わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
わたしは、高鳴る鼓動を抑えながら、ウィンドウに表示された【実体化】のボタンを、人差し指で力強くタップした。
――ブッブー!
期待に満ちたファンファーレの代わりに、間の抜けたエラー音が脳内に響き渡る。
えっ?
わたしが目を丸くしていると、目の前に赤い警告ウィンドウがポップアップした。
【エラー:器が選択されていません】
「…………あ」
思わず、ぽかんと口を開けてしまった。
器。
そういえば、さっきの説明文に書いてあった気がする。『術者が用意した器に対し、魂を定着させる』って。
つまり、魂だけあってもダメで、それを入れるための「ボディ」が必要ってこと?
「アリスお嬢様? どうなさいましたか? 急に固まってしまわれて」
不意に、すぐ耳元で声をかけられた。
「――ひゃうっ!?」
わたしは心臓が飛び出るほどびっくりして、持っていたトーストを取り落としそうになった。
慌てて振り返ると、セーラが心配そうにわたしの顔を覗き込んでいる。
や、やばいっ!
今、わたしの目の前には、ステータス画面や眷属リストが思いっきり展開されたままだ!
この世界では、すべての人間がステータスを持っている。
だから、ウィンドウを開くこと自体は不自然じゃない。
でも――そこに書かれている内容は別だ。
『殺人鬼の加護』だの『ナガク』だの『ドゴルゴン』だの、物騒な単語のオンパレード。こんなのを見られたら、「お嬢様、このリストはなんですか? まさかデスノートですか?」なんて問い詰められて、人生が詰んでしまう――!
わたしは顔面蒼白になりながら、バッと両手を広げてウィンドウを隠そうとした。
み、見ちゃダメぇぇぇっ!!
わたしは必死にウィンドウを消去しながら、セーラの視線を遮るように身を乗り出した。
「アリスお嬢様……?」
セーラがキョトンとして、小首をかしげている。
「もしかして……ご自身のステータスをご覧になっていたのですか?」
「う、うん! そうなの!」
わたしは冷や汗をダラダラ流しながら、ブンブンと首を縦に振った。
「わたし……お父様やお母様の役に立ちたくて、寝る前にこっそり魔力操作のイメージトレーニングをしてて……その、魔術師の加護のレベルが増えてないかなって、確認してて……」
「…………ッ!!」
苦し紛れすぎるかな?
だけど、セーラは「はうっ!」と胸を押さえて身悶えした。
「な、なんて……なんて健気で愛らしい努力なのでしょう……ッ!」
セーラが潤んだ瞳で、うっとりとわたしを見つめる。
「ご安心ください、アリスお嬢様! お嬢様はただでさえ『神童』と呼ばれるほどの才能をお持ちなのに、さらに影で努力を重ねていらっしゃるなんて……! ああ、その向上心、その純粋な御心……尊すぎて直視できません……ッ!」
ほっ……、チョロくて助かった。
セーラの信仰心の高さに感謝しつつ、わたしは安堵の息を吐いた。
危ないところだった。
もし、うっかり実体化に成功して、いきなり食堂の真ん中にナガクのおじさんが「ドーモ、眷属です」なんて現れていたら、言い訳どころの騒ぎじゃなかったよ。
エラーが出てくれて、むしろ助かったかも。
今度からもっと気をつけよ。
それにしても、「器」かぁ……。
わたしは残りのスープを飲み干しながら、頭の中で思考を巡らせた。
◆◇◆
朝食を終えたわたしは、お腹をさすりながら自室へと戻ってきた。
「そういえばセーラ、今日は刺繍の先生は?」
いつもなら、この時間はレッスンがあるはずだ。
けれど、部屋に先生の姿はない。
「申し訳ございません。本日は事情により、お休みとなりました」
セーラが少し言葉を濁しながら答える。
事情、ねぇ。
先生の都合というよりは、屋敷側の判断かな?
十中八九、あの「第三王子変死事件」の影響だ。犯人が捕まっていない以上、屋敷に外部の人間を入れるのを極力避けているに違いない。
「そっかぁ、ざんねんかもー」
わたしは口を尖らせて残念がってみせたが、内心ではガッツポーズだ。
よっしゃ、自由時間ゲット!
これで心置きなく、わたしの「最強軍団計画」を進められるぞ。
「あ、そうだセーラ。新聞はある?」
「新聞、でございますか?」
セーラが少し驚いたように瞬きをする。
無理もないよね。つい先日、「字がいっぱいで読めない」と可愛らしく放り出したばかりだから。
けれど、わたしはコクリと頷いて、あえて眉に力を入れた「真剣な表情」を作ってみせた。
「うん! この前は難しくて諦めちゃったけど……でも、やっぱりあきらめたくないの! お父様みたいな立派な貴族になるために、アリス、もう一回チャレンジする!」
「……ッ!!」
セーラが目を見開き、両手で口元を覆った。
「か、感服いたしました……! 一度は挫折した壁に、これほど早く再挑戦なされるとは……! できないからと投げ出すのではなく、自らを奮い立たせて挑むその不屈の精神……! アリスお嬢様は流石です!」
セーラは感動に打ち震えながら、ワゴンから朝刊を取り出し、恭しくわたしに差し出した。
「さあ、どうぞ! がんばってくださいませ!」
「えへへ、ありがとうセーラ」
わたしは新聞を受け取り、ベッドの上で広げた。
ふむふむ、と難しい顔をして一面記事をチェックする。
……載っていない。
まあ、昨日の深夜の出来事だ。いくらなんでも今朝の朝刊に間に合うはずがないか。
自分の「偉業」が世間にどう報道されるのか楽しみだったけど、それは明日のお楽しみにとっておこう。
セーラが部屋を出ていき、一人になった寝室。
わたしはベッドの上で胡座をかき、腕組みをして唸った。
「さてと……問題は『器』だよね」
改めてステータス画面とにらめっこするが、詳しい説明はない。不親切なUIだこと。
やっぱり死体が必要なのかな?
新鮮な死体に魂を定着させてゾンビにしたり、骨だけに定着させてスケルトンにしたり。
「……うーん、もしかして詰んだ?」
わたしは天を仰いだ。
だって、死体は全部、昨日の倉庫に置き去りにしてきちゃったもん。
今からあそこに戻って死体を回収してくる?
いやいや、無理でしょ。
今ごろ衛兵がうじゃうじゃいるはずだし、さすがに「忘れ物を取りに来ました」って死体を担いで帰るわけにはいかない。
「もっと手軽な器はないのかなぁ……」
わたしは部屋の中をキョロキョロと見回した。
机、椅子、花瓶、クローゼット。
こんなのが器になんて選べるわけじゃないし……。
何か、人型で、そこそこ大きくて、あと、動いても怪しまれないような……そんな都合のいいものなんて……。
その時。
わたしの視界の端に、「それ」が映り込んだ。
部屋の隅にある、アンティーク調のロッキングチェア。
そこにちょこんと座っている、大きな影。
「……あ」
それは、五歳の誕生日に、お母様からプレゼントしてもらった特大のぬいぐるみ。
茶色くて、フカフカの毛並みをした、愛くるしいクマさんだ。
わたしの身長と同じくらいの大きさがあって、つぶらな瞳がとってもキュート。
「…………ま、まさか、ね?」
わたしはベッドから降りて、クマさんの前に立った。
じーっと見つめる。
フカフカのボディ。愛らしいルックス。そして、手足も一応あるにはある。
ゲーマーとしての直感が、ピピッと反応した。
ほら、アニメとかでこの手のぬいぐるみが意思をもって動くってのは定番だ。
ワンシャンに器にできたりして……。
「た……試してみるだけならタダだよね」
仮にぬいぐるみが動き始めたら、絶対にかわいい。かわいいアリスちゃんにこれほどぴったりな相棒も他にないよね。
とはいえ、流石に無理だよね……ってあんまり期待せずに、わたしはウィンドウを開き、魂のストック一覧を表示させた。
そして、深く考えずにタップする。
――ピロン♪
【ナガク・アインベル(Lv.64)の器が承認されました】
「…………はい?」
わたしは呆気にとられて、瞬きを数回繰り返した。
えっ……承認、された?
うそ、マジで!! ナガクさんって、あんなにムキムキの強面だったのに、こんなファンシーなボディでもいけちゃうの!?
「っ、ちょ、ちょっと待って! 本当にできちゃうの!?」
成功の驚きと同時に、猛烈な後悔が押し寄せてきた。
「やっちゃった……! こんなあっさり成功するなら、ナガクじゃなくて他の人で実験すればよかったぁ~!」
だって、ナガクの魂は、わたしの手持ちの中で唯一の「SSR」級激レア素材だ。
レベル64の最強戦士だよ?
それを、こんなお遊びみたいなクマのぬいぐるみに入れちゃっていいの!?
ぬいぐるみとの相性が最悪で、強さの本領が発揮できないなんてことがあったら最悪だ!
しかし。
無慈悲なシステム音と共に、画面が切り替わる。
【定着プロセスを開始します】
【対象プレイヤー『ナガク・アインベル』のログインを待機中……】
――クルクルクル。
キャンセル不可。
ローディング画面が回り始めてしまった。
「う、嘘でしょ……。わたしの最強の駒が……本当にクマさんに……」
わたしは頭を抱えた。
やってしまった。エリクサーをチュートリアルで使っちゃうタイプのミスだよこれ。
でも、もう後戻りはできない。
画面には『待機中』の文字。
そりゃそうか。中身はプレイヤーだもんね。
たぶん今ごろ、現実世界のナガクさんは、急いでダイブポッドに入って、ログイン処理をしているところだろう。
「……思ったより時間かかるかも」
わたしはクマさんの前で体育座りをして、じっと待つことにした。
五分。十分。
時計の針がカチコチと進む。
そして、十五分が経過した頃。
――ピコンッ!
【準備完了:リンクを確立しました】
来たッ!
わたしはガバッと顔を上げた。
ウィンドウに表示された【蘇生実行】のボタンが、黄金色に輝いている。
「……よし。もう、なるようになれっ!」
わたしは覚悟を決めて、ボタンを叩いた。
――ドォォォォォォォンッ!!
その瞬間。
目の前のクマさんが、カッと目もくらむような閃光を放った。
「うわっ、まぶしっ!?」
同時に、わたしのへその下あたりから、何かがゴソッと持っていかれるような感覚が襲ってきた。
魔力だ。
体内の魔力が光り輝くクマさんへと注ぎ込まれていく。
「くぅっ……! 結構、持ってかれるかも……!」
わたしは歯を食いしばって耐えた。
なるほど、こういうことか。
なぜ物理特化のはずの【殺人鬼の加護】に、魔力ステータスが存在していたのか。
それは、こうして眷属を現界させるのに魔力を使うからだったんだ!
光が収束していく。
部屋の中に充満していた魔力の奔流が、ぬいぐるみの内側へと定着する。
やがて、光が消え――。
シーン……。
部屋に静寂が戻った。
目の前には、さっきと変わらない、茶色いクマのぬいぐるみが座っているだけ。
「……あれ? 失敗?」
わたしがおそるおそる顔を近づけた、その時だった。
クッ、と。
クマのぬいぐるみの首が、ギギギと動き始めた――。