わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
シン、と。
倉庫の中が、真空になったみたいに静まり返っていた。
……あれれー? 反応が渋いなぁ。
ただドゴルゴン殿下やナガクがドン引きするのはまあ想定内だ。
――でも、解せないのは『そっち』だよ。
わたしは、宙に浮かぶ『黒いおじさん』こと、邪竜の霊体を見上げた。
このおじさんは言ったはずだ。
『最も罪悪感なく殺した者に力を与える』と。
だからこそ、わたしは空気を読んで、そのオーダーに完璧に応えてあげたのに。
躊躇なく殺し、微塵も心を痛めず、あまつさえ「人助け」というポジティブな動機まで添えた、最高の「サイコパス・アピール」をね。
なのに、なんで出題者のあなたが一番引いてるのかな?
『……ひ、ひぃ……ッ』
邪竜の声が、不協和音のように震えている。
その赤い瞳は、合格者を称えるどころか、得体の知れない怪物を前にした時のように泳いでいた。
『わからぬ……貴様のその精神構造は、生物としての枠組みから逸脱している。「殺した」という事実と、「人助け」という認識が、なんの矛盾もなく直結しているだと……?』
邪竜の視線が、わたしの深淵を覗き込もうとして、逆に怯えたように揺らいだ。
『貴様は……「人間」ではない。人の皮を被った、もっと別の……さ、「災厄」だ!』
おや?
災厄だなんて、レディに向かって失礼しちゃうな。
わたしはただ、効率を愛するゲーマーとして、あなたの出したクエスト条件をクリアしただけなんだよ。
自分から「化け物を連れてこい」って言っておいて、いざ本物が来たらビビっちゃうなんて……さては、この邪竜さん、見た目より繊細なタイプなのかな?
『……認めん。認められん』
邪竜が、拒絶するように影を膨張させた。
『貴様のような理解不能な存在に、我が力を貸すわけにはいかぬ! 我が加護は、王の器を持つ者にこそふさわしいのだ! 貴様のような、理解不能な狂気になど……ッ!』
「――あ?」
わたしの口から、自然と低い声が漏れた。
今、なんて言った?
認めない? 力を貸さない?
「……ちょっと、おじさん」
わたしは、コツコツとブーツを鳴らして一歩前に出た。
ニッコリと笑ったまま、けれど瞳の奥だけは絶対零度に冷やして、見上げる。
「大人が子供に嘘ついちゃ、メッ! でしょ?」
わたしは人差し指を立てて、チッチッと振ってみせた。
「『最も罪悪感なく殺した者に力を与える』。それがルール。わたしはそれをクリアした。……だったら、わたしに賞品を渡すのが義務だよね?」
『く、来るな……ッ! 近寄るな!』
邪竜が後ずさる。
影が萎縮し、輪郭がブレている。
ああ、なるほど。
――怖がってるんだ、わたしを。
その姿を見た瞬間、わたしは理解した。
『あ、こいつ、いけるわ』って。
ビビって震えている時点で、こいつはもう「格下」だ。格下なら、従わせることができる。喰らい尽くして、わたしの力にできる。
根拠はないけど、ゲーマーとして勘が「イエス」って言ってるんだもん。
「ふーん。おじさん、わたしのことが怖いの?」
わたしは一歩、また一歩と距離を詰める。
『ち、違う! 我は古の邪竜! 貴様のような幼子になど……!』
「怖いんだよね? 震えてるもんね?」
わたしは両手を広げ、無邪気に笑いかけた。
「いいよ、怖がっても。……だって、弱いものが強いものを怖がるのは、世界の真理だもん」
その言葉が、決定打だった。
わたしが「強者」として振る舞い、彼が「弱者」として怯えた。
その関係性が成立した瞬間、概念的な主従関係が確定する。
『あ、あぁ……ッ!? ん、体が、吸い込まれる……ッ!?』
邪竜の影が、わたしの影に向かって雪崩を打って流れ込み始めた。
魂そのものを「屈服」させた。
「ほら、おいで。……わたしが、あなたを有効活用してあげるから」
わたしは、悪魔のように甘く囁き、右手を差し出した。
『や、やめろ……ッ! 貴様、その小さな器で、我という巨大な「悪意」を受け止めきれると思って……ぎゃああああああああッ!?』
わたしの掌が、掃除機のように影を飲み干していく。
邪竜の悲鳴が倉庫に木霊した。
抵抗? 無駄だよ。
だって、もう完全にビビっちゃってるじゃん。恐怖に震えてる負け犬さんがいくら吠えたって、ちっとも怖くないんだよ。
――ジュルルルルッ!
黒い泥のような奔流が、わたしの右手に収束し、すべて消え失せた。
血管の中を、氷のように冷たい力が駆け巡る感覚。
『や、やめろぉぉぉぉぉぉぉッ!!』
断末魔と共に、邪竜の自我は砕け散り――わたしの影の一部として再構成された。
――ピロン♪
【スキル獲得:『邪竜の加護』】
わたしは、表示されたウィンドウを素早く確認する。そこには、今のわたしにとって運命的とも言える、とんでもない能力が記されていた。
【
・権能1 『影の支配』:自身の影の「形状」「硬度」「質量」を自在に変化させ、物理干渉を可能にする。
・権能2 レベル2になると解放
【LvUP条件】
・『悪意ポイント』を一定量蓄積する。
(※悪意ポイントは、他者から向けられる殺意、恐怖、憎悪の総量、およびその質によって算出されます)
「……んーっ、ふふっ」
わたしは自分の右手を見つめ、握ったり開いたりした。
指先から、黒い靄が立ち上っている。
すごい。力が馴染む。まるで最初からわたしの体の一部だったみたいに。
それにしても……「悪意を集めろ」だなんて。
わたしが押し付けられた【殺人鬼の加護】と、あまりにも相性が良すぎるじゃない?
人を殺して経験値を稼ぎ、人から憎まれてスキルを強化する。
システム的に言えば、これ以上ないほど完璧なシナジーだ。無駄がない。美しいとさえ言える「悪役ビルド」の完成だ。
……うん。
ゲーマーとしては満点なんだけど、乙女としては、ちょっと複雑……。
だって、わたしは「世界一かわいいる完璧な公爵令嬢」なんだよ?
なのに、強くなろうとすればするほど、世界中の人々から「死ね!」って思われなきゃいけないなんて。
運営さん、わたしのこと嫌いなのかなー。それとも「お前はヒールがお似合いだ」っていう皮肉?
「ま、いっか」
わたしはそう言って、小さく肩をすくめるのだった。