この素晴らしい魔法学園に祝福を! 作:バニルの弟子:ショーヘイ
翌朝、カズマたちを待っていたのは、魔法都市ベルゼルグの日常という名の過酷な洗礼だった。
午前中のカリキュラムは、体内に注入されたナノデバイスの定着確認を兼ねた、精密な健康診断から始まる。
医療用魔導端末から放たれる青白い光が、カズマの細胞一つ一つの活動をスキャンし、リアルタイムでバイタルデータが壁一面のモニターに投影されていく。
魔素理論の基礎座学では、この都市の物理法則を書き換える魔素の挙動を、数理モデルを用いて徹底的に叩き込まれた。
壇上の講師は、既存のエネルギー体系がいかに前時代的であるかを説き、魔素による新規インフラ構築こそが学術的正義であると、冷徹な口調で繰り返す。
昼食を挟んだ午後のプログラムは、さらに身体的、精神的な負荷を高めていった。
カズマたちは広大な学園敷地内を歩き回り、各地に点在する観測センサーの保守点検を命じられた。
地中に埋設されたセンサーの反応を確認し、実験用機材のわずかなノイズも見逃さずに整備・記録を行う実習は、地味ながらも極度の集中力を要求される。
慣れない共同生活と、現代技術を遥かに凌駕する魔素工学の基礎を叩き込まれる日々。
約半年ぶりに学校という組織に属したカズマにとって、それはかつての引きこもり生活とは対極にある、過密なスケジュールの連続だった。
それは数年ぶりに学習という行為に従事しているアクアにとっても同様だった。
アクアは、数式が並ぶ黒板の前で白目を剥き、実地訓練では魔素密度の高さに過剰に反応して、何度も計器をショートさせては教官に泣きついていた。
そうして、瞬く間に二週間が経過し――
「――以上で、二週間にわたる基礎研修を修了とする。全員、個人のスマートフォンに単位修得の証明バッジが送信されているはずだ。確認しておけ」
実習棟の講義室。
壇上の教官が無機質な声で告げると、室内のあちこちで電子音が鳴り響いた。
カズマも手元の端末を確認する。
画面には「基礎研修:済」のスタンプが表示されていた。
「よ、よっしゃああ! やっと、終わったぜ!」
「これで明日からは退屈なセンサー設置とか、魔素の記録なんていう地味な実習からおさらばね!」
隣の席ではアクアが、これまでの苦労を全て忘れたかのような笑顔ではしゃいでいる。
他の学生も同様で、みんな一様に喜びを噛み締めていた。
だが、教官は学生たちの喧騒を制することなく、冷淡な眼差しで話を続けた。
「最後に、明日から本格的に開始する実地演習について改めて説明しておく。これまでの座学でも述べた通り、現代魔素工学における現象化は、個人の資質のみでは決して成立しない」
教官が手元のコントローラーを操作すると、背後の巨大スクリーンに、三つの円が複雑に重なり合う図解が投影された。
「学園が推奨する標準的な研究グループは、エネルギーを現象化させるための『三段階のプロセス』によって構成される。第一に、周囲から魔素を汲み上げ、利用可能な力として供給する『発生』。第二に、その力を熱や光、あるいは物質的な干渉へと形を変える『変換』。そして第三に、出力の強度を安定させ、システム全体を保護する『制御』。この三つのプロセスが揃って初めて、魔素は『事象』として成立し、観測可能なデータとなる。ゆえに学園は、異なる専門性を持つ学生が互いに欠落を埋め、補完し合うグループでの運用を強く推奨している」
教官の淡々とした説明を、カズマは頭の中で自分なりに噛み砕いて整理した。
魔素による現象を起こすには、発生・変換・制御の三つが必要。
例えるならば、自分の部屋で電気を使うために、発電機と変電所とブレーカーをセットで揃える必要があると言ったところか。
だがこの三つはあくまで最低限必要なもの、他にも適正の種類はいくつか存在する。
カズマは、自分のプロフィール欄に記された「観測」という適性文字を見つめる。
この適性は、重要な三工程が正しく動いているかを外から観察し指摘する、いわば現場監督の助手のような立ち位置。
極論、測定器さえ置いておけば人間はいなくてもいい、数合わせの予備員扱いである。
「ねえカズマ、聞いた? グループで成果を出せば、ポイントがたくさん貰えるんですって! これさえあれば、あの街で見た最高級のシュワシュワも、毎日浴びるほど飲めるわよ!」
アクアがカズマの袖を引っ張りながら、不純極まりない期待を口にする。
「おい、まずは演習を成功させることが先決だろ。お前の場合、うまく行く時は無駄に高評価な癖に安定感が皆無なんだからな」
チラリとアクアの数値を確認すれば、「発生」においては測定不能なほどの最高値を叩き出している。
しかも変に小器用なためか、感覚だけで「変換」も「制御」もこなせてしまうので、一見すれば学園の宝のような人材だ。
だが、彼女には理論という概念が一切欠落していた。
出力されるデータは毎回デタラメで、第三者が再現できるような「研究成果」としての価値はゼロ。
理屈の伴わない現象など、ただのマグレとしか認定されないのだ。
なんとももったいない。
「明日からの演習内容とその成果により、付与されるポイントは大きく変動する。誰と組み、どのような結果を残すか。それこそが、この学園での君たちの価値そのものだ。それを踏まえてグループを作るように。以上、解散」
教官が壇上から去るやいなや、講義室は堰を切ったような喧騒へと塗り替えられた。
「カズマ、何をそんなに暗い顔をしているのよ」
オリエンテーションが終わった開放感からか、ご機嫌なアクアが腕をグーっと伸ばしている。
「いや、明日からの演習を考えるとな。お前はいいかもしれんが、俺の適性は観測なんていう、いてもいなくてもほぼ変わらない役割なんだ。不安にもなる」
「大丈夫、この私がいるんだもの、サクッと終わるわよ! 期待してちょうだい!」
――ものすごく不安なのだが。
だが、これでもアクアは魔素研究をずっと前線で行っていた国立研究機関の職員。
学生相手に遅れをとることもないか。
そう思い直したカズマは重い足取りで立ち上がると、騒がしい講義室を後にした。
第四実験圃場。
泥濘んだ湿地帯の一角で、カズマは重い溜息をついた。
目の前には、土壌から巨大な頭部だけを覗かせた、不気味な金属製の筐体がある。
「環境浄化用・生体模倣型魔導機器」、通称トード・ユニットだ。
水辺の不純な魔素を吸い込み、内部で濾過・変換して排出するこのインフラ設備は、その設計主任の病的なこだわりにより、見た目も質感も巨大なカエルそのものだった。
「ねえカズマ、いつまでそんな小さな道具でチマチマやってるのよ。さっさと私が発生させた魔素で中を洗い流してあげれば、こんなのすぐに終わるわよ?」
カズマが絶縁マルチツールを手に、固着した泥と格闘しながらメンテナンスマニュアルを読み上げている横で、アクアが退屈そうに鼻を鳴らした。
「うるさいな。手順Aによれば、まずは口部の強制開放シーケンスだ。これを適当にやると安全装置が作動して……」
「もう、見てられないわね! エリートの仕事を見せてあげるから、そこどきなさい!」
アクアはカズマを突き飛ばすと、ユニットの吸入口――すなわちカエルの口の至近距離まで詰め寄った。
高純度の洗浄用の魔素を片手で発生させると、そのまま強引に回路へと流し込み始める。
だがその瞬間、ユニットの目が赤く明滅した。
規格外の魔素放射を感知したデバイスが、回路保護のための「緊急平均化モード」へ移行したのだ。
「ひゅ……?」
アクアが間抜けた声を上げた刹那、ユニットの口内からゴム質の吸引触手が電光石火の速さで伸びた。
「いやあああああああああああ⁉︎」
物理的な重圧を伴う強烈な吸引。
アクアの身体は抵抗する間もなく引きずり込まれ、その上半身はスッポリと機械の口の中に収まってしまった。
腰から下だけを外に投げ出し、泥だらけの足をジタバタと暴れさせるアクア。
本来は魔素を吸い込むための装置だが、異常な魔素源を仕様に基づいて物理的に強制吸入したのである。
「アクアー! おま、食われてんじゃねええええ!」
だが、トード・ユニット側の受容キャパシティも限界だった。
アクアというあまりに巨大なエネルギー源を飲み込んだことで処理系がオーバーフローを起こし、ユニットは回路から凄まじい白煙を吹き出しながら、ガクンと沈黙した。
「ぶはっ……! げほっ、うえええええええっ……!!」
救出されたアクアは、全身が青白いカエルの保護粘液と、浄化に失敗して蓄積していた魔素の澱の混合物でドロドロにコーティングされていた。
その横には機能を停止したトード・ユニット。
今度はちゃんとマニュアルに従い、メンテナンスは完了している。
「ううっ……ぐずっ……あ、ありがど……、がずま……あ、ありがどうねえ……っ! うわああああああああああんっ…………!」
鼻を突く金属臭と焦げたような悪臭を放ちながら、アクアはなりふり構わず泣きじゃくる。
流石のアクアも、捕食は堪えたらしい。
「だ、大丈夫かアクア、しっかりしろ……。その、今日はもう帰ろう。帰って風呂に入って、明日以降もっと装備と整えてからにしよう」
カズマが宥めも聞かず、アクアは粘液でヌラヌラと体中をテカらせながらも立ち上がる。
「たかが学園の設備にここまでされて、黙って引き下がれるものですか……! 私の美学が、この泥と油に塗れたまま終わるなんて許さないわ!」
アクアはカズマが止める間もなく、数メートル先で不気味に沈黙している別のユニットへと突撃した。
「私を汚した罪、その回路に刻みなさい! ゴッドブローおおおおっ!」
アクアの拳に、眩いばかりの青白い光が凝縮される。
それは高密度魔素集束と呼ばれる技術だ。
理論上、それは単なる打撃ではない。
打撃点の物理定数を局所的に書き換え、事象そのものを強制崩壊させる超高度な干渉技術である。
しかし、その一撃はユニットの柔軟な衝撃吸収用ラバー外装にぶよんと吸い込まれるように無効化された。
それどころか、攻撃を受けたユニットの自衛センサーが過剰に反応し、その吸入口を大きく開放する。
「あ……」
反動でよろめいたアクアの眼前で、再び不吉な暗黒が広がった。
ズチュウ、という不快な吸引音とともに、本日二度目となる絶望的な吸引が走る。
「いやあああああ!」
カズマの視界で、再びアクアの頭部が吸入口に吸い込まれていく。
先ほどと同じく、腰から下だけを外に晒し、粘液まみれの足をビクンビクンと痙攣させるアクア。
カズマは深い、本日最大級の溜息を吐きながら、強制シャットダウン用の端末を操作し始めた。
「……終わったら、まずは除染シャワーだな」
夕暮れの湿地帯に、粘液まみれの女のくぐもった泣き声だけが、虚しく響き渡っていた。
その日の夜。
「アレね、二人じゃ無理だわ。仲間を募集しましょう」
学生寮の食堂にて、エイミーが腕によりをかけた夕食を食べながら作戦会議をしていた。
「仲間と言ってもロクな技術もない俺たちと組んでくれる奴なんかいると思うか?」
口いっぱいにハンバーグを頬張ったアクアは、手にしていたフォークを左右に振る。
「ふぉのわたひがいるんだはら、なかああんて……」
「飲み込め。飲み込んでから喋れ」
口の中の物をゴクリと飲み込み、アクアはドヤ顔で胸を張った。
「この私がいるんだから、仲間なんて募集をかければすぐよ。なんせ、私は天界研究所のエリートよ? あらゆるエネルギー増幅ができるし、有害な魔素の除去だってお手の物。どこのグループも喉から手が出るほどに欲しいはずよ」
アクアは自信満々に、持論を展開し始めた。
「掲示板でちょろっと募集かければ、お願いですから連れてってくださいって輩が山ほどいるわ! 分かったら、あんたの唐揚げもう一つよこしなさいよ!」
返事を聞く前にカズマの皿から唐揚げを奪い取る自称エリート職員。
「……変な条件とかつけるなよ? 効率重視だぞ。俺は早くポイント貯めて、新作ゲームとか買いたいんだからな」
「わかってるわよ! 私に見合う最高のメンバーを厳選してあげるんだから! 感謝しなさいよね!」
不安しかなかったが、その夜はアクアに募集を任せ、カズマは眠りについた。
翌日の昼下がり、アクセル学園のメインロビーにて。
「……………………来ないねぇ……」
アクアが、寂しそうにションボリと呟いた。
募集要項に記載した集合場所にて、二人はかれこれ半日以上も待ち続けている。
別に、募集内容が他の学生に見てもらえていない訳ではないらしい。
周囲でも同様に演習グループ募集をしている学生たちはそこそこいたが、彼らは次々と希望者と合流し、何やら談笑した後に連れ立って立ち去っていく。
誰も来ない理由は分かっていた。
二週間のオリエンテーションを経て、アクアの「スペックは高いが制御不能な問題児」という悪評が、すでに学園内に広まっているのだ。
証拠に、募集画面の閲覧数はそれなりにあるのに、今に至るまで誰一人として顔を見せに来てくれていない。
だが、流石にこのまま誰も来ないのではここにいる意味が無い。
しょうがない、ほとぼりが冷めるまで、しばらくは学園内の清掃バイトでも……。
カズマがそう思っていた時だった。
「――募集の掲示板、見させていただきました」
不意に聞こえてきたのは、どこか気だるげな、眠そうな紅い瞳の少女だった。
黒くしっとりとした質感の、肩口で切り揃えられたボブカットの髪。
黒マントのようなオーバーコートを羽織り、魔素事象の発現を補助する杖状のデバイスを持っている。
まるで精巧な人形のように整った顔立ちをしているが、どう見ても中学生――十二歳から十三歳くらいにしか見えない。
片目を眼帯で隠したその小柄で細身な少女は、芝居がかった動作でカズマの前に立った。
「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、最強の攻撃魔法、爆裂魔法を操る者!」
「…………冷やかしにきたのか?」
「ち、ちがわい!」
女の子の自己紹介に思わず突っ込んだカズマに、少女は慌てて否定する。
――いや、めぐみんってなんだ。
全員が一度は通るであろう疑問である。
「……その赤い瞳。もしかして、あなた紅魔学習塾の出身?」
アクアの問いに、少女はこくりと頷いた。
「いかにも。我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我の魔法は山をも崩し、岩をも砕く……」
言っているうちに、突如その場に少女がうずくまりだした。
「おい、大丈夫か?」
慌てて駆け寄るカズマの耳に、グーっと聞き覚えのある音が聞こえる。
「……もう三日も何も食べてないのです……何か食べさせていただけませんか?」
めぐみんと名乗る少女は、悲しげな瞳でじっとこちらを見つめてきた。
それと同時に、彼女の腹から空腹の調べが鳴り響く。
カズマは呆れながらも、とりあえず彼女の学生証をスキャンさせてもらった。
【高橋 恵(MEGUMI TAKAHASHI)/研究生/高密度魔素干渉専科】
――高橋恵じゃねえか。
あまりに普通な本名と、中二病全開の自称のギャップにカズマは心の中で激しくツッコんだ。
「……ええと、カズマに説明すると、彼女は紅魔学習塾っていう今回の魔素研究プロジェクトのために外部から丸ごと招聘された専門塾の学生よ。ここの塾生は高い知力と強い魔素適性を持っていて、大抵は『変換』のエキスパートになるわ。そして、紅魔のコミュニティでは、赤い目とか変わったあだ名を名乗るのが格好いいとされているのよ」
なるほど。
風の噂で、紅魔学習塾という組織の優秀さはカズマも耳にしていた。
あまりに卓越した技術を持つため、学園側が特別に参画を依頼したエリート集団なのだ。
本物の紅魔出身者に会うのはこれが初めてだが、どうやら揶揄っていたわけではないらしい。
「変な名前とは失礼な。絶対にこっちの方が格好いいじゃないですか! 街の人のセンスの方が変わっていると思うのです。私の両親も格好いいあだ名を持っていますし」
「ちなみに、なんていうんだ?」
「母はゆいゆい、父はひょいざぶろー!」
何も言えず推し黙るカズマとアクア。
「…………とりあえず、この子の出身は変換の分野で極めて優秀な人材が多いんだよな? 仲間にしてもいいか?」
「おい、私の両親のあだ名について言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」
カズマが開く学生証を、アクアが横から覗き込む。
「学生証の偽造はできないんだし、彼女のステータスは『変換』適性ランクSで間違いないわ」
「確かに、この子の変換適性高いな。発生や制御も平均以上はあるし」
「それに、彼女が本当に爆裂変換をできるならすごいことよ。最難関の変換理論だもの。伊達にその年で研究生になってないわ」
アクアの太鼓判に、カズマは端末の画面を覗き込み、首を傾げた。
この学園で行われる魔素研究において、最も難易度が高いのが「変換」の工程だ。
通常、取り込んだエネルギーを物理現象に変えるには、変換用の演算器を介して複雑な数式を処理させなければならない。
インフラとして安定した出力を得るには巨大な設備が必須。
常人が演算器の補助なしで恣意的に事象を構築しようものなら、ライターの火を数秒灯すのが関の山である。
それが現代工学の常識であり、ハードウェア上の制約なのだ。
だが、紅魔学習塾の出身者は、その膨大な演算をすべて自身の脳内で行うという。
常人なら一秒で脳が焼き切れるような生体演算を、彼女たちは平然とやってのけるのだ。
どうやら、かなり優秀な人材であるようだ。
「あの、この子とか彼女でなく、ちゃんとめぐみんと呼んで欲しい」
抗議してくる自称めぐみんに、カズマは食堂のメニューを手渡した。
「まあ、何か頼むといいよ。俺はカズマ。こいつはアクアだ。よろしく、高橋さん」
めぐみんは何か言いたそうな顔をしたが、無言でメニューを手に取った。
「『爆裂』は変換理論の頂点。その分、演算にかなりの時間を要します。効率を考えれば、二手に分かれるのが賢明でしょう。私が左前方にある個体を担当しますので、カズマは右側の個体のメンテナンスをお願いします」
めぐみんが、ぬかるんだ湿地に点在する筐体を指差して提案した。
「了解だ。……おいアクア、聞いたな。お前は俺のサポートに回れ。余計なことはするなよ」
カズマは釘を刺しつつ、右前方の土中に埋まったユニットの横に膝をついた。
マニュアルが表示された手元の端末を操作し、診断シーケンスを走らせる。
すると、泥を被ったカエル型の筐体が不気味な排気音を上げ、内部に蓄積していた魔素の澱を蒸気と共にパージし始めた。
だが、その排出と同時にユニットのセンサーが赤く明滅する。
アクアから漏れ出す無防備な高密度魔素を「処理すべきエネルギー源」と誤認したのか、内部の安全装置が「緊急平均化モード」への移行を告げる警告音を鳴らし、地表へとその巨大な口部をカパッと露呈させた。
「まずい、またセンサーが過敏になってる。おい、アクア。お前が邪魔になってるんだよ。大人しく下がってろ!」
「なによ、昨日はちょっと油断しただけよ! 今日こそはこの私の高密度魔素をたっぷり注ぎ込んで、一瞬でオーバーフローさせてやるわっ!」
そう叫んで、案の定、ユニットから放たれた吸引触手に捕まり、吸入口から内部へと見事に上半身を飲み込まれたアクア。
彼女が粘液まみれになりながら、物理的にユニットの処理系をオーバーフローさせて足止めしている間に、めぐみんの演算が完了した。
「喰らうがいい、我が究極の破壊魔法を! 『エクスプロージョン』っ!」
閃光が走った。
めぐみんの携行する杖型のデバイスから放たれたそれは、遠方のターゲットに接触した瞬間。
視界が白一色に染まるほどの熱量と轟音と共に、ユニットを構成する原子構造ごと爆裂、霧散させた。
凄まじい衝撃波になぎ倒されそうになりながらも、俺は泥に足を踏ん張って顔を庇う。
煙が晴れると、ユニットのいた場所は半径十メートル以上にわたって大地が削り取られたクレーターに変貌していた。
「すっげー……。これが個人端末から出る出力かよ……」
その桁外れの破壊力に戦慄していると、ふと冷静な思考が頭をもたげた。
――待て、これって学園の備品だよな?
いくらメンテナンス演習とはいえ、インフラ設備を完全に粉砕消滅させて、修理不能のクレーターまで作って、始末書だけで済むのだろうか。
弁償金とか、ポイント剥奪とか、下手したら除籍もありうるのではなかろうか。
カズマが顔を青くしていると、今の衝撃波による地殻変動のせいか、足元の土壌が盛り上がった。
ユニットには地中の魔素を安定させるための「潜行モード」が備わっている。
それが今の爆発による圧力変化でシステムエラーを起こし、再起動して地表へ緊急浮上してきたのだ。
ちょうどめぐみんの至近距離で、巨大な金属のカエルが土を跳ね上げて這い出してくる。
「高橋さん、今度は壊さないでくれ! 正常化させるだけでいい!」
焦って叫びながら、めぐみんの方を向いた瞬間。
カズマの思考が停止する。
そこには、糸が切れた人形のように倒れ伏しているめぐみんの姿があった。
「ふ……。我が奥義である『爆裂魔法』は、その絶大な威力ゆえ、消費魔素も演算負荷もまた絶大。……要約すると、体内魔素と頭を使いすぎてオーバーヒートしたので、身動き一つ取れません。近くから新規ユニットが湧き出すとか予想外です。やばいです、吸い込まれます。すいません、ちょ、助け……」
「ちょ、お、お前ら、食われてんじゃねえええ!」
アクアが頭から突っ込んで停止させたユニットと、今まさに動けないめぐみんを吸い込んだユニット。
カズマは泥まみれになりながら、二基のユニットにそれぞれ強制シャットダウンのコードを叩き込み、なんとか演習ノルマを完了させた。
「うっ……うぐっ……。ぐすっ……。生臭いよう……。生臭いよう…………」
演習からの帰り道。
「ユニットの内部って、生臭いけどいい感じに温かいんですね……。知りたくもない実測データが増えました……」
粘液まみれでそんな事を言っているめぐみんは、カズマの背中におぶさっていた。
生体演算による変換は、自身の脳内リソースを超えて事象化を行うと、精神力だけでなく肉体にも影響が出るらしい。
そのような状態で大規模な事象展開を行うと、命に関わることもあるそうだ。
「今後、爆裂系の変換は緊急時以外は禁止だな。これからは、他の効率的な変換で頑張ってくれよ」
カズマの言葉に、背中におぶさっためぐみんが、しがみついている手に力を込めた。
「…………できません」
「…………は? 何ができないんだ」
カズマがオウム返しに聞き返す。
めぐみんが掴まる手にさらに力を込め、その薄い胸がカズマの背中に押し付けられた。
「私は、爆裂の変換しかできません。他には、一切の事象展開ができません」
「……マジか」
「マジです」
カズマとめぐみんが静まり返る中、今まで鼻をぐすぐす鳴らしていたアクアが、ようやく会話に参加する。
「爆裂以外できないってどういうこと? 爆裂系の変換は、いくつもの物理定数が複雑に絡み合っている高次理論でしょ。爆裂を扱えるくらいの演算能力があるなら、他の基礎的な事象なんて簡単にできるんじゃないの?」
つまり、上位の演算ができるなら、下位の事象を起こす演算をできないわけが無いということである。
カズマの背中で、めぐみんがぽつりと言った。
「……私は爆裂をこよなく愛する変換者。爆発系統の理論が好きなわけではありません。爆裂という事象だけが好きなのです」
そのこだわりの意味はカズマには理解できなかったが、アクアは真剣な面持ちでめぐみんの独白に耳を傾けている。
「もちろん他の変換を用いれば楽に演習ができるのでしょう。火、水、土、風。この基本事象を事前準備しておくだけでも違うはずです。……でも、ダメなのです。私は爆裂しか愛せない。例え今の私の演算リソースでは一日一発が限界でも。例え事象展開の後はオーバーヒートで倒れるとしても。それでも私は、爆裂しか愛せない! だって、私は爆裂を放つためだけに、この専科の道を選んだのですから!」
「素晴らしい! 素晴らしいわ! 非効率ながらもロマンを追い求めるその姿に、私は感動したわ!」
カズマは悟った。
この特異個体もまた厄介な性質を抱えているのだと。
よりによってアクアが同調しているのがその証拠と言えた。
これ以上問題児を引き取りたくないカズマの思考が、離脱の方法を探して巡り始める。
「そっか。多分茨の道だろうけど頑張れよ。お、そろそろ学園のゲートが見えてきたな。それじゃあ、窓口に着いたら今回のポイントを山分けさせてもらおう。うん、まあ、また機会があればどこかで会うこともあるだろ。では、到着したら解散、ということで」
その言葉に、カズマを掴んでいるめぐみんの手に力が込められた。
「ふ……。我が望みは、爆裂を放つこと。ポイントなどあくまでおまけに過ぎず、何なら山分けでなく、食事とその他雑費を出してもらえるなら、無報酬でもいいと考えている。我が絶大な力が今なら食費と雑費だけで! これはもう、長期契約を交わすしかないのではないだろうか!」
「いやいや、お前の力は俺たちには宝の持ち腐れだ。俺たちの様なグループには普通の汎用演算者が充分だ。ほら、俺なんか観測をやってる一般科だから」
カズマはそう言いながら、到着したらすぐに彼女を切り離せるように、必死でしがみ付いてくるめぐみんの手をなんとか緩めようとする。
だが、そのカズマの手をめぐみんが掴んで離さない。
「いやいやいや、観測でも一般科でも大丈夫ですから。私も区分上は研究生だけど、まだ演習経験が浅いですから。だ、だから、ね? お、お願いだから、手を引き剥がそうとしないで欲しいです」
「いやいやいやいや、爆裂一発しか使えない変換者とか、かなり使い勝手悪いし意味わかんないから」
この年で研究生扱いなのでインドア派かと思いきや、かなりの握力を有しており引き剥がせない。
「こ、こら離せ、お前多分他のグループにも捨てられた口だろ。というか屋内演習でもしようものなら、爆裂なんて狭い場所じゃ使えないし、いよいよ役立たずだろ!
「もうどこのグループも拾ってくれないのです! 屋内調査の際には、荷物持ちでも何でもします。お、お願いです、私を見捨てないでー!」
背中から離れようとしないめぐみんが、捨てないでだのと大声で叫ぶためか、あらぬ誤解をしている通行人たちがこちらを見てひそひそと噂していた。
すでに学園都市の市街地に戻ってきているため、全身ヌメヌメのアクアの姿もありやたらと目立つ。
「やだ……。あの男、あの女の子を捨てようとしてる……」
「あんな女の子を弄んで捨てるなんて、とんだクズね」
「見て? 女の子二人は粘液でぬるぬるよ? 一体どんなプレイをしたのよあの変態」
間違いなくあらぬ誤解を受けている状況だった。
そして、めぐみんにもそれが聞こえたようであった。
口元をにやりと歪める。
「どんなプレイでも大丈夫ですから! 先程の、トード・ユニットを使ったヌルヌルプレイだって耐えてみせま――」
「よーし分かった! これからよろしくなめぐみん!」
周囲の視線に耐えかねたカズマの叫びが、夕暮れの街に響き渡った。
同時にポケットのスマートフォンが震える。
『グループ結成申請を承認しました:アクア・アシアック、佐藤和真、高橋恵』
「おい、アクア! お前、いつの間に承認ボタン押したんだよ!」
「え? だって、カズマが『よろしくな』って言ったじゃない。面倒だから私が一括で処理しておいてあげたわよ。感謝しなさいよね!」
「言ってねえよ! 状況に流されただけだろうが!」
カズマの怒声が響く中、背中では、めぐみんが安心したように小さな寝息を立て始めていた。
こうして、目的も性格もバラバラなグループが誕生したのである。
次回、ダクネス登場