わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

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18話 音もなく舞い降りる

 夜風が、頬を撫でる。

 港から吹き付ける潮の香りと、錆びついた鉄の匂い。

 

 わたしは倉庫の屋根の縁に立ち、眼下の「獲物」たちを見下ろしていた。

 

 ターゲットは二名。

 倉庫の入り口を固める、闇ギルドの下っ端たちだ。

 右の痩せた男がレベル27。左の巨漢がレベル28。

 

 ――ふーん。なるほどね。

 

 ドクロの仮面の下で、わたしは冷静に分析の思考を回す。

 今のわたしのレベルは27。

 数値上はほぼ互角だ。

 もし、正面から「こんにちは、死神です」なんて名乗りを上げて突っ込めば、二対一の数的不利も相まって、泥沼の殴り合いになるリスクがある。

 

 美少女たるもの、泥臭い乱戦なんてスマートじゃない。

 プレイヤーキルとは、相手に「攻撃された」と認識させる前に終わらせるのが一番かっこいい。

 

 わたしは、ベルトに差したダガーナイフを逆手に抜いた。

 黒塗りの刃が、月光を吸い込んで鈍く光る。

 

 作戦名は『上からドン! で、サクッ!』だ。

 実にシンプルで、完璧なプランだね。

「――いっくよー」

 

 音はない。

 わたしは屋根を蹴ったというより、重力に身を預けるように虚空へ「落ちた」。

 

 ヒュンッ。

 風切り音すら置き去りにする垂直落下。

 

 真下にいる巨漢の男は、欠伸をしながら空を見上げることもしない。

 無防備なうなじ。

 そこには、血管という名の「クリティカルスポット」が、わたしを誘うように剥き出しになっていた。

 

 ――いただきっ。

 

 着地の寸前、ブーツから逆噴射の風を出し、落下速度をゼロに殺す。

 フワリ、と。

 男の背後、わずか数十センチの空間に、死神が舞い降りた。

 

 男は気づかない。

 背後に死が立っていることにすら気づかず、悠長に鼻をほじっている。

 

 わたしは、慈悲深くその作業を終わらせてあげることにした。

 左手で男の口を塞ぎ、同時に右手のダガーを、首の付け根、頸椎の隙間へと滑り込ませる。

 

 ザクリ。

 

 手応えあり。

 骨を断つ硬い感触はなく、豆腐に針を通すような滑らかな侵入。

 神経を遮断された男は、声を上げることも、痙攣することもなく、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 

 わたしは男の体を優しく支え、音を立てずに地面へと横たえる。

 おやすみなさい、名もなき経験値Aさん。

 

 ――ピコン! ピコン!

 

【レベルアップ! レベル28になりました】

【レベルアップ! レベル29になりました】

 

 脳内で鳴り響く、甘美な電子音が二重になって響いた。

 全身を駆け巡る熱い奔流。

 たった一人。

 同格を一匹狩っただけで、レベルが二つも!?  効率があまりにも良すぎる!

 ああ、たまらない。この瞬間こそが、RPGの醍醐味だよね!

 

 だけど、まだ終わらない。

 もう一人の男――痩せた方が、相棒の気配が消えたことに違和感を覚えたようだ。

 

「……おい、どうした? 急に黙り込んで……」

 

 男が振り返る。

 その視線の先に映ったのは、闇に溶ける黒い外套と、地面に転がる相棒の死体。

 そして――白骨の仮面を被った、小さな「何か」。

 

「な……っ!?」

 

 男が息を呑む。

 恐怖で目が泳ぎ、腰の剣に手を伸ばそうとする。

 

 遅いよ。

 そのモーション、何フレームかかってるの?

 

 わたしは仮面の奥で、ニヤリと唇を吊り上げた。

 人差し指を立てて、仮面の口元に当てる。

 

「――シーッ」

 

 内緒だよ?

 わたしがここにいること、誰にも言っちゃダメだからね?

 

 その挑発的なジェスチャーが、男の思考を一瞬だけフリーズさせた。

「子供?」「ふざけているのか?」

 そんな迷いが生まれたコンマ数秒こそが、わたしにとってのボーナスタイムだ。

 

 タァンッ!

 

 わたしは地面を蹴った。

 レベルアップしたばかりの脚力に、URブーツの風圧加速を上乗せする。

 その速度は、男の動体視力を遥かに凌駕していたはずだ。

 

 男の視界から、わたしの姿が消える。

 

「ど、どこだッ!?」

 

 男が慌てて周囲を見回す。

 残念、ハズレ。

 正解は――「お空の上」でした!

 

 わたしは男の頭上、三メートルの空中にいた。

【空踏み】による二段ジャンプ。

 物理法則を無視したその機動は、初見殺しにも程があるよね。

 

 空中で体を捻り、遠心力を乗せた一撃を振りかぶる。

 重力加速。回転エネルギー。そして、わたしの愛らしい殺意。

 それらが一点に集束する。

 

「……じゃあね」

 

 ヒュンッ!

 

 銀閃が走る。

 男の脳天から垂直に振り下ろされたダガーは、頭蓋骨の正中線を正確に捉えた。

 

 ズドォンッ!

 

 衝撃音が響き、男の体が地面に叩きつけられる。

 即死だ。

 反撃の機会すら与えない、完全なる蹂躙。

 

 わたしは男の死体を踏み台にして、軽やかにバック宙を決めて着地した。

 スカートの裾を払い、仮面の位置を直す。

 

 ふぅ。

 汗ひとつかかない、完璧なお仕事。

 我ながら惚れ惚れするような手際だね。もしこのプレイ動画を配信していたら、間違いなく「神プレイ」のタグがついて、再生数が爆伸びしていただろうな。

 

 ――ピコン! ピコン!

 

【レベルアップ! レベル30になりました】

【レベルアップ! レベル31になりました】

 

 再び、脳髄を痺れさせる快感。

 レベル30の壁すら、紙きれみたいに突き破ってしまった。全身の細胞が沸き立ち、力が漲る全能感。

 

「……あはっ、すっごい……!」

 

 わたしは自分の手を見つめて、うっとりと呟いた。

 たった二人。

 たった二人を「処理」しただけで、レベルが4つも上がった。

 モンスター狩りでは絶対に味わえない、この圧倒的な高効率。

 まさに、ここはわたしのために用意された狩り場だ。

 

「さーて、前菜はこれくらいにして」

 

 わたしは、静まり返った倉庫の扉を見上げた。

 入り口の警備がこのレベルなら、中にはもっと美味しそうな「メインディッシュ」が詰まっているに違いない。

 

 わたしはドクロの仮面の下で、最高に邪悪で、最高に可愛い笑顔を浮かべた。

 

「ごめんくださーい。……死神さんのお通りだよ?」

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