この素晴らしい魔法学園に祝福を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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ミーア・エイミー登場


第三話 この学生寮にぬくもりを!

「ねえ、まだ着かないの? 私疲れてきたんですけど」

「あとちょっとだから我慢しろよ」

 マップを開いたスマートフォンからカズマは目を離さず、気怠げな声を上げるアクアに返答する。

 かくいうカズマ自身も受付嬢の提案を断り、キックボードを借りなかった自分の選択を激しく後悔していた。

 初めて来た場所ということもあり、目新しい建物や観測デバイスが並ぶ景観を楽しむ分には問題なかった。

 しかし、いかんせん目的地までが遠すぎる。

 受付を出て既に二十分は経過したのだが、いまだに同じ学園敷地内にあるはずの学生寮へ辿り着けていなかった。

 二十分といえば、頑張れば東京駅から秋葉原まで歩ける時間。

 カズマが通ってた中学などゆっくり歩いても一周できる時間である。

 受付嬢が「キックボードを使え」と言ったのは、単なる親切心ではなく、この広すぎる学園内を移動するための物理的な常識だったのだ。

 普段、部屋から出ない引きこもりには、あまりに過酷な移動距離であった。

 などと言っていると、右手に広大なグラウンドが見えてきた。

 大勢の学生たちが走り回っており、その手には実験器具らしきものが抱えられている。

 部活動というよりはデータの収集に精を出しているようにみえる。

 そんなグラウンドを超えた先に、緑豊かな林が見えてきた。

 林の中間あたりには奥へと続く舗装された道が姿を覗かせている。

「アクア、あの先に学生寮があるはずだ。もうちょい頑張れ」

「……私、明日絶対に自分専用のキックボードを買うわ。天界研究所の経費で落としてやるんだから」

 ――それには激しく同意する。

 カズマとアクアの意見が初めて揃った瞬間だった。

 林の中を歩くこと三分。

 視界が開けたと同時に、目の前に大きな建物が現れた。

 全体的にはシックな西洋の作りになっているが、要所要所で日本の木造建築の要素も感じられる。

 木々に覆われていることもあり、隠れ家のような趣がある館だ。

 玄関のキャノピーには、銅色のプレートで「COLDO」と文字が刻まれている。

 マップにも記載されていた名前だが、読み方のルビはない。

 だが今のカズマにとって、それは些細なことだった。

 今はとにかくどこかに腰掛けて足を休めたい、その一心だった。

 玄関の扉の前に立つと、電子音と共に扉がスライドする。

 扉の先は、広々とした吹き抜けのエントランスホールになっていた。

 そこには、講義を終えて戻ってきたらしい学生たちが数多く行き交っている。

 ソファーでタブレットを囲みながら今日の観測データについて議論するグループや、自販機コーナーで談笑する女子学生たち。

 誰もがこの魔法都市での日常を当たり前のものとして過ごしていた。

「ねえ、立ち止まっていないで早く入りましょうよ。私疲れてるんですけど」

 一人感動を享受していたカズマだったが、そんな余裕はアクアのどこにも残されていなかった。

 急かされる形にはなったが、まずは数列に及ぶ靴箱が並べられた風除室で、来客用の棚に靴を収め、用意されていたスリッパに履き替える。

 そしてフロントに向けて一歩踏み出した直後だった。

 カズマの足裏に、何か柔らかいものを踏んづけた感触が走る。

 下へ視線を向けた彼の目に映ったのは、うつ伏せになって倒れている一人の少女。

「わぁ⁉︎ わるい、大丈夫か?」

 驚きで仰け反りながらも、慌てて声をかける。

 だが、少女からの反応は何もない。

「お、おーい、生きてるか?」

「もしかしてカズマの踏みどころが悪くて、ショック死したんじゃないかしら」

 アクアの不吉なツッコミに益々慌てるカズマだったが、そんな彼らの耳に雷のような腹の音が聞こえた。

 音源はカズマたちの足元。

 二人が目をぱちくりさせていると、床に伏した少女が、

「あうう、こりゃもうやわだ……。腹減ったー、なまら腹減ったー……」

 と、弱々しい声を上げた。

 どうやら、極度の空腹のあまり扉の前で力尽きていたようだ。

 何か食べさせようにも手元に食料がない。

 ひとまず寮の管理人に伝えた方が良いだろう。

「誰だか知らないけどちょっと待ってろ、いま管理の人を呼んでぁダダダダダ⁉︎」

 様子を見ようと屈んだカズマの手に、その少女はいきなり噛み付いてきた。

 それも、空腹による飢餓状態とは思えないほどの凄まじい力で。

「このやろう、いきなり何すんだよ、放せ!」

「グルルルルル、肉まん……肉まん食わせろーっ!」

 あまりの痛さにカズマが手を振り回すが、少女は野良犬のように低く唸り声を上げ、がっしりと食らいついて離さない。

 アクアは突然の光景に、呆然とするだけで動けずにいる。

 そんな騒ぎを聞きつけたのか、一人の女性がロビーに顔を出した。

「あら、なんだかとっても賑やかね。ミーアちゃんたら、もう新しい研究生の人と遊んでもらっているの?」

 朗らかな笑顔を浮かべ、おっとりとした声で話しかけてきた女性。

 彼女のフワッとした雰囲気とは逆に、カズマは悲鳴を上げる。

「違う、遊んでない! 手が、手が喰われる! 助けてくれ!」

 子供の頭を抑えていた手で齧られている部分を指差しアピールした。

 ようやく状況を理解した女性が、慌てて駆け寄ってくる。

「ええっ⁉︎ ミーアちゃんたら、そんなことしちゃめっよ。ほら、おやつに作ったこのお饅頭を……」

 女性が懐から饅頭の袋を取り出した瞬間、ミーアと呼ばれた少女は風のような速さでカズマの手を離し、いつの間にか饅頭を頬張っていた。

「……っぷはぁ、なまら美味え! 腹が減りすぎて死んじゃうかと思ったぞ。うぅ、でもまだまだ足りない。エイミー、おかわりだ!」

「あらあら、ミーアちゃんたら。でも、もうすぐ夕ご飯ができるから我慢してね。あと、お口が汚れちゃってるわよ」

「うー、わかった」

 先ほどの野生児っぷりはどこへやら、素直に頷き口元を拭われるミーア。

 場面が落ち着いたところで、エイミーと呼ばれた女性はカズマに向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。

「うちのミーアちゃんが本当にごめんなさい。申し遅れましたが、私はエイミー。この学生寮『サムイドー』の寮監をしています。そしてこっちの可愛い子が――」

「ミーアはミーアっていうんだ! さっきは齧ってごめんな!」

 言って、ミーアはペコリと頭を下げた。

 ミーアは肩口で切り揃えられた茶色の髪にアホ毛、整った顔立ちに、肩紐のついた動きやすい服装をした、いかにも元気っ子といった少女。

 本人の人懐っこさもあり、非常に親しみやすい。

「俺はカズマ。佐藤和真だ。今日からここでお世話になる」

「私はアクアよ、よろしくね二人とも!」

 名前を聞いたエイミーは、嬉しそうに微笑んだ。

「やっぱりね、本局から話は聞いているわ。学生寮サムイドーへようこそ。よろしくね、カズマくん、アクアさん」

 対してエイミーは、ゆるく二つに結びにした腰まで届く色素薄めの茶髪に均整の取れた顔。

 カズマと同じくらいの身長に、溢れんばかりの巨乳、そして圧倒的母性。

 中年の厳しい寮母を想像していたカズマにとって、予想外の美人との相対は非常に緊張を強いられる。

 思わず体が硬直するのも無理はないだろう。

 ただ、一つ気になることがあった。

「あの、表のプレートにC-O-L-D-Oって書いてあった気がしたんですけど、あれって学生寮の名前じゃなかったんですか?」

 エイミーは今、この寮を「サムイドー」と呼んだ。

 あのスペリングからして、コルドーなどと読ませるのかと思っていただけに、思わず聞かずにはいられなかった。

「ふふ、スペルはあれであっているのよ。ほら、寒いって英語で『COLD』って書くじゃない? それにドーを足して、COLDO(サムイドー)って読ませるの。可愛いでしょ?」

 ただのダジャレであった。

 最先端の魔法都市にある寮の名前が、そんな安直な理由で決まっていいのだろうか。

「なまらいい名前だろ? あれはミーアが考えたんだ!」

「本当に、ミーアちゃんのネーミングセンスは天才的よね」

 胸を張るミーアを猫可愛がりするエイミー。

 その光景を、カズマとアクアは何とも言えない顔で見守るしかなかった。

「……えーっと、それで。今日から住むにあたっての説明とか、してもらえますか?」

 収拾がつかなくなりそうだったので、カズマが話を戻すと、エイミーはハッとしたように手を打った。

「いけない、忘れるところだったわ。いま準備するから、ロビーのソファーで待っていて」

 どうやら本来の業務を失念していたらしい。

 パタパタとフロントの奥へ消えたエイミーを見送り、二人はソファーに腰を下ろした。

「エイミーが準備してる間、ミーアはセロリの世話をしてくるぞ!」

 ミーアもそう言い残し、元気よく廊下を走り去っていった。

 ほどなくして、個人管理用のタブレットを抱えたエイミーが戻り、カズマたちの向かい側に座った。

「お待たせ。それでは説明を始めるわね。今二人のスマホに、この学生寮専用アプリの招待リンクを送信したわ。そのリンクからアプリを入れてもらったらすぐにトップページにいくから、管内案内を見ながら聞いてちょうだい」

 言われてスマートフォンを開いてみると、確かに一件のメールが届いていた。

 リンクをタップすると、ナノデバイスとの照合が瞬時に行われたのか、面倒な会員登録もなしに「ようこそ、佐藤和真様」という文字と共にアプリが立ち上がった。

 メニューから「管内案内」を選択すると、寮の外観と詳細なフロアマップが表示される。

「詳細はガイドラインを後で読んでほしいんだけど、今は大事な部分だけピックアップするわね」

 エイミーは二人が画面を開いたのを確認して、説明を始めた。

「まずは寮の構造から。この建物は東西二つの棟に分かれていて、このフロントを中心に右手が東棟、左手が西棟よ。右手に行けば食堂とキッチン、左手に行けば大浴場があるわ。清掃時間を除けばどちらも二十四時間利用できるから、深夜に小腹が空いて自炊したり、研究疲れで湯船に浸かりたくなっても大丈夫よ。洗濯機や乾燥機は大浴場の奥にあるから各自で使ってね」」

 自身のタブレットをカズマたちに向け、画面をスワイプしながら施設を説明していくエイミー。

「二階から上が居住フロアよ。東棟が男の子、西棟が女の子で分かれているけれど、交流を制限するような古いルールはないから安心して。部屋は一人部屋と相部屋があるけれど、今回はちょうど一人部屋が空いていたから、そちらを割り当てておいたわ」

 一人部屋と聞いて、カズマは内心ほっと胸を撫で下ろした。

 同性と話すのに苦手意識があるわけではないが、やはり自分だけの部屋というのは欲しいところ。

 精神的な安らぎが何より必要な元引きこもりにとって、渡りに船の提案だった。

「主だった施設はこんなところね。あとは、一番大事なことを説明するわ。『COLDOでの約束事』というページを開いて」

 カズマたちが指定されたページを開くと、そこには子供の手描きイラストで彩られた、温かみのある規約が並んでいた。

「皆には安全に、気分よく学園生活を楽しんで欲しいの。でもここは学生寮、多様な価値観を持った研究生が共同生活を送る場所よ。家族でもないし、年齢も国籍も違う人たちが集まる。だからこそ、最低限のマナーと相手への敬意だけは忘れないでほしいの」

 神妙な面持ちで語るエイミーの言葉に、カズマとアクアは自然と背筋を正した。

 そんな二人に、エイミーはふっと柔らかい笑みを浮かべる。

「でも、ここでしか経験できない楽しいことも沢山あるはずよ。だからいっぱい勉強して、いっぱい楽しんでね!」

 その圧倒的な慈愛と母性を前に、カズマの胸がトゥンクと鳴ったのは、もはや不可抗力と言えた。

「それじゃあ、説明はこれでおしまい。今からお部屋に案内するから、それが終わったら皆で……」

 エイミーが言いかけたその時、廊下をパタパタと駆ける音が響いた。

「エイミー、腹減った! 飯食わせろ!」

 現れたのは、先ほどセロリの世話をすると言って飛び出した割に、その右手にトウモロコシを掴んだミーアだ。

 頬や手を土まみれにした彼女の腹から、盛大な音が鳴り響く。

「ミーアちゃんたら、またどろんこになって。でもちょうどよかったわ。お部屋の案内が終わったら歓迎会を兼ねた夕食にするから、先にお顔と手を洗っていらっしゃい」

「わかった!」

 元気よく返事をして、ミーアが再び廊下を駆けていく。

 それを見届けたエイミーが、カズマたちに微笑みかけた。

「今日は二人を歓迎するために気合を入れて作ったから、期待してね」

 食事の当てがなかった二人にとって、これほどありがたい誘いはない。

 不慣れな移動で足は棒のようになり、今さら学園外へ買い出しに行く元気など、カズマには一ミリも残っていなかったのだ。

「手、洗ってきたぞ! ミーアも案内を手伝う! その方が早く飯にありつけるからな!」

「ありがとうミーアちゃん。それじゃあ、私がアクアさんを、ミーアちゃんがカズマくんを案内してくれるかしら」

「任せとけ! ほらカズマ、早く行くぞ!」

 はやるミーアに腕を引かれ、カズマはつんのめりそうになる。

 よほど早くご飯を食べたいのだろう、ミーアの引っ張る力はかなり強い。

「ちょ、いきなり引っ張るなって。てかお前、俺の部屋の場所分かるのかよ」

「あ、そういえば知らないや」

「おい」

 おっちょこちょいなミーアに呆れるカズマに対し、エイミーがニコニコと補足する。

「カズマくんのお部屋は『E0904』よ。エレベーターで九階まで上がってね」

「よっし、カズマこっちだ!」

 ミーアに引きずられるようにして、カズマはフロントの裏手にあるエレベーターホールへと連行された。

 そこには向かい合わせに二台ずつエレベーターが設置されており、ミーアは迷わず手前のスイッチを押す。

 扉が開くと同時に飛び乗り、ミーアは九階のボタンを押してから、スマートフォンを操作パネルのリーダーにかざした。

「ここのエレベーターは、スマホをかざして認証しないと動かないんだ。ミーアはよくスマホを忘れるから、そのせいで階段を使う羽目になるんだぞ。ケチだよな」

 文句を言うミーアだったが、これがセキュリティ上の問題であることは言うまでもない。

 エレベータが開くと同時にミーアは廊下に飛び出し、左手に続く廊下を駆けていく。

 その後ろ姿を見失わないようカズマも早足で追いかける。

 辿り着いた「E0904」のプレートがかかった扉の前で、彼女は誇らしげに待っていた。

「ここがカズマの部屋だ! スマホをかざせば開くぞ」

 言われるままにスマートフォンをリーダーに近付けると、電子音と共にロックが解除された。

 ――ここすらスマホなのかよ。

 あらゆる機能があまりにスマートフォン一つに集約されすぎており、流石に戸惑いを隠せない。

 確かに一つのデバイスで全てのことが成せれば便利だと思ったことはあるが、ここまで徹底されると、それはそれで大丈なのかと心配になる。

 これはつまり、スマートフォンをなくした場合はあらゆることができなくなるということ。

 リスクの分散という面で、これは正しい体制なのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えながら扉を押し開ける。

 そこには、想像以上に広く落ち着いた空間が広がっていた。

 十畳ほどのワンルームには、機能的なデスクとベッド、そして魔素観測用の機材を置くためのスペースまで確保されている。

「どうだ、気に入ったか?」

「ああ、思っていた以上に快適そうだ」

「だろう? なにせ家具はミーアとエイミーが選んだからな! センスがいいのは当然なんだ!」

 期待通りの反応に、ミーアは自慢げにふんぞり返る。

「さっきから思ってたんだけど、ミーアとエイミーさんは本当に仲がいいんだな。俺にも弟はいたけど、お前らほど仲良くなかったぞ」

 カズマの中での兄弟姉妹像は、大概の場合はお互いに牽制しあったり喧嘩ばかりだったりと、仲がいいという印象が薄い。

 それだけに本当に仲が良さそうなミーアとエイミーの関係に心底驚いていた。

 カズマの言葉にミーアは嬉しそうに答える。

「エイミーはミーアが小さい時からずっと側にいてくれてるからな。だから、ミーアはエイミーのこと、本当のねーちゃんみたいに思ってるんだ」

「へー本当のねーちゃんみたいにな……うん、本当の?」

 てっきり本当の姉妹かと思っていたのだが、もしかして違ったのだろうか。

 その答えは笑顔のミーアがすぐに答えてくれた。

「エイミーはミーアの家の近くに住んでて、ミーアの母ちゃんとエイミーの母ちゃんが知り合いだったから、昔からよく一緒に遊んでたんだ。それですごく仲が良くなって気がついたらずっと一緒にいるようになってたな」

 ということらしい。

 親同士のつながりや地域交流の多い場所では良くある光景ではあるが、かと言ってここまで親密な仲になるのも珍しい。

 特に昨今では地域交流さえも減少している。

 そのような背景において、このような輝かしい擬似姉妹愛が発生するのはなんとも素晴らしいことである。

 そんな輝かしさを眩しく感じていると、再びミーアの腹の虫が鳴った。

「そんなことより飯だ! もうミーアの胃袋は限界だ!」

「わかった、わかったから引っ張るな!」

 子供とは思えない怪力に引きずられ、カズマは早々に食堂へと連行された。

 

「うーん、やっぱエイミーの料理はなまらうめえ!」

 食堂には、驚くほど豪華な料理が並べられていた。

 ミーアはそれらを飢えた獣のような勢いで料理を平らげていく。

 その食欲は凄まじく、既に大人三、四人前は胃の中に消えている。

 周囲の学生には見慣れた光景なのか、特に気にした様子はない。

「もう、たくさん食べるミーアちゃんも可愛いんだから」

 爆食する彼女を見守るエイミーの表情は、今にも溶け出しそうなほど恍惚としていた。

 その溺愛っぷりは、事情を知らない人間が見ればただの変質者である。

「おかわりだ!」

「はい、どうぞ。せっかくだし私の唐揚げも食べていいわよ」

「本当か! エイミー大好き」

「ミーアちゃん! 本当に、本当に可愛いんだから! 私も大好きよ」

 突如始まるメロドラマ。

 愛情たっぷりにミーアを抱きしめるエイミーだが、その顔がいよいよやばい。

 このまま間違って食べてしまいそうな勢いだ。

 そんなありえない不安がカズマとアクアの中に芽生えるほどのエイミーの溺愛っぷり。

 これで血の通った姉妹ではないというのだから本当に驚きである。

「カズマとアクアはおかわりしないのか?」

「そうよ、遠慮せずに食べていいんだからね。それとも、口に合わなかったかしら?」

 心配そうに尋ねてくるエイミーだが、それに対するカズマとアクアの反応は鈍い。

 理由はお察しの通り。

「いや、すごく美味しいですよ。ただ、すでにお腹いっぱいというか……」

 はち切れんばかりの胃袋を持つ妹分と、それを無限の愛で包む寮監。

 強烈な二人に挟まれ、カズマとアクアは物理的にも精神的にも胃もたれしそうになっていた。

「そういえば、二人は明日の予定は確認したのかしら?」

 ふと思い出したように、ミーアを抱きしめたままの体勢でエイミーが尋ねる。

 予定も何も、昨日いきなりプロジェクトへの参加が決まり今日この都市に飛ばされ、つい先ほど学生寮に到着したばかり。

 明日以降の予定など何も聞かされていない。

「いえ、なんかあるんですか?」

「あら、それは大変。スマホの通知はちゃんと見たほうがいいわよ。明日から二週間、全研究生必須の『初期オリエンテーション』が始まるはずだから」

 エイミーの言葉に、カズマとアクアは顔を見合わせて慌ててスマホを取り出した。

 言われた通りに通知を開くと、未読メールの最上段に「【重要】GBW計画・初期オリエンテーションへの参加確認について」という、いかにも公的な件名のメールが鎮座していた。

 慌てて中身をスクロールしたカズマの顔から、急速に血の気が引いていく。

 

『……本プログラムは、ナノデバイスの定着確認および都市適応を測るための法定研修です。本日23時59分までに参加意思の表明が確認できない場合、被験者としての適性を欠くと判断し、即時退去を含めた処分の対象となる可能性があります』

 

「本日って、あと数時間しかないじゃないか! おい、これ今気づかなかったら、明日には俺たち路頭に迷ってたぞ⁉︎」

「嘘でしょ⁉︎ 私、エリート職員なのに、初日の夜にクビ宣告を受けるところだったじゃない!」

 泣きべそをかきながらスマホを振るアクアを横目に、カズマは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 ネットゲームの規約なら読み飛ばしても実害はないが、ここは国連主導の国際プロジェクトの最前線だ。

 情報の見落としがそのまま「人生の詰み」に直結しかねない、実験都市のシビアな現実を突きつけられた気分だった。

「あ、あの、エイミーさん……! 本当にありがとうございます。エイミーさんが教えてくれなかったら、多分俺たち疲れて、メールの存在すら気づかずに寝てました……」

「本当にありがとうね!」

 二人の必死すぎる感謝に、エイミーは困ったように、けれど優しく微笑んだ。

「ふふ、初日は荷解きや移動でバタバタするものね。でも、間に合ってよかったわ。私の方からも事務局に『新入生の到着を確認し、ガイダンス済み』として、一報入れておくわね。そうすれば、深夜の返信でも心象が悪くなることはないはずよ」

「助かります……マジで」

 エイミーの圧倒的な慈愛を前に、カズマは情報がこの街での生存に直結することを骨身に染みて噛み締めていた。

 しかし、エイミーの表情は少しだけ真面目なものに変わる。

「門限や通知の確認は、明日からは自分たちで徹底すること。今回は私がいたけど、二回目以降は情状酌量の余地なしとして、成績やポイントに大きく響くことになるかもしれないからね」

「肝に銘じておきます……」

 フォローへの感謝と、次は助けがないという重い警告。

 カズマは二度と重要な通知を見逃さないことを誓い、震える指で「参加」のボタンをタップした。

「よかったわ。それじゃあ、明日からのオリエンテーション、頑張ってね」

 エイミーからの鼓舞に、曖昧な相槌しか打てないカズマとアクアだった。




次回、めぐみん登場!
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