作品を見てからのお読みになることを推奨します。
世の中、命の危機ってやつは実に簡単に訪れる。
例えば、地震や津波などの大震災。
例えば、交通事故や事件に巻き込まれたり。
例えば、睡眠不足で階段から足を滑らせたり。
今の俺の場合は三つ目──徹夜による不注意で家の階段から足を滑らせるという状況が該当する。
意外な事に痛みなどの感覚はない。ただ、このままの状態ではだいぶ危険な状況だと思った。
しかし不運な事に、家族は全員外出中。家には俺以外、誰もいないという状況だ。
「……俺……ヤバ……ね……」
部活動もない久しぶりの休日、思いっきり満喫するつもりで本を買い込んでいたのに、不注意からの大怪我。いや、もしかすると大怪我なんてレベルではない、命の危機かもしれない。
薄れていく景色、流れる走馬灯のようなもの。いよいよ、最後を迎えてしまうのだろう。
「……あ……クソ……ほん……よみ……」
事実に買い込んだ本に手を伸ばし──そこで意識は遠のいた。
☆
「……なんだ、今の」
嫌にリアルな夢を見て俺──桐ヶ谷和人は飛び起きた。冷や汗が止まらず、服が濡れて気持ち悪い。
「夢、だよな……?」
上半身を慌てて起こしたせいか、近くにあった目覚まし時計が転げ落ちている。
ふと視線を動かすと、そこにはいつも使っているはずのパソコンやヘッドホン。その近くの本棚には、俺の気になっている分野の雑誌が並んでいる。
普段何気なく見ているはずの、俺の自室。それなのに何故か、初めて見たかのような違和感に襲われる。
しかも、違和感を覚えるのはそれだけじゃない。
「俺、こんな小さかったっけ……」
手足が妙に小さい。自分の体であるのは間違いないのに、何故か小さく感じてしまう違和感。
湧き上がる不安からかじっとしていられず、階段を降りて一階へと向かう。
「おはよう、お兄ちゃん」
「……あ、ああ。おはよう」
そこには剣道の稽古を終えたのか、タオルを肩にかけながらお茶を飲む妹──桐ヶ谷直葉の姿があった。
いつも通り、いつも通りの直葉だ。それなのに。
「あ、お母さん、今日も〆切近くて帰り遅くなるから、二人でご飯作って食べておいてって」
混乱しているだけだと、そう思いたいというのに。
「お兄ちゃんはまたゲーム?ほどほどにしなよ?」
違和感はなくなるどころか、加速度的に増えていく。
これも全部、さっき見た夢のせいだ。
夢で見た内容は例えるならそう、人一人分の一生。ここではないどこかを生きた男の一生。
すごく鮮明なそれは夢というよりは、まるで忘れていた記憶を思い出したかのようで。
ただ、男の名前が思い出せない。夢の出来事は鮮明に思い出せるのに、どうしても名前だけが思い出せない。
訳がわからなくなり、その場にうずくまった。
「お兄ちゃん、大丈夫⁉︎」
そんな俺を見て、直葉がすっ飛んできた。
俺の背中をさすり、焦っているだろうに優しい口調で問いかけてくる。
「気分悪いの?それとも、お腹痛いとか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、その」
言えるわけがない。こんな変なことを。
気持ち悪さを無理やり押さえつけて立ち上がり、俺は直葉に言う。
「ちょっと、眩暈がしただけだよ」
「……ホントに?ホントに大丈夫?」
「心配すんなって。俺、部屋戻るよ」
「……もう、あんまり無茶しちゃダメだよ?」
「あぁ」
若干ふらつきながらも、部屋へと歩みを進め……。
「今日はゲームもやめときなよ?なんだっけ、お兄ちゃんのやってるゲーム……ほら、VRの」
直葉の言葉を聞いた瞬間、混濁していた前世の記憶が一気に鮮明になっていく。
桐ヶ谷和人という名前。
桐ヶ谷直葉という妹。
そして、VRゲームという単語。
「《ソードアート・オンライン》だ……」
「ちょっ、お兄ちゃん?大丈夫?」
それと同時に、ここが《ソードアート・オンライン》というライトノベルの世界だと気づいてしまった。
俺が主人公の桐ヶ谷和人に成り代わっていると、気づいてしまった。
「最悪だ……」
俺、桐ヶ谷和人はこの《ソードアート・オンライン》という物語の世界に転生した元日本人。
そして、桐ヶ谷和人とはこの物語の主人公であり……ゲームの死が現実での死に直結するというクソゲーをクリアし、約6000人のプレイヤーの命を救うという使命を課せられた少年。
せめて、ただの一般人として転生させろよ……。
☆
部屋に戻ってきた俺は、未だ混濁している今世の情報を整理していた。
そしてその結果、不思議な事に俺の知っている物語とはいくつか違う点があるのが分かった。
その一、日付が違う。
記憶があっているなら、今の俺は十四歳。つまりはデスゲーム開始時の年齢だ。
デスゲーム開始日は2022年の11月6日。なので今日はその当日か、それより前でなければならないのだが。
「今日は2028年、9月5日……うん、間違いないよな」
何故かデスゲーム開始日よりも遥かに先なのだ。桐ヶ谷和人の生誕もまた、ズレているという事になる。
桐ヶ谷和人という主人公の年齢に合わせて、世界の日付が変化しているのだろうか。
その二、ナーヴギアがない。
ナーヴギアとは仮想空間にリンクするために必要なVRマシンで、桐ヶ谷和人も当然持っているものだ。
だがしかし……。
「……ないんだよな、ナーヴギア」
部屋にはそれらしいものが一つもない。ネットで調べてもヒットしないので、恐らく存在すらしていない。
しかし、代わりのようなものが見つかった。
「スマートコンタクト、通称スマコン。コンタクトレンズ型デバイスで、装着して目を閉じることで、まるで現実世界にいるかのよう没入感を得られる。ARのように教科書などを投影することも可能……」
ナーヴギアのように肉体の体感覚をキャンセルして仮想世界へダイブするのではなく、主に視覚情報を利用してダイブするといったものらしい。
ナーヴギアのような殺人は不可能だろう。
主に大きな違いはこの二つだ。ようやく整理できてきた自分の記憶とも同じなので調べ間違いという事や、現実を直視したくないが故の幻覚というわけでもない。
「……つまり、この世界にデスゲームはない……?」
もしそうなら、実に朗報である。命懸けのゲームなんて、誰もしたくないのだから。
「……あぁ、よかった。6000人の命なんて、俺みたいな凡人には背負えないからな」
肩の荷が降りた気分だ。そもそも肩に荷が乗っていなかったわけなのだが。
……しかし、そうなると疑問も出てくる。
「SAOの世界じゃないとしたら、ここは何の世界なんだろう……」
スマートコンタクト、通称スマコン。そんなデバイスが出てくるアニメや漫画、存在していただろうか。
俺の死んだ後に出てきた作品なのか。いくら考えても、知らないのだから答えは出てこない。
「……さて、どうしよう」
現状の確認は終わった。この世界はデスゲームのない平和な世界、俺が命をかける必要はない。
「……ツクヨミ、ログインするか」
ツクヨミ。スマートコンタクトを使ってログインできる仮想現実空間。配信活動や対戦ゲームなど、様々な活動ができる場所だ。
記憶が整理できて色々と思い出せてきたおかげで、ゲームをしたい欲が湧き出てきた。
「そうと決まれば……」
俺のスマコンを取り出して装着し、ツクヨミにログインする時はいつも座っている椅子に座る。
何も言わずとも普通にログインできるのだが、せっかく仮想世界に入るのだ。あのセリフを言ってみたい。
目を閉じる。意識をツクヨミに集中させ……。
「リンク・スタート!」
作品は彩葉が推しです。つまりメインヒロインです。
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