わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
夜風が、頬を撫でる。
港から吹き付ける潮の香りと、錆びついた鉄の匂い。
わたしは倉庫の屋根の縁に立ち、眼下の「獲物」たちを見下ろしていた。
ターゲットは二名。
倉庫の入り口を固める、闇ギルドの下っ端たちだ。
右の痩せた男がレベル27。左の巨漢がレベル28。
――ふーん。なるほどね。
ドクロの仮面の下で、わたしは冷静に分析の思考を回す。
今のわたしのレベルは27。
数値上はほぼ互角だ。
もし、正面から「こんにちは、死神です」なんて名乗りを上げて突っ込めば、二対一の数的不利も相まって、泥沼の殴り合いになるリスクがある。
美少女たるもの、泥臭い乱戦なんてスマートじゃない。
プレイヤーキルとは、相手に「攻撃された」と認識させる前に終わらせるのが一番かっこいい。
わたしは、ベルトに差したダガーナイフを逆手に抜いた。
黒塗りの刃が、月光を吸い込んで鈍く光る。
作戦名は『上からドン! で、サクッ!』だ。
実にシンプルで、完璧なプランだね。
「――いっくよー」
音はない。
わたしは屋根を蹴ったというより、重力に身を預けるように虚空へ「落ちた」。
ヒュンッ。
風切り音すら置き去りにする垂直落下。
真下にいる巨漢の男は、欠伸をしながら空を見上げることもしない。
無防備なうなじ。
そこには、血管という名の「クリティカルスポット」が、わたしを誘うように剥き出しになっていた。
――いただきっ。
着地の寸前、ブーツから逆噴射の風を出し、落下速度をゼロに殺す。
フワリ、と。
男の背後、わずか数十センチの空間に、死神が舞い降りた。
男は気づかない。
背後に死が立っていることにすら気づかず、悠長に鼻をほじっている。
わたしは、慈悲深くその作業を終わらせてあげることにした。
左手で男の口を塞ぎ、同時に右手のダガーを、首の付け根、頸椎の隙間へと滑り込ませる。
ザクリ。
手応えあり。
骨を断つ硬い感触はなく、豆腐に針を通すような滑らかな侵入。
神経を遮断された男は、声を上げることも、痙攣することもなく、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
わたしは男の体を優しく支え、音を立てずに地面へと横たえる。
おやすみなさい、名もなき経験値Aさん。
――ピコン! ピコン!
【レベルアップ! レベル28になりました】
【レベルアップ! レベル29になりました】
脳内で鳴り響く、甘美な電子音が二重になって響いた。
全身を駆け巡る熱い奔流。
たった一人。
同格を一匹狩っただけで、レベルが二つも!? 効率があまりにも良すぎる!
ああ、たまらない。この瞬間こそが、RPGの醍醐味だよね!
だけど、まだ終わらない。
もう一人の男――痩せた方が、相棒の気配が消えたことに違和感を覚えたようだ。
「……おい、どうした? 急に黙り込んで……」
男が振り返る。
その視線の先に映ったのは、闇に溶ける黒い外套と、地面に転がる相棒の死体。
そして――白骨の仮面を被った、小さな「何か」。
「な……っ!?」
男が息を呑む。
恐怖で目が泳ぎ、腰の剣に手を伸ばそうとする。
遅いよ。
そのモーション、何フレームかかってるの?
わたしは仮面の奥で、ニヤリと唇を吊り上げた。
人差し指を立てて、仮面の口元に当てる。
「――シーッ」
内緒だよ?
わたしがここにいること、誰にも言っちゃダメだからね?
その挑発的なジェスチャーが、男の思考を一瞬だけフリーズさせた。
「子供?」「ふざけているのか?」
そんな迷いが生まれたコンマ数秒こそが、わたしにとってのボーナスタイムだ。
タァンッ!
わたしは地面を蹴った。
レベルアップしたばかりの脚力に、URブーツの風圧加速を上乗せする。
その速度は、男の動体視力を遥かに凌駕していたはずだ。
男の視界から、わたしの姿が消える。
「ど、どこだッ!?」
男が慌てて周囲を見回す。
残念、ハズレ。
正解は――「お空の上」でした!
わたしは男の頭上、三メートルの空中にいた。
【空踏み】による二段ジャンプ。
物理法則を無視したその機動は、初見殺しにも程があるよね。
空中で体を捻り、遠心力を乗せた一撃を振りかぶる。
重力加速。回転エネルギー。そして、わたしの愛らしい殺意。
それらが一点に集束する。
「……じゃあね」
ヒュンッ!
銀閃が走る。
男の脳天から垂直に振り下ろされたダガーは、頭蓋骨の正中線を正確に捉えた。
ズドォンッ!
衝撃音が響き、男の体が地面に叩きつけられる。
即死だ。
反撃の機会すら与えない、完全なる蹂躙。
わたしは男の死体を踏み台にして、軽やかにバック宙を決めて着地した。
スカートの裾を払い、仮面の位置を直す。
ふぅ。
汗ひとつかかない、完璧なお仕事。
我ながら惚れ惚れするような手際だね。もしこのプレイ動画を配信していたら、間違いなく「神プレイ」のタグがついて、再生数が爆伸びしていただろうな。
――ピコン! ピコン!
【レベルアップ! レベル30になりました】
【レベルアップ! レベル31になりました】
再び、脳髄を痺れさせる快感。
レベル30の壁すら、紙きれみたいに突き破ってしまった。全身の細胞が沸き立ち、力が漲る全能感。
「……あはっ、すっごい……!」
わたしは自分の手を見つめて、うっとりと呟いた。
たった二人。
たった二人を「処理」しただけで、レベルが4つも上がった。
モンスター狩りでは絶対に味わえない、この圧倒的な高効率。
まさに、ここはわたしのために用意された狩り場だ。
「さーて、前菜はこれくらいにして」
わたしは、静まり返った倉庫の扉を見上げた。
入り口の警備がこのレベルなら、中にはもっと美味しそうな「メインディッシュ」が詰まっているに違いない。
わたしはドクロの仮面の下で、最高に邪悪で、最高に可愛い笑顔を浮かべた。
「ごめんくださーい。……死神さんのお通りだよ?」