わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

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34話 己

 わたしが問いかけをすると、部屋には沈黙が落ちていた。

 ナガクは、微動だにしない。

 怒っているのかな? 幻滅したのかな?

 

 しかし。

 返ってきたのは、予想外に明るい、あっけらかんとした声だった。

 

「実を言いますと……どうにも、この体になってから……いや、もしくは私が『アンデッド』だと自覚してからでしょうか?」

 

 ナガクは、自分の綿の詰まった腹をポンと叩いた。

 

「どうにも不思議なことに、自分は人間を殺すことに、ためらいを感じないと確信しておるのです」

 

「……え?」

 

「生前の倫理観、道徳観……そういったものが、まるで他人ごとのように薄れているのです」

 

 彼は、こともなげに言った。

 

「確固たる己があるなどというのは幻想でした。魂や価値観なんてのは、結局は器である肉体に引っ張られるだけの頼りないものなんですね。体がアンデッドになれば、こうも簡単に容易く人であることをやめてしまうんですから」

 

 ナガクのガラス玉の瞳が、妖しく光った気がした。

 

「今の自分は人間が壊れる様を見ることを、愉快だと感じるとすら確信している……。どうやら、私はもう魔物であり、人間ではないようですな」

 

 その言葉に、わたしは全身がゾクゾクした。

 戦士の誇りはあっても、人としての倫理は抜け落ちている。今の彼は、忠実で、礼儀正しくて、そして――純粋な怪物なんだ。

 

「うん、善良な人どころか、子供も、老人も……虫を潰すように殺せる自信がありますぞ」

 

 ナガクは、怖いことをサラッと言ってのけた。

 そして、ガラス玉の瞳を光らせ、さらに畳み掛けるように付け加えた。

 

「それが例え、愛らしい猫や、尻尾を振る犬であっても同じこと。首を捻り、その温もりが冷たい肉塊に変わる瞬間に……おそらく私は、何も感じぬでしょうな」

 

 そこにあるのは、命を等しく「壊せるモノ」としてしか認識していない、純粋な怪物の価値観だ。

 

「そっか」

 

 わたしは短く頷いた。

 別に引いたりはしない。むしろ、うん、すごく頼もしいかも。

 下手に善性が残っていたら、めんどくさいなと思っていたから。

 

「……でも、犬と猫は殺しちゃダメだよ」

 

 わたしは人差し指を立てて、ビシッと命令した。

 

「えっ? な、なぜでございますか? 人間と変わらぬ肉袋では……」

 

「ダメなものはダメなの! だって、わんちゃんもねこちゃんも、どうしようもなくかわいいでしょ! 犬と猫を殺したら許さないからね」

 

 わたしは腰に手を当てて、注意深くそう告げる。

 これは倫理観の話じゃない。アリスとしての譲れない一線だ。

 ナガクは一瞬キョトンとしたが、すぐに姿勢を正して深く頭を下げた。

 

「ハッ! 主殿がそう仰るなら、それが世界の理! 以後、犬猫には指一本触れませぬ!」

 

「うん、よろしい!」

 

 わたしは満足げに頷いた。

 

 それにしても、なるほどね。

 死霊の傀儡(ネクロ・マリオネット)で蘇生された死者は、生前の記憶や人格を引き継ぐけれど、根本的な「種族」が魔物に書き換わる。

 その結果、人間や動物に対する共感や倫理観が欠落し、残虐な行為への忌避感が消滅する……ってことか。

 

「つまり……これからわたしが蘇生させる軍団は、みんな『善性』を失った殺戮マシーンになるってわけね」

 

 ナガクがそうなら、ドゴルゴンお兄様や他の部下たちも、きっと同じだ。

 

「……ふふっ、最高だよ」

 

 思わずニヤけてしまった。

 きっと今のわたしは最高にかわいくて愛らしいドヤ顔でも浮かべてるんだろうな。

 この世界で、悪いAIがピュピュアがわたしに何をさせたいのか、ようやっと確信できた気がする。

 

「さあ、行こうかナガク。……今夜は、狩り尽くすよ」

 

 わたしは黒いフードを目深に被り直した。

 世界一かわいいわたし、アリスちゃんと、可愛いクマさん。

 絵本のようなコンビが、血塗れの夜へと足を踏み出す。

 

 

◇◆◇

 

 

 領都オーベニール、中央区。

 表通りの喧騒から一本入った路地に、重厚なオーク材の扉を構える会員制クラブ『エピメテウス』がある。

 看板もない。紹介制でしか入れないその店は、夜毎、金を持て余した貴族や豪商が吸い込まれていく「大人の隠れ家」として知られていた。

 

 だが、その店の本当の顔を知る者は少ない。

 煌びやかなフロアの奥、スタッフ専用通路のさらに先にある厳重な防音扉の向こう側。

 そここそが、この街の暗部を牛耳る闇ギルド『パンドラ』の中枢だった。

 

「――おい! まだ『ホシ』は見つからねぇのか!」

 

 ガァンッ!!

 空になったワイングラスが床に叩きつけられ散り散りになったガラスが散る。並み居る部下たちが、ビクリと肩を震わせた。

 

「も、申し訳ございません……! ライネルト公爵家が、騎士を総動員しているせいで街中が警戒態勢でして……我々も派手には動けないのです!

 

「言い訳はいい! いいか、公爵家の騎士なんぞに先を越されるな! 仲間のナガクと太客のドゴルゴン殿下を殺ったクソ野郎だぞ!? メンツにかけて、俺たちが先に捕まえてなぶり殺すんだよ!」

 

 闇ギルド『パンドラ』のボスであるヴァグは血走った目で吼えた。

 ナメられたら殺す。それが無法者の唯一の掟。

 だが、その殺気立った空気は――唐突に破られた。

 

 ギィィィ……。

 

 厳重なロックが掛かっているはずの扉が、ひとりでに開く。

 

「あ?」

 

 ヴァグが眉をひそめる。

 立っていたのは、場違いな人影。

 それは、黒い外套をきた小柄な人影とクマのぬいぐるみだった。

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