厨二病に花を添えて   作:ワンダーS

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第5話: 厨二病の罰

「ふむ、いくら待てども戻って来ぬ故、気になって様子を見に来てみたが…」

 開いた宿の扉の傍に立つ友人が、開口一番に言いながら、異境の風景を眺めるような眼差しで、宿の中で展開された捕食一歩手前の現場を眺めている。野次馬の如きその様に、文句の一つでも垂れてやりたい心地になるも、残念ながら今の私にその余裕は無かった。

「もう、聖女ちゃん最っ高!お肌すべすべでー、髪の毛もさらっさらでー、抱き心地満天でー。ねぇ、やっぱりあたしの妹になろうよ。一緒にご飯食べて一緒にお風呂に入って一緒のベットで眠って…うひひひ、夢が広がるー!」

 最早乙女がしていい表情をドブに捨て去る勢いで、私を撫でくり回しては頬ずりをするミリーさんに、私はなす術もなく蹂躙され続けていた。何度か抜け出そうともがいたものの、見た目にそぐわずミリーさんの力が強く、無念にも諦める他なかった。そうして生まれた惨状を、中二病は未だに動く気配も見せずに、ただ開いた扉の淵に凭れたまま腕を組んで興味深そうに眺めている。

「中々愉快な状況になっているではないか。流石聖女だ、この短時間で友人を作るとは」

「うぅ、中二病ぅ。見てないで、早く助けろよ…」

 助けを求めて、何処かずれた感嘆の仕方をする友人へと手を伸ばして懇願する。すると、友人は「なんだ、元に戻っていたか」と、なにやら呟いてから、ようやくこちらに近づいてきた。そして、私の脇に両手を差し込んで、猫を持ち上げるように、未だ友人の来訪に気付いた様子の無いミリーさんから私を引き離す。

「あぁ、聖女ちゃん…!…ん?どちら様?」

 離れて行く私に尚手を伸ばして悲嘆の声を上げるミリーさんは、そこでようやく友人の存在に気がついたようで、きょとんと友人を見る目を瞬かせた。

「俺様は此奴の連れだ。部屋を二つ借りる手筈になっているであろう」

 言われて、ミリーさんも思い至ったようで、合点がいったようにポンと手を打つ。

「あー、はいはい、あなたが聖女ちゃんの言ってた暫定友人さんねー。では…友人さん、聖女ちゃんをあたしにください!」

「やらん!聖女は俺様のものだ!」

 人を抱えた状態で、この二人は一体何を話しているのだろう。そもそも、厨二病のものでも無いし。初対面の際にも思ったけれど、この二人は何処か似ていて、気が合っているように見えた。

 ミリーさんからも解放された事だし、もう良いだろうと、脇を掴む友人の手をポンポンと叩いて、下ろしてもらうよう伝える。宙ぶらりんだった足が地についた所で、そそくさと友人の背に回って、捕食者からの再襲撃に備えた。

「あ、逃げちゃった…。聖女ちゃん、こっちおいでー、痛くしないよー」

 だらしのない笑みを浮かべて手招きをするミリーさんに、けれど、先程までの所業を鑑みれば、近づける筈もなく。友人を盾に、その一挙手一投足に目を光らせていると、唐突に盾が高笑いを上げた。

「フハハハ!警戒されてしまったようだな、宿の娘よ。気持ちは分からんでもないが、聖女はこれで警戒心は人一倍であるのでな。徐々に解いていくが良い」

「失敗したなー。だって、こんな子始めて見たんだもん、テンション上がるよ普通は」

 大きく肩を落としたミリーさんは、自らに言い訳するように呟いて、頭まで抱え始めた。こうも落ち込まれてしまうと、同情の念が沸き上がって来るものの、しかし、下手に近づいてもう一度あの状況に放り込まれるのは御免こうむりたい。

 妥協案として、せめて誤解だけは解いておこうと、ミリーさんへと声を掛ける。

「厨二病はこう言ってたけど、別に警戒してるわけじゃないよ。ミリーさんとは、普通に仲良くしたいと思ってるから」

 つい先ほど出会ったばかりだが、接していて、ミリーさんが悪い人ではない事は分かる。それ故の本心を伝えたつもりだったが、当のミリーさんはと言うと、押し黙ったままジッとこちらを見つめた。「それなら、そこから出ておいで」と雄弁に語っているその視線から逃れるように、再度友人の背に隠れて視線をカットすると、一拍遅れて悲壮感の溢れるため息が聞こえた。

「仕方ないかぁ。まぁ聖女ちゃんの素も見れたし、追々懐かせるとして。そろそろ部屋に案内するから、二人共付いて来てー」

 どんよりと重苦しい雰囲気を背に纏ったミリーさんに連れられて、宿の階段を上がって行く。途中、ふと気になって、私の素とは何の事かと友人に問いかけてみたが、肩を竦めてはぐらかされてしまった。

 時折、友人は私に隠し事をする。それは、大抵私が何か聞いた時なのだが、友人は決まって「さてな」とだけ答えて、知らず存ぜぬを体で表すのだ。

 答えたくないのか、答えられないのか、どちらにせよ友人に答える意志が無いのなら、詮索するのも野暮だと思う。けれど、すっきりとしない気分だけは残されるため、お返しにこちらも不満を体で表してやることにしている。

「二人共、仲良いんだね。それで本当に友達同士なの?」

 背が縮んだため、肘で友人の前腕辺りを突いていると、横目にこちらを振り返ったミリーさんがそんな事を言ってくる。何を当然の事を言っているのだろうかと、つい胡乱気な目を向けてしまうも、ミリーさんは尚も興味津々といった様子でこちらをじっと見つめてくるものだから、ため息交じりにきっぱりと断りを入れておく。

「当たり前だよ、私と厨二病は友達。それ以外の関係性なんて考えられない」

「ふんふん、成程成程。聖女ちゃん視点だとそうなんだねー。そっか、だからかー」

 納得した風にしきりに頷いて、ミリーさんが友人へと同情を孕んだ視線を送る。それを受けた友人が何か言いたげに口を開くも、丁度部屋に辿り着いたようで、ミリーさんが立ち止まったために、言葉を発する間も無く閉ざされた。

 ミリーさんは、ポケットの中からジャラジャラと音をさせて一つの鍵を取り出すと、錠前の部分に差し込んで扉を開け、そのまま鍵を私に手渡した。

「はい、これが部屋の鍵ね。騒がしくしても良いけど、ものは壊さないでくれると嬉しいな、特にベットとか」

「壊さないって、どんな使い方をすると思ってるの?」

 問いかけへの返事は、にやりとした底意地の悪い笑みだった。

 これは深く聞かない方が良いと判断して、部屋に入ろうと視線を戻すと、既に友人が部屋の中へと足を踏み入れていた。

「ほう、これは中々良い部屋ではないか」

 一目見るなり感嘆の声を上げる友人を追って部屋に入る。部屋の中は簡素な内装になっていた。両開きの窓の傍にはテーブルと二組の椅子が供えられて、一角を占領する一つのベットは大人が二人寝たとしても十分な広さを確保している。窓から差し込む日差しは良好で、物の少ない室内を暖色に包み込んでいた。

 ギルドの受付嬢がおすすめと言うだけあって、人が居ないのが不思議なくらいに掃除の行き届いた良い宿だというのが、私の心からの感想だった。

「ミリーさん、もしかして一番いい部屋を用意してくれた?」

「ん-?まぁ、ここまで日当たりが良いのはこの部屋くらいだけどね。折角のお客さんなんだから、おもてなし、これ大事だと思うのよ」

 言って、ミリーさんはぱちりと悪戯っぽく片目を閉じる。やはり、この人は良い人だ。これで、いきなり抱き着いて来たり、頬ずりをしたりしなければ、距離を測りかねなくても良いのにと、言動で全て台無しにしている友人に似た感傷を覚える。

 なにせ、現代進行形でミリーさんはじりじりとにじり寄ってきている。確かに恩は感じているけど、だからとここで許してしまうと、歯止めが利かなくなるのを、私はよく知っている。

 それとなく距離と取って、距離を詰められてとを繰り返す。その様子を、友人は暫く珍妙なものを見るような目で見ていたが、切りが無いと判断したのか、先ほどのように私を持ち上げて中断させた。

「して、次は俺様の部屋だな。あまり離れるのも不便だ、隣辺りの部屋で頼みたいのだが、空いているだろうか」

 珍しく見当はずれな事を言いだした友人に、持ち上げられたまま、ついミリーさんと目を見合わせて首を傾げる。隣も何も、この部屋なのに、この厨二病は何を言っているのだろうか。

「いや、此処だけど」

「鍵を受け取っていたであろう。ならば、此処は聖女の部屋だ」

「うん、だから、お前と私の部屋」

 友人の表情は窺い知れない。けれど、心なしか私を掴む手に力が入った気がした。

 ゆっくりと地面に降ろされて、肩を掴まれそのまま強引に振り向かされる。そうして、ようやく目に入った友人の顔は、これ以上無いほどに苦々しく歪んでいた。

「き、貴様、自覚を持てと言ったのは、つい先の出来事であろうが!?恥じらいを覚えたかと思った矢先に、なんだこの有様は…」

 徐々に声音を落としていく友人は、遂には床に膝をついて項垂れてしまった。ただ宿を取っただけで、まさかここまで友人を追い詰めることになるとは思わず、困惑に眉が下がる。

「どうしてそんなに落ち込んでるんだよ。部屋が一つの方が安くなるし、合理的に考えたら、お前だってそうするだろ?」

「確かに、合理的ではある。なるほど、そこは認めよう。だがな、聖女よ。今、俺様が論じているのは倫理的な話なのだ」

 振り絞ってかすれた地を這う声音で、友人はまるで幼子を相手にするかのように諭してくる。

 倫理感なんて現代に居れば嫌でも培われる。当然、私も通常のそれは持ち合わせているつもりだ。だと言うのに、この言い草はなんだ。寧ろ、普段から倫理観を足蹴にしていたのは友人の方であるというのに。

 抗議の一つでもしようと口を開きかけるも、それよりも早く友人は立ち上がると、生温かい目でこちらを眺めていたミリーさんへと視線を向けた。

「宿の娘よ、今晩は聖女を持って行け。俺様が許そう、着せ替え人形にでも、抱き枕にでも好きにするが良い」

「マジっすか友人さん!ひゃっはー、今日は最高の夜になるぞー!」

 口を挟む間も無く宣言された友人の言葉に、間髪入れずミリーさんが狂喜乱舞する。しかし、私にとってのそれは、事実上の死刑宣告に等しかった。

「ちょっと、勝手になに決めてるんだよ…!」

 胸倉をつかむ勢いで詰め寄るも、友人は平然として私と視線を合わせた。

「言って分からねば、行動で分からせる、当然の道理であろう。これは貴様への罰だ。諦めて宿の娘に可愛がられてくるが良い」

「でも…」

 友人は目を座らせて撤回する気を微塵も見せない。けれど、迎えるであろう未来を何とか避けようと、あれやこれやと私は思考を巡らせていた。とはいえ、この目をした友人を説き伏せるとは尋常でない難度を誇る。少しばかり考えた程度で、妙案など浮かぶはずもなかった。

「…うぅ、でも、お前は私の膝枕じゃないと寝れないだろ!」

 代わりに昨夜の光景が頭に浮かんで、苦し紛れに言葉を絞り出す。すると、背後でミリーさんが狂喜乱舞していた音がぴたりとやんで、背中へと注がれる刺すような視線を感じた。

 同時に、友人の眼がチラリと揺れる。つい先ほどまで憮然としていた表情が、ほんのわずかだが崩れたその様に、突破口を見つけたと理解して、畳みかけるように二の句を継ぐ。

「まだ代わりの枕も用意してないし、ベットが一つなら、私を抱き枕にすればいい!」

「…貴様という奴は…。それがならぬと言っておるのだろうが!自覚せよ、俺様は男で、貴様は女なのだ。俺様に襲われでもしたらどうする…」

 痛みをこらえるかのように、頭を抑えた友人の言葉を聞いて、脳内が凍り付いたような心地を覚えた。シンと世界から音が消え去って、嫌に心臓の音だけが際立って聞こえる。襲うとは、つまり情欲のそれに該当する行為の事だ。精神はどうあれ、身体については異性の今、性の対象として見られてもおかしくはない。

 恐ろしいか、そう自問すれば、私は頷く他ない。性別が突然変わって、今まで身近に接してきた人間が、自らを映す瞳に全く異なる色を浮かばせるのだ。困惑もする、恐怖も覚える。

 それでも、と、震えそうになる腕をぐっと強く掴んで、確固たる意志を持って友人を見上げた。

「お前は、絶対にそんなことしない、私が本気で嫌がることだけはしない。…それに、万が一、億を超えた確率で、襲いたくなったのなら。その時は…襲えばいい」

 お前には、その権利があるから。暗にその意図を忍ばせて、私はそれきり顔を俯けた。

 仮に、友人が迫って来たとして、私はそれを拒まないだろう。正確には、拒めないだろう。決して、行為を望んでいる訳ではない、寧ろ忌避しているまである。けれど、それ以上に、友人と対等で居られなくなる事の方が恐ろしかった。

 こんな訳の分からない世界、状況で、私は友人に支えられてばかりで、何も返せていない。友人が支えを必要としない以上に、私の力不足が如実に表れていた。友人は独りでもこの村に辿り着けていただろうが、私はオークに襲われてそこでお終いだった。それどころか、友人は私の体力に合わせて、一日を掛けてこの村に来た。支えるどころか、足を引っ張っているまである。

 だから、せめて、自分に出来る事で何かを返そうと考えるのはおかしな事だろうか。私に差し出すことが出来るのは、友人好みになったこの体くらいのもので、友人がそれを求めるのならば、私は喜んでこの身を差し出そう。

 厚かましいと思う、惨めだとも思う。それでも、私は、どのような形であったとしても、友人と対等な立場に居たかった。

「聖女…」

 呟きと共に、友人の手が柔らかく頬を撫でる。いつの間にかぼやけた視界に、ようやく自分が涙を流しているのだと気付いた。こんな筈では無かったのに、あまりにも格好悪い。

「宿の娘よ。すまぬが、少々席を外して貰っても良いか」

「はーい。あたしは下に居るから、話が終わったら呼んでねー」

 友人が呼びかけた後、背後から部屋を出たミリーさんが扉を閉める音が聞こえた。離れて行くミリーさんの足音が消えると、部屋の中はゾッとするほどの静寂に包まれる。

 友人が何を考えているのか、見当もつかなかった。遂に見限られてしまっただろうか、失望させてしまっただろうか。私は、どうすれば良かったのだろう。どうすれば、友人と対等でいられたのだろう。

 胸の内から止め処なく溢れる悲哀と後悔は、涙となって頬を伝い続ける。小さく息を吸った友人が口を開く気配に、勝手に肩が跳ねた。

「聖女、俺様に掛けている魔法を解け」

 あぁ、私は本当に必要とされていないんだ。頑丈に見えた筈の足元が、がらがらと音を立てて崩れるように感じた。震える手で聖杖を手に取って、魔力の供給を断ち、盾の魔法を解除する。気づかれないようにと、細心の注意を払っていたのに、やっぱりこの友人は天才なのだ。私の様な凡人が、どれだけ足掻いても、追いつけない程に。

「おかしいと思っておったのだ。幾ら未知の状況とは言え、聖女にしては妙に安定性に欠いていた。そこに先ほどの、あの状態だ。ああなる時は、大抵貴様が精神的に疲弊しているか、追い詰められている時だと決まっている。そしてピンときた。この世界において、MPが枯渇するとどうなるのかと。追々試そうと考えていたのだが…成程、精神的疲労、延いては思考力の低下や鬱症状といった所か。大方、昨夜俺様が眠っている間に盾の魔法を掛けていたのであろう。幾ら貴様の魔法が燃費に長けているとはいえ、半日もの間継続して使い続ければ、さしもの聖女とてMPも尽きよう」

 一体、友人は何を話しているのだろう。関係の無い話ばかりをつらつらと並べ立てて、まさか、また煙に巻こうとしているのか、情けを掛けようとしているのか。それは、明確に関係性の上下を決めるに他ならない。そんな関係は、決して対等なんて呼べやしない。

 嫌だ、認められない、認めたくない。私は、友人を一人になんかさせたくない。

「聖女はここで休んでいるが良い。まぁ、MPの自動回復の程度は知らぬが、多少はマシになるであろう。俺様は解体屋で素材を換金したら、すぐに戻る故、貴様は大人しくしているのだぞ」

 そう言って、友人は私の横を通り抜けようとする。ただそれだけのことが、私の背筋を凍らせるのほどの恐怖を与えた。友人が離れて行くと、私に死の瀬戸際もかくやとばかりの焦燥感を与えた。

「…待って!」

 咄嗟に伸ばした手が、友人のマントを掴んだ。その拍子に、足を止めて振り返った友人へと、腰に手を回して、渾身の力を込めて必死に縋り付く。

「嫌だ、なんで、なんで離れようとするんだよ…!お前からしたら、私は頼りにならないかもしれないけど。それでも、頑張るから、私に出来ることなら何でもするから…!だから、離れないで…。一人になろうとしないで…」

 何を言っているのか、最早自分でも理解できない。ただ、友人が離れて行かないように繋ぎ止める事しか考えられなかった。

 感情に翻弄されるままに肩を震わせていると、顔を押し付けた友人の体から、大きく息が吐き出されるのを感じた。それと共に、友人はどさりと音を立てて床に座り込んで、巻き込まれるように私の体も下がる。

「そういった台詞は、せめて正気の時に言ってもらいたいものなのだが…。…いや、正気であればそもそも言わぬのだから、ジレンマだな」

 いつもとなんら変わらぬ口調の呟きと共に、そっと友人の手が頭に添えられて、優しく撫でられる。

「聖女よ、貴様が何に思い悩んでいるかは、粗方想像がつく。故に、はっきりと断言してやろう。…それは単なる杞憂だ」

 友人は尚もまた、情けをかけようとする。鵜呑みでそれを信じたくなる気持ちと、自分の現状を責め立てる気持ちが胸中でせめぎ合って音を立てた。

「でも、私は、この世界に来てから何も出来てない。お前にばっかり、負担かけてる。こんなの、対等なんかじゃない…」

 友人の胸に顔を埋めたまま、降り積もった内心を吐露する。こんな事言いたくなかったのに、自分が情けなくて、また涙が込み上げてきた。

 そうしてしがみついたまま、ただ肩を震わせる私に対して、友人は呆れ果てたように一つため息を吐いた。

「リアル美少女ロールプレイの強要が苦でないと申すか。どこまで聖女なのだ、貴様は。仮に、万が一、負担が俺様に傾いていたとして、それは適材適所というやつだ。俺様に出来ないことが、貴様には出来る。ただ、その機会が訪れておらぬだけだ。故にこそ、その時が来れば、貴様にも負担を強いる故、覚悟しておくが良い」

 友人に肩を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられる。そうしてようやく、友人の顔が視界に映った。笑ってる。いつもみたいに、口の端だけ上げて、ニヒルな笑みを形取っている。

 何も解決してない、言葉だけのただの慰めだと、未だに心の内では断じられている。それでも、その顔を見ていると、不思議と安心できた。

「じゃあ、私はまだ、お前の友達でいられる?」

「フハハハ、それこそ杞憂である!俺様の友人は全世界において貴様ただ一人だ!…未来永劫にな」

 荒れ狂っていた感情が、徐々に落ち着きを取り戻していく。曇っていた思考に、一筋の光が差し込んだ。まだ、悩みが消えたわけじゃない。けれど、友人の口から直接お前にも負担を強いると、友達だと聞けて、幾らか心が軽くなった。

 安心したからか、全身の力が一挙に抜けて、へたり込んだまま友人に体を預ける。どくどくと、心臓が強く鳴る音が聞こえる。自分の心臓の音かと思えば、それはどうやら耳をあてた友人の胸の内から聞こえているらしい。

「…厨二病、もしかしなくても、今緊張してるだろ」

「フハ、フハハハ!そんな訳があるまい。だが、そろそろ離れて貰えると助かる。どうすれば良いのか分からぬのだ」

 指摘してやれば、不遜な口調でなんとも情けない事を言ってくる友人に、思わず笑みを漏らす。さてはこいつ、罰だなんていいながら、体よく私と同衾するのを避けようとしていたのだろう。普段は何でもそつなくこなす癖に、こういう時はてんで駄目になるのだから不思議なものだ。

「どうする、やっぱり襲っとく?」

「襲わぬよ。密着しただけでこれなのだ、これ以上は気絶するのではないか?…何より、貴様も嫌であろう」

「うん、嫌だ。だから、お前が襲い掛かって来ても、直ぐに魔法で動けなくしてやる」

 私の答えに、友人は小さく喉を鳴らした。気絶されても困るため、名残惜しさを感じつつ、友人の胸に手を置いて体を離す。途中、何とも無く伸ばされた友人の手をするりと抜けて立ち上がると、友人の顔には、「それでこそ聖女だ」と書いて見えるようだった。

「大分調子が戻って来たではないか。しかし…心配するべきは、寧ろこの後だな」

 立ち上がりながら私を見る友人の眼には、何処か憐憫に近い感情が浮かんでいた。どうしてそんな感情を抱いているのか、この後の予定に思考を巡らせるも、該当しそうなものは特に思い当たらなかった。

 首を傾げる私を見て、友人の顔はますます歪められていく。

「影響が残った状態では気づかぬようだが…、まぁ、今はそう気にするでない。寝て覚めれば嫌でも直面するであろう」

「煮え切らないな…。別に良いけど」

 諦めたように息を吐いた友人に、今度はこちらが渋面を浮かべる番だった。ただ、友人の隠し事は今に始まった事ではない。自ずと分かると言うのであれば、わざわざ詮索する必要も無いだろう。

 友人は腰を上げると、私の背を押してベットの方へと誘導していく。言外にさっさと寝てしまえと伝えて来る友人に、先ほどの話の後で変に無理をするのも良くないと、素直に従って靴を脱いでベットに横になる。

 昨夜は毛皮の上に寝たが、それでも地面の固さは感じていた。それ故に、身体の沈むベットの感触は、尚更心地の良いものに思えた。

 執事かと茶々を入れたくなる手際で、友人が布団を掛けて来る。この友人は、本当にどこからそういった技能を技能を仕入れてくるのだろう。胡乱気に見つめても、返って来るのは笑みだけなのだから、張り合いも無い。

「宿の娘には俺様の方から話しておく故、安心して眠っているが良い」

「分かったよ。それじゃあ、悪いけど、解体屋の方は任せるから」

「うむ、問題ない」

 しかと頷くと、友人は最後に私の髪を一撫でして、部屋を出て行った。変に感触が残って、扉が閉まってから、撫でられた部分に手をやると、サラサラと指の間を白金色の髪が抜けていく。友人は、この髪の感触が好きなのだろうか。正直、鬱陶しいし切ってしまいたいと思っていたが、それなら、このままにしておくのも悪くないのかもしれない。

 もしも切ってしまったらと思うと、友人の嘆き悲しむ様子が目に浮かぶようで、一人でにくすりと笑いながら、私は布団を頭の上まで被った。

 

 

 

 次に目が覚めた時には、窓の外からオレンジ色の光が差し込んで、部屋の中に光が溶けるように満たされていた。

 布団を避けて、体を起こし眼を擦る。なんだか、とても嫌で、良い夢を見ていた気がする。内容を思い出そうにも、薄っすらと氷の膜が張ったみたいに不明瞭で、上手く思い出せない。もどかしい思いとは裏腹に、心体共にすっきりとして、羽根の様な軽さを覚えた。

「起きたか、聖女よ」

 伸びをしていると、横合いからそんな声が掛かった。目を向けて見れば、ベットの傍で椅子に座った友人が、暇つぶしに読んでいたのだろう魔導書を閉じて、こちらを見つめていた。

「ん、厨二病。…今何時?」

「18時と言った所か。よく眠っていたようだが、調子の方はどうだ」

「自分でも不思議なくらい万全。今ならエベレストも登り切れそう」

 軽口を叩きながら、あくびを一つ入れる。久しぶりにゆっくりと眠った気がした。おかげで、思考もいつも以上に回って、魔法の一つや二つでも開発できそうだ。

 涙の滲んだ寝ぼけ眼を擦っていると、ふと、友人が気づかわし気な目を向けている事に気付いた。それは、何処か今にも爆発しそうな風船でも見るかのようで、何故そんな目をするのか分からない私は、困惑に首を傾げるばかりだった。

「…何だよ、変な目して。寝ぐせでもついてる?」

「心配せずとも、相変わらず綺麗な髪だ。ただ、なんだ、…覚えてはおらぬのか?」

 さらりと流れるような誉め言葉に、喜んで良いものかと複雑な心境になりつつ、問われた内容について思考を巡らせる。

 覚えてるも何も、そう言えば私はどうしてこんなところで寝ているのだったか。確か村に到着して探求者カードを作った後、私が宿を取りに来て、ミリーさんと知り合って、それから…。

「あ…」

 思い起こされる痴態の数々に、呆然と声が漏れた。

 私は一体何をした?劣等感を前面に押し出して、言う筈の無かったことを口にして?挙句の果てに、友人に縋りついて泣き始めて?友人の慰めと笑顔を見て安心して?

「あ、あぁ…」

 一度思い出せば、際限なく鮮明な記憶が脳裏に浮かんで並び立っていった。心臓が早鐘を打ち始めて、火が出るのかと思う程に顔に熱が集まっていく。

 何だこれは、何だこれは…!幾ら魔法を使い過ぎて、精神的に疲労していたとはいえ、これは無い、これは駄目だ。しかも、それら全てを、寄りにもよって友人に見られていた。

「あぁ、あぁ…っ!!」

 波のように押し寄せて来る羞恥の熱に耐えきれなくなって、外界から少しでも遮断されようと、避けてた布団を手に取って勢いよく包まる。けれど、そんなものは焼け石に水だった。 

 消えろと強く念じても、脳裏にしかと焼き付けられた自らの行動が、自らへと牙をむいた。居たたまれない、恥ずかしい、消えてしまいたい。そんな思いが脳裏を埋め尽くす。なのに、浮かび上がる気泡のように、幾度となく先の記憶がフラッシュバックした。

「死にたい…」

 こんな気分になったのは生まれて初めてだった。今までのどれとも比較にならない程の失態だ。この世界に来て身体が変わったからといって、精神まで変質してしまったのか。あんな事を言うだなんて、私は一体何をしていたのだろう。

「せ、聖女よ、気にするでない、あれは酒に呑まれたようなものだ。寧ろ、店や他人に迷惑をかけておらぬ分、マシな部類とも言えよう」

 布団の外側からフォローになっていないフォローをする友人だったが、けれど、そんなもので落ち着くほど、この身を焼きこがさんばかりの炎は小さくは無かった。

「無理、気にしないの無理…!いっそ記憶を消してしまいたい。お前の記憶も消してしまいたい…」

「すまぬ、恐らくそれは不可能だ。俺様の記憶能力もまた一級品故な」

「知ってるよ馬鹿、馬鹿厨ニ病…!」 

 どうして『楽園』の世界には、記憶を消す魔法が存在しないのだろう。意味も無く、私は世界を憎んだ。

 結局、私が落ち着きを取り戻した頃には、すっかりと日が沈んでしまっていて、どうやら騒ぎ声が聞こえていたらしいミリーさんからは、「いやー、ほんと仲いいよね。それで、一体どんなプレイを?」と、下世話な邪推まで頂いてしまった。

 この日、これ以上無い羞恥を得た私は、以降二度と魔法を使い過ぎないことを心に決めた。

 

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