目を閉じた先に広がっているのは、宇宙を模したモーショングラフィックス。その銀河を星のように駆け抜けると水飛沫と共に、大きな赤い鳥居が現れる。
足元にはどこまでも続く浅い湖に、その水面に浮かぶ無数の灯籠。空には真っ赤な夕焼けが広がり……。
『──太陽が沈んで、夜がやってきます』
実に厳かな雰囲気と共に、月見ヤチヨが現れる。何度も見てきた仮想空間ツクヨミへのエントリーだ。
実に凝った演出のチュートリアルだが、俺のようなツクヨミヘビーユーザーはそのまま素通り。鳥居を通ってツクヨミへとログインだ。
「……やっぱりいいな、ツクヨミ。帰ってきたって感じがする」
ログインした瞬間、真っ先に視界に飛び込んでくるのは仮想空間ツクヨミの世界。七色に輝く夜景やどこまでも続いていそうな『和』の街並み、そこを歩く多種多様なアバターのプレイヤーたち。
俺の姿も他プレイヤー同様、ツクヨミでのアバターに変わっている。俺のアバターは黒いパーカーに黒い羽織、手には指貫きグローブ、足にはリベットつきの黒いブーツと、黒で統一されたキリトらしい装いだ。
ちなみに原作とは違い、アバターの顔はリアルの俺とほとんど変わっていない。ツクヨミ開始当初の俺が服装のキャラメイクだけで満足してしまったからだ。
今思うと、少しはいじっておくべきだったと思う。
アバターや街並みの話だけでもこれだけ語れてしまうのが、この仮想空間ツクヨミだ。
だが、今日の俺の目的はのんびりと街を歩くことではなくゲームで遊ぶこと。ゆっくり観光する気はない。
「さて、と……」
目的地へと駆け出したその時。
「おーい、そこのにいちゃん!」
「……俺?」
呼び止められて、足を止めて振り向く。
そこには鬼をイメージしたアバターで赤みがかった髪を額のバンダナで逆立て、赤備え風の防具に身を包んだ男のプレイヤーがいた。
「その迷いのない動き、あんた随分なツクヨミヘビーユーザーだろ?」
「ま、まぁ……で、それが?」
「オレ、今日が初めてでさ。どこでなにができるとかさ、色々とレクチャーしてくれないか?」
そう言って肩に手を置いてくる。
距離感の近さに戸惑いながらも、男に尋ねる。
「初心者用のチュートリアルでヤチヨが色々と教えてくれるはずだろ?」
「それは俺も見たけどよ……ヤチヨちゃんに見惚れてて説明聞いてなかったんだよ……」
「自業自得じゃないか」
「初めての生ヤチヨだぞ、生ヤチヨ!見惚れない方が無理があるってもんだろ!」
推しに会えて嬉しいのは分かるが、それでもチュートリアルはきちんと聞いておくべきだと思う。
「なあ、頼むよ!この通り!」
そう言って、男は手を合わせて頭を下げる。
よくもまあ、初対面の相手にここまで堂々と図々しい頼みができるものだ。
しかしその言動も、不思議と不快じゃない。
「……まぁ、少しだけなら」
少しの逡巡の後、俺はそう告げた。
それを聞いた男は勢いよくに頭を上げて言う。
「おお、サンキューな!……そういや、にいちゃんのプレイヤー名聞いてねえや」
「ああ、確かに。俺はキリトだ」
男に名前を伝えたところで、ふと疑問が湧く。こんなやり取りを前にもやらなかったか、というものだ。
どうも一連の会話の流れに、妙なデジャヴを感じる。
「オレ、クライン!よろしくな」
そんな俺の既視感は男──クラインの名前を聞いて綺麗さっぱりと解消された。
これ、クラインとの初邂逅イベントだ……。
☆
仮想空間ツクヨミで今、最も流行っているゲーム。その名前を『KASSEN』という。
KASSENには複数のゲームモードが存在しており、どのゲームモードも面白く話題に挙がらない日はないという人気っぷりだ。
俺とクラインは今、そんなKASSENのゲームモードの一つである『SETSUNA』を遊んでいた。
「ぬおっ……とりゃっ!」
クラインの掛け声に合わせて振るわれる刀の剣先を見極めて、最小の動きで避けていく。
攻撃が当たらない焦りからか、どんどんと大雑把になっていくクラインの攻撃の隙を突いて懐に潜り込み。
「はあッ!」
「ぬおおっ⁉︎」
装備している木刀を叩き込んだ。
ズドン、という重々しい音と共に吹っ飛んで地面を転がるクライン。大袈裟に痛がる彼に対して、俺は対戦結果の表示を確認しながら声を掛ける。
「痛みは感じないだろ?」
「お、そうだった……」
そう言いながら立ち上がり、再び構えるクラインにアドバイスをする。
「いいか、クライン。従来のゲームと比べてフルダイブ型のゲームは操作性が抜群に良くて、決まったモーションがないから戦闘における自由度も高い。だから、相手の動きをよく見て、次の行動を予測して攻撃するんだ」
俺のアドバイスを聞いたクラインは、どこか納得のいかない様子を見せる。
「ンなこと言ってもよぉ……」
「まぁ、これに関しては慣れとしか……後は、上手いプレイヤーの戦い方を研究してみるとか」
「上手いプレイヤーなぁ……」
クラインはそう呟いて俺に視線を……俺に?
「キリト、手本見せてくれよ!」
「俺が?……いや、俺よりもプロゲーマーの動き見た方が勉強になるって。『ブラックオニキス』っていうプロゲーマーグループとかは、俺とは比べ物にならないレベルの戦いするしさ」
そう言って話を逸らそうとするも、クラインの希望は変わらないようで期待に満ちた視線を向け続けてくる。
少しの沈黙の後、口を開いたのは俺だった。
「一回だけだ、期待外れでも文句言うなよ」
「あたぼうよ!」
☆
SETSUNAで対戦の手本を見せる事になったキリトが選んだ相手は、レベルが最大のCPUだ。
クラインはプレイヤーとの対戦が見たかったらしいが、プレイヤーによっては観戦を却下されてしまい、本来の目的である手本をクラインが見れなくなってしまうことも考えて、今回は却下となった。
「お手本頼むぜ、キリト先生!」
「先生じゃない。まぁ、手本が務まるように頑張るよ」
キリトは視界に映るシステムウィンドウを操作して装備を木刀から愛用している剣へと変更した。
さらに操作を続けてオプション二本先取から一本先取へと変更し、CPUとの対戦を選択する。
すると鎧を身に纏ったCPUが出現し、同時に三秒のカウントダウンが始まる。3、2、1とカウントが進み、『FIGHT』という表示がされると同時にキリトとCPUは動いた。
同時に地面を蹴り、相手に向かって剣を繰り出す。キリトの剣とCPUの刀が衝突し、鍔迫り合いが発生した。火花が散り、その力が拮抗し続ける。
CPUの力が自分と互角に設定されていると気づいたキリトは即座に距離を取り、再度衝突。至近距離での高速の打ち合いが始まった。
攻めて、いなす。躱して、攻める。まるでアニメを見ているかのような剣戟に、クラインは言葉を失った。
CPUとキリト。互いに譲らないこの剣戟がずっと続くかに思われたが……しかし、そうはならなかった。
「はあッ!」
キリトが加速し、攻撃がより鋭く、より力強くなってCPUに襲いかかった。対応が間に合わなくなり、CPUのHPがどんどん減少していく。
自分のHPだけが減っている状況から打ち合いは不利だと判断したのか、CPUは打ち合いをやめ、仕切り直そうと後方に飛びながら防御を固めようとした。
しかし、それが大きなミスとなる。
その動きを読んでいたキリトが深く踏み込み、CPUが防御を固めるよりも早く懐に入り、剣を振るう。
キリトの振りかぶった剣がCPUの体に直撃し、CPUが大きく吹っ飛んでいった。
「うおおっ!すげえ、すげえぞキリト!」
クラインが大声を上げる。そんな彼を視界の端に映しながら、キリトは前を見据えて彼に告げた。
「クライン、興奮してるところに水を差すようで悪いんだけど……まだ終わってないぞ」
クラインはそう言われて、吹っ飛んだCPUへと視線を向ける。そこには全身ズタボロになりながらも立ち上がろうとするCPUの姿があった。
「今ので倒れてねぇのかよ……」
「そりゃあ、そうなるように調整したからな」
へ、という奇妙な声と共にクラインが目を見開く。あれだけの戦いの中、HPを調整していたというのだから、その反応も無理はないだろう。
何故、と視線で問いかけてくるクラインにキリトは答えた。
「このゲームにおける、面白い要素を見せようと思ってさ。HPを削り切らなくてよかったよ」
CPUの動きを確認しながら、キリトは言う。
「このゲームの面白い要素は、多種多様なギミックのある武器だ。金棒の先端部分を引き抜いて刀と銃にできたり、短弓を変形させて輪刀にできたりとか、制限はあるけど面白い武器が製作できる」
クラインにそう説明しながら、鞘を変形させる。瞬間、鞘に柄が出現し、鞘は剣へと変化した。
「これが俺の武器のギミック、鞘が剣に変化するんだ。本当は対戦中にこっそりと変形させて、ここぞってタイミングで二刀流になる方が相手の意表を突けるからいいんだけどな」
元々持っていた剣を左手に持ち替えて、右手で剣となった鞘を持つ。二刀流となったキリトは立ち上がったCPUに接近し、両手の剣を振るった。
怒涛の攻撃にズタボロになったCPUが対応できるわけもなく、わずかに残っていたHPが完全に失われる。
直後、開始の時と同じ位置に『K.O.』という文字列が表示され、キリトの勝利が確定した。
☆
「すげえ……すげえぜ、キリトよぉ!」
SETSUNAの対戦を終了した俺に、興奮冷めやらずといった様子のクラインが迫ってきた。
正直、テンションが上がってだいぶ調子に乗っていたので、褒められるのは恥ずかしい。
「手本は務められたようで何よりだよ」
「くぅーっ!オレもあんな感じに戦ってみてえよ!」
「なら、もっと対戦が上手くならないとな」
まあ、そこら辺は大丈夫だろう。なにせ、クラインという男はデスゲームであるSAOで攻略組として戦えるほどの才能を持っているのだから。
「おうよ!あんな手に汗握る戦いが自分でできるってんなら、どんだけでも頑張れらぁ!」
「言ったな、クライン?」
クラインの発言を聞いた俺はニヤリと笑うと、システムウィンドウを操作してクラインに対戦を申し込む。
「それじゃあ、目標は俺に一撃入れること。次からは二刀流も解禁するから、頑張ってついてこいよ?」
「お、おう!ガンガンいこうぜ!」
こうして、俺とクラインは再びSETSUNAで対戦を始め……気づけば、夕方の五時となっていた。
長い時間遊んで色々と疲労が溜まっていた俺たちは対戦を終え、ツクヨミ内のカフェで休憩する事にした。
「しっかし、すげえもんだよな。少し前までは普通にテレビゲームで遊んでたってのによお」
そう言いながら、クラインは注文したパフェを食べる。食べると言っても味覚や触覚は再現されていないため、言い回しが合っているかは難しいところだ。
「マジ、この時代に生まれてよかったぁ」
「大袈裟なやつだな。でも、気持ちは分かるよ」
「だろ?」
まるでゲームの中にいるかのような臨場感、抜群の操作性、自由度の高い動きや多種多様なギミックを搭載した武器。その全てを体験した瞬間のインパクトは凄まじいもので、クラインと同じ感想を述べたものだ。
しばらく二人でツクヨミの街並みを眺めていると、パフェを食べ終えたクラインが立ち上がる。
「……さて、そろそろ一度落ちて、メシ食わねえとなんだよな。ピザの宅配、五時半に指定してっからよ」
「もうそんな時間か」
ついさっき時間を確認した時は五時だったと記憶しているが、話している間に三十分近く経っていたようだ。
呟いた俺に、クラインは思い出したように続けた。
「あ、んで、オレそのあと、他のゲームで知り合いだった奴らと九時から始まるヤチヨちゃんのミニライブに行くんだよ。どうだ、一緒に行かねえか?」
「ライブかぁ……」
俺は思わず口籠もる。
クラインとは本人の人の良さや前世の記憶で性格を知っていることもあって自然に付き合えているが、その友人たちと仲良くなれるかは難しいだろう。
歯切れの悪い俺の返事にクラインは色々と悟ったのか、すぐに首を横に振った。
「いや、無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介できる機会もあるだろうしな」
「……悪いな、ありがとう」
「いやいや、礼言うのはこっちの方だぜ!おめえのおかげですげえ助かったよ。色々と無理言って悪かったな」
「いや、俺も楽しかったよ。ありがとう」
そう言って笑い、クラインは視界の右上に表示されているであろう時計に視線を向ける。
「ほんじゃ、オレはここで一旦落ちるわ。マジでサンキューな、キリト。これからもよろしく頼むぜ」
クラインが突き出してきた右手を握り返す。
「こっちこそ、よろしくな。聞きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」
「おう、頼りにしてるぜ!」
そして、クラインは最後まで俺に手を振りながらログアウトしていった。
☆
クラインのログアウトした直後、俺も一旦目を休めるためにログアウトし、現実世界に戻ってきていた。
接続を切り、仄かに僅かに熱を発しているスマコンを眼球から外し、ケースにしまう。
「……楽しかったな」
ポツリと、俺の口からそんな言葉が溢れ出る。
クラインとの出会い、SETSUNAでの対戦。そして、現実ではない別の世界に飛び込んだという高揚感。それら全てが素晴らしいもので、前世の記憶を思い出した俺にとっては懐かしくて、そして新鮮だった。
そんなあの世界を、高揚感を、俺はこれから何度も体験できるというのだ。
「遊び尽くしてやるぜ、仮想空間ツクヨミ」
俺が何故、前世の記憶を思い出したのか。仮に何か原因があったとして、それに意味はあるのか。
考えなければならない事はたくさんある。だが、しばらくの間はこの素晴らしい世界を満喫させてもらおう。
俺は再びスマコンを装着し、仮想世界へと飛び込んだ。
次はもう少し早く投稿できるように頑張ります!
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