わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

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20話 天使の皮を被った、慈善活動家

 倉庫の梁から舞い降りたわたしを見て、場の空気が凍りついた。

 

 ドゴルゴン王子の目が、点になっている。

 護衛の巨漢に至っては、即座に大剣の柄に手をかけ、猛獣を見るような目でわたしを警戒していた。

 

 そんなに警戒しなくたっていいのに。

 こんなにかわいい公爵令嬢ちゃんが現れたんだよ。普通は和んで武器を置くところだよ。

 

「……き、貴様……まさか」

 

 ドゴルゴン殿下が、信じられないものを見るように瞬きをした。

 カンテラの薄暗い光が、わたしの髪を照らす。

 

「クライネルト公爵家の……アリス、か?」

 

 あ、流石にわかっちゃう?

 いくら変装を解いたとはいえ、王族主催のパーティーで一度挨拶しただけの相手だ。

 六歳の子供の顔なんて覚えていないと思ったけれど、わたしのかわいさは一度見たら忘れられないレベルだったらしい。う~ん、罪だねぇ。

 

 わたしはドレスの裾をつまむように、黒い外套の端を優雅に持ち上げた。

 

「ごきげんよう、ドゴルゴン殿下。こんな素敵な夜更けにお会いできて光栄ですね」

 

 にっこり。

 王族相手の完璧なカーテシー。

 その背後には、転がる死体と、禍々しい影の怪物。

 うん、ここまでミスマッチな組み合わせ、まさに現代アートってやつ?

 

「な、なぜ……なぜ貴様のような子供がここにいる!?」

 

 ドゴルゴン殿下が狼狽して叫ぶ。

 

「公爵家は何をしている! こんな夜中に、深窓の令嬢を一人で出歩かせるとは!」

 

 ごもっともな正論だ。

 でもね、殿下。わたしは深窓の令嬢じゃなくて、深夜のプレデターなんですよ。

 

「ふふっ。お散歩をしていたら、楽しそうな声が聞こえたので」

 

「散歩だと!? ふざけるな!」

 

 ドゴルゴンは顔を真っ赤にして、隣に控えるナガクに視線を飛ばした。

 

「ナガク! 捕らえろ! 目撃者を野放しにしておくわけにいかん!」

 

 おっと、いきなり実力行使ですか。

 ナガクと呼ばれた巨漢が、重そうな大剣を軽々と引き抜く。

 レベル64の殺気が肌を刺す。

 ――うん、怖い怖い。

 まともにやり合ったら、今のわたしじゃあ挽肉にされちゃうかも?

 

 だからこそ。

 わたしは、とびきり無邪気な声で、盤面をひっくり返す。

 

「あら? いいんですか、殿下?」

 

 わたしは首をコテンと傾け、上目遣いで彼を見た。

 

「わたしを殺すのは構いませんけれど……そうしたら、その『黒いおじさん』との契約、無効になっちゃうんじゃないですか?」

 

「……なに?」

 

 わたしは、宙に浮かぶ影の怪物――邪竜の霊体を指差した。

 

「だって、そのおじさんは言いましたよね? 『最も罪悪感なく人を殺した者に、加護を与える』って」

 

 わたしは一歩、前に出る。

 

「つまり、これってコンテストですよね? だったら、参加者が多いほうが、より優れた『器』が見つかるはず。……それを、自分の勝ち目がなくなるからって、参加者を排除しようなんて」

 

 わたしは口元に手を当てて、憐れむように目を細めた。

 

「王の器を自称する方が、随分と……『小さい』こと」

 

「なっ……!?」

 

 図星を突かれたのか、ドゴルゴンの顔が怒りで歪む。

 プライドの高い王族サマに、この手の挑発は効果てきめんだ。

 

「き、貴様……! この私を愚弄するか!」

 

「まさかぁ。ただ、殿下がそんなふうに……『器が小さい』なんて勘違いされちゃうんじゃないかって、心配しているだけですよ?」

 

 わたしは両手を口元に当て、わざとらしく眉を下げてみせた。

 完璧な『憂う乙女』の演技をしてみせる。

 

「だって、六歳の子供相手に勝負を避けたなんて知られたら……『自分の悪党としての才能に自信がないから逃げた』だなんて、思われちゃうかもしれませんしー?」

 

「だ、黙れッ!!」

 

 ドゴルゴンが喚き散らす。

 その時、それまで静観していた邪竜の影が、低く笑った。

 

『……ククク。面白い』

 

 影が揺らめき、わたしを見下ろす。

 

『我を前にして、震えもせぬか。……よいだろう。その幼子にも、挑戦権を与えてやれ』

 

「なっ、し、しかし! こんな子供に何ができるというのです!」

 

 ドゴルゴンが抗議するが、邪竜は冷ややかな目を向けた。

 

『貴様は、自分の器がこの幼子に劣ると認めるのか?』

 

「そ、それは……っ!」

 

 詰みだね。

 プライドの塊である彼が、認めるわけがない。

 ドゴルゴンはギリッと歯噛みし、忌々しげにわたしを睨みつけた。

 

「……フン、よかろう。どうせすぐに泣き叫んで逃げ出すに決まっている」

 

 許可は降りた。

 わたしは心の中でガッツポーズを決める。

 よーし、これで実はよくわかってないけど凄そうなコンテストに参加できるぞー!

 

 けれど、邪竜の影は、疑わしげな視線をわたしに向けていた。

 

『……だが、娘よ。口先だけなら何とでも言える』

 

 地獄の底のような重圧が、わたしの小さな肩にのしかかる。

 

『我は見てきた。数多の英雄、数多の悪党を。口では非道を語りながら、いざ剣を握れば手が震え、瞳が揺れる凡俗どもを』

 

 邪竜の威圧感は、生物としての本能的な恐怖を呼び起こすものだ。

 普通の人間なら、この視線だけで失禁しているかもしれない。

 

『ましてや、貴様のような柔肌を持った幼子に、命の重さを断ち切る覚悟があるとは到底思えぬ。……悪いことは言わん。ママの元へ帰って、お人形遊びでもしているがい――』

 

 ――ザシュッ。

 

 湿った音が、倉庫に響いた。

 

『――ぃ?』

 

 邪竜の言葉が、途切れる。

 

 わたしの手には、いつの間にか抜いたダガーナイフ。

 足元には、薬漬けになって呻いていた部下の男。

 

 男の首には、深々と刃が突き刺さっていた。

 頸動脈と気管を一瞬で両断する、無駄のない一撃。

 鮮血が噴水のように上がり、わたしの白い頬を赤く汚した。

 

 男は、声を上げる暇もなく絶命し、事切れた。

 

 ――ピコン!

 

【レベルアップ! レベル32になりました】

 

 脳内に響くファンファーレを聞きながら、わたしはナイフを引き抜き、死体にこびりついた血を振るった。

 

「……え?」 

 

 ドゴルゴン殿下が、間の抜けた声を漏らす。

 ナガクが、信じられないものを見るように目を見開く。

 

 そして、邪竜の影が――あきらかに動揺して、揺らいで見えた。

 

『…………な』

 

 わたしは、血のついた頬を指先で拭い、ペロリと舐めた。

 鉄の味。

 そして、とびきりの笑顔で首をかしげる。

 

「ごめんなさい、おじさん。お話長そうだったから、待ちきれなくて」

 

 邪竜の影が、大きく揺らいだ。

 あれは……わたしに引いているのかな? もしそうなら、ひどいかも。

 

『……貴様……今、何をした?』

 

「え? 何って……殺しただけですけど?」

 

 わたしはキョトンとして答える。

 何を当たり前のことを聞いているんだろう。

 

『……い、いいいい異常……だ』

 

 邪竜が、呻くように言った。

 その声は、もはや威厳などかなぐり捨て、未知の生物に怯える老人のように震えていた。

 

『脈拍が変わらぬ。呼吸も乱れぬ。瞳孔の収縮すら……な、ないだと。あ、ありえぬ……こんな生物が、存在してよいはずがない……ッ!』

 

 邪竜の目は、わたしの行動ではなく、わたしの「内面」を必死に解析しようとして、そしてエラーを起こしているみたいだ。

 

『我は三千年の時を生きてきた! 数多の人間を見てきた! 親を殺し、王座を奪った覇王ですら、剣を握る手は報復の恐怖に震えていたのだぞ!?』

 

 邪竜の言葉に、熱と、そして隠しきれない戦慄が混じり始める。

 影の体が、形を保てないほどに激しく揺らいでいる。

 

『愛する者を切り刻み、その血を啜った希代の狂人ですら、殺す瞬間は獣のように瞳孔を開き、あられもない興奮に息を荒げていた! あるいは、大義のために万の民を虐殺した聖女ですら、その魂は罪悪感と使命感の狭間で悲鳴を上げていたのだ!』

 

 邪竜が叫ぶ。

 それは、生命としての「当たり前」が通じないことへの、根源的な拒絶と悲鳴だった。

 

『だが、貴様にはそれがない! 恐怖も、悲しみも、使命感すらもない!』

 

 邪竜の赤い瞳が、わたしの深淵を覗き込み、そして凍りついたのがわかった。

 

『そこにあるのは……あろうことか、「無邪気な達成感」だ!』

 

 邪竜は、信じられないものを見るように声を震わせた。

 

『まるで、ずっと探していた玩具を見つけた子供のように! あるいは、豊作の畑で麦を刈り取る農夫のように! 貴様は、あまりにも晴れやかに、そして「嬉しそう」に命を絶った!』

 

 邪竜の視線が、わたしの笑顔に釘付けになっている。

 そこに映っているのは、血に飢えた獣ではない。もっと理解の及ばない、異質な輝きだ。

 

『……わからぬ。我には、貴様という存在が、さっぱりわからぬ……!』

 

 邪竜は、理解の範疇を超えた未知に対し、怯えるように言葉を紡いだ。

 

『貴様は、一体なにを見えているのだ? 屍の向こう側に、一体何を見出して笑っている!? 貴様の目には、この世界が……命を奪うという行為が、一体どのような「光景」に見えているというのだ!?』

 

 えー、そこまで言われると照れるなぁ。

 でも、まあ合ってるのかな。

 だって、わたしにとって、この世界はゲームなんだもん。

 

 ゲームの中でスライムを倒すのに、いちいち「命の重み」を感じて震えるプレイヤーがいる?

 いないよね。

 経験値ゲット、ラッキー。みんな、ハッピー。

 それだけの、楽しい事務作業。

 

『……む、娘よ。問おう』

 

 邪竜が、恐る恐る……まるで触れてはいけない世界の禁忌に触れるように、ヒューヒューと喉を鳴らしながら問いかけてきた。

 

『貴様にとって……人殺しとはなんだ?』

 

 倉庫の中が、静まり返る。

 殿下も、ナガクも、固唾を飲んでわたしの答えを待っている。

 

 人殺しとは何か。

 そんなこと突然言われても……。

 

 ……うーん。

 この世界においては、答えは一つしかないよね。

 

 わたしは、スカートについた血を払いながら、聖女のように優しく、そして慈悲深く微笑んだ。

 

「強いて言うなら……」

 

 わたしは、心からの善意を込めて言った。

 

「人助け、かな♡」

 

 そう。

 だって、死ねばログアウトできるんでしょ。

 この悪夢のようなデスゲームから、温かい現実世界へ帰してあげる。

 これほど崇高で、慈愛に満ちたボランティア活動が他にある?

 

 わたしは、彼らを救済しているのだ。

 経験値という「お駄賃」をもらいながらね。

 

 わたしは両手を広げ、満面の笑みでドヤ顔を決めた。

 頬についた血が、涙のように流れているかもしれないけれど、今のわたしはきっと最高に輝いているはずだ。

 

 視界の端で、殿下が「ヒッ」と短く悲鳴を上げて後ずさるのが見えた。

 邪竜のおじさんも、影をゆらゆらと揺らして、言葉を失っている。

 ……あーあ、もしかしなくても、完全にドン引きされちゃってるなぁ。

 

 その反応を見て、わたしは冷静に状況を理解した。

 でも、仕方がないよね。

 だって、わたしと彼らとでは、見ている世界が根本から違うんだもの。

 

 彼らにとって、ここは唯一無二の「現実」。命は重く、死は永遠の終わり。

 でも、わたしにとっては?

 ここは「悪いAI」が作った悪趣味な仮想空間(デスゲーム)。死は救済(ログアウト)で、殺人は楽しいレベル上げ。

 

 前提条件がここまで食い違っているんだから、わかり合えるわけがない。

 

「それで、おじさん?」

 

 わたしは小首を傾げて、無邪気に聞いてあげた。

 

「コンテストの賞は、どっちがもらえるのかな?」

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