わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

14 / 42
14話 メイドの愛――セーラ視点

 朝の光が、やわらかく部屋を満たしていました。

 わたくし、メイドのセーラにとって、この時間は一日のうちで最も魂が震え、心臓が早鐘を打つ、命がけの至福の時間です。

 目の前には、パジャマ姿の天使――アリスお嬢様。かわいいっ。

 今、わたくしはその光り輝く髪を梳かさせていただいているのです!

 

 はぁぁ……っ、最高……っ!

 指通りが絹のよう! いえ、絹を超えた神の繊維!

 櫛を通すたびにキラキラと輝く光の粒子が見えるようです。これはもはや後光では?

 

「……んぅ。セーラ、くすぐったいよう?」

 

 ――キュゥゥンッ!!

 心臓を! 今、何かが撃ち抜きました!

 鏡越しに目が合ったアリス様が、小首をコテンと傾けて、とろけるような笑顔を向けてくださったのです。

 破壊力! そのあざといまでの角度、完璧です!

「んぅ」って! その吐息交じりの声、もう一度聞きたい! セーラ、アリスお嬢様の専属メイドになれてよかったぁ……。

 

「ごめんなさい、アリスお嬢様。あまりに髪が美しくて、つい見惚れてしまいました」

 

 表面上は涼しい顔で答えますが、内心ではお祭りが開催されています。

 

「えへへ、セーラったら褒め上手なんだから」

 

 褒め上手?

 違います、事実です!

 わたくしは昨日の出来事を思い出し、尊さで胸が張り裂けそうになりました。

 街での迷子騒動。騎士たちとわたくしを庇い、「自分が悪い子だから」と泣いたアリス様。

 あんな健気な嘘、歴史書に刻むべき聖女の御業です。

 守りたい、この笑顔。捧げたい、わたくしの全人生。

 

「さあ、お着替えしましょうね。万歳してください」

 

「はーい」

 

 アリス様が素直に両手を上げます。

 その無防備な脇腹、華奢な肩のライン。

 わたくしはドレスを被せるふりをして、どさくさに紛れてその柔らかな背中にそっと触れました。

 

 ふにゅ。

 

 ……ッ!?

 や、柔らかい……ッ!

 マシュマロ? 焼きたてのパン? いいえ、これは雲!

 天界の雲の感触です!

 温かくて、ミルクのような甘い匂いがして……ああ、もう我慢できません!

 

「……セーラ?」

 

「し、失礼いたしますっ!」

 

 わたくしは理性のタガが外れ、ドレスごしにアリス様をギュッと抱きしめてしまいました。

 

「ふぇっ!? せ、セーラ、くるしいよぉ!?」

 

 腕の中に収まる、この圧倒的な「小ささ」。

 壊れそうなほど華奢なのに、ドクンドクンと脈打つ確かな生命力。

 頬をすり寄せると、すべすべとした肌の感触が脳髄を溶かしていきます。

 んん~っ! 吸いたい! この尊い成分を肺いっぱいに吸い込みたい!

 

「申し訳ございません! あまりにアリス様が愛おしくて、手が勝手に!」

 

「もう、セーラは甘えん坊さんだなぁ。……よしよし」

 

 あろうことか、アリス様が小さな手で、わたくしの頭をポンポンと撫でてくださるではありませんか。

 女神か。

 わたくしは天に召されそうです。ここで人生が終わっても、なにひとつ後悔はない。

 

 ◆◇◆

 

 廊下に出ると、そこにはすでに「同志」たちが待機していました。

 護衛騎士のグオークと、ルスカーです。

 普段は強面の彼らですが、今日のアリス様を見た瞬間、わかりやすく表情筋が崩壊しました。

 

「おはよう、グオークさん、ルスカーさん!」

 

 アリス様が花咲く笑顔で手を振った瞬間。

 

「ぐふっ……! お、おはようございます……ッ!」

 

 グオークが胸を押さえて悶絶しています。

 わかりますよグオーク。今、心臓にクリティカルヒットを受けたな?

 昨日の今日で、彼の忠誠心は限界突破しているようです。その目には「この尊い生き物を傷つける者は、大陸ごと消し飛ばす」という物騒な決意が宿っています。

 

「おはようございます、お姫様。……今日も、世界で一番可愛いですねぇ」

 

 ルスカーも、いつも通りの軽薄そうな褒め言葉を口にして、アリス様の頭を撫でます。

 けれど、その瞳はご神体を前にした信徒のような熱がこもっています。

 ……ふふっ、わかりますよ。本当はそのすべすべなほっぺに、頬ずりしたいんでしょう?

 でも、それはわたくしの特権ですので譲りません。

 もし、したら、物理的にその腕をへし折りますからね?

 

 わたくしが背後からニッコリと「般若の笑顔」を向けると、ルスカーは「おっと」と肩をすくめ、賢明にも距離を取りました。

 よろしい。アリス様成分の摂取権は、第一にわたくしにあるのです。

 

「えへへ、二人とも元気そうでよかった……!」

 

 アリス様が、心底ほっとしたように、目を細めて仰いました。

 ズキュンッ!!

 その優しさ! その海より深い慈悲!

 普通なら、昨日の今日で、自分の護衛に失敗した騎士たちなんて顔も見たくないはずです。  なのに、このお方は「自分が怖かったこと」よりも先に、「騎士たちが元気でいること」を喜んでくださっているのです!

 

 なんて……なんてお優しい……っ!

 ああ、もしアリス様教団が設立されたら、間違いなく我々三人は最高幹部の座を血で洗ってでも争うことになるでしょう。

 

 ◆◇◆

 

 そして、待ちに待った午後のお茶の時間。

 今日のおやつは、焼きたてのスコーン。

 テラスの陽だまりの中で、アリス様がカップを両手で包み込んでいます。

 

「あちち……」

 

 でたー!

 伝説の奥義、猫舌フーフー!!

 小さな唇を尖らせて、一生懸命「ふー、ふー」と息を吹きかけるその姿。

 ほっぺが少し膨らんでいるのが……もう、かわいすぎて罪!

 こんなにもかわいい生物が野放しになっていいんでしょうか!? もはや、かわいすぎる罪で、今すぐ衛兵に連れて行くべきです!

 

「……っ! あ、アリスお嬢様……っ! か、可愛すぎます……ッ!」

 

 わたくしは耐えきれず、ポットを抱えたまま叫んでしまいました。

 アリス様はキョトンとして、首をかしげます。

 

「えー? そんなことないよ? わたし、普通に飲もうとしてるだけだもん」

 

「いいえ! 普通ではありません! その仕草だけで国が三つは傾くレベルの奇跡です! このセーラが保証いたします!」

 

「もー、セーラは大げさなんだから」

 

「いえ、大げさではないです! 事実です!」

 

 わたくしが力説すると、アリス様は「ふふっ」と悪戯っぽく笑って、椅子からピョンと飛び降りました。

 そして、トコトコとわたくしの目の前まで歩いてくると、両手を広げて見上げたのです。

 

「えへへ、ありがとう。たくさん褒めてくれたお返しに、お礼しなくちゃね?」

 

「お礼、でございますか?」

 

「うん! セーラ、ぎゅーってするの好きでしょ? 知ってるんだから」

 

 ……ッ!?  ば、バレている……!?

 わたくしの薄汚い欲望が、この純真な天使には筒抜けだったというのですか!?

 

「かわいいって言ってくれたご褒美に、特別にぎゅーってしてあげる!」

 

 アリス様はえへへと笑うと、わたくしの腰のあたりに飛び込んできました。

 

「……んっ、ぎゅーっ!」

 

「あ……あぁ……ッ!!」

 

 衝撃。

 わたくしの腹部に、温かくて柔らかい、幸福の塊が衝突しました。わたくしは震える手で、その小さな背中をそっと抱きしめ返します。

 

 日向のようなポカポカした匂いと、甘いお菓子の香りが混ざり合って……これぞ極上の香水。  ぷにぷにのほっぺが、わたくしのエプロンに押し付けられています。

 ああ、この弾力。この温もり。この重みこそが、世界のすべて。生きててよかった。神様、創世の主様、ありがとうございます!

 

「えへへ、セーラもあったかーい」

 

 腕の中で、アリス様が猫のように頭をスリスリと擦り付けてきます。

 限界です。わたくしの魂は今、天高く昇華しました。

 

「ねえ、セーラ」

 

 わたくしが幸福の絶頂で気絶しかけていると、腕の中のアリス様がふと真面目なトーンで仰いました。

 

「……あとで、新聞持ってきてくれる?」

 

「新聞、でございますか?」

 

「うん。お父様がね、立派な貴族になるには、世の中のことを知らなきゃダメだって。だからお勉強するの!」

 

 ……!! な、なんてことでしょう。

 こんなに甘えん坊で可愛いのに、中身はこんなに立派な志をお持ちだなんて!

「ご褒美のハグ」からの「真面目な勉学」。この完璧な緩急に、わたくしの精神はもうメロメロです。

 

「かしこまりました! 今すぐ、世界中の新聞をかき集めてまいります!」

 

 わたくしは名残惜しさを断ち切って、疾風のごとく書斎へ走り、最新の『オーベニール日報』を手に入れて戻りました。

 

 アリス様は、わたくしから新聞を受け取ると、「ありがとう」とはにかみ、小さな手で大きな紙面を広げられました。

 そのアンバランスさがまた愛らしい! でも、その瞳は真剣そのものです。

 

 難しい文字が並ぶ紙面を、指先で追いながら「ふむふむ」と頷くアリス様。

 眉間に小さくシワを寄せて考え込む仕草……。

 ハッ、これもまた「知的なかわいさ」という未知の魅力! 難しい顔をしていても、隠しきれない愛らしさが溢れ出ています。

 

 すると、アリス様がふっと口元を緩めて慈愛に満ちた微笑みを浮かべられました。

 きっと、世界のどこかにある平和なニュースに心を寄せているのでしょう。

 

 ああ、尊い。

 アリス様が新聞を読んでいるだけのこの光景だけで、わたくしはあと十二時間はニヤニヤしていられます。

 

 ……と、思っていたら。

 

「……むぅ」

 

 アリス様が、ぷくっと頬を膨らませて、パタンと新聞を閉じてしまいました。

 そして、困ったように眉を下げて、わたくしを見上げてきます。

 

「……やっぱり、字がいっぱいで、よくわかんないや」

 

 ――ズッッキュゥゥゥンッ!!!!

 

 わたくしの胸の奥で、何かが爆発しました。

 か、かわいすぎるぅぅぅッ!!

 そうです! そうですよね! まだ6歳ですものね!

「立派な貴族になる!」と背伸びして、難しい新聞に挑戦してみたけれど、やっぱり難しくて読めなかった……。

 等身大の幼さ! 健気な背伸び!  完璧な美少女が見せる、この隙!

 

「ううっ……尊い……ッ! 無理なさらないでください、アリス様!」

 

 わたくしは思わず、その場で崩れ落ちそうになりました。

 

「アリス様がわからなくて当然です! むしろ、読もうとされたその心意気だけで、大賢者の称号を授与すべき偉業です!」

 

「えへへ、そうかなぁ? アリスも賢者様になれるかなぁ」

 

「なれます! なれます! アリス様なら、余裕です!」

 

 ああ、平和だなぁ。

 読めなくてしょんぼりするお顔すら、国宝級に愛らしい。アリス様、大好きです。どうかこの幸せな日常が、ずっとずっと続きますように!

 

 

――――――――――――――

 

【セーラch】アリス様を見守るスレ Part65【天使】

 

152 名無しのダイバー

ご褒美ハグの破壊力やばすぎる……

 

153 名無しのダイバー

アリス様も心なしか甘えてる顔してるし、見てるこっちがニヤニヤするわ

 

154 名無しのダイバー

新聞のくだり、反則級にかわいくなかったか?

背伸びして「お勉強!」って言ったのに、結局「わかんない」ってなっちゃうのかわいい

 

155 名無しのダイバー

アリス様のなにもかもが天使

それを優しく見守るセーラさんの聖母のような微笑みも

ここが天国か

 

156 名無しのダイバー

殺伐とした配信が多い中で、ここだけマイナスイオン出すぎ

セーラchは実質、我々にとっての精神安定剤だわ

一生この平和な日常を見せてくれ

 

157 名無しのダイバー

セーラさんの目がちょっと怖かったの俺だけ?

 

158 名無しのダイバー

>>157

わかる

セーラさんのアリス様を見る目、たまにガチだよなw

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。