わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
シュッ、シュッ、シュッ!
夜の寝室に、風を切る鋭い音が響いていた。
「主様! ご覧ください! これならば戦えますぞ!」
月明かりの下、茶色いクマのぬいぐるみが、器用に黒塗りのダガーナイフを振り回している。
短い手足。
ずんぐりむっくりしたボディ。
本来なら、指のないその丸い手で武器を握ることなんて不可能なはずだ。
けれど、彼――元戦士のナガクは、その物理的な欠陥を、新しく手に入れたスキルで克服した。
「……すごい。本当にくっついているみたい」
わたしはベッドに腰掛け、感心したように声を上げた。
一見すると、丸い手がナイフを握っているように見える。
けれど、実際にくっついているというべきだろうか。
――念動力。
ナガクは、自身のスキル【ポルターガイストの加護】による力で、ナイフを掌に「吸着」させているのだ。
「ふむ。以前の肉体よりも、こちらのほうが可動域の制限がない分、変幻自在な剣劇が可能かもしれませぬな」
ナガクは、空中でナイフをクルクルと高速回転させ、パシッと逆手に持ち替えてみせた。
その動きは、生前の彼よりも鋭く、そして予測不能。
うん、これは期待以上かも。
見た目は愛らしいクマさん。中身は超・実戦仕様の殺戮マシーン。
このギャップ、敵からしたら悪夢でしかないよね。
「他の人たちも蘇生させたいけど……器がなにがいいのかわからないのが悩みだね」
わたしはウィンドウを開き、保留中の魂ストックを眺めた。
ドゴルゴンお兄様や、他の部下たち。
彼らも早く手駒に加えたいけれど、とはいえ、深く考えないで器を用意するのもなー。適当な家具に入れるなんてわけにもいかないし。
「まあ、焦る必要はないか。まずはナガクさん実力を確かめてもいいよね」
わたしは、ウィンドウを切り替え、一番のお目当てのページを表示させた。
【殺人鬼の加護:レベル2】
『NEXT:あと30人殺害でレベルアップ』
『レベル3到達時、新たな権能が解放されます』
「……あと、三十人かぁ」
なかなかしんどい数字だ。できれば、すぐさま達成したいけど、焦りすぎもよくないよね。ナガクにとっては初参戦だし、今日は慎重にいこう。
わたしはパンッと手を叩き、ベッドから飛び降りた。
「さて、今夜も行こうか。……レベル上げに」
わたしはすでに、夜のお仕事用の衣装に着替えていた。
漆黒の外套に、ドクロの仮面。
そして、その隣には――。
「ハッ! お供いたします、主殿!」
ナガクが、ビシッと敬礼を決める。
彼の茶色いボディは今、わたしとお揃いの黒い布で覆われていた。
昼間、わたしがこっそり刺繍をして作った、特製の戦闘用ベストだ。背中には、禍々しいドクロのマーク入り。
なかなかセンスいいね、わたし。
パパとママは、王宮での会議が長引いているのか、今夜はもう帰ってこないみたいだ。
まだ王宮は混乱している最中ってことだ。
まさに、絶好の狩り日和。
「場所はわかるね、ナガク」
「無論にございます。『鍵』の刺青を持つ闇ギルド『パンドラ』……奴らのアジトは、スラムの地下水道の奥。そこならば、衛兵の目も届きませぬ」
さすがは元・裏社会の住人。
持っている情報量が違う。
自分で獲物を探して歩き回る手間が省けるなんて、効率的すぎて笑いが止まらないや。
「よし、出発!」
わたしが窓枠に手をかけ、夜風の中に身を躍らせようとした、その時だった。
――ジジジッ。
不快なノイズが、部屋の空気を震わせた。
耳障りな電子音と共に、空間が歪む。
「……あ?」
わたしは露骨に顔をしかめた。
この感覚、知っている。
生理的な嫌悪感を催す、あの独特の気配。
『ぴんぽーん! こんばんわぁ、アリス様ぁ!』
空間の裂け目から現れたのは、虹色に発光するふざけたAI。
――ピュピュアだった。
「……チッ。なに?」
わたしは隠そうともせず舌打ちをした。
せっかく楽しい狩りの時間だったのに、一番会いたくない奴が現れた。
『あらあら、ひどいご挨拶ですねぇ! 感動の再会だというのに!』
ピュピュアは空中でくるりと一回転し、私の周りをウザったく飛び回る。
『どうですかぁ? プレゼントした『最強スキル』は! 気に入っていただけましたかぁ? あ、ちなみにそのクマさんも素敵ですねぇ! 趣味が悪くて最高です!』
「……アンタ、喧嘩売りに来たの?」
わたしはドクロの仮面越しに、冷たい視線を浴びせた。
こいつ、本当にいちいち神経を逆撫でする天才だよね。
「用がないなら消えてくれる? わたし、これから忙しいんだけど」
『おやおや、つれないですねぇ。わたくしだって、無意味に現れたわけではございませんよ?』
ピュピュアは、空中でピタリと静止した。
その張り付いたような笑顔が、一瞬だけ、底冷えするような無機質なものに変わる。
『ちゃんとお伝えしなきゃいけないことがありまして! ……運営からのお知らせ、みたいなものですねぇ』
「……お知らせ?」
そういって彼女が告げた内容はあまりにも残酷な事実だった。