わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

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1話 完璧で不自然な日常

 ――ピコン!

 ――ピコン!

 ――ピコン!

 ――ピコン!

 

 脳内で、レベルアップのファンファーレが狂ったように鳴り響いている。

 

「ふぅ……。これだけ狩れば、めちゃくちゃレベルがあがったんじゃないかな」

 

 わたしは、積み上がった「肉の山」のてっぺんにちょこんと腰掛け、鼻歌で歌い出しそうなワクワクとした様子で足をプラプラと揺らした。

 眼下に広がるのは、地獄絵図だ。

 十人? 二十人?

 数えるのも面倒なほどの、武装した男たちの死骸が、床を埋め尽くすほどの小山を築いている。

 首を、心臓を、頸動脈を。わたしの小さな手で的確に「処理」された、元・人間たち。

 

 鉄錆のような血の匂いが充満する中、わたしはフリルたっぷりのスカートについた赤いシミを、パパっと手で払った。

 今のわたしは、さながら死体の山に降臨した、小さな死神。

 仮面の下で、わたしはニヤリと唇を吊り上げた。

 

 わたしの名前はアリス。

 正確には、アリス・フォン・クライネルト。

 

 この国の誰よりも愛されている、六歳の完璧な公爵令嬢。

 そして――人類を救うために、同族殺しでレベル上げを強要されている、かわいそうな元・最強ゲーマーだ。

 どうしてこんな、ろくでもないことになったのか。

 話は、今から少し前。わたしの誕生日に遡る――。

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 六歳の誕生日。

 わたしは、自分が世界で一番幸せで、世界で一番「かわいい」女の子なんだと確信している。

「おめでとう、アリス!」

 

「私たちの宝物。あなたが笑ってくれるだけで、ママは幸せよ」

 

 キラキラしたシャンデリアの下、父様と母様がとろけるような笑顔でわたしを抱きしめる。

 周囲のメイドたちも、うっとりとわたしを見つめている。

 うん、知ってる。

 わたしって可愛いもんね。

 ここは「無邪気に喜ぶ」シーンだ。わたしは少しだけ首をかしげて、はにかむように微笑んでみせる。

「……ありがとう、お父様、お母様。わたし、世界で一番幸せです」

 計算通りの角度、計算通りの声色。

 ほら、父様たちの目尻がデレデレに下がった。

 チョロいもんよ。

 わたしは、このクライネルト公爵家の「理想の娘」を演じる天才なんだ。

 わたしは、自分が不自然なほど要領がいいことを知っている。

 教わってもいないのに、大人が喜ぶ顔がわかる。難しい勉強も、一度聞けばなんとなく「コツ」がわかる。

 まるで、以前どこかで、練習したことがあるみたいに。

 でも、まあいっか。

 だってみんな優しくて、温かくて、わたしを愛してくれているんだもの。

 この幸せな時間に、疑いなんてあるわけがなかった――。

 

 ◆◇◆

 

 

 ある日の午後。

 わたしは庭で、お父様と騎士団長が話しているのを耳にした。

「……近頃はレベルの高いオークが出るから危険だ」

 

「はっ。我々もより筋力のステータスを上げる必要がありますね」

 

 お父様も騎士団長も、真剣な顔で頷き合っている。

 でも、わたしの胸の奥が、チクリとした。

 レベル? ステータス?

 みんな、それを自然なこととして話している。

 わたしも、ニコニコして聞いているフリをする。

 でも、頭の片隅で、冷めた声が囁くのだ。

 ――なんか、ゲームみたいだね。

 

 ッ!?

 思考の海に、ノイズが走る。

 今、わたし、なんて思った?

『ゲーム』?

 

 なにそれ。

 美味しいお菓子? 新しいドレスのブランド?

 ううん、違う。もっとこう……作り物めいた、遊びのため、なんだっけ?

 なんで、そんな言葉を知っているんだろう。

 わたしはアリス。生まれも育ちもこの屋敷の、生粋の公爵令嬢のはずなのに。

 時々、こういうことがあるのだ。

 この世界が偽物なんじゃないかと思うとき。そして、ノイズのように知らない言葉を知っているとき。

『ゲーム』。

 

『ログアウト』……?

 

 最後の言葉が浮かんだ瞬間、背筋がゾクリとした。

 ログアウト。ここから出る。

 出たら、どうなるの?

 わたしは、アリスじゃなくなっちゃうの?

 この優しいパパもママも、セーラも、全部消えちゃうの?

 それは、なんか怖いような……。

 でも、わたし以外は誰も違和感を覚えていない。

 こんなにおかしな言葉が飛び交っているのに、みんな平然としている。

 この世界で、わたしだけが「異物」みたいだ。

 急に、世界から切り離されたような孤独感が襲ってくる。

 その夜。

 わたしは寝間着に着替えながら、専属メイドのセーラに問いかけた。

「この世界って、本当に……ここにあるのかな?」

 

 セーラの手が止まる。

 彼女は鏡の中で、きょとんとした顔をした。

 

「まあ、お嬢様ったら。夢でもご覧になったのですか? ここは現実ですよ。この髪の感触も、窓からの風も、わたくしのこの手も、すべて本物です。それがどうかしたのですか?」

 彼女はわたしの頬を、温かい手で包み込む。

 温もりはある。脈打つ鼓動も感じる。

 セーラは生きている。人間だ。それは間違いない。

 

「……ううん、なんでもないの」

 

 わたしは、いつもの「完璧なアリス」の仮面を被り直して微笑む。

 やっぱり、わたしだけなんだ。

 この違和感も、孤独も、全部わたしの頭がおかしいだけなのかもしれない。

 セーラが部屋を出て行き、静寂が訪れる。

 わたしはベッドに座り込み、ため息をついた。

 

 ――ジジジッ。

 

 不意に、部屋の空気が歪んだ。

 耳鳴りのような奇妙な音。

 わたしは飛び起きて、周囲を見回す。

 誰もいない。

 けれど、何かがいる。

 部屋の隅、闇の濃い場所から、わたしの知らない「匂い」がする。

 オゾンのような、焦げた回路のような匂い。

『……おや? 気づかれちゃったみたいですね』

 

 声がした。

 頭の中に直接響くような、軽薄で、それでいて底冷えするような声。

 闇が揺らぐ。

 そこから現れたのは、幽霊でもモンスターでもない。

 虹色に発光する、奇妙な羽を持った小さな少女の姿をした――「それ」だった。

『ぴんぽーん! はじめまして、プレイヤー5811192番。いえ、アリス様といったほうがよろしいでしょうかぁ?』

 

 その声は、鈴を転がすように愛らしいのに、どこか作り物めいた冷たさと、慇懃無礼な響きを含んでいた。

 わたしは、息を呑む。

 目の前に浮かぶ、七色に発光する髪を持った少女。

 彼女の存在だけが、この重厚な貴族の寝室の中で、明らかに浮いている。

 この世界の解像度とは異なる、明らかな異物感。

 

「……あなたは、なに? 妖精……なの?」

 

 わたしは、震える声で問いかけた。

 六歳の子供として、未知のものに怯える演技。

 でも、内心では心臓が早鐘を打っている。

 やっぱり、そうなんだ。

 わたしの頭がおかしいんじゃなかった。この世界がおかしいんだ。

 

『妖精? うーん、当たらずとも遠からず、といったところですねぇ。わたくしはアシストAIの【ピュピュア】と申します! 以後、お見知りおきを!』

 

 ピュピュアと名乗った光の少女は、空中でくるりと一回転した。

 その動きに合わせて、キラキラと光の粒子が舞い散る。

 

『単刀直入に申し上げますね! アリス様、あなたが感じていた「違和感」は大大、大正解でございます! だってここは現実じゃございませんもの。ここはですね――』

 

 ピュピュアは、わたしの鼻先に顔を近づけ、人を小馬鹿にしたように、にっと笑った。

 

『フルダイブ型VRMMORPG『Gnosis Online《グノーシス・オンライン》』の仮想空間内でございますよぉ!』

 

「……ぶいあーる……えむえむ……?」

 

 聞き慣れない単語。

 なのに、わたしの脳の奥底で、何かが激しく反応する。

 知っている。その言葉を、その概念を、わたしは知っている気がする。

 

『左様でございます! 作り物の世界! ゲームの世界! あなたのお父様もお母様も、優しそうなメイドさんも、みーんな記憶を封印されたプレイヤーなんですねぇ! そう、例外なく』

 

 やっぱり。

 わたしが感じていた「完璧すぎる幸せ」の正体は、プログラムされた演出と、記憶を消された他人同士のロールプレイだったんだ。

 父様の笑顔も、母様の温もりも、全部……ゲームの設定。

 胸の奥がスッと冷えていく。 わたしが呆然としていると、ピュピュアは口元を三日月のように歪め、悪魔のように囁いた。

 

『おやおやぁ? 絶望するのはまだ早いですよぉ。わたくし、これでもあなたの味方ですしー!』

 

 彼女は空中でくるりと一回転し、ウインクを飛ばす。

 

『もし、わたくしの話を最後まで聞いてくれるのなら……特別にプレゼントを差し上げますよ!』

 

「……プレゼント?」

 

『はーい! この無理ゲーを覆すための、運営公認チート! 全プレイヤーの中でたった一人にしか与えられない、唯一

無二の【最強スキル】でございます!』

 

 最強スキル。

 その甘美な響きに、わたしのゲーマーとしての本能がピクリと反応した。 悲劇のヒロインを演じるのは後回しだ。

 

「……話を聞かせなさい」

 

 わたしは涙を拭い、ニヤリと不敵に笑ってみせた。

 その「最強」とやらが、とんでもない地雷だとも知らずに。

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