厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

1 / 8
第1話: 厨二病とプロローグ

 世の中には無数の凡人と、一握りの天才が存在する。

 自分が凡人であることは、これまでの平凡な人生を振り返ってみれば、自ずと理解できた。

 とはいえ、平凡と言っても、それは決して不幸な事ではない。何を成し遂げる訳では無いが、会社に行って仕事して、空いた休みには友人とゲームして友好を深めて、こんな感じで当たり障りのない、それでも平穏な日常を続けられると、今ここに至るまではそう考えていた。

 話は変わるけど、人間というのはどうしようもない窮地に陥ると、却って冷静になるらしい。落ち着けば思考もめぐるというもので、事実、先ほどからこれまでの人生の映像がコマ送りで脳裏を走っている。

 多分これが走馬灯なんだろうなと、どこか他人事のように考えながら瞼を開けて、揺れる視界へ棒に括りつけられた細い手足と、その向こうに広がる青い空を収める。目を閉じてみればこれは夢でした、なんてオチがあるかと思ったけど、どうやら現状に変わりは無いらしい。

「…はぁ」

 落胆から思わずため息をついた。以前までとは似ても似つかない、鈴を転がすような声が出たことで、やはりこの身体は生来の自分の身体ではないのだと再認識する。

『帰ッタラ、オデノ子孕マス』

『ダメダ、捕マエタオデガ先ダ』

 自分の声に集中したことで、ついでに聞くつもりもなかった方々の声が耳に入る。内容が内容だけに、ただでさえ落ち込んでいた気分が、更にどっしりと重みを持った気がした。

 現状を取りまとめると、あどけない少女の姿になって、手足を棒に括られ、出荷される豚よろしく豚 (オーク) 共にえっさほいさと運ばれている真っ最中。これまでの平穏な日常に比べると、急転直下もいい所だ。

 この後は、宣言通り豚共に蹂躙されるのだろう、犯されるのだろう、人としての尊厳を軒並みへし折られてしまうのだろう。全ては、外見がこのアバターであるが故に。

 拝啓、理想の美少女アバターを押し付けてきた、親愛なる末期の厨二病患者へ、一輪の花を添えて告げる。

「お前マジぶっ殺」

 

 

 

 時に、『Pleasure-Garden Online』というゲームがある。

 通称『楽園』と呼ばれるこのゲームはMMORPGのジャンルに分類され、文字通りの楽園らしく、その自由度の高さが売りとなっていた。プレイスタイルは勿論の事、キャラクリ、ステータス等、ありとあらゆるものがプレイヤーの思うまま。流石にレベルとステータスポイントの上限や基礎的な魔法体系であったりと、無法にならない程度には最低限の整備が為されていたが、それ以外に制限は掛けられていなかった。

 その自由度も相まって、プレイヤーによる商業の確立や国家間の争いなど、世界の中枢に至るまでがプレイヤーの手に委ねられている。

 しかし、このゲーム一番の特色は、目的が存在しない事にある。倒すべき敵も居なければ、解決するべき危機も存在しない。一応ランダムポップのモンスターや、街で生活を営むNPCなども存在するが、サービス開始の時点でそこは一つの世界として完成されていた。

 プレイヤーからはそんな世界について、「運営が開発費を世界観に全額投資した結果」、「完璧な世界観だけ用意して肝心のRPG部分はプレイヤーに丸投げした」、などの声が挙げられるほど、当初はプレイヤーが手を出す要素は皆無に等しいように思われた。

 事実、サービス開始からひと月半程は、常設されている狩りの依頼を受けて、街の外でモンスターと戦闘する程度しかやることは無かった。けれど、プレイして初めて判明した狂気的なやり込み要素によって、プレイヤーはゲームを離れるどころか、寧ろ人気を博しその人口を増やすこととなった。

 今にして思えば、その期間はプレイヤーに与えられた、このゲームに慣れるための準備期間だったのだろう。

 と、そんな『楽園』だが、俺がプレイを始めたのはサービス開始当初、大学生活で暇を持て余していた折に、中学時代からの友人に勧められたのがきっかけだった。この友人というのがまた奇特な人物で、ゲームやアニメが好きなのは良いが、その影響からか、高校に入る頃には重度の厨二病を患ってしまっていた。

「フハハハ!これぞ、俺様の邪眼に適いし至高の異世界だ!貴様も付れて行ってやろう、感謝せよ!」

 訳:「面白そうなゲーム見つけたから一緒にやろうぜ!」

 言葉の最初に高笑いは当たり前、傲岸不遜な言い回し、大袈裟な身振り手振りも相まって、当然高校時代は周りから邪険にされていた、事も無かった。

 何故ならばこの厨二病、言動は痛々しいものの、それを庇って余りある程に優秀だったのだ。勉学は勿論の事、スポーツも万能、音楽にも精通していれば、手芸だってできる。それでいて、困っている者がいれば助けになってやる。この男、逆に何が出来ないんだと思う周囲は一方で、こんな言動してる奴に負けるなんてと自信をへし折られている者も数多く居た。

 とはいえ、社会人にもなればそういった言動も鳴りを潜める事となる。現在は起業して会社を運営しているらしいが、インタビューの記事ではごく普通に受け答えをしていた。その後、俺と一緒にゲームをしている時は普通に高笑いをしていた。TPOを弁えていただけらしい。

 さて、そうした経緯で『楽園』をプレイすることになったのだが、このゲーム、最初のキャラメイクが最も大変かつ重要である。特に、一度決定したら後の変更が利かない点から、アバターの作成で躓く人間が多く居た。なにせ顔のパーツ一つ一つに対して、数値入力で位置や形、色彩を設定しなければならない。ここで勘違いして欲しくないのが、パーツと一概に言っても目、鼻、口のような分け方ではなく、瞳孔、角膜、結膜、涙角等々、人体図鑑から名称でも引っ張って来たのかと言わんばかりの膨大なパーツに分けられている事だ。どこをどう弄れば良いのか分かったものでは無い。

 一応、救済措置としてか数百種のテンプレートが用意されていたり、各パーツの数値が入力されたデータのアップロードなども可能とされている。これにより、アバター作成の難解さから、完成済みのアバターの需要が高まったりもした。

 そして、例にもれず、俺もそのアバター作成に関してはからきしであった。こだわりも無いし、適当にテンプレートから選ぼうかと思っていた所、しかし、そこで待ったをかけたのがあの厨二病だった。

 当時、画面の前で数百に渡るテンプレートを流し見ていると、狙いすましたかのようにいきなり携帯から通知音が鳴った。何かと思いメールを開いてみれば、差出人の名前から例の友人の仕業だと察した。

『フハハハ!貴様、さてはアバターを適当に選ぼうとしているな?俺様の片腕ともあろうものが、そこに力を注がずして何とする!疾く、添付したデータをアップロードせよ!』

 文面にまで侵食する高笑いとその高スペックぶりに呆れながら、取り合えず言われるがままにPCでメールを開き直してデータを上げる。そして、画面に表示されたアバターの外見を一目見て、俺は迷わず再び携帯を手に取って厨二病をこじらせた友人へと通話を繋げた。

「おい」

「その様子だと、アバターを見たようだな。どうだ、俺様の最高傑作は!やはりこの世界は良い、ここまで理想を体現することが出来るとは…」

 悦に浸ってつらつらと並びたてられる言葉を無視して、もう一度画面に映されたアバターを見る。白金色のゆるふわな腰下まである長髪に、陶器のような滑らかな肌、おっとりと柔和な印象を与える顔立ち、幼過ぎず、けれど大人び過ぎずの身体。最高傑作、成程確かにそうなのだろうと納得せざるを得ない程に神秘的なそのアバターは、人によると大枚をはたいてでも手に入れようとするだろう。だが、問題はそこではない。

「これで、俺にゲームをプレイしろと?何故?」

「ふむ、話せば長くなるが…」

「簡潔によろしくどうぞ」

「フハハハ!理想の美少女と共に異世界を旅するのが夢だったのだ!」

 明け透けすぎる宣言にげんなりとして頭を抱えた。さっき理想通りとか言っていたし、これがこの厨二病の好みドストライクなのは間違いないのだろう。そう考えると、アバターに友人の性癖が透けて見えるようで、とても嫌な気持ちになった。

「いやだ、断る」

「そうだろうな、貴様はそう言うと思った。だがしかし、果たして本当に断っても良いのか?この件を承諾すれば、貴様が興味を持っていたアメリカの方の教授に紹介してやろう」

 即答で断るなり、待っていましたとばかりに提示された交換条件に、口に含んだ珈琲を吹き出しそうになった。たかがゲームのアバター一つにスペックの無駄遣いも甚だしい、何がこの男をここまで突き動かすのだろうか。

「えぇ、必死過ぎて気持ち悪い…。そんなに美少女と旅したいなら、適当に大学の女子でもひっかけて来ればいいだろ。一緒にゲームしてくれる子とかさ」

「…部屋で僕が普段通り高笑いしたら、みんな逃げて行っちゃうんだよね」

「当たり前だ。いきなり素に戻って悲しいこと言うなよ、断り辛い」

 すんと携帯越しでも分かる程遠い目をした友人に、こちらまで悲しくなってきた。

 会話からも分かる通り、この厨二病、言動さえ取り繕えばかなりモテる。それこそ、素のまま女子を口説けば、瞬く間に部屋に連れ込むなんてこともざらにある。だが、そこは厨二病患者、外ならばいざ知らず、部屋の中では発作的に高笑いが出るようで、その豹変ぶりにドン引きされて逃げられるらしい。

「フハ、フハハハ!まぁ、その話はもう良い。それよりもだ、教授一人では足りんか。ならば、もう二人追加して紹介しよう!それでも足りぬと言うのなら、追加で土地もどうだ?俺様が起業する会社の株はどうだ?他に欲しいものがあるのなら何であれ用意してやろう!」

「あぁもう分かったから、資産も紹介も何もいらないから!だから、たかがゲーム一つで俺の学生生活をバランスブレイクさせようとするな!」

 どんどんと吊り上げられる交換条件を武器に詰め寄って来る厨二病に、結局俺は折れて押し切られてしまった。これは、厨二病に力を与えてはいけない典型的な例だと思う。

 こうして、俺は友人の理想の美少女アバターで『楽園』をプレイする事となった。

 

 

 

 事が起こったのは、『楽園』をプレイし始めてから4年の月日が経った頃だった。

 この頃になると、俺も友人も大学を卒業して、それぞれ社会人としての生活を送っていた。互いに忙しなく働きまわっていたが、それでも平日の夜や休日など、時間を合わせてゲームを続けていた。

 その日も、普段と同様に通話を繋いで、俺達は『楽園』の世界へと降り立った。「今日は何をしよう」「昨日の続きが残っていた」など、他愛もない会話をしながら街を練り歩いていると、不意に友人が足を止めた。

「厨二病?リアルの方で連絡でも来たのか?」

「…フハハハ!いやなに、少し画面の調子が悪いようでな。光量を下げようとしたのだが、寧ろ光量が上がってしまった」

 なんだ機器の不調かと一笑しようとした所で、ふと自身が見つめる画面もまた徐々に明るくなっている事に気付いた。同じく光量を下げようとするも上手く行かない。二人同時に画面の故障なんて珍しい、そんな事を考えながら友人へと声を掛ける。

「こっちも画面の調子が悪いみたいだ。最近買い換えたばっかりなんだけどなー…」

「ふむ…、聖女の方も同じ症状か。『楽園』経由でウイルスを受け取ったか?いや、そもそも、この光り方からして何かがおかしい…」

「なに考え込んでるんだよ。そうだ、丁度休日だし、どうせなら明日は一緒に電気屋行くか。ついでにそのまま飲みに行こう、最近良い店を見つけたんだ。因みに、外でもいつもの調子で聖女とか呼びやがったらぶっ殺」

 みるみるうちに画面が白く染まっていく様子に、これではゲームを続けられそうにないと、そう判断して次の話題へ移ろうと携帯を手に取る。お気に入り登録しておいた店の住所を友人へ送りつけていると、ふと先ほどから返事がない事に気付いた。

「おい、返事くらい…?」

 不審に思い再度声を掛けながら顔を上げて、俺はようやく目の前の異変に気が付いた。白く染まった画面が、尚も光量を増して光を放ち始めている。蛍光灯では無いのだ、こんな光り方をするなんてありえない。

「…ッ!?今すぐ、画面から離れよ!」

 耳に付けたイヤホンから、友人の叫ぶ声が聞こえる。その声が耳朶を打つのと、画面の光が一際強くなったのは同時だった。呆然とした意識が次の行動を思い描く間も無く、部屋を光が包み込み、視界は真っ白に染まった。

 

 

 強い光にしばしばとする目を擦る。こんなに強烈な目つぶしを食らったのは、高校の学芸祭で友人が細工したライトが暴走して以来だ。後々聞いてみれば、ライトの光を後光にシルエットで登場をしたかったらしい。あいつマジで絶許と当時はよく思ったものだ、今でもそうだ。

 思い起こされた懐かしい記憶に浸っていると、柔らかな風が吹いて頬を撫でた。周囲ではざわざわと木の葉の擦れるような音が響いている。…おかしい、窓を開けていた覚えは無いし、観葉植物なんてオシャレなものを部屋に置いていた記憶も無い。

 不思議に思いつつ、ようやく回復してきた目を開けて周囲の様子を伺う。そうして、視界に映ったのは辺り一帯に立ち並ぶ木々達、背の高い草の茂み、頭上を薄く覆っている木の枝と木の葉。

 いつの間にやら、自室の面影を一切感じない大自然の中に一人ぽつりと立ちすくんでいた。

(プロジェクションマッピング?あいつの悪戯か?)

 真っ先に思いついた最もあり得る可能性について考えながら、確かめるべく手ごろな場所にある木に近づいて手を置く。手のひら越しに伝わって来る感触からして、映像の類ではない。やはり、此処は本物の森の中なのだと察すると同時に、木に置いた手が明らかに自身のものよりも白く小さい事に気が付いた。

「え、小さ…。…誰の声?」

 思わず呟けば、自分のものでは無い声が耳朶を打って、他に誰かいるのかときょろきょろと周囲を見渡す。けれど、この場に居るのは自分一人だけ。ならば、先ほどの声は自身が発した事になる。

「声が違う。声変わり?なら低くなるはずだし。なんだこれ…」

 想定外の事態の連続に呆然と変わり果てた自身の手を見下ろしていると、一房の白金色の長髪が肩を滑って顔の横に掛かった。明らかに自分の髪ではない、けれど、何処か見覚えのあるその髪色に、冷や汗がぞっと背筋を撫でた。

 恐る恐る背に手を伸ばせば、細長い棒状のものに手が当たる。そのまま背から外して前に持ってきたそれは、ガチャで当てて以来愛用していた、身の丈ほどの聖杖。そして、聖杖の先端にある水晶に反射して映し出された自身の姿は、友人に押し付けられた理想の美少女アバターそのものだった。

「…『楽園』」

 予感から確信に変わり、今両足で立っている地の名を口にする。どうやらここは、4年もの間友人と駆けまわったゲームの世界らしい。確信はしたものの、理解が追いついていない。未だ思考は混乱の極みにあった。

 何がどうしてどうやって?ぐるぐると同じ言葉ばかりが脳裏を巡る。

 起因となった出来事には、何となく想像がつく。あの光だ。画面から放たれた光が部屋を覆いつくした途端、いつの間にかこの姿になって、この場所に居た。

 ゲームの中に引きずり込まれたのか、はたまた似ただけの世界に飛ばされたのか。どちらにせよ姿が変わっているのは事実だし、元居た場所でない事も確かだ。これがいわゆる超常現象、何処の厨二病だよと、誰へともなく脳内でツッコミを入れる。

「厨二病…、そうだ、あいつも同じ光に」

 最後の会話からして、恐らく友人の画面も同じ現象に陥っていた。ゲーム内では同じ場所に居たのだ、もし友人も引きずり込まれたならこの近くに居るかもしれない。

 優先事項を切り替えて、ひとまず周囲を探索しようと聖杖を両手に握りしめ、直感を頼りに森の中を歩き始める。もしや自分は森の中で遭難しているのではなかろうかと、数分程経って遅まきながらに気が付いたが、元より見知らぬ場所なのであまり気にしない事にした。

 しかし、歩き辛い。歩幅が小さくなって違和感を覚えるのだ。このアバターの身長は140強といったところだから、およそ30センチ以上身長が縮んでいる事になる。感覚が自動的に身体の変化に伴う、なんて都合の良いことはないらしい。

 途中休憩を挟みながら暫く森の中を進んでいると、不意に横合いの茂みから人の気配を感じて足が止まった。がさがさと、草の根を分けるように何者かが近づいてくる。

「第一村人…?」

 この地在住の人間だろうか、そんな事を考えながら、ゆっくりと後ろへ後ずさる。草をかき分ける音は徐々に近づいて、やがてのそりと茂みの中からその姿を露わにした。

 自分の倍以上は有ろうかという筋骨隆々の巨体に、大きな牙を生やした豚の頭がぽんと乗っかっている。第一村人どころか、人ですらない。頭上からこちらを見下ろしているそれは、見まがうこと無きオークであった。

「いや…、お前ら三年前に狩りつくして絶滅させたのに、なんでまだいるんだよ」 

 オークと言えば女性の敵の代名詞。無論、『楽園』にも女性プレイヤーは居る訳で、この豚が出現するようになってからは、忠実にその特性が再現されていた事もあって、焼き討ちだと言わんばかりに徒党を組んだ女性プレイヤー達によって根絶されたのだ。

 そうして去った筈の脅威が、目の前に現れた。

 普通であれば取り乱すところだが、対処法を弁えているだけに冷静さを保てた。オークは物理攻撃に耐性があるが、魔法に関しては紙装甲。なら、魔法で足を止めて逃げるなり、捕まる前に倒してしまえば良い。いくら支援特化と言えども、足を止めるくらいの魔法は幾つも用意してある。

 だから、まずは魔法を使って動けなくする。そう、魔法を使って。魔法を使う…。

(…どうやって?)

 ゲームとは違って、ここにはショートカットアイコンも無ければ、コマンド入力を行うためのキーボードも無い。そもそも、幾ら『楽園』に似ているとはいえ、この世界に魔法が存在するかどうか自体定かでは無い。

 ここに来て、ようやく自分が重大な思い違いをしていた事を悟った。

「えっと…主の御心をここに、ジャッジメント!」

 聖杖を両手で突きだして、ショートカット登録していた魔法を詠唱する。勿論、何も起こらない。これでは友人の事を笑えない、いつの間に俺は厨二病に感染していたのだろうか。

 杖の先では、オークが尚もジッと品定めするようにこちらを見下ろしていた。…どうしよう。

「…本日はお時間をいただきありがとうございました。それでは失礼いたします」

 ひとまず不興を買わないように、研修時代の経験を思い出しながらペコリと頭を下げて、流れるような動作で回れ右をする。

 これで良い、やはり無益な争いは良くない、三十六計逃げるに如かずだ。

 何事も無かったように歩いてその場からの離脱を図るも、すぐに後ろから伸びてきた腕にむんずと腰を掴まれてそのまま持ち上げられてしまった。その拍子に、持っていた聖杖が手を離れる。

 幸いと言うべきか、物理防御と魔法防御をしっかりと上げていた事もあって、ダメージを通されるような事は無さそうだった。今回は必要ないが、装備には魔法攻撃を一回無効化する結界も付いている。守りについては万全だ。

 取り合えず命の心配はいらない。けれど、相手がオークならば別の問題が生じる。

 『楽園』の世界では子供が作れるのだ。プレイヤー間は勿論、相手がNPCであれ、果てはモンスターであれ構造が合っているのならば問題ない。

 そのシステムを悪用して、オークには女性プレイヤーを捕まえて集落に持ち帰り、無理やり子供を作るという習性が植え込まれていた。実際に、ゲーム時代では数人のプレイヤーが被害に遭い、それを理由にオークは根絶された。

 全てが自由であるが故に起こった悲しい事件。しかし、解決されたはずのそれが、今正に自分へと降りかかろうとしている。それもゲームではなく、現実そのものとしか思えないこの世界において。

「ちょっと待て…!流石にそれはダメだろ、離せっ!」

 自らを待つおぞましい未来に半狂乱になりながら、なんとか抜け出そうと手足を振り回して暴れるも、オークは意に介した様子も無い。それどころか何処か機嫌が良さそうなオークが地面に落ちた木の枝と蔦を手に取ると、恐ろしい程の手際で細い手足を縛りつけられた。

『久シブリノ雌ダ、早ク集落ニ運ンデ孕マセタイ』

「お前ら言葉話せるの!?ならこっちの言葉も分かるだろ、早く下ろしてくれ!俺は男なんだ、子供産めないから!」 

『オーイコッチダ、人間ノ雌ヲ捕マエタ!』

「話聞けよ…」

 知能あるオークは話せはするが、話は通じないらしい。やがて、声に反応して現れたもう一匹を加えたオーク共によって、えっさほいさと俺は奴らの集落へと運ばれていった。

 

 

 

 オークの集落は森の開けた場所にある。

 最早抵抗する気力すら起きず、ぼうっと木の葉のカーテン越しに空を眺めていた折、唐突に視界が眩しい陽光に染められたことで、遂に人生の終着点へとたどり着いてしまったのだと悟った。

 森を抜けるなり、集落にいた数十匹のオークがこちらに気が付いて、出迎えるように歓声と言う名の雄たけびを上げる。かなりの規模の集落だ。ここに居るオーク全てをこの小さな体で相手取れば、終わりを待たずに気が狂うのは必至だろう。

(こんな訳の分からない世界で慰み者になるくらいなら、潔く男として舌を噛み切って死んでやる)

 恐怖を振り払って必死の覚悟を決める中、集落の中心へと連行されると、オークたちは遂に俺を地面に下ろして手足を縛っていた蔓をほどき始めた。

 振り払って逃げる選択肢が脳裏に浮かぶも、しっかりと体を抑え付けられていて実行できそうにない。仮に目の前の二匹を振り払ったとして、既に周囲を囲まれている以上やはり希望は無さそうだ。

『オマエ、縛ルノ下手糞ダ。解ケナイ』

『逃ガサナイタメダッタ』

 どうも蔓を解くのに難儀しているらしい、絶望までの時間が引き延ばされたとして、気休めにもならない。

 ああだこうだと言いながらオーク達の作業は続き、やがて、解放された手足は地面に投げだされた。

 青空の下、地面に横たわる俺に、一匹のオークが覆いかぶさって来る。視界を埋め尽くした肉の塊に、これからの起こるであろう事態に想像を重ねて、思い切り顔を顰めた。

 せめて、最後に見るのは青い空が良かった。そう思いながら瞼を下ろして、ぐっと舌を噛み切らんと顎に力を籠める。

「『万物を焼き焦がす地獄の業火よ、インフェルノ』!」

 そんな折、暗闇の中、馴染のある声が聞こえた。

 ハッとして目を開けるのと同時に、大気を歪ませる黒色の炎が大波のように地表を伝って、オークの集落全域を飲み込んだ。…中心にいた俺を諸共に。

 幸いにも装備の結界が発動した事で無事に済んだものの、それがオーバー火力であることは一目瞭然だった。

 結界越しにも熱を感じさせる炎によって、覆いかぶさっていたオークはその場で跡形もなく消え、周囲のオークは大量の灰と煤と化して舞い上がった。おかげで舞い上がるそれらに晒された俺の全身は、炎が消える頃には汚れていない部分を探す方が難しい程に、灰と煤に塗れてしまっていた。この結界は魔法は防げるが、物質までは防げないのである。

「げほっ、げほ…!」

 周囲で大量に発生した灰と煤に咳き込んでいると、こちらに近づいて来る下手人の足音が聞こえた。

 傍まで来ると立ち止まった足音に、じろりと見上げてみれば予想通り、『楽園』における友人のアバターたる、洒落た眼帯を付けた現実での彼そっくりの青年が腰に手を当てて不敵な笑みを浮かべていた。

「フハ、フハハハ!危ない所であったな、聖女よ!おや、灰と煤塗れではないか、これぞ正にシンデレラだ!流石は聖女、汚れても尚美しい!」

 しかし、続けられた歯の浮くような気障な台詞の数々に、不審に思いよくよく見てみると、友人の頬が僅かにだが引きつっていた。そして、普段は恰好を付けて『フハハハ!』と高笑うこの厨二病だが、二段階で高笑うのは激しく動揺している事を意味する。これらを材料に、俺は一つの結論へと至った。

 こいつ、さては魔法を暴発させたな?

 ゲームでも、魔法はコマンドをミスすると不発したり、MPを倍以上消費して暴発したりしていた。そして、この体はこいつの理想の美少女である。その少女がオークに犯されかけていたために、動揺して魔法の制御に失敗した。そんなところだろう。

 魔法を使える事自体は不思議には思わない、この厨二病は大抵の事を初見で難なくこなすのだから、一々驚いていたら切りが無いのだ。

「…ふむ、どうしたのだ聖女。何を先ほどから黙り込んでいる。そろそろ苦言の一つでも呈するタイミングであろう。…もしや、何処か痛むのか?」

 考え込んでいると、友人が徐々に心配を顔に出し始めた。そろそろ何か答えようと口を開きかけて、はたりと脳裏に浮かんだ妙案に俺は再び口を閉じた。

 これは、チャンスではなかろうか。異世界に飛ばされ、性別を変えられ、オークに犯されそうになり、挙句に友人に丸焼きにされかけた現状に対する、この如何ともしがたい感情を発散する千載一遇のチャンス。

 人は、それを八つ当たりと呼ぶ。許せ、友人。助けてくれた事には感謝しているが、これも後々に禍根を残さない為だ。

「いえ、問題ありません。危ない所を助けていただいてありがとうございます、素敵な魔剣士様」

「フハ…ハ?聖女?」

 高笑いをキャンセルして、友人が鳩が豆鉄砲を食らったような顔で目を瞬かせる。珍しく見せるその様に、吹き出しそうになるのを抑えながら、さも命を救われた少女であるかのような演技を続ける。

「あぁ、貴方のような方に救われるだなんて、本当に夢であるかのようです。これも、主のお導きなのでしょう」

「せ、聖女よ…?いや、聖女ではないのか?しかし、このアバターは間違いなく俺様が作ったもの。それに、魔法も防いでいた…、だが異世界だ、中身が異なるのか?だがしかし…何がどうなっている?」

 友人は困惑が極まってか、遂には頭を抱えだした。もう先程から可笑しくて肩が震えてしまっているのだが、状況的には恐怖で震えていると判断できなくもないので好都合だった。

「私、とても怖かったのです。森を歩いていたら、突然オークに捕まってしまって。もう、私の人生は終わってしまったかと…」 

 口角が上がりそうになって、咄嗟に顔を俯かせて口元を手で隠す。傍から見れば、涙を零しているようにも見えるだろう。ついでに頑張ってみると、本当に涙を流せたのだから尚更に。

 案の定友人もそれに引っかかったようで、地に片膝を付けてそっと肩に手を置いて来た。

「えっと、もう大丈夫です。貴女の傍には僕が付いています。僕が必ず、貴女を守って見せますから」

「…ぶふっ!」

 そこで素に戻るのは反則だろう。堪え切れずに一度噴き出してしまえば、もう止まらなかった。そのままけらけらと腹を抱えて笑い声を上げていると、友人が弾かれたように立ち上がった。

「き、貴様、やはり聖女ではないか!妙な演技をしおって、魔法に巻き込んだことへの意趣返しか貴様!」

 そう言って指を突きつけて来る友人は、羞恥からかその耳を若干赤くしている。厨二病なこいつにも、羞恥心は残っていたらしい。

「ごめんって、まさか本当に騙されるとは思わなかったんだよ」

 笑い過ぎて眦に浮かんできた涙を指で拭う最中、ふと友人の頬に一筋の汗が流れているのが見えた。あの大抵の物事を涼しい顔でやってのけるこいつがだ。

 珍しい事も有るものだとまじまじと見てみれば、友人の背にある落としたはずの聖杖が目につく。その視線に気づいた友人が咄嗟に杖を隠そうと身をよじるが、もう遅い。

「そっか、杖を見つけて、慌てて助けに来てくれたのか。本当にありがとな、厨二病。それに免じて、さっきのクサイ台詞については忘れてやるから」

「このっ、何故貴様はいつもいらぬところに気付くのだ!ぐおおっ、失態だ、人生に類をみない失態だ…!」

 余程恥ずかしかったのか、友人はアルマジロのように地面に丸まって頭を抱えると、くぐもった唸り声を延々と上げ始めた。

 もう少し揶揄い気持ちも無いではないが、これ以上はこの厨二病も耐えられそうも無いし、なにより心の中は既に清々しいほど晴れ渡っている。だからまぁ、八つ当たりはこのくらいで良しとしよう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。