わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

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4話 不穏なスキル

 宙に浮かぶ、半透明の淡いブルーのウィンドウ。

 

 この世界では、生まれた瞬間――0歳の時から、誰にでもステータスが存在する。

 もっとも、赤ん坊のうちは全員がレベル1で、そこから教育や経験を経て、十数年かけてゆっくりとレベルを上げていくのが一般的だ。

 

 だけど、わたしは違う。

 

「ふふん。まあ、当然だよね。完璧なわたしが、凡庸な成長速度なはずないもの」

 

 わたしは、ベッドの上で小さく胸を張った。

 

 鏡は見なくてもわかる。今のわたしは、最高に可愛いドヤ顔を決めているはずだ。

 わたしは、あらためて自分の「構成」を確認する。

 

 名前:アリス・フォン・クライネルト

 レベル:6

 

【スキル】

・魔術師の加護 レベル3

・戦士の加護 レベル3

 

 ……。

 …………。

 

「……うん。あらためて見ても、なかなか優秀だね」

 

 六歳にして、レベル6。

 こんなの王国の歴史を紐解いても数えるほどしかいない天才のそれだ。

 記憶を取り戻す前のわたしが、無意識のうちに「効率的な成長」を追い求めていた証拠だろう。

 その上、二つの戦闘系スキルを当然のようにもっているわたしは、お父様から過剰なまでの期待を寄せられている。

 

 ……はずだった。

 

「……あれ? 何、これ。見たことない項目が増えてるんだけど」

 

 スクロールした指が、一番下で止まる。

 

 そこには、以前のステータス確認では確実になかったはずの、金色の縁取りがされた禍々しいアイコンが居座っていた。

 

【最強スキル、プレゼント獲得ボタン】

 

 あのクソムカつくピュピュアが言っていた、救世主への特別ギフト。

 

「……ふふん。なるほどね。すでに天才児なわたしをベースに、AI公認のチートを上乗せするってわけ」

 

 わたしは計算高く、ニヤリと唇を吊り上げた。

 

 驚異のスピードでレベル6まで駆け上がったわたしのポテンシャルに、さらに最強スキル。

 これ、もう「勝ち確」ってやつじゃない?

 運営も、わたしのプレイスキルに期待して、とっておきの「救世主セット」を用意してくれたってわけね。

 

「さあ、見せなさい! 全プレイヤーを置き去りにする、最高のギフトを!」

 

 わたしは期待に胸を躍らせ、そのアイコンを力強くタップした。

 

 ――ジャラララララララッ!!

 

 不意に、派手な電子音が脳内に響き渡る。

 アイコンがスロットマシンのように激しく回転し始めた。

 

「えっ、何!? ランダム抽選!? こんな期待させる演出をわざわざ用意するなんて粋じゃない」

 

 回る、回る。

 

 赤、青、緑、様々な色のスキル名が高速で流れていく。

【剣聖の加護】、【聖女の加護】、【賢者の加護】……。

 どれもこの世界では伝説級とされるスキルばかりだ。

 

 ――ピタッ。

 

 回転が止まった。

 確定した瞬間、そこにあったのは。

 禍々しいまでに黒い(・・)、ドロリとした色合いの文字。

 

【スキル:殺人鬼の加護】

 

「…………は?」

 

 しばし、思考が停止した。

 

 殺人鬼の、加護。

 ……んー? どゆことー?

 

 わたしは、自分の目を疑った。

 何度見ても、そこには「殺人鬼の加護」と書かれている。

 

「う、嘘でしょ……? 何これ、バグ? それともAIの嫌がらせとか?」

 

 わたしの知る限り、スキルは個人の生き方や適性を反映するものだ。

 公爵家という高貴な身分に生まれ、慈しみ育てられ、脅威のスピードで「正道」のスキルを磨いてきたはずのわたしに、なぜ「殺人鬼」なんて適性が芽生えるのか。

 

 ギャグにしても、笑えない。

 

 ――ジジッ、ジジジッ……。

 

 その時。

 目の前のステータスウィンドウに、激しいノイズが走った。

 

「えっ!? な、何!? 壊れた!?」

 

 ウィンドウが赤く明滅し、警告音が鳴り響く。

 

 ――エラー:属性の矛盾を検知。

 ――「魔術師の加護」「戦士の加護」は「殺人鬼の加護」と共存できません。

 ――既存スキルを強制消去します。

 

 ノイズが収まった後。

 わたしは、そこに映し出された光景を見て、今度こそ絶叫した。

 

「……き、消えてるッ!!???」

 

 わたしの誇りだった、【魔術師の加護:レベル3】と【戦士の加護:レベル2】の文字が、綺麗さっぱり消滅している。

 代わりに、不気味な黒いオーラを放つ一つの項目だけが、ポツンと残されていた。

 

【習得スキル】

・殺人鬼の加護:レベル1

 

「……嘘。わたしの六年間の努力が……。将来の魔法騎士としての輝かしい未来が……。全部、溶けた……?」

 

 あまりのショックに、完璧な令嬢の仮面が剥がれ落ちる。

 一応、アリスとしてはレベルは6のままだ。

 でも、スキルが空っぽ。

 魔法も使えない、剣も振れない。ただレベルだけが無駄に高い、実力ゼロの幼女。

 

「ふ、ふざけないでよ! こんなの使い道がないじゃない! 公爵家のお茶会で『わたしの特技は殺人です』なんて言えるわけないでしょがぁ!」

 

 わたしは枕に顔を埋めて、じたばたと足を動かした。

 最悪だ。最強どころか、一瞬で「詰み」の一歩手前まで叩き落とされた。

 

 いや、でも待て。落ち着くのよ、アリス。

 最強ゲーマーとしての冷静さを取り戻せ。

 二つのスキルと引き換えに強制上書きされた、この「殺人鬼の加護」。

 もしこれが、本当に「最強」だとしたら――。

 

 わたしは恐る恐る、スキルの詳細をチェックしようと画面を長押しした。

 すると、さらに絶望的なテキストが表示される。

 

【詳細情報:ロックされています】

【解放条件:一人、殺害する】

 

「…………」

 

 絶句。

 本日何度目かわからない絶句だ。

 

 窓から差し込む冷たい月光が、わたしの小さな白い手を照らしている。

 

 この手で。

 お菓子を食べ、お人形を抱きしめるための、この六歳の柔らかな手で、人を殺せと?

 

「……無理。絶対に無理。誰がそんなことするもんですか!」

 

 わたしは激しく首を振った。

 確かに中身はゲーマーだけど、現実世界ではただの一般市民だったんだから。

 倫理観が完全にログアウトしてなきゃ、こんなのクリアできないよ!

 

 だけど。

 失敗すれば脳を焼かれるという、理不尽なデスゲームはすでに始まっている。

 

 例えば。

 ものすごく悪い、死刑囚みたいな奴なら?

 

「……いけない、アリスちゃん。あなた、今とんでもないこと考えてるわよ」

 

 わたしは自分の両頬を叩いて、思考を強制終了させた。

 だめよ。そんなの「完璧な令嬢」のやることじゃない。

 

 でも。

 もしこのスキルが、このクソゲーを攻略するための唯一の鍵だとしたら。

 

 わたしは暗闇の中で、静かに自分の手のひらを見つめた。

 

 ――ドクン、と。

 

 静まり返った寝室に、わたしの心臓の音だけが響く。

 

 絶望的。

 

 そう、客観的に見れば、今の状況は「詰み」と言ってもいい。

 六年かけてコツコツ積み上げてきたスキルをすべて没収され、代わりに渡されたのは、お嬢様の経歴に一生消えない泥を塗るような物騒なスキルだけ。

 

 普通の子なら、今頃ショックで泣き叫んで、パパの胸に飛び込んでいるところだろう。

 

「……ふ、ふふふっ」

 

 けれど。

 わたしの口から漏れたのは、抑えきれない笑い声だ。

 

 おかしい。

 こんなの、絶対におかしい。

 

 なのに、わたしの内側からは、恐怖を塗りつぶすような高揚感が溢れてくる。

 震える指先で、真っ黒なスキルの文字をなぞる。

 

 殺害。

 

 現実世界でのわたしなら、そんな言葉を耳にするだけで顔を青くしただろう。

 でも、今のわたしは――最強のゲーマー、ミライなんだ。

 

「何を今さら、って感じだよね。……ゲームの中なら、何千、何万って殺してきたんだし」

 

 そう。

 FPSでヘッドショットを決め、アクションゲームで剣を振り回し、MMOの戦場で敵陣を蹂躙してきた。

 

「まぁ、どっちにしろ他に選択肢はないんだし、やるしかないよね」

 

 わたしは計算高く、ニヤリと唇を吊り上げた。

 鏡を見なくてもわかる。

 今のわたしはきっと、天使のような顔で、最高に邪悪な「ドヤ顔」を決めているはずだ。

 

「まずは、情報収集からかな……」

 

 わたしは、虎視眈々と闇を見据えた。

 完璧な公爵令嬢アリスの皮を被りながら、内側では最強ゲーマーの冷徹な回路が火を噴く。

 

 わたしはベッドに深く潜り込み、静かに目を閉じた。

 明日からは、これまで以上に「完璧な令嬢」を演じなければならない。

 

 わたしの意識が微睡みへと落ちていく中。

 脳裏に浮かんだのは、次に殺すべき「誰か」への、冷ややかな好奇心だった。

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