厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

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第3話: 厨二病は魔法を使う(下)

 人は眠りにつくと夢を見る。

 一説では、神や霊的な存在からのお告げ。また一説では、象徴と呼ばれる言語で語られる無意識化での経験ともされるそれは、現代において、レム睡眠時における脳の記憶整理に伴った幻覚という説が主流となっている。

 レム睡眠とは、詰まるところ眠りが浅い状態。脳が記憶の整理をしている最中に、意識が浮上することで錯覚が起こり、人はその錯覚を夢として認識する。

 夢は、更に二つの種類に分けられる。意識が覚醒した後にそれを夢と認識する不明瞭夢。そして、夢の中でそれを夢と認識する明晰夢。

 私は、今見ているこれを夢だと認識できているから、恐らくこれは明晰夢と呼ばれるものなのだろう。

『僕には多分、色んな事に対する才能があるんだ』

 それは、まだ友人が厨二病では無かった頃。中学時代の終わり、夜間に家から抜け出して自転車を飛ばして、二人で山にキャンプに行ったとき、夜空を見上げる友人がぽつりと零した。

『やれば大抵の事は上手くできる。それこそ、人並みを超えて、他人の努力を嘲笑うみたく簡単に』

『なんだそれ、新手の嫌味か?確かに準備の手際は引くほど良かったけど』

 自慢にも聞こえるそれについ私が顔を顰めるも、友人は静かに首を横に振った。

『まぁ聞いてよ。中学生活を通してさ、僕の友達と呼べる人は、ついぞ君一人だけだった。それ以外は、僕の才を疎むか羨むか倦厭するばかりで、寄り付こうとすらしない。君がいなければ、延々と孤立したままの生活になっていたと確信できる』

 そこで話を途切れさせて、友人は空に向かって手を伸ばした。まるで、届かない綺麗なものを掴もうとするように、その手は虚空を掴む。

『僕はさ、君がいるならそれで良いやと思う反面、それでは駄目だとも思うんだ。だって、そうだろう。それは君に依存する事を意味する。依存が悪い事とは言わない。けれど、それで君に負担を掛けては、僕は自分を許せないだろう。だからさ、僕は変わりたいんだ。周囲と上手く付き合って、そして君ともこの関係を続けられるように』

『…自分が今とんでもなく恥ずかしい事を言ってる自覚ある?』

『酷いなぁ、僕はこれで大真面目なんだけど』

 共感性羞恥でむず痒さを覚える私に対して、友人はからからと笑い声を上げる。

『まぁ、そんな訳でさ。何かアドバイスでもくれないかい。君はそれなりに周囲と上手くやっているだろう?』

『それなりって失礼だな…。何でも出来るって言うなら、それを周りに還元してみれば?勉強でも運動でも、それ以外でも何でもいいから、困ってそうな奴を助けてやれよ。そしたら疎まれたりもしないだろうし、少なくとも邪見にされる事はないと思う。自分を助けてくれた人間を邪見にする奴なんていないだろ』

 それは、未熟な思考から紡ぎだされた思いつきの提案。

 一側面から見れば、それは真実だった。けれど、それは見たい部分だけを見たが故の錯覚。全面はおろか、裏側すら知らない子供が夢見たただの理想に過ぎなかった。その事実に、当時の私は思い至ることが出来なかった。

『成程…、人に尽くす、か。…なんというか、君らしい意見だ』 

 広がる夜空を瞳に移したまま、友人が零すように呟く。

 当時は気が付けなかったけど、もしかするとこの時、友人はその事実を理解していたのかもしれない。その上で、友人は笑みを浮かべた。憑き物が落ちたように、清々しい笑顔を。

 どうして友人がそんな表情をしたのか、今でも私は分からないでいる。

『なら、まずは君に尽くすのも悪くないかもね。今、何か欲しいものは無いの?大抵のものだったら用意できるんだけど』

『いや、別に何も要らないから。お前無駄に高スペックなんだから、気付かないうちに、こっちが依存させられそうで怖い』

『そう?僕が君に依存する訳にはいかないけど、君が僕に依存するのなら無問題なんだけどなぁ』 

『嫌だ、誰がお前に依存なんかしてやるか。普通の友達で良いんだよ、友達で』

 想像するのも嫌だ、と私が顔をしかめると、友人は目を丸くして、そしてすぐにその目を細めて、心底可笑しそうに喉を鳴らした。

『今の会話に何か笑いどころでもあったか?』

 怪訝な顔で見つめる私に、尚も喉を鳴らしながら友人が振り向いて首肯する。

『少し、ね。うん、やっぱり人付き合いは上手くやるにしても、友達は君一人がいれば十分だ』

『なんだよそれ…』

 私からしてみれば、それは不服の残る結論ではあった。それでも、私の言動の何がそうさせたのか不明だけれど、この時、友人が彼を縛っていた何かから解放されたのは確かだった。

 

 

 

 パチリと、焚火が立てる音が鼓膜を揺らした。

 思考に霧がかかったような心地を覚えながら、重たい瞼を持ち上げると、ゆらゆらと揺らめく炎が瞳に映った。まだ夢の続きに居るのかと、現との境界を探りあぐねている中、不意に視界を小さな光の羅列が横切った。

 光の正体は、文字だった。見たことも無い形のそれらは、渦を巻くように何重にも周囲を飛び交って、時折位置を変えては、異なる文の作成を繰り返している。

 寝返りを打って、ごろりと仰向けに頭上を見上げてみれば、焚火の明かりに照らされた見慣れた友人の顔があった。彼は集中するように目を瞑って、その手には魔導書が開かれている。

「…む、起こしてしまったか?」

 視線を感じたのか、友人が目を開けて、魔導書を閉じた。途端、周囲を漂っていた文字たちは霧散して、辺りにある光源は焚火一つになった。

 その光景を目にして、ようやく段々と意識が覚醒していく。

 体を起こすと、身体に掛かっていた掛け布団らしきものがずれ落ちた。見れば、それは友人が見に纏っていたいたマント。焚火の明かりが際立つ周囲は未だ夜の闇に包まれている。この友人は、私が眠ってからもずっと火の番をしてくれていたのだろう。幾ら疲れていたとはいえ、丸投げしてしまった罪悪感に胸が軋む。

「ごめん、焚火任せきりになって」

「気にするな。そも、眠るよう勧めたのは俺様だ、貴様はその言葉に従ったに過ぎん。…だから、そのような表情をするでない、聖女よ。現在の貴様の姿は、俺様好みの美少女であることを忘れるな」

 事も無げに言ってのける友人は、しかし徐々にその表情に焦りを見せ始めた。ここまで焦るとは、私はどのような表情をしていると言うのだろう。苦労については気にも留めず、私の表情一つで取り乱す。相変わらず、この友人の感性は何処かずれている。

「お前がそこまで言うなら、気にし過ぎないようにするけど…。今更だけど、焚火の番は私が変わるから、せめて朝までは寝ておけよ。お前だって、疲れてるんだから」

 まだ空が白んでいる様子は無い。朝までは時間があるだろうから少しは睡眠を取れる筈、そう考えての提案だったが、友人はそれを首を横に振って断った。

「ありがたい提案だが、遠慮しておこう。正直、眠れる自信がないのでな。なにせ、此処には愛用の枕が無い。作ろうにも材料も無いと来たものだ。代用も無い以上、俺様に睡眠は許されないのだ」

「…普段はあれなくせに、変な所で繊細だよな、お前」

 そういえばそんな弱点もあったなと、自信満々に宣言する友人を尻目に嘆息する。

 幾ら高スペックといえども、やはり人間で。この厨二病は、時折普段の言動からは想像もつかない弱点を露見させる。今回のもその一つだ。

 枕が変わるだけで不眠を強いられる彼は、泊りの外出の際には、必ずと言っていい程枕を持参していた。元の世界であればそれで対処できる些細な欠点だが、常識はずれな現状においては、致命的な問題点へと早変わりする。

「フハハハ!なに、寝ずとも4、5日程度であれば問題ない。村に到着すれば、手ごろな材料も手に入ろうというものだ」 

 4,5日も不眠で動けるのは、果たして高スペックで片づけて良いものか。

 とはいえ、あくまで動けるのであって、辛くないわけでは無いだろう。人間である以上、睡眠時間を確保できなければ、頭の働きも鈍くなれば、常態的な倦怠感も生まれる。

 友人が苦しんでいるのに、自分だけのうのうと眠りこけるばかり。私がそんな真似を出来る人間だと、この厨二病は本当に思っているのだろうか。

「じゃあ…、はい、こっちこい」

 一人で背負い込もうとする友人に少々のいらつきを覚えつつ、正座に座り直して、軽くスカートを整えてから太ももの辺りをぽんと叩く。すると、友人は珍しく困惑したように目を瞬かせて、太ももと私の顔とで視線を交互させた。

「…何のつもりだ、聖女よ」

「何のつもりも何も、お前好みの身体なんだろ?それなら、最悪代用にはなれなくても、少しは気が休まるだろうし。試してみる価値はあるかと思って」

 やっておいて気恥ずかしさを覚え、それを隠すようにそっぽを向く。

 喜び勇んで飛びついてくると思ったのに、当の厨二病はといえば目を白黒させて、逡巡の限りを尽くしていた。そうだった、こいつは童貞厨二病だった。いい年こいて清純な少年心を忘れていないのだった。

「早くしろ、馬鹿厨二病」

「む、口が悪いぞ聖女よ。そこは『膝枕してあげるから、早くおいで』と優しく、慈愛に満ちた声で誘うべきであろう」 

「気持ち悪い声真似をするな。…やって欲しいなら、やってやるけど?」

 どうする?と挑発混じりに睨み付けると、友人もようやく観念したのか、躊躇いがちに体を傾けてくる。そして緩慢な動きで太ももへと頭を乗せると、友人は大きく息を付いた。

「どうだ、眠れそうか?」

「うむ、これは至高の言葉も役不足な程に心地が良い、愛用の枕が更新されてしまいそうだ」

 その割には声に張りがありすぎる気がする。

 もう少し高さを調節するべきかと、毛皮にぺたりと座り込んでしまおうか悩んでいた所で、「ただ一つだけ言うならば…」と、友人が言いづらそうに口を開いた。

「この状況に鼓動が高鳴りすぎて、眠れる気がせんのだ」

「早く寝ろ」

 固唾を飲んで聞いて損した。これだから童貞は。

 ぺしりと遺憾の意を込めて頭をはたくと、友人はぎこちない高笑いを上げた。どうやら本当に動揺しているらしい。眠れないのでは、意味がないではないか。でも、緊張は有れども多少リラックス出来れば良いかと考え直して、一先ずは膝枕を続けてやることにする。

 眠る気配のない友人の枕になったまま、束の間の静寂が辺りに満ちる。

「…聖女よ、寝物語代わりと言ってはなんだが、なんでもいい、話をしようではないか。少し気を紛らわせたいのだ」

「何の気だよ、別に良いけど。…じゃあ、さっきの、私が起きた時に魔導書開いてたよな。魔法の開発を試してたんだろ。どうだった?」

 話題をねだられて、ふと思い浮かんだのは、先ほど目にした周囲を漂っていた文字の羅列。

 形こそ私のものとは違えども、あれが『楽園』における魔法文字の一つだという事は分かる。魔導書がある以上、魔法の開発は出来るだろうが、勝手がゲーム時代と全く同じという訳にもいかないだろう。

 友人は説明の仕方に悩んでいるようで、どう言葉にしたものかと、考え込むように唸り声を上げた。

「魔法の開発自体は可能だ。ただ、ゲーム内では文字のコマンド入力だった部分が、魔力の操作にすげ変わっているな。魔力を扱うのと同様にして、文字を当てはめていかねばならん。今ある魔法で試してみたが、文が上手く繋がっていれば調子が良く感じ、逆もまた然りだ」

「ふーん、魔力の操作ね…」

 試しに自分の教典を顕現させ、白紙のページを開いて、魔力を注ぎ込んでみる。

 一つ一つの文字をイメージしてみれば、教典から浮かび上がるようにして光が宙を舞って、それぞれの文字を形どる。幾つかの文字を並べて文を作ってみれば、かちりとパズルが当てはまったような感覚を覚えた。

 段々と魔力の操作も板について来た。気の向くままに、軽く既存の魔法の詠唱を次々に組んで行っては、周囲へと漂わせていると、寝ころんだままの友人が感嘆の息を吐いた。

「ほう…綺麗なものだな」

 先ほど自分でやっていたくせに、何を今更と考えた所で、そういえばこいつは目を閉じていた事を思い出す。自分ではこの光景を見ていた無かったのだろう。 

 ある程度試し終えて、教典を閉じて魔力の供給を止めると、浮かんでいた文字は霧散していった。

「うーん、魔力の操作も覚えて来たし、感覚で判断できる分少し簡単になったかな。これはちょっと嬉しい発見だな」

「貴様がそう言うのであれば、そうなのだろうな」

「なんだよ、煙に巻くような言い方して」

 言いたいことが有るならハッキリと言えばいいのに。

 そんな私の心情は露知らず、何時かのように、ぼんやりと夜空を見上げた友人は上空へ向けてそっと手を伸ばした。

「しかし、不思議なものだな。元の世界では、まさか貴様とこうして異界に放り込まれ、剰え魔法について真剣に語らうことになるとは、思いもよらなかった」

「…それを言うなら、私だって女に、しかも友人好みの美少女になるなんて思わなかったよ」 

 小さくなった自分の手を見下ろして、嘆息交じりに呟く。

 我ながら、また不可思議な状況に陥ったものだと思う。初日を終えようとする今となっては、混乱も落ち着いて、嫌と言う程の現実感が波のように押し寄せてきていた。

 ゲームの世界としか思えない世界に、いきなり引きずり込まれて、目的も何もないまま放り出された。『楽園』には、倒すべき敵も解決するべき問題も存在しない。一先ずは村に行くとしても、その後は?その次は?何も無かったとしたら、私たちはこのまま一生を、この世界で過ごさないといけないのだろうか。

「なぁ、厨二病。私達、元の世界に帰れるのかな」

「フハハハ!なんだ、聖女は元の世界に帰りたいのか?」

 頭を地面に叩き落としてやろうかと思った。

 こいつはあれだろうか、もしや訳の分からないこの世界に骨を埋める気だったのだろうか。いや、この厨二病からしてみれば、夢が叶ったようなものなのだから、そちらの方が自然なのかもしれない。だとしても、元々の生活をそうも簡単に捨てられるものだろうか。

「なんでお前って、頭いい癖に馬鹿なの?」

「唐突に辛辣だぞ、聖女よ。その姿と声でなじられると心に来るのだが」

 心なしか落ち込んだ声音の友人だが、そこに反省の色は全くなかった。だから、尚更腹が立って来る。

「私はこの際良いとしても、お前は一企業の社長だろう。新進気鋭の新企業としてインタビューまで受けて、此処から波に乗っていくってところで、社長がいきなり消息不明とか、どれだけ周りに影響与えると思ってるんだ」

 学生時代には既に設立していた友人の会社は、立ち上げから瞬く間に規模を拡大していき、一部の業界ではその名を轟かせていた。そんな会社の社長が唐突の失踪など、前代未聞の大事件になるに決まっている。

 けれど、友人は尚も飄々とした表情を崩そうともしないで、焚火を見つめたまま口を開く。

「そうは言うが、既に手遅れであろう。数日で戻るのならばともかく、代表が消えて混乱に陥った会社が、戻るころまで存続しているかすら怪しいものだ」

「それは、そうだけど…」

 淡々と現実を述べる友人は、もしかせずとも、この世界に来た時には覚悟を決めていたのかもしれない。全て理解したうえで、彼は現状に折り合いをつけて、真っ直ぐと向き合っていた。

 何処までも冷静で、俯瞰した視点を持っている。私には、こいつのように出来そうもない。

「案ずるな。こんな事も有ろうかと、事前に俺様が突然失踪した後についての根回しは済ませてある。このまま行方不明になったとしても、周囲への影響は最小限だ」

「どんな想定だよ。ここまで来ると、最早お前が黒幕に思えてきた」

 用意周到の言葉でも生温い友人の所業に、後ろに逸らすように身を引く。

 考えてみれば、魔法が使えて、理想の美少女が具現化してと、友人の夢が立て続けに叶っている。幾らこいつでも、別世界へ飛ぶなんてことは不可能、と思いたいけれど、普段から感じていた熱意がそれを揺らがせる。

「…違うよな?」

 底知れない不安感から、ジッと友人を見つめる。すると、友人は心外とばかりに鼻を鳴らして答えた。

「無論だ。仮にやるにしても、元の世界をベースにするに決まっているであろう。貴様だけを、その姿に変えている」

「なんだ、良かった…。うん?待て、今聞き逃しならない言葉が聞こえた気がする」

「フハハハ!気のせいである!」

 焚火の炎に照らされた森の一角に、高らかな笑い声が響き渡る。

 誤魔化されている、そう感じながらも、藪蛇な気がして突かないでおく。世の中には、知らなくても良い事が山程あるのだ。

 勝手に友人の言葉を思い出し解析しようとする思考を隅に追いやっていると、一頻り笑い終えた友人は、「しかし、そうだな」と続けた。

「聖女が帰りたいと言うのであれば、当面の目標は帰還の手立てを探すこととしよう。あそこまで可愛らしいお願いを無下にしたとあっては、男が廃るというものだ」

「…別に、そんな風に言ってないんだけど」

「いいや、縋る様な声音で大層良いものであったぞ?貴様も中々その姿が様になっているではないか」

 ニタニタと揶揄うように言ってくる友人を、頬をつねって黙らせる。

 尚も友人は気分良さげに喉を鳴らしていたが、それで幾分かリラックスしてきたのか、太ももに置かれたその頭から力が抜けたように感じた。

「そろそろ俺様は眠るが、モンスターが出たら遠慮せず起こすが良い」

「はいはい、ちゃんと起こすから、早く寝ろ」

 私の答えを聞くなり、友人は目を閉じて、大して時間も経たない内に安定した寝息を立て始めた。驚くほどに寝つきが良い。やはりこの体は、ちゃんと友人の好みに合っていたらしい。

 そっと、眠っている友人の髪をすく。この友人には、世話になっている。この世界に来る前も、来た後も、おんぶにだっこで支えて貰っている。

 その恩を、こんな形でしか返せない私は、泣きたくなる程に惨めだった。

 

 

 

 翌朝、空が白んできたのを皮切りに、私達は村に向かっての道中を進んでいた。

「フハハハ!気持ちの良い朝だな、聖女よ!」

「寝起きなのにテンション高いな、お前は」

 目覚まし時計を掛けていたわけでも無いのに、空の色が僅かに変わった途端、この友人はぱちりと目を覚ました。しかも、開口一番に「ふむ、朝の五時か。げに恐ろしきは聖女の膝枕だな…」などと、正確な時刻と共に訳の分からない事を言ってくるものだから、恐ろしいのはお前の体内時計だと、絶叫をかましてやりたい心地になった。と言うか、普通に引いた。

 そうして、軽く準備を済ませたのち、徐々に白んでいく空を背景に、私達は再び森の中へ入った。

 朝の森の空気はひんやり冷たく、澄んで心地が良い。しんと静まり返った中に、木々の騒めきだけが木霊して、壮大な自然というものを全身で感じられる。森林浴にハマる人らの気持ちが、今ならば良く分かった。 

 ここまで大きな森なのだから、動物の一匹でもいないものかと辺りを見渡すも、それらしい姿は影も無い。動物どころか、昨日のオークの様な、モンスターすらも居ないと来た。

「結局、何も出てこないな。村に近づいてるから、数が少ないのかな」

「さて、生態系も異なっているであろうし、確かな事は言えぬが…。聖女よ、レベル差の問題を忘れてはおらぬか?」

「あ、そっか。だから寄って来ないのか」

 友人に指摘されて、ようやく『楽園』のシステムに思い至る。

 『楽園』では、レベル差のあるモンスターが寄って来ない仕様になっていた。油断しているモンスターに自分から寄って行っても、直面した途端逃げ出してしまう。故に、低レベルモンスターの素材が欲しい時は、買うか気づかぬ内のアサシネイトが鉄板だった。

「ん、でも、あのオークは?」

 この世界に来てから唯一遭遇したモンスターが脳裏に浮かぶ。慌てて思考をシャットダウンしながら友人へ目を向けると、彼もまた眉をひそめて苦々しく顔を歪めていた。

「そこが問題なのだ。本来であれば逃げ出すはずのモンスターが、格上を相手に臆する様子も見せなかった。それがこの世界の仕様かと思えば、他のモンスターは寄り付かないと来た。まぁ、異常であるな」

「特定のモンスターが例外になってるって事か…。在来か人工かの違いとか?」

「分からぬな、情報が足りなすぎる。まずは村で話を聞かねば、何事も判断がつかん」

 それもそうだと、二人揃って肩を竦めて周囲の景色へと視線を戻す。

 相変わらず、自然だけは豊かだ。これで動物の一匹も見えないと言うのは、些か寂しく思えるも、安全に村まで行けるのであればそれに越したことは無い。

「ふむ、聖女よ、少し止まるが良い」

 そんな事を考えていると、不意に友人に制止を掛けられた。何事かと足を止めて見上げると、友人は木々の生い茂る一方向を集中して見つめていた。

「なに、動物いた?」

「動物というより、モンスターだな。オークに比べ軽い足音で、四足歩行でこちらに向かい駆けている。…これは、ウルフ型か」

 チラリと友人の見ている方向に目をやるも、それらしい姿も見えず音も聞こえない。こいつの五感は一体どうなっているのだろう、と一度本気で全身を調べてみたくなる心地を覚えながら、友人との間を交互に見やっていると、やがて友人に遅れること数分程して、私の耳にも足音らしきものが届いた。

 同時に、木々の間を縫うように駆ける影を複数視界に捉える。一瞬、木の葉から零れる朝日に照らされたその姿は、友人の言うように、ウルフのそれだった。

「数匹の群れか。…丁度良い、聖女よ、下がっているが良い。支援も足止めもいらぬ、万が一後ろに抜けたモノだけ対処を頼むぞ」

「え、一応初戦闘だろ。大丈夫?」

 オークの時は戦闘という名のジェノサイドだったし、と確認するも、友人は前に出てひらひらと後ろ手を振った。

「心配はいらん。近接戦の確認にはもってこいの状況であるのでな」

 調子を崩さないまま言って、友人は腰に下がった長剣を自然な動作で抜き放つ。光を反射するそれは、友人が愛用している純白の魔剣。剣として機能しながら、杖代わりにもなる、魔剣士をするには必須のその武器を片手に、友人は堂に入った仕草で油断なく構え正面を見据える。

 相変わらず、この友人は一人でなんでもこなしてしまう。

 そんな事を考えながら、変に横入りをしたら却って邪魔になると判断して一歩後ろに下がると、同時に数歩先まで近づいていたウルフの一体が友人へと飛び掛かった。

 ひゅっと、軽い風切り音が鳴ると、友人の持つ剣が目にも留まらぬ速度で振り抜かれ、飛んだウルフの首と、首を切り落とされた胴体が音を立てて後ろの地面に落ちる。

「む、切れ味が良すぎるな。剣の扱いのほどを確認したかったのだが…、これではどう斬っても同じではないか」

 憮然とした表情で剣を見る友人に、一瞬怯んだ様子を見せたウルフたちは、けれど今度は左右から複数で襲い掛かる。現代では見る機会のない、弱肉強食の野生の殺意に足がすくみそうになるも、友人はそれをものともせず、計算されつくされたかのような正確さで剣を振った。

 流れている時間の流れが異なるのか、左でウルフの首が落ちれば、間髪入れず右でも同様に首が落ちる。友人は一歩としてその場から動かず、ただ腕を振るうだけで、それらを対処していた。

 上がるはずの血しぶきは、地面に倒れ伏したのちに、だくだくと土に吸い込まれて行き、純白の剣には一滴の血液すらもつかない。

 量産されていく首無しウルフらの中、やがてその場で首が付いている個体は、後方で指示を出していた一匹を残すのみとなった。

 その個体は、他の灰色と異なって、体毛に薄っすらと赤を含ませていた。警戒するように、こちらをじっと見つめるウルフは、勝てないと判断したのか、じりじりと後ろに下がって、背を向けて駆け出した。

「…もう一匹いたのだったか。『穿ち、燃やせ、フレイム…』」

 それを目にするなり、友人が詠唱を唱え始め、中断する。

「…厨二病?」

「あぁ、いや、樹海での火事は洒落にならぬと考えてな」

 内容からして炎の槍の魔法を放とうとしていたようだが、森の中ということで自重したらしい。

 この友人はプレイ当初から炎系統の魔法しか使おうとしない。理由は、炎の魔剣士がロールプレイの対象だかららしい。詰まるところの縛りプレイである。そう言うわけで、完全に炭化させるなら兎も角、中途半端に火力の高い魔法では、周囲に燃え移るのだろう。

「他の系統も使えばいいのに…」

「ポリシーであるからな。…しかし、そこに拘るのも、この状況では無粋か。『穿ち、凍らせ、アイススピア』」

 代わりに友人が唱えたのは氷の槍の魔法。放たれた氷の槍は、木々の間を縫って駆けるウルフの軌道をなぞるように追尾していき、その身体を刺し穿った。

 胴に穴を開けて氷の彫像となったウルフを視認すると、友人は自身の右肩辺りに視線をやって、何やら考え込む様に黙り込んだのち、純白の剣を一振りしてから鞘へと戻した。

「お疲れ、厨二病。綺麗に自動追尾してたけど、魔法って結構便利なんだな」

「いや、今のは手動だ」

「は?」

 魔法攻撃力が無いからトラップ系の魔法を使ってみようかな、と考えながら友人の魔法に感嘆していた所で、恒例の高スペック宣言に一瞬思考が停止する。何とか再起動を試みていると、更に畳みかけるように友人が口を開いた。

「魔力の操作の一環でな。昨夜文字を動かしたであろう、あれと同じ要領で、放った魔法もある程度操作が効くのだ。直線状にのみ飛んでいたゲーム時代と比べ、これまた便利な世界になったものだな、フハハハ!」

 違う、驚いているのはそこじゃない。そう叫びたくても停止した思考がそれを許さない。

 という事は、何か。この厨二病は自分の意志で、矢のような速度の魔法を操作して、複雑な軌道で逃げるウルフに追尾させたと申すのか。

 やはり、この厨二病については、詳しく考えない方が良さそうだ。

「…それで、このウルフの死骸どうする?ドロップ品というか、丸々残ってるけど」

 チラリと、辺りに落ちているウルフの首と、未だ血を流し続けている胴体に目を向けて問いかける。

「解体して持って行きたいところだが…、流石に手を血だらけにして村に行くのは避けたいな。このままインベントリに入れて、村で解体するとしよう」

 言うなり、インベントリを開いた友人は軽々とウルフの胴体と首を持って、ぽいぽいと投げ込む様に収納していく。最後に、氷漬けにされたウルフも収納したところで、村へ向かって歩みを再開した。

「なぁ、厨二病。剣を使ってみた感想は?」

 歩きつつ、ふと今回は試験的な戦闘だったことを思い出して、問いかける。友人は思い出したように目を瞬かせると、身体の調子を確かめるように腕を回して答えた。

「そうであった。一先ず、武器の使用に補正は無さそうだな、身体能力にステータス分の補正が掛かるくらいだ。スキルは魔法と同様に、イメージして魔力を込めれば使えそうだ」

 武器の使用に補正がないとはつまり、こいつは元の世界でも同様に剣を扱えるらしい。生まれる世界を間違えたのではなかろうか。と突っ込みかけた所で、考えすぎないのだったと、思考を切り替える。

「じゃあ、私の場合は逆補正が掛かってそうだな。力なんて振ってないし、棒術でも使えたらよかったんだけど…」

「無理はするでない、付け焼刃は寧ろ身を亡ぼす故な。安心せよ、貴様は俺様が守ってやる」

「うん、ありがとう。って言いたいんだけど、随分嬉しそうだな」

 ニヒルな笑みを浮かべたと思ったら、途端だらしなく友人は頬を緩ませていた。

「当然であろう。夢が叶ったのだ、嬉しいに決まっている」 

 噛み締めるように言う友人の姿に、ふと思い当たる節があって過去の記憶を遡る。

「あー…何だっけ、美少女を守る黒炎の魔剣士をやりたかったんだっけ」

「その通りだ、聖女よ!正に、この世の春が来たのだ!」

「相手、私なんだけどな…」

 異世界に転移したと思ったら、友人に守られる美少女になっていました。と、自分で言っていて良く分からない状況に、しかし、事実であるが故に否定も出来ない。人生何が起こるか分からないとはいえ、よく分からな過ぎるのも問題だと思う。

 などと、考えながら歩くこと数刻程。以降の道中は、モンスターと遭遇することも無く、太陽が真上に到達するかどうかの瀬戸際で、私達はこの世界に来て初めての村へと到着した。  

 

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