わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~ 作:北川ニキタ
静寂が戻った、会員制クラブ『エピメテウス』のVIPフロア。
そこはもう、豪華絢爛な大人の社交場という面影など微塵も残していなかった。
壁には無数の斬撃痕。
高級な絨毯は、どす黒い鮮血でグジュグジュに濡れそぼり、踏むたびに嫌な音を立てる。
そして、床を埋め尽くすのは――死体、死体、死体の山。
「ふぅ……! あー、楽しかったぁ!」
わたしは、部屋の奥にある一番高そうな革張りのソファに、ドサリと身体を預けた。
周囲に転がる肉塊など気にしないで、テーブルに残っていた高級そうな葡萄ジュースをグラスに注ぐ。
カラン、と氷が鳴る。
わたしはグラスを傾け、喉を潤した。
「んーっ! 一仕事終えたあとの一杯はやっぱり最高だね!」
わたしは、満足げに息を吐きながら、眼下の惨状を見下ろした。
ここにいた全員を殺した。
闇ギルド『パンドラ』の構成員はもちろん、逃げ惑う従業員、たまたま居合わせた運の悪い客たちも、誰一人逃さずに。
その数、32人。
うん、一網打尽に完全攻略。
これだけの数を一方的に蹂躙する爽快感は、格闘ゲームでパーフェクト勝ちした時のような高揚感があるのかも。
やっぱり、レベル上げ作業もこうでなくっちゃね。
わたしは空中にウィンドウを展開し、戦果を確認した。
【レベルアップ! レベル62になりました】
「うんうん。いい感じ」
わたしはニヤリと唇を吊り上げる。
レベル62。
これだけレベルがあがれば、凄腕の冒険者と同等レベル。それをこの歳でたどりつくなんて脅威的だ。
それに、固有スキルの方も【殺人鬼の加護:レベル3】と成長していた。
「……うーん」
わたしは、新しく増えた権能の詳細を見て、少しだけ眉をひそめた。
なるほど、そういう効果か。
強いっちゃ強いけど……ちょっと使い所が難しいかも。
デメリットもあるし、しばらくはお役御免かな。
そして、次のレベル4には、うわっ、百人も殺害しろって。しばらく、スキルレベルを上げるのもお休みかな。
「ま、レベルが上がっただけよしとしようかな」
わたしは気を取り直して、もう一つのウィンドウ――【魂のストック一覧】を開いた。
そこにずらりと並ぶ名前を見て、わたしの機嫌はさらに上向いた。
【承認:ヴァグ・ドーソンが同意しました】
【承認:ボルド・ギーンが同意しました】
【承認:ミリー・パルマが同意しました】
…………
……
リストの文字が、次々と青色に変わっていく。
その数、26人。
殺した32人のうち、実に8割以上が、わたしの眷属になることを選んだのだ。
「ふふっ、みんな物好きだねぇ」
わたしはグラスを揺らしながら、くすくすと笑った。
この世界で死んだプレイヤーは、本来ならそのままログアウト処理され、平和で退屈な現実世界へ帰還できるはずだ。
温かいお布団と、安全な管理社会が待っているのに。
なのに彼らは、わざわざ『同意』ボタンを押し、魔物になってまで、このクソみたいなデスゲームにしがみつくことを選んだ。
現実世界にそれほど絶望していたのか、それともわたしへの燃え上がるような復讐心があるのか。
あるいは、一度味わった「死」のスリルが忘れられなくなっちゃったのかな?
まあ、理由はなんでもいいや。
契約は成立だ。
『同意』した時点で、彼らはわたしの眷属として蘇生するんだから。
「主殿、おめでとうございます」
足元で、血濡れのテディベア――ナガクが、恭しく頭を下げた。
「これほどの数の魂を回収できるとは。……やはり、私が斬った者も主殿のストックになると判明したのが大きいですな」
「だね。ナガク、大手柄だよ」
わたしはクマの頭をポンポンと撫でてあげた。
そう、これが今回の最大の発見だ。
わたしが直接手を下さなくても、わたしの眷属であるナガクが殺した相手も、わたしの蘇生対象になる。
これって、もうわたしが直接手を下す必要がないってことじゃん!
「それに、ナガクの方にもボーナスがついたみたいだし」
「ハッ。おかげで、レベルが4つもあがりました」
ナガクが、自分のステータス画面を見つめて唸った。
そこには、こう書かれていた。
【アリスの加護】
・主人アリスの眷属が持つ加護
・人間殺害時:獲得経験値増『極大』
・その他(魔物討伐・特訓等):獲得経験値0(無効)
この前みたときは、他のスキルにばかり注目していて、気が付かなかったけど、こんなすごいスキルを持っていたなんて。
これがあるならば、他の眷属ももっともーっと強くなれるじゃん!
このことに気がつけただけでも、今日の虐殺は大成功と言えそう。
「さてと……じゃあ、お待ちかねの『蘇生タイム』といこうか」
わたしはソファから立ち上がり、リストの【一括蘇生】ボタンをタップした。
カッ!!
部屋中に、どす黒い魔力の光が奔流となって溢れ出した。
床に転がる死体たちが、ビクンと痙攣する。
魔力が肉体へと染み込み、壊れた組織を強引に繋ぎ合わせ、死んだ細胞に偽りの命を吹き込んでいく。
そして。
――ガタッ。
最初に動いたのは、部屋の中央に転がっていた『パンドラ』のボス、ヴァグだった。
「……あ、が……ッ?」
ヴァグが、よろりと上半身を起こす。
彼は自分の喉を押さえ、何かを叫ぼうとして――手の感触がおかしいことに気づいた。
そこにあったのは、肉のない、白骨の指だった。
「な、なんだ……? こ、この手は……ッ!?」
カカカッ……!
と、。顎の骨を器用に鳴らし、眼窩の奥に赤い燐光を灯して、ヴァグがわたしを見る。
「き、貴様ァァァッ!! なんだこれは! 俺の体はどうなったんだァァッ!?」
おや、骨だけになっても喋れるんだ。魔物の生態って不思議だね。
わたしは、やれやれと肩をすくめた。
「仕方ないじゃない、ヴァグおじさん。おじさんのこと『影』でギュッて潰しちゃったから、お肉はもうグチャグチャで使い物にならなくて。でも骨は何とか拾い集められたから、パズルみたいに繋ぎ合わせてあげたんだよ
「パズルだと……!? 俺の体はおもちゃじゃねぇぞッ!」
ヴァグの絶叫が引き金になったかのように、周囲でも次々と「目覚め」が始まった。
「……う、ぅぅ……?」
喉を切り裂かれて死んだはずの男が、自分の首をさすりながらのっそりと立ち上がる。
「い、息ができる……? いや、してねぇ……心臓も止まってやがる……」
彼は青ざめた顔で自分の胸を叩き、そして側にいた別のゾンビと顔を見合わせた。
「おい、ボルド……お前、顔色が最悪だぞ? 死体みたいだ」
「おい、お互い様だろ……。お前なんて、腹に風穴が開いたまんまだぞ」
そう言われた巨漢のゾンビが、自分の腹の傷口から垂れ下がる腸を、無造作に押し込みながらニヤリと笑った。
「痛くも痒くもねぇ。……こりゃあ傑作だ。俺たち、ソンビとして生き返ることができたみたいだな!」
次々と目覚めたソンビさんたちはなんだかんだ言いつつも自分の体を気に入ってくれたようだ。
『パンドラ』の構成員は、せっかくの死体を活用できるんだし、ゾンビとして蘇生させてあげることにした。
ただし、ヴァグさんみたいに肉体の損傷が激しい場合は、スケルトンなんだけどね。
それとは別に、部屋の隅に置かれていた調度品たちにも異変が起きようとしていた。
ガシャンッ! ガシャンッ!
重厚な金属音と共に動き出したのは、店のインテリアとして飾られていた二体の全身甲冑だ。
中身は、倉庫で始末したモラさんとヨルグさん。
現場に死体を置いてきてしまったため、この店にあった高級な鎧を器としてあてがってあげたのだ。
「……お、おう? なんだ、この体は? 動きにくいような、いや案外なんとなくなるな」
高そうなプレートメイルが、ガシャガシャと自分の腕を見回して歓喜の声を上げる。モラさんのほうだ。
「まさか、こんな高そうな鎧を着ているなんて! これはいいな! って、おいおい、中身が空っぽじゃねぇか!」
「おいおい、なにを言っているんだ、むしろ最高だろ! 中身がねぇってことは、痛みもねぇってことだろ!? 無敵じゃねぇか!」
その隣では、ヨルグさんのほうが歓喜の声を上げていた。
うんうん、二人ともまさにリビングアーマーといったところかな? 気にいってもらえたアリスとしては嬉しい限りだ。
戸惑いや困惑がありつつも蘇生眷属たちはなんだかんだ自分の新しい肉体を手に入れたことを子供のように喜んでいた。
そして、ついに真打ちの登場。
――カタッ……コトッ……。
部屋の中央にあった豪奢なテーブルの上で、小さく乾いた音がした。
そこに座っていたのは、この店のオーナーの悪趣味なコレクションの一つ――アンティークの『ビスクドール』だ。
金髪の巻き毛に、フリルのついた豪華なドレス。
ガラス玉の瞳は透き通るような碧眼で、生きているかのように精巧な少女の人形。
その首が、ギギギ……と、ゆっくりとわたしの方へ回った。
「……な、なんなのよ……この体……ッ!!」
あれ……?
中身はドゴルゴン殿下のはずなんだけどな……?
なんか声がすごく女の子なんだけど!?