わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
誰がどう見ても、ここで殿下の手を取るのが「賢い生き方」だよね。
「はい、本当に……反論の余地がないくらい、素晴らしい提案です」
わたしは、ニヤリと唇を吊り上げた。
鏡を見なくてもわかる。
今のわたしはきっと、悪魔ですら裸足で逃げ出すような、最高に計算高く、そして邪悪な「ドヤ顔」を決めているはずだ。
ガシッ。
わたしは迷うことなく、その手を強く握りしめた。
「――普通の人なら、ね?」
ザシュッ。
乾いた音が、一つだけ響いた。
「…………え?」
ドゴルゴン殿下の表情が、歓喜の形のままで凍りついた。
彼が差し出した右手。
その手首から先が、ぽろりと地面に落ちたからだ。
一拍遅れて、鮮血が噴き出す。
「あ……あ、あァ……?」
殿下は、何が起きたのか理解できない様子で、血を吹き出す自分の腕と、わたしの顔を交互に見た。
わたしの右手からは、黒い影が鋭い刃となって伸びている。
「な、なぜ……?」
彼は、呻くように問うた。
「なぜだ……ッ! 私の提案は……完璧だったはずだ……ッ! 損など、ないはずだ……ッ!」
「はい、完璧でしたよ。論理的にはね」
わたしは、返り血を避けるように一歩下がって、呆れたように肩をすくめた。
「でもね、お兄様。わたし、気が付いちゃったんです」
わたしは人差し指を立てて、チッチッと振ってみせた。
「お兄様の言う通り、わたしが良い子にして待っていれば、安全に経験値がもらえるかもしれません。……でも、それっていつになるんですか? 五年後? 十年後?」
「そ、それがどうした! 待てば確実に手に入るのだぞ!?」
「待てないですよ」
わたしは冷たく言い放った。
「わたしは今すぐ、強くなりたいんです。そんな気の遠くなるような時間、指をくわえて待ってるなんて退屈すぎて死んじゃいます」
それにね。
わたしは、とびきりの笑顔で、悪魔的なアイデアを披露した。
「ここで『王族殺し』の大罪人になったほうが、断然『面白そう』じゃないですか!」
「は……?」
殿下が、理解不能という顔で口を開けた。
「だって考えてもみてくださいよ。わたしが王族を殺したら、国中が大騒ぎになって、優秀な騎士様や暗殺者が、たーくさんわたしを殺しに来てくれるかもしれませんよ?」
わたしはウットリと頬に手を当てた。
「つまり、自分から探しに行かなくても、向こうから勝手に『経験値』がデリバリーされてくるってことですよね? これって、お兄様が提案してくれた『狩り場』よりも、ずっとエキサイティングで効率的じゃないですか?」
追われる身になる?
上等だよ。
全プレイヤーを敵に回して生き残るサバイバルモードなんて、むしろゲーマーの腕が鳴るってもんだ。
それに、さっき手に入れた『邪竜の加護』。これのレベルアップ条件が『悪意を集めること』ってのも理由のひとつだ。
まあ、でも、『おもしろそう!』ってのが理由の大部分かな!
やっぱりゲームは楽しく遊んでなんぼだよね。
ドゴルゴン殿下は、絶句していた。
恐怖すら通り越して、ただただ呆然と、理解の及ばない異界の生物を見つめるように。
やがて、彼は震える唇を開き、かすれた声で絞り出した。
「き……貴様……やはり人間ではない……ッ! こ、この、化け物がぁぁぁぁッ!!」
化け物。
その言葉に、わたしはムッと頬を膨らませた。
「もうひどいなぁ」
わたしは影の刃を、無慈悲に振りかぶる。
「そんなひどいこと言わなくてもいいじゃないですか。殺したくらいで」
わたしは、怯える殿下を見下ろし、諭すように、優しく微笑みかけた。
「だって、この世界はただの『――』なんですから」
――ザザッ……!
不意に。
わたしの口から出るはずだった単語が、不快なノイズにかき消された。
「……はへ?」
殿下が、死の直前で呆けた顔をする。
あれ?
わたしは今、「ゲーム」って言ったはずなのに。
まるで世界のシステムそのものが、その言葉を遮断するかのように、強制的に音を歪ませた。
あー、なるほどね。
きっとこの世界をデスゲームにした「悪いAI」の仕業だろう。
他の人たちに「ここが仮想現実だ」って気づかせないための、検閲機能ってところかな。
そんなことを考えながら、わたしは影の刃を振り下ろした。
――ズドンッ!!
振り下ろされた影の刃が、殿下の脳天から股下までを一瞬で駆け抜けた。
ドゴルゴン殿下の体は、左右に綺麗に分かれ、物言わぬ肉塊へと変わった。
――ピロリン♪
【レベルアップ! レベル46になりました】
【レベルアップ! レベル47になりました】
【レベルアップ! レベル48になりました】
脳内に響く、気の抜けた電子音。
わたしは足元の「元・お兄様」を見下ろし、ふう、と息を吐いた。
「あ、そうだ。忘れないうちに確認しとかないと」
わたしはウィンドウを開き、一番のお目当てだった項目をチェックする。
【殺人鬼の加護:レベル1】
・NEXT:あと3人殺害でレベルアップ
「……そっか、あと3人殺さなきゃいけないのか」
ちょうど、さっきお兄様が儀式のために薬漬けにした部下たちが、まだ何人か床で痙攣している。
――ラッキー。ちょうど、三人いるや。
「ごめんね、名もなきモブさんたち。どうせ廃人になっちゃってるし、楽にしてあげるね」
わたしは右手を軽く振った。
黒い影が鞭のように伸び、床に転がる3人の首を、流れるような動作で刈り取った。
――ピロン♪
【レベルアップ! レベル49になりました】
【レベルアップ! レベル50になりました】
あっ、ついに50レベルの大台にのった!
そして――。
【条件達成を確認。スキル『殺人鬼の加護』がレベル2に到達しました】
【新たな権能の解放条件を達成しました】
「やったーっ! 今度こそ達成!」
わたしは両手を広げてバンザイをする。
詳しい能力の確認は、おうちに帰ってからのお楽しみにとっておこう。
今は、さっさと撤収作業をしなくちゃ。
……と、その前に。
「せっかくだし、記念に『足跡』を残しておこうかな」
わたしはニヤリと笑い、殿下の死体のそばにしゃがみ込んだ。
指先に、殿下の血をちょん、とつける。
せっかくだし、わたしは、国中から恨まれて、恐れられる「大悪党」になろう。
そのためには、この事件がただの「行方不明」や「事故」で処理されちゃ困るのだ。
それには、誰が見ても震え上がるような、かっこいい「犯行声明」が必要だよね?
わたしは、倉庫の壁に、血文字でサラサラとメッセージを刻んだ。
『ごちそうさまでした♡』
その横に、可愛らしいドクロのマークを添えて。
「くっくっくっ、中二病っぽくて最高にかっこいいかも!」
自画自賛しながら頷く。
これで明日には、新聞の一面間違いなしだ。
みんながこの「正体不明の殺人鬼」に恐怖し、憎悪を募らせてくれれば、わたしの新スキル『邪竜の加護』の糧になる。
「まあ、まさか犯人が『6歳の公爵令嬢』だなんて、誰も思いつかないだろうけどね」
わたしはケラケラと笑った。
だって、わたしの顔を見た殿下もナガクも、部下たちも、もう全員喋らない肉塊だ。
死人に口なし。完全犯罪。
現場には「不気味な死神」の痕跡しか残っていない。
「さて、帰ろっと。セーラが起きる前にベッドに戻らなきゃね」
わたしはURブーツの踵を鳴らし、軽い足取りで闇夜へと消えていった。
背後に、国を揺るがす大事件の火種を置き土産にして。