厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

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第2話: 厨二病は魔法を使う(上)

 

 装備のローブを外して、上着とスカートが一体となった神官服を脱ぐ。改めて煤だらけになった元は白色のそれらに思わず渋面を浮かべつつ、簡素な下着類を外して靴を脱げば、一糸まとわぬ少女の裸体が青空の下に晒された。

「ゲームだとちゃんと規制があったのにな…。ここがゲームじゃなくて、現実だって言う証拠か」

 下を向いて自らの身体の凹凸を確認して、嘆息交じりに呟く。モザイクも無ければ、謎の光が差すことも無かった。

 まぁ、そんな気はしていたし別に良いけど、と気を取り直して、脱ぎ去った衣類を畳んでから、足の指先を川の中へと入れ、徐々に足を沈めていく。

 オークの集落があった場所から歩いて数分程離れた辺り。この場所では、近くの山から流れる水が小さな川を形成していた。小さいと言っても水深は太ももまではあり、水浴びをするにはうってつけだった。恐らくオーク達の生活水はこの川から供給されていたのだろうとは、友人の談だ。

 ついでに、あまり思い出したくない豚の顔が脳裏に浮かんだ。振り払うように頭を振ってから、しゃがみ込んで些か冷たい透明な水の中に全身を沈める。あんな凄惨な体験は、他に中々無いだろう。

 立ち上がって水気を吸った長い髪を軽く絞り、手ですくった水で身体や髪についた煤を落としていく。

「なー、厨二病。なんでそんな離れた木の後ろに居るんだよ」

 作業を続けながら、少し離れた場所でこちらに背を向けて木にもたれている友人へと、先ほどから抱いていた疑問を投げかける。

 ここに到着するなり、この厨二病は着替えだけを置いてそそくさと離れて行ってしまったのだ。おかげで、この無駄に長い髪の毛を一人で洗う羽目になった。

「このアバター作ったのお前なんだから、少しは責任もって手伝え」

「フハハハ、そうは言うがな聖女よ!ここは未知の場所かつ敵地だ、また他のモンスターが襲ってこないとも限らぬではないか。だから、俺様がこうして見張っているのであろう」

「ふーん…で、本音は?」

「画面越しならばいざ知らず、生で理想の美少女の裸体を目に収めるのは些か敷居が高い…」

 そんな事だろうと思った、と予想通りの反応に小さく息を吐く。

 遠目でも分かる程肩を落として情けない発言をするこの厨二病、外見含めて高スペックであるにもかかわらず、女性経験は皆無の童貞である。外面だけ取り繕って仕舞えば簡単に捨てられるものを、何を大事に取っているのか。偶に、友人の思考が分からなくなる。

 まぁ、同じ業を背負うものとしては、こいつの言い分は分からなくはない。何を言っても、頑なにその場を動かないだろうしと、諦めて髪についた煤を落としていく。

 結局、粗方煤を落としきるのにかなりの時間が掛かってしまった。気候が比較的暖かくて良かった、でなければ今頃寒さに震えている所だ。

「えっと…拭くもの拭くもの…」

 川から上がってさっさと体の水気を拭いてしまおうと、友人の置いて行った着替えの辺りにタオルを探す。しかし、それらしきものは見当たらない。脱いだローブで拭くわけにもいかないしと、困り果てて友人の方へと振り返る。

「おーい、厨二病。タオルか何か持ってないか?なかったらそのマントでも良いんだけど」

「フハハハ、聖女よ、一応これは俺様のトレードマークなのだが…。生憎と俺様は適切なものを持っておらん、貴様のインベントリの中には何かないのか」

「インベントリ?」

 いきなりゲーム時代の単語が出て来て小首を傾げる。

 そういえば、先ほど持っている様子の無かった着替えを取り出した時に、友人が何やら呟いていた気がする。あれはインベントリの中から取り出していたのか。その時の言葉は確か…

「『開け、インベントリ』」

 片手を前にして唱えるのと同時に、ほんのわずかに何かが指先から抜け出る感覚を覚えた。そして、手を伸ばした先の虚空に、丁度手が入る程度の穴が開いた。なる程、これがインベントリ。ゲーム時代はアイテム名などの欄があったけれど、この世界では無いらしい。

 若干気は引けるが、意を決してその穴に手を入れる。水気を拭けるものであれば何だって良い。そう念じながら手を動かしていれば、やや温かい動物の毛並みらしきものが手に触れて、それを取り出して見る。

 そうして出てきたのは、掛け布団ほどもある動物の毛皮だった。

「あ、こんなの持ってたな。毛並みはしっかりしてるし、もうこれでいっか」

 中身の全てを把握していないインベントリの中から他を探すのが手間に感じて、そのまま毛皮を使って全身の水気を取っていく。使ってみて気付いたが、この毛皮ほど水気を取るのに適したものも無いだろう。インベントリにも中々便利な機能が付いている。

 感嘆するのも程々に、全身を拭き終わった所で下着類を身に着け、友人の用意した着替えを手に取る。広げたそれは、お嬢様が着ていそうな純白のワンピース。如何にもあいつが好きそうな服だな、と苦笑を浮かべながら手早くそれを着て、使った毛皮と先ほどまで着ていた装備類を簡単に川で洗ってからインベントリの中に仕舞う。

「『閉じろ、インベントリ』、…終わったぞー」

 そう一言声を掛けると、友人はようやく木の後ろから離れてこちらにやって来た。

「フハハハ、似合っているではないか聖女よ!うむうむ、やはり俺様の邪眼に狂いはなかった。後は、これを被れば完成だ」

「はいはい、それはどうもって…わぷっ」

 俺の姿を見るなり満足げに頷いた友人は、インベントリの中からまた何かを取り出して、それを頭に被せてきた。慌てて手に取って見ると、鍔の広い麦わら帽子が視界に映る。またべたな組み合わせを…。

 チラリと友人を見上げると、ご丁寧にサンダルを持ってこちらに差し出している。

「お前…、まぁ、別に良いけど」

 どうせ断った所で、この厨二病は諦めずに押し切って来るのだ。なら、最初から受け入れてしまった方が良いと言うのが、長い付き合いの中で出した結論だった。

 諦観交じりに息を吐きだして、受け取ったサンダルに足を通すと、友人の目に少年のような輝きが宿った。

「話が早くて助かるぞ、聖女よ。フハハハ、うむ、これぞ正統派美少女だ!」

「中身は俺なんだけど、お前にとってはあんまり関係なさそうだな…。その代わり、後で魔法の使い方を教えろよ」

 友人が先ほど自然に魔法を使っていた事を思い出して、使い方を教えろと要求する。しかし、それを聞いた友人は何故か不満そうに眉をひそめた。

「なんだよ、嫌なのか?こっちはお前の趣味に付き合ってるんだから、このくらい良いだろ」

「いや、貴様の要求はいつもながら貧相でつまらんとは思うが、今はそちらではなく。俺様が言いたいのは貴様の一人称の方だ」

「一人称…。あー、なんか言いたいことが分かった気がする…、分かりたくないけど」

 この厨二病が何を言いたいのかというと、一人称を『俺』から変えて欲しいという事だろう。ゲーム時代にも、ボイスチェンジャーを使って口調を女性らしくしてほしい、などと言って来た事があったから、多分その延長だ。この男、同じ男を相手に一体何を目指しているのか。

「折角可愛らしい声になったのだ。口調はそのままでも良いが、せめて一人称を『私』にしてみよ!」

 やっぱり、と言葉を吐く暇もなく、グイッと寄って来る友人の熱量につい身を引く。こいつからしたら、理想の美少女が具現化したようなものなのだから、些か暴走気味になるのも仕方がないのかもしれない。

「分かったから、もう少し離れろ…!あー…、私、私な。これで満足か、厨二病」

「うむ、満足だ。似合っているぞ、聖女よ。フハハハ!」

「楽しそうでなによりだよ…。今度、とんでも無い事言って絶対困らせてやるから覚悟しとけよ」

「期待しないで待っているとしよう、フハハハ!」

 森の中に友人の高笑いが響き渡る。本当に楽しそうだなこいつ、と思いながら私は未だに天を仰いでいる友人を置いて森の先へと進む。遅れて後ろから足音が聞こえて来て、友人が追従している事を確認した。

「あぁ、聖女よ、進路はもう少し左寄りだ。その方向へ進んだ先に村のようなものがあった。歩いておよそ一日といった所だが、そこに行けば人から話も聞けよう」

「…」

 一応は未知の土地であるにも関わらず詳細な指示を出した友人に、思わず足を止めて無言のまま若干引き気味に目を向ける。

 いつか、こいつが語っていたサバイバルをする上で重要な点に、周囲の状況を把握しておくというものがあった。恐らくそれを木の上から見渡すなりして実践したのだろうが、だからと言ってここまで正確な土地勘を持っているのは、頼りになるを通り越して恐怖すら覚える。

 当の友人はと言えば、にまにまと機嫌良さそうに私の姿を鑑賞している。多分、こいつは何処の秘境なりに放り出したとしても、この調子を崩さないのだろう。

「…歩幅が変わって歩きづらいから、もう少し時間掛かると思うぞ」

「無論、それも織り込み済みだ!合間に休息や就寝を挟んだとしても、明日の内には村につくであろう」

 なんだか最早ツッコむのすら億劫になって来た。

 太陽の位置からして日の入りまで時間はあるが、最寄りの村が離れていると言うのなら、今日は野宿になるだろう。

「そう、なら歩けるうちに先に行こう。魔法については、歩きながら教えてくれ」

「良かろう。聖女の魔法は、現状において文字通りの生命線と言える。それが使えるようになるのは俺様の為にもなろう。とはいえ、そう難しい話でも無いのだがな」

「お前の言うそれは信用ならない」

 歩みを再開しながら、魔法講義を始める友人を胡乱気に見つめる。

 この厨二病に厨二病以外の欠点があるとすれば、それは天才特有の感覚の違いだ。学生時代でも、この欠点には苦しめられたものだ。…主に私が。

 一応こいつにも自覚はあるらしく、指摘してやれば感覚を合わせて分かり易く教えるようになるものの、やはり最初に犠牲となる者が必要になる。その犠牲者を務めていたのが、基本的に私だったのだ。こいつの周囲にいた人間にはもっと感謝してもらいたいものだ。

「ふむ、手厳しい意見だ、真実であるだけに言い返せん。だが、今回は問題無かろう。魔法のシステムは据え置きなのだ、詠唱はコマンドの代わりに口で唱えるだけで良い」

「…一回試した時は詠唱しても使えなかったぞ。おかげでオークの子供を産まされそうになった」

 話していく内に、段々と顔が死んでいっている自覚がある。今でも脳裏に焼き付いたあの光景は中々払拭できそうにない。

「フハハハ、あの件はもう忘れよ!使えなかったのは、恐らく魔力が込められていなかったためだろう。先ほど、聖女もインベントリを使っていたな?詠唱した時に、妙な感覚を覚えなかったか」

 言われて、先ほどの一幕を思い返す。あの時、確かに指先から何かが抜け出た感覚を覚えた。

 成程、あの抜け出たものが魔力で、インベントリ程度の微量な魔力ならいざ知らず、魔法を使うにはその魔力を意識的に使用しないといけないという事らしい。

 なんとなく理解したところで、背の聖杖を手に持って実際に魔力の感覚を探ってみる。意識して見れば、思いのほか簡単にそれらしいものを体内に知覚できる。うん、これなら魔法が使えそうだ。

「厨二病、ちょっと手出して」

「良かろう、どうしたのだ?」

 首を傾げながらも、友人はこちらに片手を差し出した。私はその手を取って、そのまま引っ張り、膨らんだ自身の胸へと当てる。

「な、聖女よ!?」

「ん、『主の御心をここに、ジャッジメント』」

 意外とくすぐったかった。そんな感想を抱きつつ、胸に触れた手を強張らせる友人へ杖を向け魔力を意識して詠唱すると、体内の魔力が杖の先へ集まり魔法が発動した。途端、避雷針に落ちる雷のように天から光が降り注いで、呆気なく友人を飲み込んだ。 

 そして光が霧散した後、中から姿を現した友人は何かに堪えるように天を仰いで、プルプルと身を震わせていた。

「えっと、厨二病?」

 恐る恐る声を掛けると、友人は天を仰いだまま、ゆっくりと息を吐いて口を開いた。

「…聖女よ、胸を触られたにもかかわらずこの程度の威力とは、貴様貞操観念がぶっ壊れてはおらんか?全身麻痺を覚悟した割りに、片手が微かに痺れただけなのだが」

 流石に怒ったかと思ったら、怒りの方向が明後日を向いていた。

 一応、魔法自体は殺傷能力皆無のものを選んだけど、それでも存在自体が罪深いオークであれば数時間は動けなくなる威力はある。今回は実験ということもあって、大した罪にはならない行動をしたつもりだが、友人的には不満が残る結果だったらしい。懐が深いのか、はたまたずれているのか、困惑する。

「あ、うん、ごめん?この魔法、対象に抱いた罪の重さで効力変わるから、丁度いいと思ったんだけど…。魔法の実験台にした方には、あんまり怒ってないのな」

「うむ、寧ろご褒美だ、釣りがくるレベルのな。なんなら、もう数発撃ちこまれても良いくらいだぞ、フハハハ!」

「お前それ以上属性増やそうとするなよ…、今でも混合獣みたいになってるのに」

 新たな境地に至ろうとする友人を前に、この魔法は二度と友人には使用しないでおこうと決意を固める。ただでえ、今の自分の身体は彼の好みドストライクなのだ。その影響力は計り知れない。誰であれ、友人の変態性が高まる瞬間を目の前で見たくはないだろう。

 そんな私の決意を察知でもしたのか、残念とばかりに肩を竦める友人は、気を取り直すように咳ばらいを一つ入れて話を再開した。

「まぁ、それは後々で良かろう。して、魔法についてだったな。無事に聖女も魔法が使えた所で、先ほどの俺様の話を覚えているか?この世界の魔法体系は、『楽園』のものと何ら変わらん。つまりこういう事だ、『魔導書よ』」

 話すなり、友人が手の平を上に詠唱すると、その手の上に装飾のなされた分厚い本が出現した。

 魔導書と呼ばれたその本には見覚えがある。かつて、魔導書とは違うが、画面の中で幾度となく目にしたそれは、独特な世界観を有する『楽園』のエンドコンテンツであり、醍醐味ともいえる要素の一つだ。

 『楽園』は自由で知られている。すなわち、スキルや魔法の開発すらもプレイヤーに委ねられていた。武器を使ったスキルであれば『指南書』、攻撃系の魔法であれば『魔導書』、支援系の魔法であれば『教典』の計三つそれぞれ既存のものが記されている。プレイヤーは、それらから文法や規則性を読み取り、または新しく発見し、活用することで全く新しいスキルや魔法を開発することが出来る。

 開発に成功すれば、コマンドが表示され、それを入力することで使用が可能となる。先ほど使用した『ジャッジメント』の魔法も、簡単な部類にはなるけれど、私が新しく開発した魔法に該当する。

 と、ここまで聞けば誰でも新しく魔法を開発できるように感じるが、『楽園』はそこまで優しい世界では無かった。

 まず、プレイヤーそれぞれで使用される文字や文法が異なり、情報共有が出来なかった。これで一番の打撃を食らったのは攻略サイトの運営だろう。魔法が開発できると聞いて、解析班なども用意していたらしいのだが、この仕様の所為でサービス開始当日に解散へと追い込まれていた。

 この時点で既に開発のハードルは上がっていたが、そこで更に追い打ちをかけたのが言語の難解さだった。見たことも無い文字の羅列に対して、文字列の繋がりによっては同じ意味でもその形を更に変える。しかも、一つの文字を入力する際のコマンドは、基本的にローマ字の数倍にもなると来た。文法に至っては、運営の何処にそんな余力があったのかと思う程に複雑怪奇に組まれていて、最早これを解読する暇があるのなら、現実にある他の言語を複数習得した方が早いとまで言われていた。『楽園』を作った運営は、余程の阿呆の集まりなのだと思う。

 そんな背景もあって、魔法の開発に成功しているプレイヤーはごく一握り。とはいえ、わざわざ新しく作らずとも、十分に既存のスキルや魔法は用意されていたため、他のプレイヤーも『楽園』を楽しめていた。ただ、開発されたスキルや魔法は、労力以上の効果が期待できることもあって、上位層を目指し、躍起になって解読に挑戦するプレイヤーは後を絶たなかった。

「『魔導書』があるなら、ここでも新しい魔法が作れるのか。じゃあ…『教典よ』」

 友人を倣って唱えてみれば、自分の手の中にも同様に『教典』が現れる。それを開いてみれば、見覚えのある魔法名とその詠唱、そして見慣れた独自言語の羅列が目に入った。中身も全て、ゲームの時と変わりは無いらしい。

「でも、こんな状況で魔法が作れてもな…。作れないよりはマシだけど、そんな暇あるのかな」

「そう釣れない事を言うでない、聖女よ。状況次第では有効な手札になり得るのだ。手札は多い方が良い、カードゲームの定石だ」

「いつの間にカードゲームに手出してたんだよ、友達殆どいない癖に。あ、でも今はオンライン対戦が出来るのか。…厨二病?」

 不意に横から聞こえていた足音が止まったので振り返ってみると、友人が両手を地についてへたり込んでいた。俯いていて表情は伺えないが、その背からは物々しい悲壮感が漂っている。

「聖女よ、世の中には言ってはならぬ物事が多数存在するのだぞ…」

「ごめん、ごめんって。今のは私が悪かったから。帰ったら一緒にカードゲームしような」

 年単位で聞かない友人の弱々しい声音に、流石に罪悪感が勝って謝罪を口にしながら駆け寄り背中を摩ってやる。その甲斐あってか、徐々に上がって来た友人の顔は、正に神に救われた信徒のそれそのものだった。

「良いのだ、俺様には聖女がいる。貴様は、掛け替えのない俺様の親友だ」

「あぁ、うん。じゃあ、その掛け替えのない親友にボイチェン美少女ロールプレイさせようとするのやめような」

「フハハハ、断る!」

「ひゃ…!?」

 突然立ち上がって高笑いを上げた友人に、驚いてしりもちを付くと共に変な声が出た。まさか自分からそんな声が出るとは思わず、咄嗟に口を抑えるも、こちらを見る友人のにやけ面に顔に熱が籠るのを感じる。

「ほほう、随分良い声を出すではないか。これは一芝居を打った甲斐があったと言うものだな。しかも、おまけで赤面までついてくるとは、実に愉快だ、フハハハ!」

「このっ…!」

 慰め損と羞恥とで、咄嗟に聖杖を構えて詠唱を脳裏に浮かべる。しかし、この厨二病は寧ろ歓迎とばかりに両手を広げた。そうだった、意味が無いんだった。こいつは嗜虐趣味のある厨二病だった、変態だった。

 こみ上げる激情に歯を食いしばって耐え、聖杖を背中に直してすたすたと変態を置いて先に行く。

「なんだ、打たぬのか?これはまた、聖女らしく慈悲深い。貴様もロールプレイの何たるかを心得てきたではないか」

「うっさい!いつまで突っ立ってるんだよ、置いてくぞ!」

 未だ冷めやらぬ頬から意識を逸らすように叫んで、ずんずんとはいかないまでも足音を大きく鳴らして進んでいく。

 けれど、すぐに疲れてきて通常の歩き方に戻すと、呆気なく厨二病に追いつかれて、暫く進んだところで休憩を挟むことになった。

 今はただ、体力のなくなったこの身体が恨めしい。

 

 

「ふむ、この辺りが丁度良さそうだ。聖女よ、そろそろ日も傾いて来たことだ、今日はこの辺りで野宿と行くぞ」

 空が青からオレンジへと色を変え始めた頃、友人のその言葉を切っ掛けに、私達は森の開けた小さな平地で夜を明かすことになった。

 上を見上げてみれば、木々の遮りも無く空が見渡せる。元の世界と比べて、空がクリアに見えるように感じた。排気ガスとか、二酸化炭素とかの影響が少ないせいなのかもしれない。

 それでも、同じ空だ。もしかすると異世界なんかでは無いんじゃないかと思えるも、この身が異世界であるなによりの証拠なのだから、そんな現実逃避も出来そうにない。

「はぁ、もう少しくらい体力があっても良いのに…」

 休憩を挟んだとはいえ、それでも歩き詰めでここまで来た。それによって、靴擦れこそないものの、足はもうパンパンだ。明日になったら筋肉痛になることは想像に難くない。

 インベントリから毛皮を取り出して、地面に敷いてからそこに腰を下ろす。途端にどっと疲労感が全身にのしかかって来た。これは、油断するとすぐに眠ってしまいそうだ。

 敷いた毛皮はかなり大きい、厨二病も座らないのかと視線を向けると、彼は興味深そうに毛皮を見つめていた。

「それは、インフェルノウルフの毛皮か。懐かしい、あ奴には苦しめられたものだ」

「うん、まぁ、お前の事ガンメタしてたもんな。最終的にはごり押しで粘り勝ちだったし。でも、これ結構有用なんだぞ、電子カーペットみたいに暖かいし、水だけ直ぐに蒸発させるからタオルにも使える」

 さっきの水浴びの時に使ったが、一拭きで身体の水滴を取ってくれて、この長い髪もすぐに乾かしてくれた。でなければ、暫くの間濡れた髪に苦しめられることになっていたと思う。

「成程、貴様の髪が乾いていた理由がそれか。しかし、それで体を拭いていたのか…。…聖女よ、言い値を出そう。幾らでその毛皮を売ってくれるのだ?」

「なんでその話の流れで私が売ると思った?」

 じっと睨みつけて言外に変態と伝えるも、厨二病は残念そうに肩を竦めながらも、意に介した様子も無く不敵に笑っていた。今なら、『ジャッジメント』で数分は麻痺させられる気がする。喜ばせるだけだからやらないけど。

「名残惜しいが、今は諦めておこう。さて、少し冷え込んできた事だ、焚火でも用意するとしよう。俺様がそこらで枯れ枝でも拾ってくる間、聖女は休んでいるが良い」

「うん、ありがと、そうする。マッサージしとかないと、明日に響きそうだし」

 座ったまま、細くなったふくらはぎを両手で揉んでほぐしていく。素人知識だが、やらないよりはマシだろう。厨二病はと言うと、枯れ枝を取りに行くと言っていたにもかかわらず、何故かその様子を眺めていた。

「…?どうしたんだよ、厨二病」

「あ、いや、気にするな。何かあれば、生娘の様な悲鳴を上げるが良い。即座に駆けつけて、姫を救うように助け出してやろう」

「また丸焼きにされるのは御免だから遠慮しとく」

 森の中に消えて行く友人をひらひらと手を振って見送ってから、再度足をもみほぐしていく。力が初期値だからか、かなり力を入れないといけない。魔法で治せれば楽なのに、とそう考えた所で、ふと思いついた。

 治癒魔法で疲労感とかも無くせるのではないかと。ゲーム時代はHPを回復する程度の効力だったけど、リアルになったこの世界ならまた別の効果があってもおかしくない。

 思い付くなり、物は試しと杖を手に取って足に向ける。

「『癒せ、ヒール』」

 初期の回復魔法を唱えると、杖の先から淡いライトグリーンの光の粒子が放たれて両足を包み込んだ。

 光が消えると、流石に疲労感までは消えなかったものの、張っていた足がかなり楽になったのを感じた。これなら、明日は筋肉痛に悩まされなくても良いかもしれない。それを確認して、得も言えぬ高揚感が胸にこみ上げてくる。

「やっぱり、出来るんだ、もっと早く気づけばよかった…!あ、でも疲労感は残るからあんまり変わりは無かったのかな」

 だとしても、良い発見をした。にまにまと口角が緩んでいる自覚がある。これには、流石にあの厨二病も驚くに違いない。

 体育座りをしたまま、まだか、まだかと友人が帰って来るのを身体を揺すって待つこと暫し、やがて枯れ枝を小脇に抱えた友人が森の中から出て来た。

「あ、聞いてよ、厨二病!」

「おおう、せ、聖女よ!?どうしたのだ、一体」

 友人を見つけるなり駆け寄ると、友人は狼狽したように目を瞬かせた。何をそんなに驚いているのだろうと疑問が浮かぶも、それよりも早く伝えたい気持ちが勝った。

「癒しの魔法な、筋肉痛の予防になるんだよ。さっき使ってみたら、張ってた足がかなり楽になってさ。流石に疲労感は消えないんだけど、これって怪我とかもちゃんと治るってことなんだよ。もしかしたら病気にも効果があるかもしれない!」

「そ、そうか、それでテンションが高いのか…。…ふむ、さてはかなり眠気が来ているな?」

 話を聞いた友人が片手を顎にやって何か呟いているけど、今はそれすらも気にならない程に気分が良かった。

「お前も今日は歩き詰めで足とか辛いだろ?私が治してやるから、ちょっとそこに座ってみろよ」 

 指で先ほどまで座っていた毛皮を指し示して友人を誘導する。

 使う魔法は先ほどよりも強めのものにしよう。もしかすると疲労にも効果があるかもしれないという思惑もあったけど、なんだかんだでこいつには世話になっているし、少し恩返しをしたいという気持ちもあった。

 詠唱を頭の中で思い浮かべていると、そんな私を見て目を見開いていた友人は、何処か気まずそうな顔をして首を横に振った。

「いや、気持ちはありがたいのだがな、聖女よ。生憎とこの世界に来てから、微塵の疲労感も覚えていないのだ。貴様の身体能力が落ちたのと同じく、俺様の身体も強靭なものになっているようでな」

 視線を横に逸らして申し訳ないと言ってくる友人に、昂ぶっていた感情が地面に落とされたような心地がした。

 考えてみれば当然の事だった。この世界における身体能力がステータスに準拠するのであれば、前衛を張れる友人と支援特化の私とでは比べ物にならない。私のペースに合わせた強行軍程度、彼は余裕をもってこなせてしまうのだろう。

「そっか…なら、良いんだけど」

 残念だけど、仕方がない。諦めて置き場を失った感情のやりくりに頭を悩ませながら、焚火の準備を手伝おうと友人の持つ枯れ枝の束に手を伸ばしたところで、不自然に友人が一つ咳ばらいを入れた。

「…やはり、お願いしても良いか、聖女よ。言われて鑑みてみれば、多少足が張っている様な気がしてな。未知の環境で、体調を万全に期しておくのは重要だ、うむ」

 一人で納得するようにしきりに頷く友人は、そう言って抱えていた枝を傍に置くと毛皮に腰を下ろした。彼のその様子に、ぐぐっと下向きだった高揚感が上を向く。

 なんだ、強がっていただけだったのか。この厨二病は普段明け透けなくせに、自分の内情となると隠そうとするきらいがある。なんでも出来るからこそ、人に頼るという事が下手糞なのだ。

「まったく、仕方ないなぁ。今度からは、そういうことは早く言えよな」

「ま、全くその通りだ。…俺様は今、とんでもないものを生み出してしまったのではないかと、生まれて初めて後悔している」

 ぶつぶつと何やら呟いている友人の背後に立って、聖杖を握る手に力を籠める。

 強い魔法とは言ったけど、果たして何を使おう。先ほどの『ヒール』は論外として、花を使うと、それは過剰な気もする。なら『エクス・ヒール』?いや、ここは『ハイ・ヒール』にしよう。

「それじゃあ、行くぞ。『傷つきしかの者を癒せ、ハイ・ヒール』」

 詠唱と共に、先ほどとは比べ物にならない量の魔力が吸い上げられて、魔法が発動する。

 放たれた魔力は鮮やかに煌めく光の粒子と化して、圧縮、凝縮されたそれは宙を漂い友人の全身を包み込んだ。

「ほう、回復魔法を受けるとはこのような感覚か。中々どうして心地よい。しかし、この光は体の動きに追従しているのか?戦闘時にも使われるのだから当然ではあろうが」

 友人は体を包む光を興味深そうに見下ろして、腕を動かしその様をしげしげと観察している。

 やがて魔法の効力が切れると、先ほどと同様に霧散していく光を、名残惜しそうに友人は見届けていた。

「どうだ、かなり楽になるだろ?」

「うむ、面白いものだな。疲れが取れるどころか、心なしか体が軽くなった気さえする。これが魔法ならではの感覚と言った所か」

 普段から大袈裟にものを言う友人だが、こうも褒められれば悪い気はしない。

 また、自然と口角が緩むのを感じる。自分はこうも直情的な人間だったのかと不思議に思うくらい、沸き上がる感情が表に出ている様な気がした。

「そろそろ焚火を起こさねばならんな。聖女よ、貴様の神官服はまだ濡れているのであろう?少し離れた場所に干してくるがよい」

 言われて辺りを見回してみれば、空は既に茜色から深い青に変わり始めて、辺りには薄暗い夜の帳が降りていた。

「そうだった。…この毛皮で乾かした方が早いかな」

「いや、毛皮の原理は分からぬが、普通急速乾燥は服が劣化するであろう。無為な性能の低下は避けておきたい。次からは髪を乾かすのにも使って欲しくないくらいだ」

「装備の性能と髪が同列なあたり、ほんと真性なんだな。分かった、じゃあちょっと干してくるから」

 痛んでいるのかなと、腰ほどもある自分の髪に指を通しつつ、友人に断りを入れてから数メートルほど離れた森の中へと足を踏み入れる。

 上方を木々に遮られている分森の中は闇に包まれていて、気を抜けば木の根に簡単に足を取られてしまいそうだった。風の無い森はシンと静まり返って、異空間に放り込まれた心地になる。

 ぶるりと言い得ぬ怖気に身が震える。さっさと干して友人の元に戻ろうと、手早くインベントリの中から装備と洗濯竿代わりに予備の杖を取り出して、手ごろな木の間に掛けておく。虫の姿が見えない事は、この世界の中でも有数の僥倖だった。

 その場から逃げるように友人の下へ戻ると、丁度焚火が組み上がって、正に火を付けようとしている所だった。

「戻ったか、聖女よ。大事なかったか?」

「過保護すぎ、ただ服を干しに行ってただけだろ。…火はどうやって?」

「そこはこの世界ならではの魔法だ。原始的な方法も取れないことは無いが、それよりも少し試しておきたいアイデアがあってな」

 友人は得意げににっと笑うと、片手を組み上がった焚火へと翳して目を閉じた。

「『燃やせ、フレイム』」

 そして唱えたのは、炎系統の初級呪文。本来であれば、サッカーボールほどの火の玉が敵を燃やすその魔法は、しかし、手のひら大の大きさの火の玉を出現させて、それをゆっくりと焚火の中へ落とすに留まった。

 火種を与えられた枯れ枝たちは、その火力もあってか煌々と燃え上がり、瞬く間に当たりを明るく照らし始めた。

「やはり魔力の量は調節できるようだな。少しばかり集中が必要だが、直ぐに慣れるだろう。…どうしたのだ、聖女よ。まるで薄気味悪いものを見つけたような目をしているぞ」

「実際そうなんだよ。なんでこの短時間で魔力の調節まで出来るようになるんだよ。今までも大概だと思ってたけど、この状況になって、改めてお前が天才なんだって思い知らされてる」

「フハハハ、お互い様だ!まったく、どの口が言っているのか」

 どかりと毛皮の上に胡坐をかいてさも愉快そうに友人が高笑う。訳の分からない事を言う友人を不審に思いつつ、私も同様に隣へ腰を下ろした。

「お互い様って、そっちこそどの口が言ってるんだよ。私にも何か才能があるって言いたいのか」

 生まれてこの方、それらしい才は感じた覚えがない。私に出来る事は、大抵この厨二病にも出来る事ばかりだ。嫌味かと隣の友人を睨み付けるも、彼に応じるつもりは無いようで、大仰に肩を竦めて見せた。

「さてな。また気が向いた時にでも、教えてやろうではないか」

「なんだよ、今教えろー」

 のらりくらりと躱す友人にムッときて、軽く肩をパンチする。初期値の力では、友人は身じろぎ一つせず受け止めるのだから、やるだけ損をした気分になった。

 パチリと、目の前の焚火で枝が弾けた。煌々と燃えている炎はすっかりと日の暮れた闇夜の中、唯一の明かりとなって温もりを放ち続けている。

 こうしていると、友人と行ったキャンプを思い出す。あの時も、こいつはやたら手際よく場を整えていたっけ。ファイヤースターターも使わず、乾いた木の板と棒だけであっという間に火をつけて。どの時代に居たとしても、突出した才を発揮するこいつから見て、私に何の才があると言うのか。

「…聖女よ。眠気があるのならば、眠るが良い。明日も朝から歩くことになるのだからな」

 ぼうっと揺れる炎を見つめて、過去の記憶に思いを馳せていると、ふと友人からそんな声が掛かった。

「でも…」

「仔細は気にするでない。体はもとより、心労も相当のものであろう。これから何があるか分からぬ以上、疲労は取れるうちに取っておけ」

 いつになく落ち着いた声で諭す友人は、そっと肩を引いて私を横に倒すと、膝の上に頭を乗せさせた。

 有無を言わせる気が無い。お前だって、今日は歩き詰めだったくせに、状況はたいして変わらないくせに、そう言いたくても、横になってから急激に押し寄せて来た眠気がそれを許さない。

 この毛皮を選んだのは失敗だったかもしれない。焚火に加えて感じる温もりは、易々と意識を遠のかせていく。

 せめて瞼が落ちぬようにとした抵抗も虚しく、やがて意識は暗闇の底へと落ちていった。

 

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