この素晴らしい魔法学園に祝福を!   作:バニルの弟子:ショーヘイ

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第六話 この新生グループに祝福を!

「あっ、ちょっとカズマ、やっと戻ってきたわね。あんたのおかげでえらい事に……って、どうしたの? その子は」

 ようやく戻ってきたカズマの隣でクリスが涙目になって落ち込んでいる。

 その様子に真っ先に興味を抱いたアクアが首を傾げた。

 カズマが説明するより早く、背後からダクネスがボソボソと事実を告げる。

「……ん。クリスはカズマにパンツを奪われた挙句、所持ポイントを全部毟られて落ち込んでいるだけだ」

「おい、あんた何口走ってんだ!」

 あまりに直球すぎる説明に、カズマは慌ててその口を塞ごうとした。

 しかし、今度は当の被害者であるクリスが、力なく口を開く。

「パンツ返すだけじゃダメだって。だから、いくらでもポイントを渡すからパンツ返してって頼んだら、自分のパンツの値段は自分で決めろって……」

「待て、おおい待て! 間違ってないけど、本当待て!」

 カズマの必死の制止も虚しく、クリスの告白は止まらない。

「さもなくば、もれなくこのパンツは我が家の家宝として奉られることになるって……」

「ちょっ⁉︎ 周りの女性陣からの視線も凍り付いてるから、本当に待てって!」

 学食内に突き刺さる、汚物を見るような冷徹な視線にカズマは怯えていた。

 だが残念ながら、今のやり取りをどう切り取っても、弁解の余地のない不審者そのものである。

 アクアとめぐみんの完全に引ききった視線が突き刺さる中、やがてクリスが吹っ切れたようにガバッと顔を上げた。

「公の場でいきなりパンツを盗られたからって、いつまでもメソメソしててもしょうがないね! ダクネス、悪いけど臨時で報酬のいい高難度演習に参加してくるよ。パンツを人質にされて有り金失っちゃったしね!」

「俺が悪かったから、もう勘弁してくれ!」

 いまだに怯えるカズマに対し、クリスはクスクスと意地悪く笑った。

「このくらいの逆襲はさせてね? それじゃあ、ちょっと稼いでくるから適当に遊んでいてねダクネス。じゃあ、いってみよう!」

 言い残すと、クリスはどこかへ走り去っていった。

「それで? カズマは、無事に環情制の技術を習得できたんですか?」

 めぐみんの問いかけに、ニヤリと不敵に笑って応じる。

「ふふ、まあ見てろよ。行くぜ、『スティール』ッ!」

 カズマが叫びめぐみんに右手を突き出す。

 すると、その手にはしっかりと黒い布切れが握られていた。

 そう、パンツである。

「……なんです? 技術を覚えて汎用性が高まったから、一般科から変態に専攻を変えたのですか? ……あの、スースーするのでパンツ返してください」

「あ、あれっ⁉︎ おかしいな、こんなはずじゃ……。波形が一致する対象をランダムで奪い取る技術のはずなのに!」

 慌ててめぐみんに返却し、いよいよ女子陣の視線がゴミを見るようなものに変わっていく中、それは突然起こった。

『緊急警報。緊急警報。農学部バイオ魔素研究室より、実験体が広域脱走。至急、近隣の全学生は回収任務に移行せよ』

 スピーカーから放たれた無機質な合成音声。

 思わず耳を塞ぎたくなるような音圧に顔を顰める。

 同時に、ポケットに入れていたスマートフォンからプッシュ通知がなった。

 画面には、【学園指定緊急演習課題:E-08】という太字が躍っている。

「……農学部管轄・自律飛行型環境観測ユニットの集団暴走、ね」

 カズマが画面をスクロールして詳細を確認していると、横から覗き込んだめぐみんが血色の良い顔で叫んだ。

「来ましたよ、キャベツです! キャベツがやってきたのですよカズマ!」

 ――いや、キャベツって何だよ。

「これ魔素データ収集ユニットじゃないのか? というか、よくある演習なのか?」

 カズマが画面上の無機質な名称と彼女の興奮ぶりを交互に見返すと、ダクネスが至極当然のように補足した。

「見た目がキャベツに似ているんだ。農学部の連中がそう呼んでいるのが広まったらしい」

 ダクネスによれば、この機体はまだ研究途上の試作段階であり、システムの脆弱性から定期的に集団暴走を引き起こすのだという。

「だから時々こういった緊急演習が出るのだが、そのたびに高額な報酬が設定されるから学生たちの間では一種のボーナスイベント扱いされているのだ」

「高額な報酬だと⁉︎」

 ダクネスの言葉に慌ててメールを読み返し、彼の思考から名前の疑問は綺麗さっぱり消失した。

 ――回収報酬:一ユニットにつき一万ポイント。

「おいお前ら、モタモタすんな! 行くぞ、荒稼ぎの時間だ!」

 カズマは先ほどまでの怠惰な態度を投げ捨て、学園広場へと全速力で駆け出した。

 

「なんじゃこりゃ」

 学園中央広場に到着した一行が目にしたのは、奇妙な光景だった。

 空を埋め尽くすのは、緑色の発光エフェクトを撒き散らしながら高速飛行する球体群。

 それらが不規則な機動で学生たちに肉弾突撃を敢行していた。

「ぎゃあああ! 痛い、鼻に当たった!」

「こら、逃げるなポイント!」

 ある者は逃げ惑い、ある者は魔素デバイスを構えて迎撃する。

 様々な人が入り乱れた乱戦状態だった。

「ボーッとしてる暇はないわよカズマ! 見てなさい、私の技術の真髄を!」

 アクアが空中に指を走らせると、彼女の周囲に高密度の水属性に変換された魔素が霧のように展開された。

 それは単なる霧ではなく、粘性を持たせた魔素のトラップだ。

 突進してきたキャベツたちがその領域に踏み込んだ瞬間、粘着質な魔素に絡め取られ、失速して地面に転がっていく。

「おお、やるじゃないか。よっし、次は俺の番だ。クリスに教わった魔素感応、実戦で試させてもらうぜ!」

 カズマは喧騒のなかで目を閉じ、意識を外の世界へと拡張した。

 魔素感知を全開にし、飛び交うキャベツたちの魔素波形を探る。

 魔素の波形が揃った瞬間、カズマは空間の情報を強引に書き換えた。

「『スティール』ッ!」

 右手にズシリとした重みが走る。

 目を開けると、そこにはキャベツの本体ではなく、鈍く光るデータチップと、まだ熱を帯びたエネルギーコアが握られていた。

 一方、空中で中身を抜かれたキャベツの外殻は、制御を失ってそのまま放物線を描き、遠くの植え込みに突っ込んでいった。

「よし! これなら分解の手間も省ける。どんどん行くぞ!」

 カズマは自身の異常な幸運値に後押しされるように、次々と当たりの波形を引き当て、キャベツを仕留めていく。

 そんなカズマに、それまで静観していたダクネスが、凛とした表情で一歩前に踏み出す。

「カズマ、折角の機会だ。私の実力をその目で確かめてくれ」

 彼女は手持ちの布を素早く丸めると魔素を流し込み、鋼鉄のごとき硬度を持つ即席の剣を作り上げた。

 そのまま猛烈な回転を上げるキャベツの群れの中心へと躍り込み、鋭い踏み込みと共にその一撃を振るう。

「やああああっ!」

 ドォォン、と空気を切り裂く轟音が響き渡った。

 だが、空を切った剣先はキャベツの葉一枚にすら掠ることはなかった。

「まだまだ!」

 へこたれることなく、何度もキャベツに向かって切りつける。

 だが一度たりとも、その切先がキャベツを捉えることはなかった。

 ――全然当たらねえ。

 呆れるカズマを余所に、ダクネスは再び構え直すが、その視線の先で一人の学生がキャベツの編隊に追い詰められるのが見えた。

「危ない!」

 ダクネスは剣を投げ捨てると、凄まじい脚力でその学生の前に割り込む。

 自身の衣服全域に魔素を巡らせ、鋼鉄のような強度へと変質させた。

 キャベツの突撃に、ダクネスの服から鈍い音が響く。

 それだけでは終わらず、絶えずキャベツの猛攻がダクネスを遅い、徐々に服が引き裂かれていった。

「あんた、これ以上は持たないだろ! 早く逃げろ!」

 背後で震える学生の叫びに、ダクネスは飛来するキャベツの衝撃を真っ向から受け止めながら、力強く言い放つ。

「馬鹿を言うな! この学園の学生を守るのが、私の責務だ!」

 緑色の弾丸が次々と彼女に激突し、凄まじい衝撃音が連続して響き渡る。

 並の人間なら骨が砕けるような猛攻だが、彼女は一歩も引かず、驚異的な耐久力と持久力でその場を死守し続けた。

 さあ、来るがいい! 私のこの体を、思う存分ズタズタにしてみせろ……っ!」

 だが、その崇高な自己犠牲の言葉とは裏腹に、ダクネスの頬は赤く染まり、瞳には隠しきれない恍惚の光が宿っていた。

「ふふ……ふふふ。これほどの質量が、一斉に私にぶつかってくるのか……! これぞ、これぞ演習の醍醐味だ!」

 カズマはその背中を見ながら、彼女の頼もしさと、それ以上に救いようのない本性に深い溜息をつくしかなかった。

「我が必殺の爆裂魔法の前において、何者も争うこと叶わず」

 そんなカズマの隣にいつの間にか来ていためぐみんが、重々しく杖を掲げた。

 彼女の周囲では、学園の安全基準値を遥かに超える熱量変換が始まっており、空間が陽炎のように歪んでいる。

「おい待てめぐみん! それは出力が高すぎるだろ! キャベツが全部消し飛んだら報酬がパーになるんだぞ!」

「問答無用! 今の私は、この煮えたぎる魔素を放たなければ爆発してしまいます!」

「壊さないように最低限の出力でやれって言ってるんだよ! おい、聞け、止まれ!」

 カズマの制止など、今の彼女の耳には届かない。

「深淵より出でし古の火焔よ、我が命により全てを焼き尽くせ! 『エクスプロージョン』ッ‼︎」

 轟音と共に、単一指向性の極大熱線が放たれた。

 ダクネスを中心に固まっていたキャベツの群れが、一瞬にして白い光の中に飲み込まれる。

 凄まじい衝撃波が広場を駆け抜け、カズマやアクアは慌てて地面に伏せた。

 数十秒後。

 爆風が収まった広場には、もう動いているキャベツは一機も存在しなかった。

 中央には、ボロボロになりながらも満足げに膝をつくダクネスと、演算に脳のリソースを割きすぎ突っ伏しているめぐみんの姿がある。

 あたりには、爆裂事象の熱風によって外殻が適度に調理され、機能停止したキャベツの残骸が転がっている。

 また修理費でポイントが減らされるのではないかと不安がよぎる。

「あ、見てカズマ! 外装はボロボロだけど、中のコアとチップは無傷のまま焼き固められてるわ!」

「まじか! よかったああ」

 アクアが拾い上げたキャベツは、まるで完璧なタイミングで火を通された温野菜のように、中のデータチップを保護した状態で停止していた。

『緊急演習終了。全個体の無力化を確認しました。各学生は回収したユニットを速やかに受付へ搬入してください』

 校内放送が流れ、カズマは大きく溜息をついた。

 

 

 

 演習後の学生食堂にて。

 アクアがクリムゾンビアを掲げながら上機嫌に叫んだ。

「あなた、さすが制御適性Sね。あの鉄壁の分子結合強化は、暴走したキャベツたちの突進すら完全に無力化していたじゃない」

「ん……、私など、ただ分子構造を固定できるだけの女だ。私は器用度が低く、演算速度も遅い。だから、誰かの盾になって衝撃を受け止めることしか取り柄が無い……」

 称賛されたダクネスは、心なしか頬を赤らめて視線を彷徨わせた。

「アクアの事象復元も見事なものでした。多くの演習グループの傷を癒やし、冷水飲料でみんなの士気を保つとは」

「ふふん、まあ私ですから!」

 めぐみんの言葉に鼻高々なアクア。

「めぐみんも凄まじかった。群れたキャベツたちを極大熱変換の一撃で文字通り完全消滅させていたではないか。他の専科生たちのあの驚いた顔といったら無かったな」

「ふふ、我が必殺の爆裂魔法を持ってすれば容易いことです。それよりも、カズマの活躍こそ目覚ましかったですね。オーバーヒートしていた私を素早く回収して背負って帰ってくれましたし」

 めぐみんの言葉に合わせて、三人の視線がカズマへと集まる。

「……ん。突撃した私がキャベツに囲まれ、袋叩きにされている時も、カズマは颯爽と現れ、襲い来るキャベツたちを的確に収穫していってくれた。助かった、礼を言う」

「確かに、魔素感知で素早くキャベツの移動座標を捕捉して、死角から魔素感応でコアを抜き取るその姿は、まるで鮮やかな暗殺者のごとしでした」

「やるわねカズマ! 私から、『華麗なるキャベツ泥棒』の称号を授けてあげるわ」

「やかましいわ! ああもう、どうしてこうなった!」

 カズマは頭を抱えたままテーブルに突っ伏した。

 緊急事態である。

「……ん。では、これからよろしく頼む。名はダクネス。所属は分子構造定着専攻だ。一応、制御系は一通りできるがあまり期待しないでくれ。なにせ、不器用すぎて事象展開時の指向性をほとんど定められない。だが、構造の強化や定着は大得意だ。これからよろしく頼む」

 そう。グループのメンバーが一人増えたのだ。

 アクアがクリムゾンビアを喉に流し込みながら胸を張る。

「ふふん、ウチのグループもなかなか豪華な顔触れになってきたじゃない? 高密度魔素干渉専攻の私に、事象位相変換専攻のめぐみん。そして、分子構造定着専攻のダクネス。四人中三人が適正Sの属性を有するグループなんて、そうそう無いわよ!」

 キャベツ狩りの最中、なぜかダクネスと意気投合したアクアとめぐみんが、彼女を正式にグループに誘おうと言い出した。

 カズマとて、まともな人物なら断る理由は無いのだ。

 何せ、彼女は相当な美人なのだから。

 だが……。

「んっ……。先ほどの、キャベツの群れにボコボコに蹂躙され、分子防壁が限界まで軋んだ瞬間は堪らなかったな……。このグループで本格的に制御をできるのは私だけのようだから、遠慮なくストッパーとして使い回してくれ。何なら、リスクが高いと判断したら捨て駒として見捨てて貰ってもいい。……んんっ! そ、想像しただけで、む、武者震いが……っ!」

 彼女はただのドMだった。

 アクアやめぐみんと波長が合っていた時点で警戒するべきだったのだ。

 頬をほんのり赤く染めて、ふるふると震えているダクネスを、カズマは泣きたい気持ちで眺めていた。

 こんなに整った顔立ちの美女なのに、もうカズマの目には重度の変質者にしか映らない。

「それではカズマ。多分……いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めに罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

 カズマは特別な専門スキルを持たない、一般科の生徒だ。

 そんな平均的なスペックの自分が、なぜか学園屈指の適応者たちだらけのグループでリーダーをやっている。

 

 

 

 数日後。

 学園都市内は、異常な好景気に包まれていた。

 緊急演習は、予想を遥かに上回る経済効果をもたらしていた。

 あちこちのラウンジや購買部では、臨時報酬を得た学生たちが最新の演算機や高純度な魔素媒体を買い求め、街全体が浮き足立ったような熱気に浮かされている。

「カズマ、見てくれ。報酬が良かったから、実験対象の服を強化してみた。……どう思う?」

 酷い混雑の学内ラウンジの一角で、ダクネスが嬉々として自分の制服の袖を突き出してきた。

 先日の回収任務で手に入れた特別ポイントを注ぎ込んだのか、彼女の制服は所々が淡い魔素の光を帯び、普通の布地とは思えないほど重厚な質感を放っている。

「なんか、成金趣味の貴族のボンボンが着てる、防弾仕様の特注服みたいだな」

「……。カズマはどんな時でも容赦ないな。私だって素直に褒めて貰いたい時もあるのだが」

 ダクネスが、珍しくしょぼんとした顔で俯く。

 だがカズマには、彼女を構ってやる余裕などなかった。

「今はお前より酷いのがいるからな。お前を越えそうな勢いのそこの変態を何とかしろ」

「ハア……ハア……。た、たまらない! 魔素変換効率を極限まで高めたマナタイト製回路のこの輝き……。ハア……ハア……ッ!」

 めぐみんが、新調したマナタイト製の演算触媒をデバイスに装着し、うっとりと頬ずりしていた。

 希少な魔素安定材であるマナタイトは、デバイスに組み込むことで魔素変換の効率を飛躍的に向上させる。

 あの超高負荷な変換理論の威力が、これで何割か増すらしい。

 ただでさえオーバーキル気味な出力をこれ以上強化してどうするのかとカズマは呆れるが、関わり合いたくないので放っておくことにした。

 

 今回の回収任務は全学科のほぼ全ての学生が参加したため、学園側の会計処理は遅れていた。

 だが、カズマはすでにポイントが反映されておりホクホク状態である。

 今回は各自が回収した個体数に応じて報酬を受け取るということにしていた。

 これは、カズマに次ぐ収拾量だったアクアが言い出したことである。

 そして、その言い出しっぺのアクアが現在受付に行っているのだが。

「なんですってええええ⁉︎ ちょっとあんたどういう事よっ!」

 なにやら窓口で絶叫していた。

「何で五万ぽっちなのよ! あれだけ沢山チップとかコアを集めてきたのに!」

「そ、それが、アクアさんが持ってきたデータチップやエネルギーコアのほとんどは、不良品ばかりでして」

「な、なんでよおおおっ!」

 これ以上はらちが明かないと踏んだのか、アクアが後ろ手に手を組み、にこやかな笑顔でカズマに近づいてきた。

「カーズマさん! 今回の精算総額はおいくら万円?」

「百万ちょい」

「「「ひゃっ!?」」」

 アクアとダクネス、めぐみんが絶句する。

 降って沸いた突発演習で、一気に学園内の富裕層に躍り出たカズマであった。

 カズマが収集したチップやコアは、重要なデータを含んでいたり、状態が良いコアだったりしたおかげで、ポイントが上乗せされたのだ。

 これも幸運度の差というものである。

「カズマ様ー! 前から思ってたんだけれど、あんたってその、そこはかとなく良い感じよね!」

「特に褒める所が思い浮かばないなら無理すんな。言っとくが、このポイントはもう使い道決めてるからな、分けんぞ」

 先手を打ったカズマの言葉にアクアの笑顔が凍りついた。

「カズマ様あああああああ! 私、キャベツの報酬が相当な額になるって踏んで、ここの食堂に十万近いツケがあるんですけど! 今回のポイントじゃ足りないんですけど!」

 半泣きですがり付いてくるアクアを引き剥がし、何でこいつは後先考えないんだろうと、カズマは痛むこめかみを指で押さた。

「知るか。そもそも各自で精算しようって言い出したのはお前だろ」

「お願いよ、ポイント貸して! ツケ払う分だけでいいから!」

「うるさい! 俺はこのポイントで、快適な学園生活を送りたいんだよ」

 カズマは適度に安全に演習をこなし、あとはのんびりと暮らしたいだけなのだ。

 だが、アクアはさらに追い縋る。

「そりゃカズマも男の子だし、この都市だと厳格にR18規制がかかっているから、そう言ったものを買いたいって気持ちはわかるけど」

「よし分かった、十万なんて安いものだ! だから一旦黙ろうか」

 どこから仕入れたのか不明な弱みを叫ぼうとするアクアの口を封じ、カズマはしぶしぶ送金処理を行った。

 嵐が一段落し、カズマは改めて自分の端末に表示されたポイントの残高を見つめた。

 不自然なほどに跳ね上がったその数字を眺めていると、拭い去れない違和感が胸の奥で疼き出す。

「なあ、アクア。この学園、やっぱり構造がおかしくないか?」

 カズマの問いかけに、借金のツケを払い終えてご機嫌なアクアが、シュワシュワのボトルを片手に不思議そうに首を傾げた。

「何がよ。演習をこなせばポイントががっぽり貰えるんだから、最高に太っ腹な学園じゃない」

「そうじゃない。先日のキャベツだってそうだ。あんな殺傷能力の高い実験体が市街地にまで流出したのに、学園側は専門の回収業者を雇わず、あえて学生に解決させてただろ。しかも、あんな破格の報酬まで積んで」

「いいじゃない、細かいことは。これくらい緩くて自由な方が、学生生活を謳歌してるって感じがするじゃない」

 アクアはケラケラと笑っているが、カズマの背筋には冷たいものが走っていた。

「その緩さが不気味なんだよ。まるで、俺たちがどこまでのやらかしを許容できるか、限界値を試されているみたいでさ」

 カズマの独り言に近い呟きに、新調したデバイスのメンテナンスをしていためぐみんがふと顔を上げた。

「考えすぎではありませんか? 研究には莫大な予算が必要ですし、学園側も業者に外注するコストを、学生への還元という形で相殺しているだけですよ」

 彼女にしてみれば、この異常な環境すら合理的なシステムの最適解に過ぎないのだろう。

「ん、不安になるのも無理はないが、非常時への対処を学ぶことも魔素研究には不可欠な要素だ。私の専攻で言えば、予測不能な衝撃下でいかに分子構造を維持し、事象を安定させられるか……。その限界値のログこそが、平和な実験室では得られない、学園が何より欲している成果なのだ。最低限のセーフティネットも保証されている。だから安心しろ」

 なぜか徐々に熱っぽい吐息を漏らしながら、学園の狙いを伝えるダクネス。

 新調した高耐久制服の感触を確かめ、彼女はうっとりと瞳を潤ませて付け加える。

「つまり、不測の事態で我々が蹂躙され、防壁がズタズタに引き裂かれるようなことがあっても、それは極めて貴重な失敗データとして蓄積されるということ……。ああ、なんと理にかなった、素晴らしい方針なのだ……!」

 めぐみんもダクネスも、特に気にしている様子はない。

 むしろ、この過酷なシステムを当然の学びの場として受け入れている。

 やはり考えすぎなのだろうか。

 カズマは、二人のあまりに平然とした態度に、自分の中の常識が揺らぐのを感じた。

 一抹の不安を振り払うように、彼はこれ以上思考を深めるのをやめ、ポイントで購入予定の新作ゲーム一覧に目を移した。

 

 

 

 魔法都市ベルゼルグ、メインゲート前。

 一台の重厚なヘリが叩きつけるようなローター音とともに降り立った。

 激しい潮風が吹き荒れる中、機体から降り立ったのは、隙のない漆黒のスーツを纏い、鉄のような冷徹さを湛えた男だった。

 男が手元の透過型ディスプレイを展開すると、学園内の魔素活動ログが、淡々とした無機質な文字列となって流れていく。

「自律飛行型ユニットの暴走、管理責任の放棄。……そして、学生による無秩序かつ過剰な魔素放出。学園の体裁すら保てていないな」

 男の声は低く、吹き荒れる潮風に混じって不気味に響く。

「この学園の倫理は死に絶え、教育の名の下に腐敗が進行している。是正の余地……大いにありだな」

 男がディスプレイを消すと、その背後から無言の圧力を伴って、数人の随行員たちが影のように続いた。

 彼らが纏う外套の背には、銀の刺繍で「MAOU」の四文字が刻まれている。

「来月は実技評価期間。……我々が直接、この学園の品質を確かめてやる」

 男は冷酷な眼差しで、海上にそびえ立つ学園の中央タワーを見上げた。




これにて第一章:入学編は完結です。
第二章からは毎週金曜日22時に投稿予定です。

お楽しみに!
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