この素晴らしい魔法学園に祝福を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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第二話 この新入生に学校説明を!

 目を覚ますと、なんの飾り気もない白塗りの木板がカズマの視界を一色に染めた。

「知らない天井だ」

 某エ○ァンゲリオンの名言を口にし、ゆっくりと上体を上げ周囲を見渡す。

 そして自分が現在、十二畳ほどの広さがある部屋に設置された二段ベッドの下段に寝かされていることに気が付いた。

 部屋には全部で八組の二段ベッドがあり、扉に一番近い物を使用していた様だ。

 ギシリとベッドが軋む音を立て、ベッドから足を下ろすカズマ。

 微かに寝息が聞こえたのでそちらを見てみると、口から涎を垂らしだらしない表情で気持ちよさそうに眠るアクアがベッドの上段にいた。

 どうやら本当にアクアも付いてきたらしい。

 だがそんなことはどうでも良いのだ。

 彼はそれ以上に、早く外の様子を知りたかった。

 オペレーターが言っていたことが本当ならば、今自分がいるのは魔法都市のはず。

 魔法なんて言葉が付く街なんて、思春期真っ只中の男子がワクワクするには十分すぎるほどの題材に違いない。

 左手に陽光がカーテンの隙間から溢れ出ている窓を見つけたカズマは、落ち着いた歩調で窓辺へと向かう。

 ほんのりと温かい布地に手をかけると、それを一気に開いた。

 

 目の前には、近未来的なスマートシティと中世の街並みが融合した奇妙な光景が広がっていた。

 

 シンプルでありながらも幾何学的な形状をした家屋があったり、煉瓦造りの家々が連なる通りがあったり。

 自動走行する無人車両があるかと思えば、空には電波塔の代わりに淡く発光する観測用の浮遊デバイスが点在している。

 あらゆる国籍や文化が混ざり合い、それでいて「魔素観測」という目的のために最適化された、徹底してクリーンな世界。

 ここに来なければ決して拝めなかったであろう風景に、カズマの心が性急に満たされていった。

「……すっげえ、これが魔法都市ベルゼルグか! え、俺ってこれからこの場所で魔法の特訓をしてみたり、学園生活を満喫しちゃったりするの?」

 道ゆく人を見てみれば、金髪の少年や赤髪の女性、目の色が黒かったり青かったり、肌の色が白かったり黒かったり。

 人種を問わず様々な人がそこにはいた。

 誰もが最新のデバイスを使いこなし、この特異な環境を日常として受け入れている。

「さようなら、引きこもり生活。こんにちは、魔法都市! ここでなら俺、ちゃんとやり直せるよ」

 目の前に広がる見慣れない光景に、興奮で震えながら拳を握った。

「ん、んあああ! もう、朝っぱらからうるっさいわね。ゆっくり寝られないじゃない」

 カズマの声で目が覚めたアクアが、大きく伸びをして寝ぼけ眼を擦る。

 寝起きのためか、カズマの家を訪問した際には着けていたメガネは外されていた。

「それよりも外を見てみろよ! 魔法都市だぞ、魔法都市! 国際プロジェクトでこれだけの街を運営してるとか、感動もんなんだけど」

 転がり落ちないようゆっくりと床に降り、アクアが気怠げにカズマの隣までやってくる。

「うわー、テンション高すぎ。完全にお上りさんね。別にこれぐらいの街なんて、上流の研究機関じゃ当たり前……で……」

 まだ半分近く頭が眠っている彼女だったが、窓の外へ眠そうに視線を向けパチパチと数度の瞬き。

 そして呆けた様に口をあんぐりと開いた。

 あれだけ上から目線だったアクアだが、やはり現場の迫力に圧倒されているのだろう。

 固まって動かないアクアを見てそんなことをカズマが呑気に考えていると。

「あ……ああ……ああああ…………」

 いきなり頭を抱え込んだかと思えば、アクアはそのまま叫び声を上げ始めた。

 どうも様子がおかしい。

 初対面時からおかしな部分は多々あった彼女だが、今はそれが気にならないぐらいおかしい。

 髪を掻き毟り絶え間なく声を上げるその姿は、どう見ても頭のおかしい女であった。

「おいうるさいぞ、折角盛り上がってきたのに冷めるじゃねえか。それよりお前も起きてきたんなら早く外に出ようぜ。俺、この街をもっと見てみた……」

「ああああああああああああーっ‼︎」

 叫ぶと同時、アクアは泣きながらカズマに掴みかかってきた。

「うおっ! な、なんだよ、やめろよ! 悪かったって! そんなに嫌ならいいよ、帰ってもらって、後は自分でなんとかしてみるから」

 涙目で首を絞めようとするアクアの手を振り払うと、カズマは面倒臭そうにしっしと手を払う。

 するとアクアは手を戦慄かせた。

「あんた何言ってんの!? 帰れないから困ってるんでしょ! あの人たち、一度決めたことは絶対に覆さないんだから! どうしよう、ねえ、どうしよう! 私、これからどうしたらいい⁉︎」

 アクアは泣きながら取り乱し、頭を抱えてバタバタしていた。

 先ほどまでは百歩譲って変な女ですんでいた。

 だが腰まで届く長い髪を振り乱し泣き叫ぶ今の姿は、黙っていれば凄い美人なのにどう見ても痛い女である。

 彼女にあまり良い印象のないカズマを持ってして、あまりにも目に余る光景だった。

「おい、落ち着け。まずはあの可愛いオペレータさんの指示通り、俺達が通うことになる学園へ向かうぞ。そこまで行けば、後は学校の事務の人とかがきっと今後の細かい事を教えてくれるはずだ」

「なっ⁉︎ ゲームオタクの引き篭もりのはずなのに、なぜこんなに頼もしいの?」

「おっし、行くぞ職員」

 今後のプランニングを頭の中で組み立てながら、ひとまずこの建物から出ようと部屋の入口へと向かう。

 手始めに学園のある場所を特定しなければならない。

 ここでカズマはオペレータの話を振り返る。

 オペレータの話では、彼らが眠っていたのは都市入口にある仮眠室らしい。

 都市の入口というからには、誰かしらの案内人がいるか、仮にいなかったとしても、案内板ぐらいは置いてあるだろう。

 カズマは窓から離れ、意気揚々と部屋を出た。

 そんな彼をアクアがバタバタと慌てて追いかけてくる。

「あ、待って! エリート職員さんって呼んでくれてもいいけど、出来ればアクアって呼んで。皆もそう呼んでくれてるし、何より私この名前が気に入ってるのよ」

 アクアの言葉にカズマは期待を抱いた。

 曲がりなりにも職員をやっていたのなら、都市の構造くらいは把握しているはずだ。

「なあ、アクア。職員なんだったら、学園の場所がどこにあるか分かるんじゃないか?」

 この質問に対し、しかしアクアはキョトンとした表情を浮かべる。

「……私は採用担当よ? 都市の規則はある程度知ってても、細かい地名や場所まで一々覚えてる訳ないでしょ」

 ――こいつ使えねえ。

 アクアの好感度がさらに下がった瞬間だった。

 建物の入口にはカズマの予想通り案内所が設営されており、ナノデバイスによる認証を行っているのか、職員たちが端末を手にテキパキと仕事をこなしていた。

 三台ある受付のうち一つが空いたので、カズマは声をかける。

「すいませーん、アクセル学園に行きたいんですが……」

「はい、アクセル学園ですね。大通りを直進し、広場を右前方です。ここからですと徒歩で三十分ほどかかりますので、入口横にございますシェアリング用の電動キックボードをご利用ください」

 案内の女性が示した先には、数十台もの電動キックボードが整然と並んでいた。

 地元では見たことがないスマートなデザインに、カズマの心が弾む。

「これ、俺みたいな初心者でも乗れますかね?」

「大丈夫ですよ。乗車時にナノデバイスと連動してチュートリアルが開始されます。自動操縦モードもございますので、目的地を指定するだけで安全に移動可能です」

 ナノデバイスの有能さに思わず舌を巻いてしまう。

「そうなんですね。返却はどうすれば?」

「指定のエリア内であればどこでも乗り捨て可能です。返却ボタンを押していただければ、車両が自動で最寄りのステーションまで回送されるシステムですので」

 あまりの近代的な利便性にカズマの心がさらに弾む。

 ここは最先端のエネルギー研究のために作られた魔法都市ベルゼルグ。

 インフラそのものが世界の先を行っているのだ。

「それじゃあ二台お借りしますね。どうも、ありがとうございました! ……ほら、行くぞ」

「ああ、待って!」

 キックボードに足を乗せると、ハンドル中央の液晶に「研究生・佐藤和真様」という文字と共に、学園までのルートが表示された。

 指示通りに操作すると、静かなモーター音と共に滑るように動き出す。

「お、おおおっ!」

 重心移動だけでスイスイ曲がれる。

 自転車よりも遥かに楽で、未来を感じる乗り心地だ。

 ――やばい、これ最高だわ。

「なあ、お前の方はどう……」

「それ! よっと! はい!」

 カズマが視線を向けた先。

 そこでは、信じられないような急旋回やジャンプ、ウィリーを繰り返しながら、まるで自分の手足のようにボードを操るアクアがいた。

 あまりに華麗な動きに、通行人が足を止めて「パフォーマーのデモンストレーションか?」とざわつき始めている。

「……お前、乗り慣れてるんだな」

「乗るのは今日が初めてよ。でも、こういうのも結構楽しいわね。次のお給料が入ったら買っちゃおうかしら」

 初めてでその動きは、もはや恐怖以外のなにものでもない。

 内心呆れるカズマだったが、癪なので口には出さなかった。

 はたと、自分達はこれから学園へ向かわなければならないことを思い出す。

 こんな所で油を売らず、早いところ学園まで行こうとカズマは意識を新たにした。

「そろそろいくぞ」

「ちょっと待ってよ! まだこのターンのキレを確認して……!」

 カズマは人だかりに埋もれそうになっていたアクアを強引に引き剥がし、ようやく魔法学園へと向かった。

 

 ――学校法人アクセル学園――

 

 魔法都市ベルゼルグの中核を成す、GBW計画の最前線。

 幼小中高大の全課程を網羅し、世界中から集められた「魔法使いの卵」たちが研鑽を積む、世界唯一の特別教育機関である。

 巨大な正門を潜った先には、美しく整備された並木道が、時計台前の巨大な噴水広場まで一直線に伸びていた。

 ヴェルサイユ宮殿を想起させるバロック調の壮麗な建築。

 最新の魔素観測デバイスが融合した校舎は、日本の大学しか知らないカズマを圧倒するには十分すぎる迫力だった。

 並木道の脇にある芝生やテラス席には、多国籍な学生たちが数多く見受けられる。

 夏季のプログラム切り替え時期だというのに、タブレットを片手に議論を交わすグループや、空中に小さな光の粒を浮かせて制御の練習に励む者、あるいは最新のウェアに身を包んでトレーニングに勤しむ肉体派など、その光景は学園というよりは巨大な研究学術都市の活気そのものだ。

 あまりのスケールにカズマが正門前で立ち尽くしていると。

「おい、見かけねえ顔だな」

 横合いから声をかけてきたのは、身長二メートル近い筋骨隆々の大男だった。

 モヒカン頭にちょび髭、はだけた上半身にピンクのサスペンダーという、日本では通報不可避な出立ちの、荒くれ者だ。

 その男はそれがまるで正装であるかのような、妙な威圧感を放っている。

「いや、実は日本からやってきて、この街に着いた所なんだ。俺もこの学園で学び、立派な魔法使いになりたいんだ」

 強面の巨漢相手に、引きこもりだった少年とは思えないほど堂々と返答するカズマ。

 これは単に魔法学園というファンタジー全開の舞台にテンションが爆上がりし、恐怖心を好奇心が上回っているに過ぎない。

 現にアクアは男の放つプレッシャーに、さっきからカズマの背後で小さく悲鳴を上げている。

 しばしカズマたちを値踏みするように見つめた男は、不意にニカッと白い歯を見せて笑った。

「そうか、命知らずめ。ようこそ、地獄の入り口へ! 入学手続きなら、あの時計台の一階だ」

 男に礼を言い、教わった場所目掛けてボードを走らせる。

 するとカズマと並走していたアクアが、尊敬と困惑が混ざったような視線を向けながら声を上げた。

「ねえ、さっきの案内所といい今といい、どうしてそんなに手際がいいの? こんなに出来る男な感じなのに、なんで彼女も友人もいない引き篭もりのオタクだったの? なんで毎日閉じ篭ってヒキニートなんてやってたの?」

「ヒキニートはやめろクソビッチ。引き篭もりとニートを足すな」

 走行中にも関わらず首を絞めてこようとするアクアを適当にあしらい、一分ほどかけて時計台の下に辿り着いた。

 荒くれ者が言うには許可車両以外は進入禁止らしいので、ハンドルの返却ボタンを押す。

 ボードが自動操縦で最寄りのステーションへと帰っていくのを見届けてから、二人は大理石作りの重厚なロビーへと足を踏み入れた。

 玄関を抜けると、高い吹き抜けのホールでは多くの学生が行き交っていた。

 掲示板に映し出された最新の魔素観測ランキングを確認する者、受付カウンターで研究予算の申請をしているらしい年上の学生者など。

 そこには現代科学の最先端を行く組織特有の緊張感と熱量があった。

 自然とカズマの熱量も上がってくる。

 カズマたちはずらりと並んだ窓口の中から「入学課」と書かれた四番目のカウンターへ向かった。

 窓口で呼び出しボタンを押すと、奥から一人の女性が現れる。

 ウェーブのかかった髪に、落ち着いた大人の色香を漂わせるおっとりとした巨乳の美人だ。

「はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「えーっと、来季セッションから編入することになった佐藤和真と、同行者の」

「アクア・アシアックよ!」

 カズマが言い切る前に自分から名乗りをあげるアクア。

「ああ、天界研究所から推薦されたお二人ですね。それではこちらに顔を向けてもらえますか?」

 受付嬢の言われるままに、差し出されたタブレットに顔を向ける。

 瞬時に認証が完了し、カズマとアクアのプロファイルが表示された。

「佐藤和真様に、アクア・アシアック様ですね。確認できました。それでは、お二人にはこれからベルゼルグでの生活に必要となるスターターキットの配布と、学園生活における重要事項の説明を行います。あちらのソファーでお待ちください」

 指示通り、ホールの喧騒を眺められる位置にあるソファーに腰を下ろす。

 ほどなくして、受付嬢は数々のデバイスや書類が詰まった二つのバスケットを抱えて戻ってきた。

「では改めて説明を。学園からの支給品は全部で三つ。魔法都市専用スマートフォンにタブレット、そして携行用のハンドバッグです。まずはスマートフォンをお手に取って起動させてください。初期設定は既に済ませておりますので、すぐにホーム画面が表示されるはずです」

 言われた通り、カゴの中からスマホを取り出し早速起動させてみる。

 特にこちらが設定をすることもなく、あっさりとロック画面へと遷移した。

 それだけではない。カズマが特に操作をしていないにも関わらず、画面には「認証成功」の文字が踊り、トップ画面が表示されていた。

「すいません、パスワードも入れてないのに勝手に開いちゃったんですけど」

「ああ、それで大丈夫ですよ。入域時に導入されたナノデバイスとお手元の端末が生体認証ペアリングされた証拠ですので」

 登録をした覚えのないデータが既に同期されていることに、カズマの中に疑問が生じたが、すぐさま見当が立てられた。

 出発時にオペレーターが言っていた精密検査と、あの不気味なヘルメットでの処置。

 あれで個人情報や生体ログの抽出を済ませていたのだろう。

 なんとも抜け目のない体制である。

「それでは次に、スマートフォンに入っているアプリケーションの中でも特に重要なものを二つ説明します。画面左上にある『学生証』を開いてください」

 再び手元のスマホに目線をやったカズマは、左上にあった「学生証」というアプリを立ち上げる。

 名称の通り、画面一杯にカズマの顔写真や個体識別番号が記載されたデジタル学生証が現れた。

 所属欄には「高等課程・第一セクション・二組」と言う記述がある。

 この学園では年齢によらず一般教育を学ぶ課程が区切られており、個人のレベルに合わせて配属が決定する。

 高等課程・第一セクションは世間で言うところの高校一年だ。

 組分けはセクション内で成績を順位付けされ、上位の者が一組、それ以外が二組となる。

 あまり高校へ通えていなかったカズマとしては妥当な配属である。

 そしてアクアは……。

「ちょっと、なんで私が高等課程なのよぉ!」

 横目でアクアのスマホの画面を覗いてみると、そこには全く同じ所属が表示されていた。

 そう、カズマと同じクラスである。

 納得がいかないらしく、アクアがカウンターをバンバン叩いて受付嬢に抗議する。

 もしかしたら、アクアがカズマをサポートしやすいように上の人が配慮してくれたのではなかろうか。

 そう思い至ったカズマの中に少し罪悪感が芽生える。

 アクアの実年齢は知らないが、仮にも社会人。

 年下ばかりの空間に一人だけ大人が混ざるというのは、流石に気の毒だ。

 この学園には学士課程もあるらしいので、アクアにはそちらに行ってもらえばよいのではないだろうか。

 そんな提案をしようかと考えていた時だった。

「それなのですが……」

 いきり立つアクアに受付嬢が申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「基本的には経歴に見合った課程に編入させるんです。ただ、ベルゼルグへの入場審査時に行われた基礎適性検査の結果がですね……。身体能力はともかく、アクアさんの論理的思考能力や基礎教養のスコアが、学士課程の履修要件に達していなかったと言いますか……」

「なんですってえええぇ! 百万歩譲って私の学力がアレだとしても、それでもどうして第一セクションなのよ!」

 受付嬢の服を引っ張って更に抗議するアクア。

 憤る彼女から、しかし受付嬢は言い辛そうに視線を逸らす。

「で、ですからその……アクアさんの平均スコアは中等課程……いわゆる中二レベルだったんですよ。ですが流石に成人女性をそこに置くのは人道的にも問題があるという判断になりまして。天界研究所の上司の方々と協議した結果、妥協案としてこの所属になったと言いますか」

「な、なんでよおおおぉ!」

「わ、私に言われましても」

 カズマの心配は杞憂だった。

 実際、研究所の方々も当初はアクアを学生ではなく専門研究員として扱う予定だったのだ。

 だが今回の結果を受けて、これを機に社会人としての基礎を叩き直させようという方針に切り替わったらしい。

 文字通りの再教育である。

 研究所の幹部たちが頭を抱えながらこの書類にサインした光景が目に浮かぶようだ。

「つ、続けますね。この学生証アプリが魔法都市内での唯一の身分証明証になります。校内や学生寮の電子ロックの解錠、そして都市でのあらゆる決済まで、基本的に学生証一つで完結させることができます」

 この多機能システムも、実はGBW計画における「管理コストと利便性の相関」を計るための実験的なインフラ整備の一環だ。

 全ての生活ログをナノデバイス経由で一元管理することで、魔素反応と日常行動の因果関係を統計的に分析しようという、国家規模の社会実験なのである。

「もう一つ大事なアプリケーションがございます。学生証の隣にある『時間割』を開いてください。今はまだ何も表示されていませんが、セッションが始まれば皆さんが履修すべき必修講義が自動で反映されます」

 指示通りに時間割アプリを開くと、そこには空欄だらけの表が表示された。

「当学園では、研究生の自主性を尊重するため単位制を採用しています。必修の教養科目を除けば、あとはご自身の研究方針に合わせて講義を自由に選択可能です。教室の変更や、魔素濃度の異常上昇による臨時休講などの通知も、すべてその端末に届きますから適宜確認してくださいね」

 受付嬢が示した端末を覗き込み、カズマは「単位制」という聞き慣れない響きに眉を寄せた。

「すいません、それって好きなことだけ勉強してればいいってことですか?」

「簡単に言えばそうです。当学園のコンセプトは、早期から専門的な研究に従事できる人材の育成ですので。極論を言えば、結果さえ出せばそのプロセスは問われません」

 受付嬢は微笑みを崩さぬまま、さらにカズマの興味を惹く言葉を続けた。

「また、講義や演習での成果には、内容に応じて『貢献度』としてのポイントが付与されます。これは研究費の追加支給や、都市内での特別な権限にも引き換えられますよ」

「ポイント、ですか? それって具体的に何に使えるんですか。学食がちょっと豪華になるとか、その程度じゃないですよね?」

「ええ、もっと実用的なものです。学内での高性能機材の借用や居住エリアのアップグレードはもちろん、魔法都市内の提携店での支払いにも使えます。さらには、一般には流通しない特殊な魔導端末の購入にまで充当できるんですよ」

 受付嬢の淀みのない説明を聞きながら、カズマは手元の資料にある「P・クォータ」という項目に目を落とした。

「つまり……このポイントさえあれば、この街で何不自由なく暮らせるってことですか?」

「その通りです。この街においては一種の『第二の通貨』として機能していますから。頑張り次第では、学生という身分のまま特権階級のような生活を送ることも夢ではありませんよ」

 その言葉を聞いた瞬間、カズマの脳内にある不純な演算装置が急速に回転を始めた。

 それは単なる成績の優劣を示す数字などではなく、欲望を全肯定する最強の決済手段に他ならなかった。

 いかに楽な講義で効率よくポイントを掠め取り、魔法都市の娯楽を合法的に、かつ格安で遊び尽くすか。

 カズマの頭の中では、そんな欲望にまみれた人生設計の青写真が、音を立てて鮮やかに組み上がっていった。

 その隣で「ポイントでお酒が飲み放題になるかしら!」と目を輝かせるアクアを横目に、ほくそ笑むカズマであった。

「重要な説明は以上です。他にもマップやカメラ、研究用SNSなど、一般のスマホと同等の機能は網羅されています。使い方は『ベルゼルグ・ガイド』というアプリにまとめてありますので参考にしてください」

 因みに、初期アプリ説明書のコンセプトは、「原始人でも理解できるスマホの取説」であり、実際文字さえ読めれば誰でも理解できると言う徹底ぶり。

 これを書いた人の凄まじいプロ根性が窺い知れる逸品である。

 なんならこの小説の特典に付けたいほどだが、生憎と入手できなかったので断念した。

「そして最後に注意事項です。事前にも説明した通り、この都市では最先端の研究をいくつも行っているため、外部との通信は厳格にフィルタリングされています。通話やSNSは都市内回線に限定され、ネット検索も機密保持のために一部のサイトは閲覧制限がかかっています。日常生活には支障ないはずですが、予めご了承ください」

 一通り話したところで、受付嬢が何か質問はありますかと尋ねてくる。

「こっちのタブレットは何に使えばいいんですか?」

「主に講義の資料閲覧や、魔素研究用に使ってください。スマートフォンと完全に同期していますので、キーボードや電子ペンを使ってレポートを作成するのに適しています。持ち運び用に、こちらの耐衝撃ハンドバッグもセットで差し上げます」

 最新のデバイスを惜しげもなく提供するあたり、国家予算の巨大さを実感せざるを得ない。

「ねえねえ、私この学園のこと何も知らないのだけれど、学園案内とかしてくれないのかしら?」

 カズマに続きアクアからも質問が飛んだ。

「ご希望でしたら、担当のナビゲーターがご案内いたします。ただ、本日はもう夕暮れが近いので、本格的なツアーは明日以降となりますがよろしいですか?」

「そうね、私もお腹が減ってきたところだしそれでいいわ。カズマもそれでいいわよね?」

 カズマも特に異論はなかったので素直に頷いておく。

 受付嬢は締めとばかりに両手を胸の前で叩いた。

「さて、これで私からの説明は以上になります。新学期の日程や案内時間は追って通知しますので、通知センターをチェックしてくださいね。この後お二人には学生寮に向かっていただきます」

 いよいよ学生寮である。

 これから共に研究生活を送る「仲間」との対面という、物語には欠かせないイベント。

 カズマの高揚感は再び昂り始めていた。

「それでは学生寮の住所データを送信しますので、『都市マップ』アプリを開いてみてください。自動的にルート案内が開始されますはずです」

 スマホが震え、送られてきたリンクをタップすると地図アプリが立ち上がった。

 現在地から、学園敷地内の北側に位置する居住エリアまでの最短経路が青い線で示される。

「基本的にはナビに従っていただければ到着できますが、口頭でもご説明を。中庭を抜けて農園沿いに進んでください。右手に見える大きな建物が、お二人の入居される学生寮になります。寮監の方がいらっしゃるので、後のことはそちらでお聞きください」

 マップにはGPS機能に加え、ARによる道案内まで搭載されていた。

 よほどの方向音痴でも迷いようがない。

「それでは、サトウカズマ様にアクア・アシアック様。学校法人アクセル学園へようこそ。スタッフ一同、お二人の魔素研究への貢献を期待しています」

 笑顔を浮かべる受付嬢に礼を言い、カズマとアクアは歩き出した。

 なんにせよ、ここまではキャラメイキングみたいなものである。

 今やっとここから、カズマ達の学園生活が始まったのだ――

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