わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
重厚な鉄扉の隙間から、わたしは倉庫の中へと滑り込んだ。
――ムッとするような、甘ったるい腐臭。
それは、高濃度の魔力が換気不全で澱んでいる時の、特有の危険な臭気だ。
薄暗い倉庫の中、カンテラの頼りない明かりの下で、数人の男たちが作業に没頭している。 わたしは梁の上に音もなく着地し、眼下の光景を見下ろした。
ふーん。なるほどね。
彼らが木箱から取り出している、あの毒々しく赤黒い光を放つ石。
知っている。
あれは『
一時的な魔力の増大と引き換えに、脳が焼き切れるほどの幻覚を見せ、精神を蝕むという違法薬物の一種。
一度手を出したら二度と抜け出せない、重篤な中毒症状があるって噂のヤバい代物だ。
わかりやすい「悪事」の現場だこと。
けれど、わたしの視線はその石よりも、その奥に佇む異質な二つの影に釘付けになった。
一人は、巨大な曲刀を背負った、眼帯の巨漢。
もう一人は、豪奢な服を着て、優雅に手鏡を覗き込んでいる金髪の男。
わたしは懐から【
【Lv:64】
「……うっわ」
思わず、音のない悲鳴が出そうになった。
レベル64。
ウチの屋敷にいる精鋭騎士、ルスカーさんやグオークさんと同格の化け物じゃない。
なんでそんな実力者が、こんな薄暗い倉庫の番犬なんてやってるのよ。
今のわたしはレベル31。
倍以上のレベル差だ。
真正面からやり合えば、一撃でミンチにされてゲームオーバー確定の「負けイベント」級ボスキャラだ。
じゃあ、もう一人の優男は?
わたしは視線をずらし、金髪の男をレンズ越しに覗いた。
【Lv:45】
……レベル45。こっちも十分格上だ。
でも、驚いたのは数値じゃない。その顔に、見覚えがあったからだ。
「……えっ、嘘」
ドゴルゴン・ラグラクト。
この国の第三王子だ。
以前、お父様に連れられて出席した王宮のパーティーで挨拶をした覚えがある。系譜をたどれば、わたしにとっては「いとこ」にあたる人物。
紛れもない王族が、こんな場所で違法魔石の密売?
いや、違う。様子がおかしい。
「……始めようか。私の覇道のために」
ドゴルゴンが手鏡を閉じ、陶酔したような声で告げた。
すると、周囲にいた十数人の部下たちが、一斉に手にした「紅晶魔石」を口に放り込み、ガリガリと噛み砕き始めたのだ。
「ぐ、がぁぁぁぁぁッ!!」
「あ、熱い、熱いィィィィッ!!」
部下たちが喉を掻きむしり、白目を剥いて倒れ込む。
彼らの身体から赤黒い魔力が噴き出し、それが床に描かれた魔法陣へと吸い込まれていく。
彼は、自らの部下を「生け贄」にして、何かを呼ぼうとしている。
――ズズズズズ……ッ!
空間が歪む。
魔法陣の中心から、泥のような漆黒の闇が溢れ出した。
その闇は人の形を成し、禍々しい角を生やした「影」となって顕現する。
あれは……召喚術?
それも、正規のものじゃない。もっとおぞましい、邪法に分類されるやつだ。
『……我を呼ぶのは誰だ……』
地獄の底から響くような声。
「私だ! この国の第三王子、ドゴルゴンだ!」
王子は両手を広げ、狂気的な笑みを浮かべて叫んだ。
「いにしえの『邪竜』の霊よ! 私に力を貸せ! 私には王の器がある! この国を、いや世界を支配する、力を与えたまえ!」
なるほどね。
王位継承権の低い第三王子が、邪悪な力に頼って下克上を狙ってるってわけね。
ベタな展開だけど、嫌いじゃないよ。うんうん、向上心って大事だしね。
影の怪物は、虚ろな瞳でドゴルゴンを見下ろした。
『……力を欲するか。ならば、資質を示せ』
「資質だと?」
『左様。王たる者、屍の山を築くことを躊躇ってはならぬ』
影が腕を振るうと、苦しみもがいていた部下たちが、魔法陣の力で拘束された。
彼らは魔石の副作用で正気を失っているが、まだ生きている。
『試練を与えよう。……ここにいる供物を殺せ。ただし、条件がある』
影は、愉悦に歪んだ口元で告げた。
『最も「罪悪感」を抱かずに殺した者に、我が加護を与えん。心が痛み、手が震えるような凡夫に、王たる資格なし』
罪悪感なき殺人。
いかに心を凍らせ、平然と命を奪えるか。
その「非道さ」を数値化し、最強の悪人を決めるというのだ。
「フン、なんだそんなことか」
ドゴルゴンは鼻で笑い、腰のサーベルを抜いた。
「私は選ばれた王族だ。下賤な民の命など、路傍の石ころと変わらんよ。……見ていろ!」
王子が、足元で呻く部下の一人に剣を突き立てる。
「ギャアァァァァッ!!」
悲鳴。鮮血。
ドゴルゴンは返り血を浴びながら、高笑いを上げた。
「ハハハハッ! どうだ! 微塵も心など痛まぬわ!」
『……ほう。なかなかの適性だ。だが、脈拍が上がっているな。興奮している証拠だ。それはまだ「殺人」を特別な行為だと認識している証』
影の怪物は冷淡に評価を下す。
「むっ……」
『他におらぬのか? 我が器にふさわしい、真の「外道」は』
倉庫に静寂が落ちる。
レベル64の男は無言で腕を組んでいる。彼は護衛であって、王になるつもりはないらしい。
梁の上で。
わたしは、ポカンと口を開けていた。
え、なにその試練。
罪悪感を持たずに殺せば、すごい加護がもらえるの?
「…………」
わたしは、自分の胸に手を当ててみた。
ドクン、ドクンと規則正しく脈打つ心臓。
罪悪感?
なにそれ、美味しいの?
だって、この世界は『Gnosis Online』というデスゲームだ。
この世界で一般プレイヤーが死ぬこと。それは「死」じゃない。唯一の、現実世界への「
つまり、わたしがここで彼らを殺すことは、殺人じゃない。
悪いAIに囚われた彼らを、温かいお布団が待つ現実へ強制送還してあげる、極めて人道的な「ボランティア活動」だ。
彼らは悪夢から覚めてハッピー。
わたしは経験値をたっぷりもらえてハッピー。お互いに損のない、完璧な「ウィンウィン」の関係じゃない?
呼吸をするように。人助けをするように。
朝起きて「おはよう」と言うのと同じ気軽さで、わたしは慈悲深く「殺人」ができる。
それに。
わたしには「救世主」として、ラスボスを倒しみんなを救うという使命がある。
つまりこれ。
わたしのために用意された、ボーナスステージってことじゃない?
「……くふっ」
笑いが漏れる。
こんなの、参加しない手はないよね。
わたしは梁の上で立ち上がると、被っていた【
ハラリと、隠していた銀髪がこぼれ落ちる。
夜の闇の中で、白磁の肌と宝石のような瞳が露わになる。
死神の仮面はいらないや。
ここからは、最強にかわいい「アリスちゃん」の独壇場だもの。
「――はいはーい!」
わたしは、梁の上から元気よく手を挙げた。
そして、ふわりと身を躍らせる。URブーツの風圧制御で、羽毛のように軽やかに着地。
スタッ。
「なっ……!?」
ドゴルゴンが目を見開く。
護衛の男が瞬時に大剣に手をかける。
殺伐とした血と臓物の臭いが漂う倉庫の中心に、場違いなほど愛らしい少女が舞い降りたのだ。
黒い外套を身に纏い、手にはドクロの仮面。
不気味な死神の衣装なのに、その中身は天使のように可憐な幼女。
わたしは外套の裾をドレスのようにつまんで、優雅にカーテシーを決めた。
「ごきげんよう」
首をコテンと傾けて、天使の笑顔ビーム発射。
「その楽しそうな儀式……わたしも混ぜてくれませんか?」
「……こ、子供、だと?」
ドゴルゴンが呆気にとられたように呟く。
護衛の巨漢の眼光が鋭くわたしを射抜くが、わたしは動じない。
わたしは、宙に浮かぶ影の怪物に向かって、にっこりと微笑みかけた。
「ねえ、黒いおじさん。罪悪感を持たずに殺せばいいんでしょ?」
『……いかにも。だが、幼子に耐えられる試練では……』
「大丈夫、大丈夫!」
わたしは無邪気に手を振った。
そして、計算高く、ニヤリと唇を吊り上げる。
鏡を見なくてもわかる。
今のわたしはきっと、この場にいる誰よりも邪悪で、そして誰よりも「かわいい」ドヤ顔を決めているはずだ。
「だってわたし、息をするように上手に殺せるもん」
さあ、始めようか。
このボーナスステージの、完全攻略を。