子供の頃から自信があったのだ。

 実際、ジャンケンでは今まで一度も負けたことがなく、ゲームにおいても激レアなキャラを次々と当てた功績から「レア運だけのカズマさん」などと呼ばれるほど。

 それだけにパーになることは殆どないだろうとの判断を下した。

「選びなさい。私の話を受けて研究生としてプロジェクトに参加するか、これまで同様引きこもりのニート生活を続けるか」

 アクアの言葉に、カズマは黙って差し出されたタブレットの画面をスクロールしていく。

 そこにはプロジェクトの詳細について大まかな説明が記述されていた。

 まず研究生が通うことになる学園は魔法都市ベルゼルグと命名された、国家間で開発された都市に唯一存在する教育機関だ。

 最新鋭の研究テーマを扱う国際プロジェクトなだけあって、その都市の正確な位置は非公開とされており、人工衛星による特定すら困難なほど徹底して秘匿されている。

 次に研究生に求められる義務だが、これは学生として魔素の観測に関する特別なカリキュラムを受けることのみ。

 それ以外は、都市内の高度なインフラによって一般的な学校とさほど変わらない生活が保障されている。

 突拍子もないプロジェクトでありながら、その辺りは国連が携わっているだけあって意外にもちゃんとしているのだ。

 現在は学園の段階制プログラムの切り替え時期にあたるため、仮にカズマが編入する場合は次期セッションからの参加となる。

 一読した限り、待遇も環境も悪くない。

 これはもう参加の一択で良いのではなかろうかと、カズマはプロジェクトに前向きな姿勢を見せた。

 決して、親の本音を聞いて家に居づらくなったからという後ろ向きな思考があった訳ではない。

 そんな誰に対しての言い訳か分からない事を自分に言い聞かせるカズマに、哀れみの目を向ける者がこの場にいなかった事は彼にとっては行幸であっただろう。

 概ね問題ないとはいえ、気になった点が全くなかった訳でもない。

 カズマの懸念点は大きく三つ。

 一つは学園が基本全寮制であること、一つは情報の秘匿性の観点から外部との通信がモニタリング・制限されること、そして一つは、魔素の観測精度を維持するために、外部由来の非標準物品の持ち込みが厳格に禁止されていること。

 とはいえ、初めの二つに関してカズマはそこまで危惧していない。

 寮生活は今までに経験はないものの、中学までは同級生と仲良くしていたのでなんとかできるはずだ。

 外部との通信制限も、国際プロジェクトという性質上、今のネット社会なら逆に新鮮だと割り切れる。

 問題は、持ち込み制限の例外として設けられた『特別申請枠』の存在だった。

 国家機密扱いなだけあって、外部から持ち込む私物には徹底した審査が実施され、通常の研究生は私物の電子機器すら持ち込めない決まりが存在する。

 魔素反応に余計なノイズを混ぜないよう、環境を極力均一化する必要があるためだ。

 だがその代わりに、研究生には『先行報酬』として、主催側が用意できる範囲のリソースであれば、例外的に一つだけ都市に持ち込む権利が与えられていた。

 都市というだけあって、ベルゼルグには日用品から娯楽用品まで幅広い店舗が揃っている。

 なので大概の物は現地で手に入る。

 しかし、そこで買えるものはあくまで一般向け。

 この『特別枠』を使えば、本来なら研究生に許可されない高額な研究用デバイスや、特殊な権限を持つスタッフの同行すら可能だと、規定の末尾に小さく書かれていた。

 カズマは直感していた。

 これは慎重に選ばなければ、今後の学園生活に影響が出るだろうと。

 故に、カズマは徐々に思考を深くしていき、

「ねー、早くしてー? どうせ読み込んだところで、あなたはプロジェクトに参加する以外選択肢がないんだから。引きこもりのゲームオタクに期待はしてないし、そんなに考えなくてもいいわよ」

「オ、オタクじゃないから……っ! ついさっきも出掛けてた訳だし、引きこもりでも無いから……っ!」

 アクアは自分の髪の先の枝毛をいじりながら、カズマには全く興味なさそうに言った。

「んな事どうでもいいから早くしてー。この後、他の研究生への案内がまだ沢山あるんだから」

 不躾な物言いでありながらアクアはカズマの方をチラリとも見ようとせずに、自分のスマホの画面を眺め続ける。

 スピーカーから漏れる音声からして、どうやらエッホエッホミームを見ているらしい。

 ――こいつ、ちょっとばかり可愛いからって調子に乗りやがって。

 アクアのその面倒臭そうで投げやりな態度に、流石のカズマもカチンときた。

「……早く決めろってか。じゃあ決めてやるよ。魔法都市に持っていける『もの』だろ?」

「そうそう」

 ゆらっと椅子から立ち上がったカズマは右手の人差し指でアクアを指差した。

「…………じゃあ、あんた」

 アクアはカズマをキョトンとした顔で見て、スマホの動画を一時停止する。

「ん、それじゃあ、手続きをするからこのタブレットにサインを……」

 そこまで言って、アクアはハタと動きを止めた。

「……今何て言ったの?」

 と、その時だった。

『承りました。では、今後のアクアさんのお仕事はこのわたくしが引き継ぎますので』

 契約書を表示していたタブレットの画面が切り替わり、温和な雰囲気を感じる金髪の女性社員の顔が映り込む。

「……えっ」

 間断なく、家の中へ黒い服にサングラスという如何にも裏方と言った出立の職員が二名、足音ひとつ立てずに入ってきた。

 呆然と呟くアクアの事などお構いなしだ。

『外に移動用の車両を待機させてありますので、只今入室してきた職員の指示に従ってください』

 状況の変化についていけていないアクアとは対照的に、カズマはどこか興奮気味に突然侵入してきた職員たちを窺っていた。

 この人達は誰なのか、鍵がかかっていたはずなのになぜ家に入れたのかなど、普段ならツッコんでいるはずの現象が目の前で起こっている。

 だが彼はそれを見過ごしていた。

 この物語の数少ないツッコミ担当のはずなのに、その役目を忘れて、本当にこのまま魔法都市行きなのでは、と期待を膨らませる。

 それ程までに彼は興奮していた。

「ちょ、え、なにこれ。え、え、嘘でしょ? いやいやいやいや、ちょっと、あの、おっかしいから! 天界研究所のエリート職員を連れて行くなんて反則だから! 無効でしょ!? こんなのシステムエラーよね! 待って! 待って!?」

 涙目でオロオロしながら、メチャクチャに慌てふためくアクア。

 そのアクアに、

『行ってらっしゃいませアクアさん。後の事はお任せを。プロジェクトが成功し、あなたが任を解かれた暁には、迎えの者を送ります』

「私、水の浄化はできても、それ以外にまともな力なんて持ってないんですけど! そもそも私は社会人よ! 学生たちに混じって学業とか無理なんですけど!!」

 突然現れたそのオペレーターは、規定に基づき無理やり連れて行こうとする職員に必死の抵抗をするアクアを尻目に、カズマに柔らかい笑みを浮かべた。

『佐藤和真さん。あなたをこれから、魔法都市ベルゼルグへとご案内します。秘匿性の高いプロジェクトですので契約書に記載していました通り、申し訳ございませんが道中は鎮静状態で眠っていただき、さらには特製のヘルメットで外部情報の遮断およびナノデバイスの導入を実施させていただきます』

 オペレーターが言うと同時に、職員が一粒の錠剤と頭を完全に覆う形のヘルメットを差し出してきた。

 言われてから、そう言えばそんなことも書かれていたなとぼんやり思い出すカズマ。

「確か、俺が眠ってる間に中央ゲートの通過手続きとか身体チェックとか諸々を全部やってもらえて、次に目が醒めたらベルゼルグに着いてるんでしたっけ?」

『仰る通りです。次に目が覚めますと、そこはベルゼルグの中央ゲート横にあります研究生用仮眠室です。意識が完全に覚醒したらゆっくりで構いませんので、その後は魔法学園を目指してください。初めから校舎にお送りしない理由としては、先に街の景観を感じていただき、これからの研究生活を具体的にイメージして欲しいという我々の設計思想によるものです』

「おおっ!」

 国連主導らしい細やかな配慮にカズマは感動を覚えた。

 しかも始まり方がRPGみたいだったこともあり、既に振り切れんばかりの勢いだったカズマのワクワクメーターが突き抜けん勢いで上昇する。

「ねえ待って! そういうカッコイイ説明をするのって私の仕事なんですけど! 待ってよおおおっ!」

 いきなり現れたオペレーターに仕事を奪われ、涙ながらに自身の言い分を訴えるが、職員に羽交い締めにされているアクア。

 アクアのその姿を見られただけで、カズマはすでに満足していた。

 彼はそのまま彼女を指差す。

「フフフフフ、散々バカにしてた男に、一緒に連れていかれるってどんな気持ちだ? っはっはっは! お前は俺が持っていく『者』に指定されたんだ。エリート職員ならその高い実務能力で、精々俺を楽させてくれよ!」

「いやあー! こんな男と学園行きだなんて、いやあああああ!」

 嫌がるアクアの動きを片方の職員が止め、もう一方の職員が規程通りに彼女に錠剤を飲ませ、ヘルメットを被せようとする。

 と、画面内のオペレーターが両手を広げ、声高らかに告げた。

『さあ、新時代の英雄よ! 願わくば、数多の研究生たちの中から、あなたが最初に魔素の完全理解を成し遂げることを祈っています。さすればプロジェクトの最高功労者として、どんな望みでも叶えて差し上げましょう!』

「おお、マジで!」

「わあああぁ、私のセリフうううぅー!」

「……さあ、旅立ちなさい!」

 厳かにオペレーターが告げる中。

 カズマは泣き叫ぶアクアを尻目に錠剤を飲み込み、期待に胸を大いに膨らませながらヘルメットを深く装着した……!

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