わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

13 / 42
13話 印象操作のやり方

 そして、その日の夕方。

 わたしが自室で、今日獲得したステータスの再確認という名の現実逃避をしていた時のことだ。

 

 ――バンッ!

 

 ノックもそこそこに、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「アリスッ!!」

 

 血相を変えて飛び込んできたのは、お父様だ。

 その後ろには、直立不動で整列しているグオークさんとルスカーさん、そしてセーラの姿もあった。

 三人は沈痛な面持ちで、床の一点を凝視している。

 

 ……あ、これ、言ったな?

 

 わたしは瞬時に状況を理解した。

 あの堅物のグオークさんのことだ。屋敷に着いた後、迷った末に、やはり騎士としての忠義を選んで報告したに違いない。

「黙っていてくれれば丸く収まったのに、もうバカ正直なんだから……」と内心苦笑する。

 

 でも、感心している場合じゃない。

 ここで対応を間違えれば、「外出禁止令」という最悪のバッドエンドが待っている。

 もし「長時間行方不明だった」なんて正確に伝わっていたら、わたしの自由は今以上にきつくなる。

 

 ここは、全力で事実を歪めるしかない。

 

 お父様が、焦燥しきった顔でわたしの肩を掴んだ。

 

「聞いたぞアリス! 街で、護衛たちとはぐれたそうじゃないか!?」

 

 その声には、怒りと焦りが混じっていた。

 グオークさんたちは、事実は事実として、包み隠さず報告したようだ。

「護衛対象を見失った」という、騎士としてあるまじき失態を。

 

 お父様のこの剣幕。

 このままでは、彼らが処罰されるだけでなく、わたしも鳥籠に逆戻りだ。

 

 わたしは、とっさに顔を歪め、お父様の胸に飛び込んだ。

 

「……うわぁぁぁぁん! お父様ぁぁぁ!」

 

「ア、アリス!?」

 

「ごめんなさい……っ! わたし、わたしが悪いんですぅ……っ!」

 

 先手必勝。

 謝罪の嵐で、お父様の思考を「事態の深刻さ」から「娘の動揺」へとズラす。

 そして、ここからが本番。

 事実の「すり替え」だ。

 

「わたしが、綺麗な雑貨屋を見つけて……ほんのちょっとだけ、手を離しちゃったの……っ。一瞬だけ……ほんとに、一瞬だけだったの……っ!」

 

 一瞬。

 その言葉を強調し、事態を矮小化する。

 

「そしたら、グオークさんたちが、すぐに来てくれたの……っ! すぐに見つけてくれたの……!」

 

 嘘ではない……かな?

 まあ、「すぐ」の定義なんて人それぞれだしね。

 

 わたしの言葉に、後ろに控える三人がハッと顔を上げる気配がした。

 一秒? すぐに? ――そんな、言葉にならない困惑が、背中越しに痛いほど伝わってくる。

 彼らは知っているのだ。わたしが路地裏に消えていた時間が、決して「一瞬」などと呼べる短さではなかったことを。

 

 案の定、生真面目なグオークさんが、耐えきれないといった様子で一歩前に出た。

 

「……いえ。し、しかし閣下、我々は……少なくとも五分近くは」

 

 あ、やっぱり言おうとした。

 ホント嘘がつけない不器用な騎士様だこと。

 でも、言わせないよ?

 

 わたしはグオークさんが言い終わるより早く、さらに声を張り上げ、お父様の服を涙でぐしょぐしょに濡らした。

 

「怖かったぁあああ……っ! たった一瞬だったけど……みんなと会えない時間が、すっごく長く感じたの……っ!」

 

 泣き叫ぶことで、グオークさんの言葉を物理的に遮る。

 そして同時に、論点をずらす。

「実際の時間」ではなく、「わたしが感じた恐怖の時間」へと。

 

 これは心理学でいう『アンカリング効果』の応用だ。

 最初に「一瞬だったけど長く感じた」という強力な印象を打ち込むことで、相手の思考の基準点をこちらに有利な位置に固定する。

 

 それに、ここでお父様の前で泣きじゃくる幼子を否定し、「いや、実際には五分ぐらいでした」などと冷静に訂正すればどうなるか?

 たかだか数分の誤差を指摘して、怯える子供をさらに追い詰めるなんて、大人のやることじゃない。

 人間は感情の生き物だ。

 論理的正しさよりも、目の前の「可哀想な少女」を優先してしまう生き物なんだよ。

 

 ねえ、グオークさん。

 あなたは、この泣きじゃくる「天使」を、嘘つき呼ばわりできる?

 

 わたしは涙に濡れた瞳で、チラリと彼を見た。

 

 グオークさんが、言葉を喉に詰まらせた。

 口を開きかけ、閉じ、そして苦悶の表情で拳を握りしめる。

 彼の中で「事実」と「アリスへの情」が衝突し――そして、勝敗は決した。

 

「……っ」

 

 彼は深く息を吐き出し、抵抗を諦めたように頭を垂れた。

 

「……はっ。……お嬢様の仰る通り……我々が至らず、お嬢様に怖い思いをさせてしまいました……」

 

 よし、落ちた。

「五分ほど見失っていた」という事実は、「一瞬目を離して怖がらせてしまった」という事実に書き換えられた。

 

 わたしは再びお父様に向き直り、決定打を放つ。

 

「だから……っ! 怒るならアリスだけにしてぇ……っ!」

 

 小さな体で、必死に大人たちを守ろうとする健気な少女。

 

「誰も悪くないのぉ……っ。みんな、すぐにわたしを助けてくれたの……っ! だから、みんなを怒らないでぇ……っ!」

 

 必死の訴え。

 お父様は、胸元で震える愛娘の姿に、完全に毒気を抜かれたようだった。

 

「そ、そうだったのか……。一瞬目を離しただけで、すぐに見つかったのなら……」

 

 お父様の表情から、険しさが消えていく。

「深刻な行方不明事件」が、「子供によくある一瞬の迷子」へと上書きされた瞬間だ。

 

「そうか、そうか……。無事でよかった。本当に、無事でよかった……」

 

 お父様は安堵のため息をつき、わたしの頭を優しく撫でた。

 そして、後ろに控える騎士たちと侍女に向き直る。

 

「グオーク、ルスカー、セーラ。……アリスの言う通りだ。今回は、お前たちの迅速な対応と、アリスの無事に免じて不問とする」

 

「……はっ!」

 

「ありがとうございます……!」

 

「だが、二度目はないぞ」

 

「肝に銘じます!」

 

 三人が深々と頭を下げる。

 彼らは罰せられずに済んだ。

 けれど、その表情には「本当にこれでよかったのか」という微かな葛藤が残っている。

 

 わたしは涙を拭うふりをして、彼らに向かって――

 

 くしゃりと、笑ってみせた。

『よかった……みんなが無事で、本当によかった』と、心からの安堵を伝えるように。

 

 わたしの意図を汲み取ってくれたのか、三人が、どこか救われたように、微かに口元を緩めたのが見えた。

 これで、彼らの心のしこりも解消だ。

 

 よしっ! 一件落着!

 ……と言いたいところだけど。

 

 わたしはパパの服に顔を埋めながら、内心で冷静に思考を巡らせていた。

 

 セーラたちが怒られずに済んだのは、わたしの利益だ。彼らが更迭されるような大事になれば、わたしの監視がより厳しいものになる。

 その点、現状維持にできたのは大きい。

 

 ……ただ、まあ。

 「被害を最小限に抑えた」とはいえ、お父様の警戒レベルが上がったのは間違いない。

 しばらくの間は、「おでかけ」なんて言い出せない雰囲気になっちゃったな。

 

 わたしは小さく舌打ちしたくなるのをこらえ、パパの腕の中で、世界一愛らしい娘の笑顔を作る。

 

 なにか他の方法を考える必要ありそうだ……。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

【セーラch】アリス様、初めての市場散策実況 part4【天使降臨】

 

1 名無しのダイバー

はじまた!

今日は市場デーか、神回確定だな

 

2 名無しのダイバー

アリス様のお召し物、庶民風だけど隠しきれない気品がすごい

むしろこの「お忍び感」がたまらん

 

3 名無しのダイバー

串焼きキターーー!!

フーフーしてる! 猫舌アリス様尊い!

 

4 名無しのダイバー

「あーん」されたい人生だった……

セーラそこ代われ

いや代わってくださいお願いします

 

5 名無しのダイバー

もぐもぐアリス様で白飯3杯いける

口の端にタレついてるの拭いてあげたい

 

6 名無しのダイバー

【悲報】ワイ、尊すぎて心肺停止

 

7 名無しのダイバー

!?

おい、なんか人混みやばくね?

 

8 名無しのダイバー

え、アリス様?

いない?

 

9 名無しのダイバー

ちょ、マジで!?

迷子!?

嘘だろ!?

 

10 名無しのダイバー

セーラがガチでパニックになってる……

やばい、これガチのやつだ

アリス様どこーーー!?

 

11 名無しのダイバー

俺らの天使になにかあったら世界を呪うぞ

早く見つけてくれ頼む!!

 

12 名無しのダイバー

あ!!!!

声した!!

 

13 名無しのダイバー

いたあああああああああ!!!

よかったあああああ(泣)

 

14 名無しのダイバー

「……セーラぁっ!」って……

声震えてるじゃん……相当怖かったんだな……

よしよししてあげたい

 

15 名無しのダイバー

無事でよかった……マジで心臓止まるかと思った

綺麗な服のままだし、怪我もなさそうだな

ただただ、動けなくて震えてただけか……健気すぎる

 

16 名無しのダイバー

馬車の中の空気が重い……

 

17 名無しのダイバー

えっ、アリス様?

なんで泣いてるの?

「わたしが悪い子だから」って……

 

18 名無しのダイバー

自分のことじゃなくて、セーラたちが怒られるのを心配してるのか!?

六歳児がそこまで気遣えるとか、聖女かよ……

 

19 名無しのダイバー

「お父様には内緒にして」

これ、ただの隠蔽じゃないぞ

騎士たちの首が飛ばないように、自分が泥をかぶって懇願してるんだ……

 

20 名無しのダイバー

グオークの旦那、気持ちはわかるが頷いてやってくれ……!

アリス様をこれ以上泣かせないでくれ……!

 

21 名無しのダイバー

騎士としての忠義か、アリス様への愛か

究極の選択すぎる

でも、ここで断るグオークも実直で嫌いじゃない

 

22 名無しのダイバー

結局、お父様には報告したんかな……

 

23 名無しのダイバー

うわ、グオークさんパパに報告したみたい

セーラさん、呼ばれちゃったし!

これ絶対絶命じゃん

 

24 名無しのダイバー

アリス様ーーーっ!!

泣きながら飛びついた!!

 

25 名無しのダイバー

……うわああん(泣)

アリス様、必死すぎるよ……!

 

26 名無しのダイバー

騎士たちが怒られないようにって、がんばってるんだ……!

 

27 名無しのダイバー

なんて健気な子なんだ……

自分が一番怖かったはずなのに、みんなを守るために必死で……

 

28 名無しのダイバー

「怒るならアリスだけにしてぇ!」

ここで俺の涙腺が決壊した

こんなこと言える六歳児、世界中どこ探してもいないって

 

29 名無しのダイバー

パパも絆されたwww

まあ、あんな可愛い娘に泣きつかれたら怒れないよな

チョロいけど、正しい父親の反応だわ

 

30 名無しのダイバー

全員お咎めなし!

よかった……本当によかった……

アリス様の純粋な優しさが、みんなを救ったんだな

 

31 名無しのダイバー

最後のアリス様の笑顔見た!?

涙拭いてからの、あのクシャッとした安堵の顔!

「みんなが無事でよかった」って、心から思ってる顔だ……

 

32 名無しのダイバー

グゥゥ……尊い……

後光が見える……

アリス教に入信します

 

33 名無しのダイバー

あの笑顔……守りてぇ……

涙でぐしゃぐしゃなのに、みんなを安心させようと精一杯笑って……

健気すぎて胸が痛い

 

34 名無しのダイバー

結果的に、グオークたちが救われたな

慈悲深すぎる……俺なら一生忠誠を誓うわ

 

35 名無しのダイバー

結論:アリス様は今日も天使で聖女で神でした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。