わたしだけ、魔物じゃなくて【人間】を殺害しないと経験値をもらえないんですが?~『癒やし系大天使』とバズった幼女、実は配信の裏で『虐殺』しています~   作:北川ニキタ

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42話 怪しい実験場

 領都オーベニール。

 その北の外れ、市民たちが決して近づこうとしない共同墓地のさらに奥深くに、鬱蒼とした森に隠されるようにしてその「屋敷」は佇んでいた。

 外観こそ、古びた貴族の別荘のように見える。

 蔦が絡まり、石壁は風化して苔むしているが、かつてはそれなりに豪奢な建物だったことが伺える。だが、その屋敷が放つ空気は明らかに異質だった。

 森の静寂を切り裂くように、時折漏れ聞こえる重苦しい唸り声。そして、風に乗って漂ってくる、鼻を突くような薬品の刺激臭と、鉄錆びた血の匂い。

 ここは、ただの屋敷ではない。表社会の法も倫理も届かない、決して覗いてはならない闇が巣食う場所なのだと。

 

 腐臭漂うその館の地下へと潜れば、そこには地上の静けさが嘘のような、活気と狂気が満ちた広大な空間が広がっている。

 天井まで届く巨大な蒸留器が、コポコポと怪しげな音を立てて極彩色の液体を循環させ、壁一面の棚には、ホルマリン漬けにされた奇形な生物の標本や、出所不明の臓器が瓶詰めにされて並び、カンテラの頼りない光を受けて不気味に揺らめいていた。

 工房を行き交うのは、同じようなフードを羽織った魔術師たち。

 彼らの目に生気はなく、ただ主の理論を体現するためだけの、精密な部品のように淡々と手を動かしている。

 

 そんな異様な空間の最奥。

 一段高くなった場所に置かれた豪奢な椅子の背もたれに、一人の少女がちょこんと座っていた。

 

「ん~……反応係数、あんまりよくないなぁ……」

 

 彼女は、ピンク色の液体が入った試験管を光に透かし、ぷくっと頬を膨らませた。

 

 ネネムー・シュタイン。

 

 彼女こそが、この狂気の工房の主である。

 だが、その姿は、この場所に漂う怪しい空気からは程遠い。

 血と薬品の匂いが充満するこの薄暗い地下室には、あまりにも不釣り合いなほど愛らしい、場違いな少女だった。

 色素の薄い髪を無造作に結び、リボンがたっぷりとついた可愛らしい衣装を身にまとっている。

 その上から、サイズの合わないブカブカの白衣を羽織り、袖から指先だけを覗かせていた。大きな瞳は甘い輝きを宿しているが、その瞳孔は興奮しているのか、あるいは薬物の影響か、常に少しだけ開いている。

 

 一見すれば、お菓子作りでも好きそうなかわいらしい少女にも見える。

 だが、彼女が「お菓子作り」のように楽しんでいるのは、生命の蹂躙と冒涜だ。

 

「ねえー、このマテリア、ちょっと黒化が足りなくなーい?」

 

 ネネムーは、ドロリとした紫色の液体が入ったフラスコを光に透かし、不満げに頬を膨らませた。

 ガラスの中で沸騰しているのは、ただの毒液ではない。

 巨大な『死喰いムカデ』の消化腺を生きたまま絞り出し、そこに液状化したミスリルとサラマンダーの死骸を加えて触媒とした、肉体変成のための劇薬だ。

 

「申し訳ございません、マスター。ムカデの体液が触媒との相性が悪いようで、腐敗のプロセスまで進行していないようです」

 

 そう答えた男の魔術師はフードを目深に被り直し、感情の欠落した声で淡々と報告した。

 

「もー、ダメじゃない。一度ドロドロに腐らせないと、新しい子は生まれないんだよ? 溶解と凝固の基本でしょっ」

 

 彼女はフラスコを乱暴に作業台の錬成陣の上へ置くと、スキップで工房の中央へ向かった。  

 そこには、天井まで届く巨大な円筒状の硝子容器――培養槽が鎮座している。

 ただのガラスケースではない。

 その厚い表面には、びっしりと幾何学模様の魔法陣が直接刻み込まれ、内側から放たれる紅い燐光を明滅させている。

 濁した培養液の中に浮いているのは、もはや「肉塊」とでも呼ぶべき『ナニカ』だった。

 手足の区別もつかないほど不定形に溶け崩れ、皮膚と筋肉がドロドロに混ざり合った、グロテスクな有機質の泥。

 だが、その醜悪な塊は死んではいなかった。

 剥き出しになった繊維の束が、全体で一つの巨大な心臓であるかのようにドクン、ドクンと大きく脈打ち、それがまだ「生きている」ことをおぞましく主張していた。

 

 ネネムーは、そのおぞましい肉塊が浮かぶガラスの表面に、愛おしそうに自身の頬を擦り寄せた。

 

「んふふっ、かわいいなあ……。かわいいよぉ、わたしの子」

 

 ひんやりとしたガラスの感触の向こう側で、肉塊がドクンと脈打ち、濁った培養液を振動させる。

 それはまるで、母親の温もりを求めて甘える赤ん坊の鼓動のようだ。

 一般人が見れば、その場で嘔吐し、正気を失いかねないグロテスクな光景。けれど、ネネムーの瞳には、この世で最も美しい宝石よりも輝いて映っていた。

 

 彼女の職業は、錬金術師。

 だが、世に蔓延る薬草を煎じたり、鉛を金に変えようとしたりするような、そんな退屈で俗物的な錬金術とは次元が違う。

 彼女が探求するのは、神の領域。

 すなわち、『人工生命体(ホムンクルス)』の創造だ。

 

「いい子だねぇ。もっともっと食べて、もっともっと混ざって……『完璧なカタチ』になってね?」

 

 ネネムーはうっとりと吐息を漏らす。

 この地下施設のさらに下層、冷たい石牢の中には、彼女が「完全」を目指す過程で生まれた「失敗作」たちが蠢いている。

 複数の人間を釜で煮込んで溶かし合わせ、無理やり一つの巨大な身体に成形した巨人のようなホムンクルス。

 筋肉増強剤の過剰投与で皮膚が弾け飛び、剥き出しの赤身が膨張し続けるホムンクルス。

 あるいは、人間の手足や臓器をデタラメな位置に縫い付けられ、より効率的な肉体を追求したホムンクルス。

 

 ここは実験場であり、生産工場であり、そしてホムンクルスたちの揺り籠。

 誰にも邪魔されない、ネネムーだけの素敵なお城。

 

 ――バンッ!!

 

 そんな甘美な空間の静寂が、乱暴に破られた。

 

「ま、マスター! 大変ですッ!!」

 

 工房の扉が弾け飛び、部下の一人である魔術師が転がり込んできた。

 いつもは感情を殺して機械のように働く彼が、今はフードの下の顔を蒼白にし、肩で息をしている。そのローブの裾は焦げ、あちこちに血が滲んでいた。

 

「んー?」

 

 ネネムーは、ガラスから頬を離し、心底不思議そうに首をコテンと傾げた。

 

「なにぃ? そんなに慌てて。実験中に大きな音を立てちゃダメだって、ママに教わらなかったのかなー?」

 

「そ、そんなことを言っている場合ではありません! 襲撃です! 敵襲ですッ!!」

 

 魔術師は、裏返った声で絶叫した。

 

「敵襲ぅ?」

 

 ネネムーはきょとんと目を丸くする。

 念には念を入れて、搬入ルートは足がつかないように気をつけているし、表向きには、この施設は『伝染病の隔離療養所』だと偽って、誰も近づかないように完璧にカモフラージュしていたはずなのに。

 

「迷い込んだ猫か何かじゃないのー? そんなの、子供たちのエサにしちゃえばいいじゃん」

 

「ち、違います! あんなものは……猫などという生易しいものではありません!」

 

 魔術師は、ガタガタと震える指で、背後の通路を指差した。

 

「軍団です! それも、ただの人間ではありません!」

 

 魔術師は、信じられないものを見たように目を見開き、掠れた声で報告した。

 

「アンデッドです! ゾンビやスケルトン、動く鎧の集団が……統率でもとれているかのように、この屋敷を制圧しにきているのですッ!!」

 

「……へぇ?」

 

 ネネムーの目が、わずかに細められた。

 アンデッドの軍団。

 自然発生した野良のアンデッドなら、統率など取れているはずがない。ということは、誰かが意図的に操っているということだ。

 

 死体を操る死霊術師ってところだろう。

 だったら、こっちは生命を創る錬金術師だ。どちらも生命の理を弄ぶ者同士だが、その方法は決定的に異なる。

 

「あははっ、おもしろーい!」

 

 ネネムーは、パァッと花が咲くような無邪気な笑顔を浮かべた。

 恐怖など微塵もない。あるのは、新しいおもちゃを見つけた子供のような、純粋で残酷な好奇心だけ。

 

「ネネムーの可愛いホムンクルスちゃんと、死体のお人形さん……どっちが強いか、実験してみたかったんだよねぇ!」

 

 彼女は白衣の袖を翻し、嬉々として指示を出した。

 

「いいよぉ、通してあげて! そんで、地下の『失敗作』たちも全員解放してあげて! 盛大なお出迎えをしてあげなきゃ!」

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